函館地方裁判所 平成6年(ワ)248号 判決 2000年3月30日
平成六年(ワ)第一一〇号事件原告
菊地ミナ
外四五名
原告ら訴訟代理人弁護士
村松弘康
同
前田健三
同
房川樹芳
同
太田賢一
同
笹森学
同
粟生猛
原告
駒谷ケイ子
同
駒谷司
同
中田栄子
同
駒谷満広
同
吉永啓子
同
吉永翼
同
吉永有衣
同
吉永翔
同
松塚サキ子
同
松塚昌裕
同
松塚朋子
同
松塚朋美
同
小山ミヨキ
同
大橋賞子
同
小山ひろ子
同
小山賞幸
同
小山武信
同
小山智恵子
同
小山由希
同
石山正子
同
小山明
同
森口由紀子
同
安田久美子
同
新谷泰代
同
酒谷常子
同辺見誠訴訟代理人兼右村松弘康訴訟復代理人弁護士
吉岡和弘
原告
小山ひろ子
同
小山賞幸
同
小山武信
同
小山智恵子
同小山由希訴訟代理人兼右村松弘康訴訟復代理人弁護士
鈴木尉久
平成六年(ワ)第一一〇号、第二四八号事件被告
安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
平野浩志
右訴訟代理人弁護士
野村弘
同
水原清之
同
愛須一史
同
山田善一
平成七年(ワ)第八八号事件被告
興亜火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
岡本睦治
右訴訟代理人弁護士
水原清之
同
久保恭孝
同
愛須一史
平成七年(ワ)第八八号、平成九年(ワ)第一九九号事件被告
三井海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
井口武雄
右訴訟代理人弁護士
溝呂木商太郎
平成七年(ワ)第八八号、平成一一年(ワ)第二四号事件被告
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
丸茂晴男
右訴訟代理人弁護士
田中登
同
向井諭
同
小黒芳朗
当事者の表記につき、以下、各事件原告については事件名を区別することなく「原告」といい、平成六年(ワ)第一一〇号、第二四八号事件被告安田火災海上保険株式会社を「被告安田火災」と、平成七年(ワ)第八八号事件被告興亜火災海上保険株式会社を「被告興亜火災」と、平成七年(ワ)第八八号、平成九年(ワ)第一九九号事件被告三井海上火災保険株式会社を「被告三井海上」と、平成七年(ワ)第八八号、平成一一年(ワ)二四号事件被告東京海上火災保険株式会社を「被告東京海上」という。
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求の趣旨
一 平成六年(ワ)第一一〇号事件
1 主位的請求の趣旨
被告安田火災は、原告菊地ミナに対し金一〇〇〇万円、同岸田賢悦に対し金七五〇万円、同亡駒谷福司訴訟承継人駒谷ケイ子に対し金五〇〇万円、同駒谷司に対し金一六六万六六六七円、同中田栄子に対し金一六六万六六六七円、同駒谷満広に対し金一六六万六六六六円、原告新谷義盛に対し金五六〇万、同武田勝雄こと裵四文(以下「原告武田勝雄」という。)に対し金一〇〇〇万円、同髙杉鶴男(以下「原告高杉鶴男」という。)に対し金六〇〇万円、同飛山義雄に対し金一三四〇万円、同松川武美に対し金一四〇〇万円、同松田逸松に対し金七〇〇万円、同柳谷光雄に対し金五〇〇万円、同亡吉永敏和訴訟承継人吉永啓子に対し金七〇〇万円、同吉永翼に対し金二三三万三三三四円、同吉永有衣に対し金二三三万三三三三円、同吉永翔に対し金二三三万三三三三円及びこれらに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 予備的請求の趣旨
被告安田火災は、原告菊地ミナに対し金四九九万二〇〇〇円、同岸田賢悦に対し金三七三万四一〇〇万円、同亡駒谷福司訴訟承継人駒谷ケイ子に対し金二四五万三五〇〇円、同駒谷司に対し金八一万七〇〇〇円、同中田栄子に対し金八一万七〇〇〇円、同駒谷満広に対し金八一万七〇〇〇円、原告新谷義盛に対し金二七七万三二六〇円、同武田勝雄に対し金四九九万二〇〇〇円、同高杉鶴男に対し金二九四万二七〇〇円、同飛山義雄に対し金六六八万九二八〇円、同松川武美に対し金六九三万三一五〇円、同松田逸松に対し三四三万三一四〇円、同柳谷光雄に対し金二四八万九四〇〇円、同亡吉永敏和訴訟承継人吉永啓子に対し金三四六万八一五〇円、同吉永翼に対し金一一五万五〇〇〇円、同吉永有衣に対し金一一五万五〇〇〇円、同吉永翔に対し金一一五万五〇〇〇円及びこれらに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 平成六年(ワ)第二四八号事件
1 主位的請求の趣旨
被告安田火災は、原告菊地秀雄に対し金六〇〇万円、同寅尾博光に対し金六三〇万円、同亡松塚政彦訴訟承継人松塚サキ子に対し金一六八万円、同松塚朋子に対し金五六万円、同松塚朋美に対し金五六万円、同松塚昌裕に対し金五六万円及びこれらに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求の趣旨
被告安田火災は、原告菊地秀雄に対し金二九八万一七〇〇円、同寅尾博光に対し金三一一万九九二〇円、同亡松塚政彦訴訟承継人松塚サキ子に対し金八三万五七五〇円、同松塚朋子に対し金二七万八〇〇〇円、同松塚朋美に対し金二七万八〇〇〇円、同松塚昌裕に対し金二七万八〇〇〇円及びこれらに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 平成七年(ワ)第八八号事件
1 主位的請求の趣旨
(一) 被告東京海上は、原告浅利幸子に対し金一二五〇万円、同安達美幸に対し金三一二万五〇〇〇円、同浅利孝二に対し金三一二万五〇〇〇円、同浅利勇二に対し金三一二万五〇〇〇円、同菊地年雄(以下「原告菊地年雄」という。)に対し二三五〇万円、同亡小山繁信訴訟承継人小山ミヨキに対し金五〇〇万円、同大橋賞子に対し金七一万四二八六円、同荒木千賀子に対し金七一万四二八六円、同安田久美子に対し金七一万四二八六円、同新村泰代に対し金七一万四二八六円、同酒谷常子に対し金七一万四二八六円、同小山元に対し金一七万八五七一円、同石山正子に対し金一七万八五七一円、同小山明に対し金一七万八五七一円、同森口由紀子に対し金一七万八五七一円、同亡小山繁賞訴訟承継人小山ひろ子に対し三五万七一四二円、同小山賞幸に対し八万九二八六円、同小山武信に対し八万九二八六円、同小山智恵子に対し八万九二八六円、同小山由希に対し八万九二八六円及びこれらに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分による金員をそれぞれ支払え。
(二) 被告興亜火災は、原告厚谷哲子に対し金一六三〇万円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 被告三井海上は、原告磯浦信幸に対し金八〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求の趣旨
(一) 被告東京海上は、原告浅利幸子に対し金四九九万二〇〇〇円、同安達美幸に対し金一二五万円、同浅利孝二に対し金一二五万円、同浅利勇二に対し金一二五万円、同亡小山繁信訴訟承継人小山ミヨキに対し金二四七万九二五〇円、同大橋賞子に対し金三一万一〇〇〇円、同荒木千賀子に対し金三一万一〇〇〇円、同安田久美子に対し金三一万一〇〇〇円、同新村泰代に対し金三一万一〇〇〇円、同酒谷常子に対し金三一万一〇〇〇円、同小山元に対し金七万四〇〇〇円、同石山正子に対し金七万四〇〇〇円、同小山明に対し金七万四〇〇〇円、同森口由紀子に対し金七万四〇〇〇円、同亡小山繁賞訴訟承継人小山ひろ子に対し一五万五五〇〇円、同小山賞幸に対し三万八八七五円、同小山武信に対し三万八八七五円、同小山智恵子に対し三万八八七五円、同小山由希に対し三万八八七五円及びこれらに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(二) 被告興亜火災は原告厚谷哲子に対し金八〇七万二一七〇円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 被告三井海上は、原告磯浦信幸に対し金三九六万一八〇〇円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
四 平成九年(ワ)第一九九号事件
1 主位的請求の趣旨
被告三井海上は、原告飛山義雄に対し金六〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求の趣旨
被告三井海上は、原告飛山義雄に対し金二九七万一三五〇円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
五 平成一一年(ワ)第二四号事件
1 主位的請求の趣旨
被告東京海上は、原告辺見誠に対し、金六六五万円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求の趣旨
被告東京海上は、原告辺見誠に対し、金三四五万三五二〇円及びこれに対する平成五年一二月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
六1 訴訟費用は、被告らの負担とする。
2 仮執行宣言
第二 事案の概要
本件は、被告ら保険会社各社との間で火災保険契約(以下「火災保険」ということがある。)を締結していた原告ら(ただし、被告三井海上との間の契約当事者は、飛山トシエであり、原告飛山義雄は被保険者である。)、又は、契約締結者の相続人である原告ら(以下、右の各契約締結者を総じて「本件各火災保険契約者」といい、「原告ら」ということもある。)が、平成五年七月一二日に発生した北海道南西沖地震(以下「本件地震」という。)の当日又はその翌日に、保険の目的である各建物(以下「本件各建物」といい、個別の保険の目的である建物を「本件建物」という。)を火災で焼失したために、被告ら保険会社各社に対し、以下の請求(主位的請求の趣旨につき、総額二億一〇四八万五〇〇〇円、予備的請求の趣旨につき、総額九〇四三万〇一四〇円)をする事案である。
① 主位的請求の趣旨について
A 火災保険契約に基づいて、火災保険金及びこれに対する保険約款に約定の支払期限の翌日(原告らが火災保険金請求手続を完了した日から三〇日を経過した日)である平成五年一二月一八日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金
B Aが認められない場合、被告ら保険会社には、火災保険契約の締結に当たり、地震火災による損害には火災保険金が支払われない旨の地震免責条項及び右の損害を担保するためには地震保険契約(以下「地震保険」ということがある。)を締結する必要があることについて、契約申込者に対して情報開示して十分に説明すべき一般的な義務が存在すると解され、被告らには右の情報開示説明義務の違反があると主張し、あるいは、被告らと原告らとの間の個別具体的な契約締結状況をみると、信義則に違反する事実があると主張して、債務不履行又は不法行為に基づく火災保険金相当額の損害賠償金及び右支払催告の後であり、不法行為の日の後である平成五年一二月一八日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金
② 予備的請求の趣旨について(原告菊地年雄を除く原告ら)
A 被告ら保険会社の火災保険契約の引受方式は、契約締結者が地震保険に加入しない旨の意思の表示をしない限り、自動的に地震保険も付帯して引き受けることとされているところ、原告らは、被告らの情報開示説明義務の懈怠によって有効な地震保険不加入の意思を表示していないから、被告らとの間で地震保険契約も締結されていると解されると主張して、その場合に締結したと想定される内容の地震保険契約に基づいて、地震保険料相当額を控除した地震保険金及びこれに対する前記の平成五年一二月一八日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金
B Aが認められない場合、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険についての被告ら保険会社の情報開示説明義務違反、あるいは、前記の信義則違反を理由とする債務不履行又は不法行為に基づく地震保険料相当額を控除した地震保険金相当額の損害賠償金及び前記の平成五年一二月一八日から支払済みまでの商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金
一 争いのない事実等
1 火災保険契約の締結等
(一) 原告らの火災保険契約の締結
別紙保険目録記載の本件各火災保険契約者は、同目録記載の各被告らとの間で、各被告らの普通保険約款及び特約条項を承認し、保険契約を申し込みますとの文言が記載された申込書を用いて、同目録記載のとおりの火災保険契約をそれぞれ締結した(争いがない。以下、右の各契約を「本件各火災保険契約」といい、個別の契約につき「本件火災保険契約」又は「本件契約」という。また、被告安田火災関係の火災保険契約のうち、住宅金融公庫から融資を受ける条件として締結される火災保険契約を「特約火災保険」といい、その余の火災保険契約を「一般火災保険」と総称することがある。この特約火災保険の満期時には、契約の継続手続が取られており、この場合に申込書が作成されないことは争いがない。以下、本件各火災保険契約の締結として記載するのは、火災保険契約について、契約申込書を作成して、新規契約を締結すること及び更改(更新)契約を締結することを意味する。)。
本件各火災保険契約における保険の目的である別紙保険目録の「保険の目的」欄記載の本件各建物は、いずれも奥尻島の青苗地区に所在し、それぞれの位置は、別紙「本件各建物位置図」のとおりである(弁論の全趣旨)。
(二) 地震免責条項の存在
本件各火災保険契約の普通保険約款には、表現に多少の相違はあるものの、いずれも、「当会社は、この約款に従い、火災等の事故によって保険の目的について生じた損害(消防または避難に必要な処置によって保険の目的について生じた損害を含みます。)に対して、損害保険金を支払います。」、「当会社は、地震またはこれによる津波によって生じた損害(これらの事由によって発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害、および発生原因のいかんを問わず、火災がこれらの事由によって延焼または拡大して生じた損害を含みます。)に対しては保険金を支払いません。」という趣旨の条項があり、一般に、火災保険契約における普通保険約款には、同種の条項が定められている(争いがない。以下、右の条項を「地震免責条項」と、地震免責条項に該当する損害を「地震損害」という。また、地震免責条項にあたる損害のうち、地震又はこれによる津波によって発生した火災によって直接生じた損害を「第一類型」といい、地震又はこれによる津波によって発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害を「第二類型」といい、原因のいかんを問わず発生した火災が地震又はこれによる津波によって延焼又は拡大して生じた損害を「第三類型」という。なお、地震免責条項における右の各類型に当たる損害を「地震火災による損害」という。)。
(三) 一部原告ら(原告浅利幸子、同安達美幸、同浅利孝二、同浅利勇二、同菊地年雄、同飛山義雄(被告三井海上に対する請求関係))に関する質権の設定
亡浅利謙二、原告菊地年雄、同飛山義雄は、いずれも、金融機関である江差信用金庫(以下「江差信金」という。)のために、本件火災保険契約に基づく保険金請求権について質権を設定した(弁論の全趣旨)。
2 本件火災の発生
(一) 平成五年七月一二日午後一〇時一七分ころ、本件地震が発生した(争いがない)。
震源は、北緯四二度四七分、東経一三九度一二分、深さ三四キロメートルの地点であり、マグニチュードは、7.8と日本海側では観測史上最大の数値を記録し、これは、関東大震災とほぼ同規模のものである。奥尻では震度六の烈震だったと推定されている。(乙イ四一)
(二) 本件地震直後、本件地震に起因する津波が青苗地区を含む奥尻島一帯を襲った(争いがない)。
青苗地区東部においては、波高は五メートルと推定されており、右津波の及んだ範囲は、別紙「津波、火災による被災地域」図に記載のとおりである(乙イ一六)。
(三) 同日午後一〇時三五分ころ、北海道奥尻郡奥尻町字青苗二三三番地付近から出火し(以下「第一出火」という。)、その延焼が続く中、翌一三日午前〇時一五分ころ、同町字青苗一六〇番地付近からも出火した(以下「第二出火」という。)。
右の二つの出火は延焼しながら合流し、同日午前九時二〇分ころに消火されるまで燃え続けた(以下、第一、第二出火の延焼による火災を「本件火災」という。)。
本件各建物は、いずれも右の延焼中に焼失したものである。(争いがない)
この結果、本件各火災保険契約者(被告三井海上との間の本件火災保険契約については、被保険者である原告飛山義雄)は、それぞれ、少なくとも別紙保険目録の「保険金額」欄記載の金額以上の損害を受けた(弁論の全趣旨。以下「本件損害」という。)。
3 原告らの相続関係
(一) 本件火災保険契約の契約者であった死亡前原告駒谷福司は、平成六年八月一六日に死亡し、妻である原告亡駒谷福司訴訟承継人駒谷ケイ子、子である同駒谷司、同中田栄子、同駒谷満広がそれぞれ法定相続分に従って相続した(亡駒谷福司の死亡については争いがなく、その余は弁論の全趣旨)。
(二) 本件火災保険契約の契約者であった死亡前原告吉永敏和は、平成一〇年一二月一五日に死亡し、妻である原告亡吉永敏和訴訟承継人吉永啓子、子である同吉永翼、同吉永有衣、同吉永翔がそれぞれ法定相続分に従って相続した(亡吉永敏和の死亡については争いがなく、その余は弁論の全趣旨)。
(三) 本件火災保険契約の契約者であった死亡前原告松塚政彦は、平成七年四月五日に死亡し、妻である原告亡松塚政彦訴訟承継人松塚サキ子、子である同松塚昌裕、同松塚朋子、同松塚朋美がそれぞれ法定相続分に従って相続した(弁論の全趣旨)。
(四) 本件火災保険契約の契約者であった亡浅利謙二は、本件地震後行方不明であったところ、平成七年一〇月一九日、失踪宣告が確定し、同日死亡したものと見なされた。
原告浅利幸子は亡浅利謙二の妻であり、原告安達美幸、同浅利孝二、同浅利勇二、松田良子は亡浅利謙二の子であり、それぞれ法定相続分に従って相続した(甲一三五の1ないし10)。なお、松田良子は養子であり、本件に関して権利行使していない(弁論の全趣旨)。
(五) 本件火災保険契約の契約者であった死亡前原告小山繁信は、平成七年一一月二日に死亡し、その相続関係は、以下のとおりであり、各人がその法定相続分に従って相続した。
(1) 原告亡小山繁信訴訟承継人小山ミヨキは、亡小山繁信の妻であり、同大橋賞子、同荒木千賀子、同安田久美子、同酒谷常子、亡小山柾二、亡新村奉子、死亡前原告小山繁賞は、亡小山繁信の子である。
(2) 亡小山柾二は、平成四年三月八日に死亡し、原告亡小山繁信訴訟承継人小山元、同石山正子、同小山明、同森口由紀子は亡小山柾二の子である。
(3) 亡新村奉子は、平成六年三月二八日に死亡し、原告亡小山繁信訴訟承継人新村泰代は、亡新村奉子の子である。
(4) 死亡前原告小山繁賞は、亡小山繁信を訴訟承継した後の平成一一年九月五日死亡し、原告亡小山繁賞訴訟承継人小山ひろ子は、死亡前原告小山繁賞の妻であり、同小山賞幸、同小山武信、同小山智恵子、同小山由希は、死亡前原告小山繁賞の子である。(以上、弁論の全趣旨)
4 原告辺見誠は、被告東京海上から、平成五年八月三〇日、本件火災保険金の内金として金三五万円を受領したとして、請求金額より控除している(同被告は、右金員は地震火災費用保険金であると主張している。)。
5 原告らは、それぞれ本件各火災保険契約を締結した保険会社である被告らに対し、平成五年一一月一七日ころまでに、火災保険金の請求手続等について照会することによって、本件損害の発生を通知した(弁論の全趣旨)。
二 本件における争点
1 主位的請求A(火災保険金の請求)について
(一) 地震免責条項は本件各火災保険契約の内容となっているか
(二) 地震免責条項の有効性
(三) 本件損害は免責事由である地震火災による損害に該当するか
(四) 火災保険金請求権について設定された質権の効力(原告浅利幸子、同安達美幸、同浅利孝二、同浅利勇二、同菊池年雄、同飛山義雄(被告三井海上に対する請求に関して)について)
(五) 火災保険金請求権の消滅時効完成の有無(原告辺見誠について)
2 主位的請求B及び予備的請求B(情報開示説明義務違反又は信義則違反に基づく損害賠償請求)について
(一) 地震免責条項及び地震保険についての一般的な情報開示説明義務の存否
(二) 個別の具体的な契約締結状況における信義則違反の存否
(三) 被告らから原告らに対する地震免責条項及び地震保険についての情報提供の有無、内容
(四) 情報開示説明義務違反又は信義則違反により原告らの被った損害額
(五) 損害賠償請求権の消滅時効完成の有無
3 予備的請求A(地震保険金の請求)について
(一) 地震保険契約の成立の有無
(二) 地震保険金請求権の消滅時効完成の有無
第三 争点に対する当事者の主張
一 争点1(一)(地震免責条項は本件各火災保険契約の内容となっているか)について
1 原告らの主張
(一) いわゆる約款論について
(1) 契約法を規制する根本原則である私的自治の原則は、公の秩序に関する法規に反する場合を除いて、自律的に法律関係を形成することができ、全ての個人は自由な意思によらなければ義務を負わされないことを保障している。
したがって、契約当事者が契約内容に拘束されるためには、原則として、当事者が契約内容を事前に了解していたことが必要である。
(2) この点、附合契約における約款には、経済的優位にある一方当事者が、自己に有利な契約条項を相手方に押しつけるという弊害が存する。複雑で、小さな活字で埋まった約款を示されても、一般消費者にはその内容を十分に理解することができず、もし仮にその内容を知らされたなら拒否するような条項についても、十分な考慮をすることなく受け入れてしまうのが実態である。
さらに、約款の内容を理解したとしても、経済的弱者である一般消費者には、企業と契約内容について交渉する余地はなく、約款を内容とする契約を一括して承諾するか、拒否するかの選択しか残されていない。
(3) 他方、企業は、約款を用いることにより、取引において予測されるリスクに予め対応することが可能になり(計算可能性)、紛争予防、取引時間の節約がなされることによって、企業経営、事務処理を合理化することができ、経費の削減等の効用を得ることができる(約款の合理的効果)。
このように、約款には、多数取引を迅速かつ画一的に処理するという有用性があることは否定できないし、また、契約意思が希薄化した現代社会で、合理的な意思の合致を促進して契約の成立を阻害させないという積極的な側面もある。
(4) 以上によれば、およそ細部にわたるまで契約当事者の意思の合致がない限りは約款の拘束力が認められないというような法理論は今日では採用できないにしても、後記のとおり、意思の合致による契約の成立という契約法の基本原理を守りつつ、右のような約款の持つ問題点に着目して、約款が契約当事者を拘束する要件を再検討すべきである。
(5) この点に関して立法をみても、例えば、割賦販売法や訪問販売法における書面の交付の要求やクーリングオフの制度は、契約締結過程において、契約の一方の当事者である一般市民(消費者)に契約内容を十分知る機会を与え、また、契約の拘束から免れる権利を与えることにより、経済的強者たる業者から一方的に契約内容を決定されてしまう事態を防止すること、つまり、契約締結過程における当事者の自治を充足させることを趣旨としている。
このような規定が設けられているのは、契約の拘束力の根拠が当事者の自治にあるという契約法の基本原則が現代社会においては軽視され、経済的弱者である一般市民が企業の一方的に決定した契約内容に拘束され、ときとして重大な損害を被ってしまう事態が生じていることから、それを防止し、私的自治、契約自由の原則を実質的に保障するためである。
(二) 判例の意思推定説について
(1) 約款の拘束力の根拠について、判例は、「特に約款によらない旨の意思を表示しないで契約したときは、反証なき限り、その約款による意思をもって契約したものと推定すべきである。」との意思推定説を採用している(大審院判決大正四年一二月二四日民録二一輯二一八二頁等)。
(2) この判例の意思推定説は、「約款によらない」旨の意思表示をその字句通りに前提とするなら、明らかに間違っている。
少なくとも、事業者対消費者の場面で、約款によらない意思を表示することに何らかの意義があると考えることは非現実的である。なぜなら、事業者が約款によらない意思を表示して契約することなどあり得ないし、消費者が約款によらない意思を表示することは、すなわち契約を拒絶されるか、契約を断念することに他ならないからである。
したがって、意思推定説を形式的、機械的に適用するのであれば、これは、非現実的な前提を容認し、不可能な反証をハードルとして設定しているものとして、意思擬制説ないし法規説に他ならない。このような意思擬制説ないし法規説は、わが国の民事法秩序下の法律行為論(意思主義の原則)から逸脱し、自己決定権を保障する憲法秩序にも違反するものである。
しかしながら、判例の意思推定説は、約款を用いた契約の場面において当事者の意思を必要としている点でなお契約説であり、意思擬制説ないし法規説のような、個別的事情を無視して無留保で約款の拘束力を認める立場とは明確に異なる。
下級審判例においても、例えば、自動車保険約款に関し、①事故発生後正当な理由なくして遅滞なく通知しなかった場合に保険会社が免責される条項について、単に約款に定める六〇日を経過したという形式的理由で、通知が遅れたことによって保険者に何ら保険金支払額が増大するような事情がない場合にまで、保険者の填補責任を全面的に免れしめるのは、極めて不均衡であり、しかも同条項は、不動文字で印刷されており、保険実務にうとい一般保険者は一々これを確かめることなく保険加入している実情に照らすと、一層問題があるといわざるを得ない旨判示し、その拘束力を否定した東京地裁判決昭和四七年六月三〇日判時六七八号二六頁や、②若年運転手制限特約について、通常の約款には存在せず、特約について十分な説明がなされなかったとして、その拘束力を否定した札幌地裁判決昭和五四年三月三〇日判時九四一号一一一頁のように、契約当事者の意思を重視して、約款の拘束力を否定したものがある。
(3) 原告らの場合、後記のとおり、地震免責条項のない火災保険契約に加入する意思を持って契約しており、地震免責条項の存在は全く予期していなかったのであるから、地震免責条項によるとの意思を推定することは、原告らの明示の意思あるいは合理的期待に反する結果を法的に強制することになり、許されない。
さらに、後記のとおり、火災保険契約に地震保険契約が自動付帯される保険の引受方式が採られるようになった後は、火災保険契約を締結すれば地震保険が自動的に付帯されることになった結果、地震保険の範囲内で地震損害も填補されることになったのであるから、地震火災による損害の場合でも保険金が出るとの原告らの意思と制度とが一致しており、右意思は、火災保険契約者の一般的かつ合理的意思そのものであることに他ならない。
地震免責条項は、本件各火災保険契約者の通常の意思を逸脱しており、不意打ち条項としての性質を有するから、保険会社の普通保険約款を承認のうえ保険契約を申し込む旨の記載のある保険契約申込書に本件各火災保険契約者が署名又は捺印して保険契約を締結したとしても、右約款による意思で保険契約を締結したものと推定することはできないものというべきである。
(三) 約款の条項が契約内容となるための要件
特定の約款の条項が当該契約の内容となるための要件については、以下の何れかの見解によって判断すべきである。
(1) 契約の適正性及び合理性並びに契約内容に関する情報提供を要件とする見解
契約自由の原則の下においては、当事者が契約の内容について納得した上で契約を締結することが前提であるから、契約の内容が納得できる程度に適正かつ合理的であることが必要である。
契約の内容が適正かつ合理的であるか否かについては、「当事者が経済的に不平等な関係にあり、消費者に不利に作用する内容を定める条項は、正当な理由がない限り適正ではない」とみるべきである。なぜなら、経済的強者である企業は、約款の内容を自由に決定できる立場にあり、約款を利用することによって、契約の大量締結を迅速にすることができ、それによって契約締結に伴うコストの低下とシェアの拡大を図ることができるのに対し、消費者は、約款の内容に異議を唱えることはできず、現実には一方的に約款に拘束される立場にあるからである。
また、契約自由の原則の下においては、各当事者が自己の意思に基づいて契約を締結するのが原則であるから、契約の内容が契約締結前に開示され、自己の意思による選択が可能な状態となっていなければならない。
具体的には、地震免責条項が契約内容となり拘束力が認められるためには、契約締結前、遅くとも契約締結時までに、保険会社において当該約款を提示し、契約者に対して地震免責条項について説明するか、それと同視し得る措置を講じていることが必要である。なぜならば、地震免責条項は、後記のとおり、商法六六五条を排除する極めて重要な事項であるから、契約者が地震免責条項を内容とする火災保険契約を締結するか否かを決定するためには、その点についての情報が与えられていることが不可欠であり、それがなければ意思の合致があったとはいえないからである。
(2) 給付記述条項と付随的条件とを区別する見解
判例の意思推定説にいう「約款による意思」とは、契約当事者の合意内容を、約款の範囲で約款を手掛かりとして確定していくという方法をとることに同意を与えたという意味、限度での「約款を採用する意思」と捉えるべきである。
しかし、当該約款に記載された全ての条項内容が直ちに合意されたと解すべきではない。消費者が約款の条項を逐一読んで了解したと考えることは経験則に反するのみならず、そのような条項全てについて「読むべき義務」を課することは消費者への過大な要求であって非現実的だからである。
そこで、「約款を採用する意思」が認められた場合に、当該約款中の具体的条項に同意を与えたと見なしてよいか否かは、その条項内容が、契約の目的、性格を決定づける本質的部分に関わる「給付記述条項」ないし「核心的合意部分」であるか、請求方法の取決めなどの「付随的条件条項」ないし「付随的合意部分」であるかによって区別して考えるべきである。
給付記述条項であれば、「約款を採用する意思」が認められただけでは、当該条項に同意を与えたと見なすことは出来ない。なぜならば、契約の目的、性格という契約の本質的部分については、当事者意思の関与、したがつて、交渉の機会が保障される必要があり、両者の意思の合致という伝統的な意味での合意の実質を備えることが必要だからである。
そして、約款内容に関する情報を提供すべき義務の履行は、意思の合致を推知させる重要な要素とされるべきであり、もし、情報開示説明義務が履行されていなければ合意は不存在となる。
特に、本件で問題となる地震免責条項について、被告ら保険会社には情報開示説明義務が存在することは、後記六で詳細に主張するとおりである。
そして、合意が存在しない部分については、消費者の合理的期待内容あるいは任意法規範に基づいて契約内容を推知し、確定することになる。
これに対して、付随的条件条項の場合には、条項内容に対する認識可能性があれば、原則として約款の条項に合意を与えたとみなしてよい。約款は、もともと給付の中心となる目的物や価格を問題にはしないことを前提とする付随的な条項のための道具概念だからである。ただし、付随的条件条項であっても、契約当事者にとって重要な条項の場合には、給付記述条項に準じて考えるべきである。
(四) 右の(三)の各見解に即して地震免責条項の拘束力を検討すると、次のとおりである。
(1) (三)(1)の見解(契約の適正性、合理性及び情報提供を要件とするもの)を前提とすると、本件においては、消費者である原告らと企業である被告らとの間は経済的に不平等な関係にあり、かつ、地震免責条項は明らかに消費者である原告らに不利な内容である。そして、後記のとおり、商法六六五条の原則に反して全ての地震による火災について免責を認めることには何ら正当な理由はない。したがって、地震免責条項は適正かつ合理的とはいえない。
また、被告らは、後記のとおり、契約締結時までに地震免責条項に関して十分な情報提供を行わず、このため、原告らは、地震免責条項の存在すら知らずに本件各火災保険契約を締結している。
したがって、地震免責条項は本件各火災保険契約の内容となっていない。
(2) (三)(2)の見解(給付記述条項と付随的条件条項とを区別するもの)を前提とすると、地震免責条項は、火災保険金の給付の範囲を画定するものであるから、給付記述条項に他ならない。仮にそうでなく付随的条件条項だとしても、保険金支払義務、給付の範囲、請求の可否など、契約者の利害に関わる重要な条項であることは明らかであるから、やはり給付記述条項と同様の重要性を持つものと考えるべきである。
しかるに、被告らは、後記のとおり、地震免責条項についての情報開示説明義務を全く履行していないから、地震免責条項について合意が成立したと認めることはできず、地震免責条項は本件火災保険契約の内容となっていない。
(五) まとめ
以上のとおり、地震免責条項は本件各火災保険契約の内容となっておらず、商法六六五条の規定により本件損害は本件各火災保険契約によって填補されていたといえるから、被告らには原告らに対して火災保険金の支払義務がある。
2 被告らの主張
(一) いわゆる約款論について
(1) 私的自治と約款の関係
私的自治ないし契約自由の原則が近代市民法の基本的原理の一つとして重要な意味を有することは原告主張の通りである。しかし、現代においては経済発展並びに行政及び社会システムの多様化、複雑化に伴い、産業、経済、文化、個人生活等社会全般にわたって大量化、画一化、合理化及び迅速化が要請され、契約関係においても個別的交渉を行い、具体的、明示的な合意を一々取り付けることは事実上困難な状況となり、その結果、契約関係における古典的な私的自治ないし契約自由の原則は自ずからその姿形を変容せざるを得ない状況に至っている。
その変容に重要な役割を果たしたのが約款である。すなわち、約款とは、特定の契約について一方の当事者が予め作成準備していた標準的定型的契約条項であって、他方の当事者がこれに附合する形で契約に応ずることにより当該契約の内容となって拘束力を持つに至るものをいい、現代社会において約款は、金融、保険、証券、販売、寄託、運送、交通、電気、ガス、水道の供給、旅行、宿泊等、商行為であると否とを問わず、社会全般に普及していて、その数は数えることができないほどであり、約款なしでの取引や社会生活を考えることが困難なほど重要な機能と役割とを担っている。もしこれらの取引に、約款を使用することができなかったとしたら、到底社会及び経済活動並びに個人生活が円滑に機能しないことは明白である。
約款ないし附合契約一般について、事業者が一方的に設定し、消費者を支配するための手段として捉え、消費者を被害者又は犠牲者であるかのごとく主張する原告らの主張は、極めて偏った一方的な見解であって、失当である。また、約款の拘束力について、古典的な私的自治の原則に基づく当事者の意思の一致に求める意思主義は、現実性を欠く空論に過ぎない。
むしろ、約款については、社会の近代化、現代化とともに意思主義とは反対にその擬制的法技術的側面が次第に顕在化、明確化し、現在においては、成文法の空隙を埋める不可欠かつ極めて重要な法的規範的システムとして機能し、かつ定着しており、その合理性を疑う者は見当たらない。
原告らの主張は、約款が法的規範的システムとして確立するに至った流れから派生した行き過ぎや病理現象を改め、消費者保護を図ろうとする意図に基づくものであろうが、約款の積極的、合理的側面をほとんど考慮に入れない、単なる約款否定論、消極論、性悪論に止まっており、現状認識と公平さを欠き、失当である。
(2) 保険契約における約款
保険加入者と保険会社との関係は、形式的には保険契約という個人法的な債権関係である。しかし、保険は高度の技術的基盤の上に立ち、かつ、団体的性格を有する制度であるから、個々の保険加入者との間に個別の折衝を行うことによって保険契約の内容を定めることは困難であるし、また、契約内容が区々にわたることは許されず、各保険加入者の負担する保険料や損害を填補するための保険金も、全員にとって平等かつ公平でなければならない。
これらの要請を充足し、迅速かつ大量に保険契約を締結するためには、保険会社において、全保険加入者に一律に適用する公平な契約条項を予め定めておき、個々の保険加入者がこれに従う形式をとることが必要である。
そのため、現在の保険契約においては、主務官庁の監督のもと、詳細な標準的約款(普通保険約款)が保険会社によって作成され、保険加入者はこれに附合することによって保険契約を締結することとされ、保険約款に基づいて保険契約が行われたときは、保険加入者の知不知を問わず、また、その主観的な意思に関わらず、強行法規に触れない範囲において保険約款が保険加入者を拘束するものとされているのであって、以下に敷衍して主張する。
(二) 判例の意思推定説について
(1) 原告指摘の約款の拘束力に関するリーディング・ケースである大審院判決大正四年一二月二四日は、意思推定説を採用し、約款によらない旨の意思表示がない限り約款の内容どおりの契約が成立する旨判示した。
そして、その後もこの大審院判例が裁判実務において踏襲されており、「当事者双方が特に普通保険約款に依らざる旨の意思を表示せずして契約したるときは、反証なき限り、その約款に依るの意思をもって契約したものと推定する」との判断は、我が国の判例理論として確立するに至っており(大審院判決大正五年四月一日民録二二輯七四八頁、大審院判決大正五年五月四日法律新聞一一四四号二六頁、大審院判決大正一四年三月二三日法律新聞二三九四号一九頁、大審院判決昭和二年一二月二二日法律新聞二八二四号九頁、大審院判決昭和九年一月一七日大審院判決全集(第三)二五頁、最高裁判決昭和四二年一〇月二四日集民八八号七四一頁)、近くは阪神淡路大震災関係の判例もこの判断によっている。
(2) 右の判例理論は、当然のことを述べているだけであって、特殊な法理論を述べたものではない。契約法の根本原則からいえば、当事者は合意した内容の契約に拘束される。しかし、契約当事者が契約に関して起こり得る全てのことについて、契約の段階で明示的に契約書に書いたり、口頭で確定することは煩瑣な面があり、昔から必ずしもされていてはいない。このことは、民法典成立時点からそうである。
民商法における契約に関する多くの規定は、当事者が契約の時点で明示していなくても、通常当事者の意思にあるであろうと推測できるルールを規定するものである。また、例えば各業界には業界のルールがあり、これが契約上に明示されていなくても、業界関係者の契約にはこれが適用される。
こうした意思解釈の在り方に従うなら、保険契約書に特定の約款によると明記して有れば、その約款による意思をもって契約したと推定されるのは、むしろ当然である。
この論理的な帰結として、約款の内容はワンセットとして契約の内容となることである。約款の一部だけが契約の内容にならないというのは、判例が述べるように双方当事者が特別の合意をしない限りあり得ないのである。このことは契約当事者が約款の各規定を具体的に知る知らないは関係のないことである。
(3) 原告らは、あたかも約款によって消費者が大企業に服従しなければならないかのごとく主張する。
しかし、もし原告らを含む消費者が約款によることに不服であるなら、これを利用しなければよいのであり、また、特に「約款によらない」との意思を明らかにすることによって、その拘束力を否定することができるのである。
原告らは、これを消費者に不利益を強いるものであるかに主張するが、近代的なサービスを受けたくなければ、そして、自分が全て理解した内容の契約でなければ拘束されないと考えるのであれば、それはやむを得ないことである。しかし、一方において利便性を享受したければ、他方において約款の規定に拘束されるとしても、不当なことではない。
(三) 本件における原告の意思表示
(1) 本件では、原告ら火災保険契約締結者が被告ら保険会社各社の普通保険約款及び特約条項を承認し、保険契約を申し込みますとの文言が記載された申込書を用いて、本件各火災保険契約を締結したことは争いがなく、申込当時、原告らが特に保険約款によらない旨の意思表示をした事実はなかった。
よって、原告らの知不知に関わらず、地震免責条項を含む本件の各普通保険約款は、本件各火災保険契約の内容を構成し、かつ、原告らに対する拘束力を有するものというべきである。
(2) 原告らは、本件各火災保険契約について、積極的に約款と異なる内容を表明して約款と異なる契約の合意をしたとまで主張しているわけではなく、単に約款の内容は知らないとか説明を受けていないと主張しているに過ぎない。このような主張で約款の拘束力を排除する議論が当を得ないことは明らかである。
(四) 原告らの主張に対する反論
(1) 消費者保護の必要性が存在することは原告主張のとおりであるが、消費者とても無知な大衆ではなく、一定の常識レベルを持った国民である。現代社会が複雑化、高度化するにつれ、確かに企業に対しても、ある程度の説明を求める要請があるにせよ、消費者としてもマスコミや実体験を踏まえた学習が要請されるのである。たとえ当該情報について知る機会が与えられたとしても、つい面倒になってその情報に接しようとしなかった場合にまで、不知の故に消費者が保護される時代ではない。
先のとおり、社会の高度化、複雑化、経済構造の変化に伴って、約款、附合契約の有用性は増大しており、単に消費者は保護されねばならないというスローガンに依拠して、一〇〇年以上の歴史を有し、後記のとおり、既に公知性を取得している地震免責条項について、これまでの判例理論は覆されるべきであるとの原告らの主張は、高度化、複雑化した現代社会を無視し、経済活動にブレーキをかける理論であり、到底認めることができない。
(2) 契約の際に、契約当事者に説明がなく、その意識にのぼらなかった部分は意思の合致がなく、契約内容とならないとの見解は、契約法の根本原則に反するものである。
法理論的には、約款は、契約の内容を構成するけれども、その一部について、信義則その他の適用によって効力を否定ないし減殺するということはあり得る。しかし、それを超えて、当事者が契約時に具体的に認識していなかった約款の規定が契約の内容を構成しないとの見解は、少なくとも判例の採るところではない。
仮に原告の主張に従うなら、どんな契約であれ、自己に不利な部分については、聞いていない、説明がなかったとさえ主張すれば義務を免れることにならざるを得ない。これでは、今日我々が享受している「豊かな社会」の存在に不可欠な要素である「契約は守られるべし」という原則が成り立たなくなり、この社会が機能しなくなることは明らかである。
(3) 原告らは、地震免責条項について被告ら保険会社には情報開示説明義務があると主張しているが、後記六に詳細に主張するとおり、右のような一般的な法的義務は存在しない。
仮に、不開示に基づいて保険会社に法律上の責任が認められるとしても、それは保険会社に不法行為や信義則に違背する等何らかの帰責事由がある場合でなければならず、帰責事由を問うことなく、画一的機械的に地震免責条項が存在しない火災保険契約が成立するような重大な結果を導き出すことは、極めて不合理、不相当というべきである。保険会社は、地震免責条項なしの保険契約を締結する意思はもともと持っておらず、しかも、約款によってこのことを明示しているのであるから、原告らが主張するような結果は、保険会社との間に重大な意思表示の不一致を生むこととなり、保険会社として到底容認できるところではない。
また、商法六六五条の規定は、保険会社が約款上当該免責条項を明示していない場合に適用されるべきものであり、保険会社が約款上当該免責条項を明示している場合に適用されるべきではない。
(五) まとめ
以上のとおり、普通保険約款の一条項である地震免責条項は、原告らの知不知や、説明の有無を問わず、本件火災保険契約の内容となっているものである。
二 争点1(二)(地震免責条項の有効性)について
1 原告らの主張
(一) 約款に対する内容的規制の必要性
約款は、事業者が一方的に作成するものであるから、作成者に一方的に有利な条項が挿入される可能性が高い。したがって、約款が契約の内容を構成して当事者を拘束するとしても、その全てが無限定に効力を有すると解すべきでなく、法規範、信義則や公序良俗に照らし、その合理性を検討し、条項そのものを無効としたり、制限的に解釈する必要がある。
このように、約款の内容的適正性に対して、厳格な司法審査をする必要性があることは、判例の認めるところであり、例えば、「普通契約約款は大企業が一方的に設定するのが通常であるから、企業の立場の経済的優位性を背景として、契約の相手方の利益を軽んじ企業自身の利益を偏重するという弊害に陥りやすいものである。そうであるから、契約の相手方は約款の知不知にかかわらず約款の条項を全部承認して契約したものと認められるのであるけれども、約款の条項が全部そのまま有効なものとして契約関係を支配すると解することはできず、約款の条項に対しては具体的事件の適正な解決のため適当な規制が加えられなければならない。もともと普通保険約款はその設定、変更について行政官庁の認可を得ているものであるが(保険業法一条、一〇条)、行政庁の認可があるからといって、具体的事件における司法的規制を免れることはできない。裁判所は、具体的訴訟において、信義則、公序良俗などの一般原則に照らし、約款の条項の効力の有無を判断しなければならない。」と判示されている(盛岡地裁判決昭和四五年二月一三日下民集二一巻一、二号三一四頁)。
(二) 商法六六五条違反により無効
商法六六五条本文は、火災保険について、「火災ニ因リテ生シタル損害ハ其火災ノ原因如何ヲ問ハス保険者之ヲ填補スル責ニ任ス」と規定し、同法六四〇条及び六四一条に該当する場合以外の火災事故は広く填補される旨規定している(いわゆる危険普遍の原則)。
同法六四〇条にいう「戦争其他ノ変乱」のうち、変乱とは「いわゆる内乱・暴力革命など人民が組織的暴力を用いて国権に抗争する状態」と解釈されており、全ての地震が「変乱」に含まれると解釈することは困難である。「変乱」について最大限拡張して解釈しても、戦争や変乱に匹敵するような、国家的規模で広範囲に損害を発生させる巨大地震を指すと解するのが合理的文理解釈である。
このように、商法六六五条は、戦争や変乱に匹敵しない程度の地震による火災までも免責とするような地震免責条項の存在を許容していない。したがって、地震免責条項は、同条に違反し、無効である。
(三) 任意法規範からの不合理な逸脱ゆえの無効
(1) 任意法規範からの逸脱についての合理的理由の必要性
右(二)のとおり、商法六六五条が本来予定している免責事由は、法が明示している商法六四〇条及び六四一条だけであり、仮に地震が含まれるとしても、それは戦争や変乱に匹敵する巨大地震のみを指すと解される。
こうした商法六六五条が本来予定する任意法規範のルールから逸脱した地震免責条項は、これを合理化するだけの理由がなければならず、かかる合理的理由が認められない場合には無効というべきであり(河上正二「約款規制の法理」(有斐閣)参照)、以下のとおり、地震免責条項には、右の合理的理由は存在しない。
(2) 地震免責条項の存在意義
いわゆる免責条項と呼ばれているものには、二つの形態がある。
その一つは、被保険者側あるいは被害者側に帰責事由の存する行為があるために、保険金や損害賠償金を支払うことが公正でないと考えられるような場合である。生命保険における告知義務違反、各種保険における故意免責等、いわゆるリスク・モラルに基づく免責はその典型である。
これに対し、被保険者側あるいは被害者側に特に免責事由がないにもかかわらず、保険者や被害者を免責する条項がある。かかる免責条項は、結局はリスクを避けながら企業の保護、育成を図るところにその存在理由があり、例えば、航空旅客運送約款の責任制限条項が挙げられる。
地震免責条項は、後者の類型に当たる免責条項であり、保険会社の保護、育成を図るためのものである。
このタイプの免責条項は、リスクに当該企業が耐え得るほどに成長した場合には、存在理由は薄らぎ、不当に消費者を犠牲にするだけの規定になる。
(3) 今日の保険会社の経営基盤と地震損害
① 関東大震災当時は、日本において火災保険制度が始まった明治二一年から三五年しか経過しておらず、当時の保険会社の罹災契約高は、内国会社、外国会社あわせて一八億八七〇〇万円であり、他方、内国会社の当時の資産は総額で二億三〇〇〇万円に過ぎなかった。
しかし、今日においては、損害保険会社は、以下のとおり、多額の資産を蓄積し、経営基盤が確立した企業体となっている。したがって、地震免責条項によって損害保険会社を保護する必要性はなくなっている。
② 日本の損害保険会社二六社の総資産は、本件地震のあった平成五年度には二七兆六三八六億円にのぼり、元受正味保険料は同年度において九兆九〇七二億円にのぼる。
特に、火災保険における損害率(正味保険料収入に対する支払保険金の割合)は、他の損害保険と比較して圧倒的に低い。平成九年三月における各社の火災保険の損害率は、被告東京海上が33.12パーセント、被告安田火災が33.81パーセント、被告三井海上が34.42パーセント、被告興亜火災が32.83パーセントとなっている。
このように、損害率が三三パーセント前後ということは、保険契約者の支払った保険料の六七パーセント前後が保険契約者に支払われずに保険会社に利益として保有されていることを意味する。荒利率が六五パーセントを超えるような火災保険事業は、明らかに収支のバランスを欠き、契約者の犠牲の上に事業者のみを一方的に利得させる極めて不合理な事業である。
③ 平成七年一月一七日に発生した阪神淡路大震災における火災による被害は、全焼家屋七一一九棟、半焼三三七棟の合計七四五六棟という莫大なものであった。
しかし、右全半焼家屋の全てが平均三〇〇〇万円の火災保険に加入していたと仮定しても、震災による火災保険金支払総額(罹災契約高)は二二三六億円に過ぎない。これは、火災保険会社全社の火災保険契約の単年度受取保険料収入(一兆六〇九九億円)の約一二パーセントに過ぎず、単年度の保険料収入だけでも十分に支払可能である。
損害保険協会は、右震災直後は震災による保険金支払見込総額を、当初二〇〇〇億円と発表していたが、同年四月二〇日にはこれを大幅に下方修正し、一二〇〇億円から一三〇〇億円になる見通しであると発表した。そして、実際に損害保険各社が支払った保険金(地震保険金を含む。)は、約六〇〇億円に過ぎないといわれている。
このように、阪神淡路大震災では保険契約者にはほとんど保険金が支払われなかった一方で、被告東京海上など損害保険会社大手五社は、震災後の平成七年三月期決算によると、合計で二一五五億円もの経常利益を挙げており、これは前年三月期決算と比較して18.2パーセントの増収となっている。
本件地震は、被災総額一〇〇〇億円を超える大災害であったが、阪神淡路大震災と比較すると、より局地的かつ小規模な地震であった。
(4) 台風被害との比較
① 元来、風水害は火災保険で担保されていなかった。
しかし、昭和三四年九月の伊勢湾台風の来襲による大災害を契機に昭和三六年一月一日実施の「住宅総合保険」において、保険金額の三パーセントを風水害保険金として約款に盛り込むこととなった。その後、昭和三七年六月一日に創設された店舗総合保険において、風水害に雪害を加えて「風水雪害保険金」とされるとともに、支払保険金額が保険金額の一〇パーセントとされ、住宅総合保険も同様に改定された。昭和四八年一二月一日に創設された住宅火災保険においても、昭和五九年六月一日の約款改定により風災(台風を含む。)、ひょう災、雪災が担保されるようになり(但し、二〇万円未満の損害は不担保)、あわせて、その他の一般物件及び工場物件用の火災保険約款にも同様の制度が導入された。
この経緯は、免責約款が保険会社の経済的基盤の確立と相関関係にあることを示すものである。
② 被告らは、地震による損害の巨大性から、地震危険は危険分散技術としての保険数理に馴染まないと主張する。
確かに、地震そのものは、大地の振動であり、人間が防ぐことはできないが、地震による被害は、人間の手によって防いだり、小さくすることが可能である。とりわけ、地震の揺れが終了した後の人間の様々な活動、その中で生じる火災などに対する対処は、まさに人間の社会生活との接触によって発生する問題であり、地震が起こっても被害を最小限に押さえようと努力することは可能であり、この点では、台風災害と何ら変わらない。
関東大震災においては大規模な火災が発生したが、これは多数が火を使用していた時間帯に地震が起こったもので、地震と同時に発生した火災が多数を占めていた。また、当時木造家屋が密集していたために被害が拡大した側面もある。しかし、関東大震災以来もかなり頻繁に大地震は発生しているが、損害保険会社の存立の基盤を危うくするほどの地震を原因とする大火災は起きていない。むしろ、一回の被害の巨大性という点では、フェーン現象等による大火や台風等による風水害による損害の方が、大地震による火災に比べて大規模であり、被害も大きい。例えば、損害保険各社は、平成三年九月の台風一九号による被害に対しては、合計五七〇〇億円の保険金を支払っている(うち二七〇〇億円は異常危機準備金を取り崩して支払いがなされた。)。これは、前記の阪神淡路大震災時の火災被害よりも大きなものである。
③ また、被告らは、地震発生頻度の不可測性からも、地震危険は危険分散技術としての保険数理に馴染まないと主張する。
しかし、一〇〇年、四〇〇年の単位で統計をとれば、地震発生の頻度は決して不可測とはいえないことは、地震保険制度が創設されていることからも明らかである。
特に火災保険に関しては、地震発生頻度それ自体が問題となるのではなく、地震直後の同時多発的に発生する火災及びその延焼火災により巨大な損害が発生するか否かが問題となるのである。
この点を考えても、地震と台風を別扱いする必要は全くない。
(5) 他の保険制度、緒外国の火災保険制度との比較
① 生命保険においては、戦争その他の変乱(地震も含む。)で死亡したときには保険金は支払わないとする一方で、「被保険者の死亡数の増加の程度がこの保険の計算の基礎に及ぼす影響が少ないと認めたときは、その程度に応じて死亡保険金の金額を支払う。またはその一部を削減して支払います。」とされている。そして、実際、各生命保険会社は、本件地震による死亡についても、「保険収支全体に影響を与えるほどの被害規模ではない。」と判断して、生命保険金の全額を支払っている。
生命保険と一般の火災保険では、地震における保険数理の考え方は異なるかもしれないが、それはあくまでも量的な差に過ぎない。火災保険についても、生命保険同様、保険料率の算定を基準として、保険金支払いの可否、程度を決めることは十分に可能なはずである。
② 農業協同組合(以下「農協」という。)の建物更生共済では、地震、津波による損害について、北海道では一〇〇パーセント、その他の地域では五〇パーセントの保険金を支払う旨規定する一方、生命保険と同趣旨の共済の経営に重大な支障を来す場合に対する保険金支払いの削減条項が存在する。そして、実際、本件地震による建物被害についても、右条項を適用することなく、共済金の全額を支払っている。
現在の共済制度では、準組合員又は員外利用が認められているものが多いこと、共済金額も一〇〇〇万円以上のものが多く、被告ら主張の給付反対給付均等の原則に則っていることが多いことなどの実態に照らせば、共済事業は、実質上保険事業と同じ性格をもっており、その一つの典型が建物更生共済に他ならない。
③ アメリカでは、地震による火災を通常の火災保険で担保した上で、地震による建物の損壊を火災保険の特約として担保する方式が行われている。
イギリス、フランス、ニュージーランドでは、地震による火災、損壊も、火災保険又はこれに自動付帯する地震保険でカバーされている。
このように、多くの先進国では、地震による火災も火災保険又はこれに自動付帯する地震保険で担保されており、しかも通常の火災の場合と同額の保険金が支払われる制度が採られている。
地震が火災保険の中で特殊な取扱いをされているのは、日本独自の制度である。
(7) 小括
以上を総合すると、今日の損害保険会社は地震免責条項によって保護、育成されるべき存在であるとはいえない。地震免責条項に存在理由があるとすれば、地震と同時に広範囲にわたって多発的に火災が生じ、被害額自体が損害保険会社の経済的基盤を崩壊させる程度まで至った場合である。このような場合でないのに、全ての地震火災を免責することは、損害保険会社に不当な利得を得させるだけの不合理な結果になる。
このように、地震免責条項は、商法六六五条の規定する任意法規範を合理的な理由なく逸脱しており、無効というべきである。
(四) 漠然、不明確ゆえの無効
約款は、多数契約の画一的処理を予定している条項であるから、客観的、画一的、統一的に解釈可能な条項でなければならない。
しかるに、地震免責条項の「地震またはこれによる津波『によって』生じた損害」という文言中、「によって」に如何なる内容を盛り込むかは解釈作業を要する。
このように、一般的、抽象的な解釈が不可能な約款は、事業者による恣意的な運用解釈がなされるおそれがあり、存在自体が許されないものというべきであり、無効である。
(五) 公序良俗違反
地震免責条項は、前記のとおり、経営基盤の確立した保険業者を不当に利するだけでなく、規定自体が漠然不明確で、免責範囲が不当に広く解されるおそれがあり、保険業界がその経済的優位を背景として一方的に設定する約款の条項としては著しく正義に反し、公序良俗に反しており無効である。
(六) 信義則違反
仮に地震免責条項が有効であったとしても、前記のとおり、事業者が作成し、自らを一方的に利する免責条項の援用は、公平に反しており、信義則上許されない。
(七) まとめ
以上のとおり、地震免責条項は無効であり、又は、その援用は信義則に反するから、被告らによる右条項の適用の主張は許されない。
2 被告らの主張
(一) 約款に対する内容的規制について
約款が裁判所による法的判断の対象となることは被告らにおいても異論がない。また、行政上の認可を受けていても、そのことに変わりがないことは勿論である。
しかし、明治三三年の旧々保険業法施行以来、地震免責条項を含む火災保険普通保険約款は、主務官庁の認可を受けてきた。地震免責条項を含む被告らの本件約款についても同様であり、主務大臣の認可を受けている。そして、この認可は、後記のとおり、保険事業の公共性から要請される行政的規制としてなされているのであり、行政庁は保険会社及び保険契約者の双方の不利益とならないように、約款の内容を審査、審理し、一方当事者に特段の不利益が生じないような制度上の仕組みが確立しているのである。
そして、火災保険契約における地震免責条項は、以下のとおり、無効と解すべき事情は何ら存在せず、有効であることは明らかである。
(二) 損害保険制度について
(1) 損害保険制度の成立の基礎
我々の社会生活は、常に、偶然で予測のできない様々な事故のために、その円滑な運営や発展を阻害される危険にさらされている。
企業や個人は、収入の中からその一部を備蓄して、各自において不測の損害に備えておくことが考えられるが、個々人や一企業には、どのような事故に遭遇するのか、それは何時のことか、その際の損害はどの程度のものとなるのか予測することができない。したがって、そうした損害を填補するのに必要十分な貯蓄計画を立てることは不可能であるし、漫然と貯蓄を続けることは不経済であって、災害対策としては不十分である。
しかし、個々の経済主体についてみれば全くの偶然で予測のつかないことであっても、火災や盗難などの特定の危険について、多数の中でこれを観察すれば、一定の期間内にそれが現実に発生する度合は確率的にほぼ一定する(大数の原則)。したがって、その危険発生の頻度や損害の範囲は、過去の経験実績、その他の資料に基づいた統計的手法によって確率的に予測することが可能である。
このような確率的予測を基礎に、同様の危険にさらされている者が集まって、集団として個々の損害を補うための共同の備蓄を用意するシステムが発見され、発展してきたのが保険である。
この保険制度によって、個々の加入者にとっては予測が困難な損害についても、全体としての損害額が計算され、個々の加入者は比較的少額の負担によって損害に対処することができるのである。
(2) 損害保険制度における諸原則
① このように、保険制度は多数の保険加入者の資金を備蓄して共通の危険に備えるものであるから、徴収する保険料の総額と支払保険金の総額とは均衡していなければならない(このことを「収支相当の原則」という。)。
損害保険は、「共通の危険」にさらされた経済主体がその危険の種類ごとに集合して資金を集積し、保険団体を形成するものであるから、右収支相当の原則は各保険会社ごとに適用されることになる。
② また、私保険事業においては、個々の保険加入者の事故発生の危険率等に応じて保険料の額を割り振り、他方、保険加入者は、その支払った保険料に応じて、すなわち保険料と対価的均衡関係にある損害の範囲においてのみ保険金の支払いを受けることができる(このことを「給付反対給付均等の原則」という。)。
(3) 保険の技術性と団体性
このように、保険の運営においては、個々の保険団体ごとに、保険事故発生の確率を測定して保険団体全体としての予想損害額を算出し、これを各保険加入者の危険率等に応じて割り振り、支払保険金の総額と徴収保険料の総額の均衡を維持していかなければならない。かかる意味において、保険は、高度の数理的計算を基礎とする極めて技術的な性格を持つ制度であるといえる(保険の技術性)。また、保険制度は、大量の保険加入者によって共同の備蓄を形成し、危険の分散を図るものであるから、個々の保険加入者は保険団体の構成員としての性質を有し、保険団体内部における危険の公平な分散のために各種の制約に服することとなる(保険の団体性。以上につき、乙ロ三三、三五参照)。
(4) 保険事業に対する行政上のルール
保険者は、契約者から受領した保険料をプールして、確実に保管、運用していかなければならない。
また、損害保険事業が健全に経営されることは、国民生活や企業活動を災害から守るという公共性を有するだけでなく、経済的に有用だが危険も大きい企業に対する投資が可能となり、担保物件の価値を確保することにより資本の回転を高めるという意義もある。
更に、保険の技術性から、一般契約者は保険料率について判断材料をもっていないし、保険契約は保険事業者が作成した定型的な約款により締結されるので、自由な契約に任せておけば保険契約者に不利になるおそれがある。
こうした保険事業の公共性のため、以下のような行政的規制がなされている。
① 保険業法の規律
ア 保険事業を行おうとする者は、保険事業の種類毎に主務大臣の免許が必要である。
免許申請に当たっては、基礎書類(保険約款、保険料及責任準備金算出方法書、定款、事業方法書、財産利用方法書など)を主務大臣に提出しなければならない。また、基礎書類の内容を変更するためには、主務大臣の許可が必要である。なお、保険の料率は、保険料及責任準備金算出方法書により認可を受ける。
イ 保険会社は、事業に関し、主務大臣に報告し、主務大臣は、金融検査官を派遣して業務、財産の状況等について検査をする。主務大臣は、業務、財産の状況により必要があると考えるときは、業務執行方法の変更、財産の供託その他監督上必要な命令をすることができる。
保険会社は、基礎書類により経営内容を規制され、報告や検査によって常時業務、財産の状況を把握され、必要があれば業務方法の変更等の命令を受けるなど、会社運営のあらゆる分野において主務大臣の監督を受けている。
ウ 会社の組織、経理、財務について、相互会社を定める他、商法の会社法の規定に対する特別規定を定め、契約の包括移転など民事法の分野の一般規定の修正変更などをしている。
② 損害保険料率算出団体に関する法律による規律
公平な保険料率を算出すること等を目的として、同法に基づく特殊法人である損害保険料率算定会が設立されている。
算定会には、全ての損害保険会社が会員として加入している。
算定会は、保険料率を算定して、大蔵大臣の審査、認可を受ける。損害保険会社は、大蔵大臣の認可を受けた右保険料率を守らなければならず、右料率によらない場合は別途大蔵大臣の認可を受ける必要がある。
(5) 火災保険料率の決定方法
① 算出団体法九条は、保険料率は「合理的且つ妥当なものでなければならず、又、不当に差別的なものであってはならない。」と定めている(損害保険料率の三原則)。
ア 合理性とは、危険度の高いものには高い料率を、危険度の低いものには低い料率を算出すること、すなわち、料率は危険度に対応したものでなければならないということである。
イ 妥当性とは、料率水準が高すぎず低すぎず、保険事業が健全に発達できるような妥当なものでなければならないことをいう。
ウ 公平性(不当に差別的でないこと)とは、同じ危険度のものに対しては同じ料率を適用することをいう。
② 火災保険の保険料は、損害の填補に充てられる部分(準保険料という。)と、保険業を成立させるための付加保険料(一般管理費、人件費、営業費、損害調査費、適正利潤など)から構成される。
③ 火災保険の純保険料率は、出火危険(火災が発生する危険がどの程度あるか)、燃焼危険(出火が発生した場合、どの程度燃えるか)、損傷危険(火災の結果、その物がどの程度経済的価値を失うか)という三つの要素(火災危険の三要素)を考慮して決められる。
具体的に検討されるべきポイントは、所在地(気温、湿度、風力、地勢、都市の構成、消防力)、建物の建築状態、用途、環境、施設消防力などである。
④ 具体的な純保険料率の算出は、主として「都市火災危険度測定法」(菱田方式とも言われる。)により計算される。
これは、市街地を形成する一定の地域(街区。道路、河川、空地等により囲まれた範囲)を一つの火災危険体をみなし、一定期間(例えば一年間)の間にそこに生ずる火災出火回数、一火災の焼失面積を求め、当該街区の建物の総床面積に対する一定期間の焼失面積の割合を千分率で表示するものである。
焼失面積は、火が「燃え」拡がろうとする力と、出火後と出火後のある時点からこれを「消し」止めようとする力の争いとして把握される。
「燃え」を構成する要素は、地域の建物の構造、階数、規模、建ぺい率、道路状況などがある。「消し」を構成する要素は、消防の駆け付け時間、水利、消防自動車等の機械力などがある。そして、双方に風速などの気象条件が大きな影響を与える。
所与の「燃え」の条件下での火災の進み方、火面の広さを時間的推移において計算すれば、これを鎮火させるために必要な水量が決定される。次に、所与の条件下で、時間的経過においてどの程度の消防放水量が可能かが計算される。この消防放水量によって、出火から制圧までの時間が決まり、この間に生じるであろう焼失面積も算出される。
右の街区ごとの計算をもとに隣接街区からの延焼危険を加算し、保険料率算定のためより広い範囲の地域について定めようとする場合は、平均値を計算する。
⑤ 以上のように、火災保険料率は、大量の情報を集積し、工学的に計算された上で算定される。
この結果、例えば住宅物件では、建物所有者ごとに(最小行政単位よりも小さい「等地」をベースとして、料率は九種類に分けられている。)、かつ、建物の構造(四段階に分けられている。)によって、火災保険料率は異なる。
⑥ 平成五年度に、この同一の料率のもとに契約された火災保険契約は、全国で一億九〇〇〇万件にのぼる。
(三) 地震免責条項の存在理由
(1) 地震が極めて恐るべき危険であり、右のような損害保険の制度にあって、保険に馴染みにくい異常危険であることは、識者の一致して認めるところである。
その理由として、次の諸点が挙げられている。
① 地震損害の巨大性
地震は異常に巨大なときがあり、その損害が日本の損害保険事業の担保能力を遥かに超えることも起こり得ると考えなければならない。
例えば、関東大震災の損害額は、昭和四〇年当時の貨幣価値で二兆円と算定されている。また、関東大震災に被災した建物のうち、火災保険に付保されていた建物の保険金総額は当時の貨幣価値で一五億九〇〇〇万円であったところ、当時の損害保険会社の総資産は二億二〇〇〇万円に過ぎなかった。関東大震災による損害は、その前後一〇〇年間の地震損害の八割を占めたといわれるほどである。
仮に地震被害を保険事故として、極めて長期の期間をベースにした保険制度を考慮しようとしても、保険料収入が備蓄しない段階で巨大地震があり、巨大損害が発生すれば、保険制度がたちまちに破綻することは明らかである。
② 発生、被害予測の困難性
地震は、かなりの長期間をとってみても、その発生の時期、規模、場所がいずれも不規則であり、かつ、同一規模の地震でも自然条件及び社会条件によって損害額が大きく左右される。そのため、地震災害には、保険の技術的前提である大数の法則が通用せず、平均損害額の算定ができない。
また、地震は、保険料率算定の前提である「燃え」、「消し」の要素を大きく変えてしまう。
すなわち、地震は、「燃え」の要素からいえば、通常考えられない火源の発生(電気のショート、摩擦等)、通常考えられない火源と着火物の接触による出火をもたらし、土地空間が木材で埋まるなどして延焼が容易となり、家庭の防火壁の脱落、開口部の破損、拡大により着火が容易となる。さらに、可燃物の散乱による延焼の助長等をもたらす。また、「消し」の要素からいえば、早期発見、初期消火の障害(身体の安全が優先される。)となり、水道の断水等も初期消火を無力化する。消防施設、機材の損傷の他に消防担当者の参集の障害をもたらし、瓦礫や大渋滞により道路通行障害が起こって、防機材、人員の火災現場へのアクセスの障害が起こる。さらに、水道の断水や防火水槽の破壊による水利の障害や瓦礫等による水利へのアクセスの障害をもたらし、可燃物の散乱は、消防を困難にする。このように、地震は、平時とは大変に異なる状況をもたらすのである。
したがって、地震による火災損害を一般の火災保険の大数の原則に基づく料率計算に算入することは不可能である。
③ 逆選択の危険性
地震は地域的に頻度差が大きく、また、一旦地震が発生すれば、一定地域に長期に地震が反復する傾向もみられる。
それ故に、地震の危険を強く感じる地域の人だけが集中的に保険に加入したり、危険意識のある時期にだけ保険に加入する等の傾向が生じ、危険の平均化が難しい。
(2) 以上の理由により、地震多発地帯に位置する我が国においては、民営の保険によって地震損害を填補することが極めて困難であるため、火災保険においても、その発足当初(明治二一年)から今日に至るまで、地震損害を火災保険の保険事故の対象とされたことはなかったものである。
(四) 保険の諸原則と地震免責条項との関係
(1) 前記の収支相当の原則及び給付反対給付均等の原則は、保険の財政的基盤を維持し、保険を公平かつ有意ならしめるために必須の根本原則である。
(2) このうち、収支相当の原則からの帰結として、特定の危険を免責として保険の担保範囲から除外する場合には、その保険団体において当該危険が担保されないことを前提に収支が均衡するよう保険料率が計算されなければならない。
この理は地震火災による損害についても例外ではなく、火災保険においては、地震損害を填補しないことを前提として、単年度で収支が均衡するよう、高い精度をもって保険料率の計算がなされている。
したがって、火災保険においては、地震損害を填補するための原資が蓄積されておらず、地震火災による損害に対する保険金の支払いを拒絶しても、保険会社に特段の利益が生じることはあり得ないのである。
(3) このことは、反面において、保険加入者は、火災保険に加入しただけでは地震保険の填補を受けるに足りる対価を負担していないことを意味する。すなわち、個々の保険加入者は、保険団体の総損害額からの各自の危険率に応じた保険料の負担をするのであるから、総損害額の中に地震保険が含まれていなければ、必然的に個々の保険加入者の負担する保険料には地震損害の填補のための原資が含まれていないのである。
そして、給付反対給付均等の原則からの帰結として、保険会社が相当な対価を得ずに保険金を支払うことは許されない。
万一、そのようなことがあれば、特に優遇された者は他の一般契約者の負担において利益を享受することになるし、また、危険団体の計算の基礎を危うくし、保険制度が瓦解するに至るからである。
(4) したがって、地震免責条項が保険会社を不当に利する条項となることは構造的にあり得ず、まして、原告主張の公序良俗違反の問題など生じる余地がなく、また、火災保険契約に基づく地震損害の填補の請求は、保険制度の本質に照らして認められるものではない。
(五) 地震免責条項の有効性に関する学説及び判例
(1) 地震免責条項を定める約款の有効性に関する学説は、その理由付けに若干の違いがあるものの、今日において、商法六六五条が任意法規であり、地震免責条項が有効であることについては、異論はない。
(2) 大正一二年の関東大震災の際に、震災火災によって家屋を焼失した人々によって多くの保険金請求訴訟が提起され、地震免責約款の有効性が争われたが、大審院は地震免責約款を有効と認め、原告らの請求をいずれも棄却した(大審院判決大正一五年六月一二日民集五巻八号四九五頁)。
以後、大正一四年の北但馬地震(大審院判決昭和九年一月一七日法律新報附録三五七号二五頁)、昭和八年の三陸沖地震(宮城控訴院判決昭和一二年一二月二八日法律新聞四二二七号五頁)のときにも、それぞれ保険金請求の訴訟において地震免責条項を有効とする判例が言い渡されて、この問題に関する判例は確立し、昭和三九年の新潟地震の際には、地震免責条項の解釈が争われたものの、もはやその効力が争われることはなかったのである(東京地裁判決昭和四五年六月二六日判時六〇二号三頁。以下「新潟地震判決」という。)。
(六) 地震保険制度の創設について
(1) 他方、新潟地震を機に、地震損害を填補するための独立の保険制度の必要性が認識されるに至り、昭和四一年五月一八日、「地震保険に関する法律」(法律第七三号。以下「地震保険法」という。)が制定された。
同法は、地震保険を実現するために、前記の各問題点を次のような手法によって回避している。
すなわち、①保険の目的を居住用建物と生活用動産に限定し、保険制度に支払限度額を設け、かつ、一回の地震についての総支払額を制限して支払保険金が過大になることを回避し、②保険会社が一定額まで損害を填補し、これを超える損害については、政府の再保険制度を採用して民営ベースに乗せ、③地震保険を火災保険に付帯させてのみ締結することにして逆選択の防止を図ったのである。
(2) 地震保険の保険料率は、一四九八年から一九六四年までの四六七年間に、日本及びその周辺で発生し災害をもたらした計三三一の地震を参考にし、地震保険発足当時の被害額を想定して算定された。昭和五五年の地震保険制度改定の際にも、理科年表に記録されている一四九四年から一九七八年までの四八五年間の計三四九の地震を基礎に損害が推定され、保険料率が算出されている。
(3) このように、地震保険は、約五世紀にわたる異常に長い期間を料率計算の前提にし、保険金の上限を課す等の様々な制約を設けて、初めて実現可能となったものであり、このことは、地震損害を現在の火災保険によって付保することがおよそ不可能であること、そして、それ故に地震免責条項が合理性を有することを端的に示している。
(4) 以上のとおり、我が国の歴史上再三にわたって地震免責条項の有効性が司法的に確認されているのみならず、新潟地震の後に立法的に創設された地震保険制度はその目的及び制度上の特色から明らかなとおり、地震免責条項が有効であることを当然の前提としており、地震免責条項の有効性については、もはや異論をさしはさむ余地はないといわなければならない。
(5) また、火災保険によって地震火災による損害を填補すべきか否かという問題は、すぐれて保険制度改革上の問題である。
火災保険によって、地震火災損害を填補することがいかに困難な問題を含むものであるかは、右のとおりであるが、仮にそのような困難を克服できたとしても、火災保険によって地震火災損害を填補することとすれば、保険料の大幅な増額は避けられず、また、火災保険加入者に地震保険への加入を強制することと同じ結果となる。これは、保険加入者の商品選択の自由を制限し、地震損害の填補を欲しない者にまでその対価の負担を課することに他ならない。現行地震保険制度は、右のとおり、これらの問題についても、十分な熟考がなされた上で制定され、整備されてきたものであり、現状において、保険制度による地震保険の救済の手法として、一応の完成を見たものである。
したがって、火災保険契約における地震免責条項についての解釈論によって、この制度の基本的な枠組みを左右することはできない。
(七) 原告らの主張に対するその他の反論
(1) 商法六六五条違反により無効との主張について
同条が任意法規であることは、前記のとおり異論がなく、確立した判例である。
(2) 任意法規範からの不合理な逸脱ゆえの無効との主張について
① 原告らは、保険事業が法に基いて行政庁(大蔵省)の規制、認可を受けていることを軽んじる一方で、民商法の任意法規範は国家が作成したものとして、合理的な理由がない限りは改変できない旨の主張をしている。
しかし、民商法の任意規定は、当事者間で契約内容が明らかでない場合に意思を推定するための規定である。当事者は、公序良俗に反しない限りは、自由にルールを設定して何ら差し支えないし、そのルールは任意法規と異なっても何ら問題はない。
民法の典型契約が少数であり、また、各契約類型のルールも少なく、時代の変遷に応じて改変されてこなかったのは、時代の必要に応じて約款などの附合契約が機能してきたからである。保険法についても、損害保険法制研究会が平成七年に商法の保険法の改正案を発表し、その中には当然、火災保険の地震危険不担保も明示されており、これを争う者もいないが、約款で機能しているために、立法されるに至っていないだけである。
このように、任意法規からの不合理な逸脱の場合には無効であるとの原告らの主張は、民商法の根本原則に反する独自の論に過ぎない。
なお、原告らは、河上教授の学説を自己に有利に援用する。しかし、同教授の学説は、ドイツ約款規制法九条二項により従来の任意法規が事実上半ば強行法規的なものに変えられたドイツの法体系及びこれを前提とするドイツの学説を下敷きにしたものであって、必ずしも我が国の法体系に沿うものとは認められないし、同教授は、任意法規範に反する約款が無効であるか否かについては何ら言及していないのであるから、これを原告らの論拠として引用することは正しくない。
また、同教授のいう「任意法規範」とは、現行の「任意法規」を意味するものではなく、任意法規の本質的基本的思想とでもいうべき思想的抽象的な規範を指すのであり、そのあるべき姿も、現実の取引類型に即して一つずつ作り上げられなければならず、その意味では約款との相互作用によって形成されるべき未完成なものとされている。
そして、同教授は、商法六六五条又は地震免責条項について、原告引用の「約款規制の法理」の中では全く触れていないのであり、同教授の学説に立脚した原告らの主張のうち、商法六六五条が「任意法規範」であるとの点、同法六四〇条及び六四一条以外の免責事由を定めるにはそれを合理化するだけの理由がなければならないとの点、地震免責条項には合理的存在理由がないとの点は、全て原告らの独自の見解に過ぎない。
② 地震免責条項は、原告が指摘する航空旅客運送事業における責任制限とは異なり、保険会社を保護、育成するためのものではない。
前記のとおり、地震危険は、大数の原則が働かない危険であり、そもそも全体として予測計算される損害の中に地震危険に基づく損害は計算されていないのだから、地震免責条項によって保険会社が地震損害に保険金を支払わないことは、保険会社に利益をもたらすものではない。また、前記のような地震保険によらずに火災保険によって地震損害が担保されるとした場合には、前記のとおり、多額の保険料となり、結局、国民は一般の火災保険の利便を享有することができなくなってしまう。
このように、地震危険を火災保険の保険事故の対象としないことは、保険事業に内在する根本的な制約によるのであって、保険事業の保護、育成という産業政策としての措置ではない。
③ 地震免責条項が過剰に損害保険会社を利するだけの条項であるとの原告らの主張は、誤解に基づくものである。
ア 第一に、日本の損害保険会社の保有する総資産の多くは、将来の保険金や満期返戻金に充てるべき保険契約準備金であり、保険会社にとっては預り金の性質のものである。
第二に、保険料収入と支払った保険金との差額の全てが保険会社の利益となるわけではない。正味収入保険料は、保険金支払いのファンドとなる他、代理店手数料、保険会社の保険事業運営のためのコストからなる。また、保険業法一一六条一項は、毎決算期において、保険契約に基づく将来における債務の履行、すなわち損害に対する保険金の支払い、中途解約の場合の返戻金支払い等に備えるため、責任準備金を積み立てることを義務付けている。火災保険事業は、膨大な件数の事業であり、経費がかさむということは避けられないところである。
イ なお、被告各社の平成三年度から平成六年度までの事業損益は次のとおりである。
平成三年度
被告安田火災 一〇二億円損失
被告東京海上 一〇七億円損失
被告三井海上 二七億円損失
被告興亜火災 三一億円損失
平成四年度
被告安田火災 一九億円利益
被告東京海上 五一億円利益
被告三井海上 五三億円利益
被告興亜火災 一五億円利益
平成五年度
被告安田火災 七三億円損失
被告東京海上 七六億円損失
被告三井海上 三億円損失
被告興亜火災 一二億円損失
平成六年度
被告安田火災 八一億円利益
被告東京海上 八三億円利益
被告三井海上 六一億円利益
被告興亜火災 八億円損失
ウ 原告の主張は、要するに、保険会社は利益を上げているのだから、原告らに保険金を支払わないのは不当であるとの主張であろうが、これはもはや感情論としかいいようがない。
契約社会において、もし一方が利益を上げ、他方が利益を上げ得なかったならば、契約内容の拘束力は無視され、利益ある者は、利益のない者にその利益の一部を支給すべきであるとするのなら、契約を締結して数多くの事業を行う現代人は何を信用して経済活動を行えばよいのであろうか。契約や約款は、そのとおりの効力が付与されるとの予測を与えるが故に経済活動が可能になるのである。それを、利益が上がれば契約内容が否定されるとすれば、自由主義経済体制は崩壊してしまうことは明らかであり、政治的論議であれば格別、法律論としては採り得るものではない。
④ 生命保険、建物更生共済との比較
ア 生命保険について
生命保険の災害死亡特約において、地震による死亡についても「この保険の特約の基礎に及ぼす影響が少ないと認めたとき」には災害割増保険金の全額又はその金額を減額して支払う旨の規定があるのは、生命保険会社のほとんどが相互会社を構成してその運営を行っていることに基づいている。相互会社は、社員の相互扶助の精神が根底にあり、保険事業体がいったん危殆に瀕した場合には契約者である社員も事業体と運命を伴にするものである。
損害保険と生命保険は、その拠って立つ思想、保険の構造に差異があり、それぞれ合理的なルールが設定されているものであり、また、その特色に沿った約款がそれぞれ合理的なものとして大蔵大臣の認可を受けているのである。
原告らの主張は、原告らと被告らとの間の契約とは全く無関係な生命保険の約款の一部を引用するものであり、失当である。
イ 建物更生共済について
共済は、基本的には相互扶助に基づくものであり、保険会社が会社の責任において保険事故に対して保険金支払いを約束する保険事業とは性格が異なる。それらの共済においても、約款で地震損害を共済事故から除いている。
農協の建物更生共済は、火災共済の中でも特殊な共済である。
第一に、通常共済事故に対して支払われる共済金は損害を受けた建物の価格であるが、建物更生共済の場合は、建物の再調達価格が支払われることとされている。建物の時価と、新たに同種の建物を建築する費用とは同じではないから、結局建物更生共済は一種の貯蓄としての性格を併せ持つものである。
第二に、建物更生共済では、約款上地震損害を共済金支払いの対象としている。
このように、建物更生共済と被告らの火災保険とは、その拠って立つ思想が異なり、また契約内容が異なるのであるから、両者を同列に論ずることはできない。
⑤ 台風被害について
台風は一年間に何個くらいが発生し、このうち何個くらいが我が国に上陸するかは統計的に明らかである。台風の接近は天気予報などで刻々と通報されるため、実際に被害を受けそうな地域では予め対策を立てることができる。また、台風においては、段々と風雨が強くなって次第に弱まっていく。
これに対し、地震の場合は、発生について統計的に予測し難く、また瞬時に発生して大被害を与えるという性質がある。
したがって、両者を同列に論ずることはできない。
(3) 漠然、不明確の故に無効との主張について
地震免責条項は文理上はっきりしており、何ら漠然、不明確な点はない。
地震免責条項の「による」又は「によって」という文言を含む規定が、抽象的な解釈が可能であるから存在自体許されないというのであれば、同様の文言を含む火災保険普通保険約款一条(保険金を支払う場合)の規定や、民法七〇九条、自賠法三条の規定等も存在が許されなくなるはずであり、原告らの論旨は明らかに破綻している。
(4) 公序良俗違反、信義則違反との主張について
先のとおり、いずれも合理的な根拠を欠く独自の見解であり、失当である。
(八) まとめ
以上のとおり、地震免責条項には、無効となるべき事情は存せず、また、被告らがこれを援用して原告らの火災保険金の支払請求を拒絶しても何ら信義則には反しない。
三 争点1(三)(本件損害は免責事由である地震火災による損害に該当するか)について
1 原告らの主張
(一) 制限解釈論
(1) 前記のとおり、地震免責条項は、地震損害の巨大性、予測不可能性がもたらす結果から損害保険会社の経営基盤を保護するというところにその存在意義がある。
したがって、地震免責条項は、火災被害が損害保険会社の経済的基盤を崩壊させ、正常な保険業務が不可能となるに至った場合、すなわち、「保険数理崩壊型地震」の場合にのみ適用され、それに至らないような本件地震程度の局地的、小規模な地震の場合には適用されないと解すべきである。
(2) また、約款の解釈に当たっては、作成者が一方的に自己に有利な約款を作成しかねないという実態からして、解釈によって公正さを保つために、文言から複数の解釈が考えられる場合には、作成者に不利に解釈すべきである(「疑わしきは作成者の不利益に」の解釈原則)。この解釈原則は、国際的にも一般的な基準として承認されており、ドイツやスウェーデンにはその旨記載した法律規定がある。そして、地震免責条項にいう「地震」とは、「保険数理を崩壊させるに足る地震」と解するか、より広く「地震一般」と解するのか、いずれとも読める余地がある。そこで、「疑わしきは作成者の不利益に」の解釈原則に従って、前者の意味に解釈すべきである。
(二) 地震免責条項の解釈
(1) 約款の文言は、一般人がどう認識するであろうかという観点から解釈されるべきである。約款は事業者が他人との間で社会関係を形成するものとして作成し相手方に提示するものであるから、提示される者の理解するところをも重視しなければならないからである。
(2) 右の観点からすると、地震免責条項における「地震による火災」、「地震による延焼」という場合の「地震」とは、「大地の揺れ」そのものを指すものと解すべきである。これが、一般保険契約当事者が地震免責条項を素直に読んでみた場合の通常の意思だからである。
したがって、「地震による火災」とは、大地の揺れを原因として出火した場合であり、「地震よる延焼」とは、既に発生していた火災が大地の揺れを原因として延焼した場合を指すと理解するのが通常である。
被告らは、「地震による火災」、「地震による延焼」を、地震と相当因果関係のある火災、延焼と解すべきであると主張するが、被告らは、相当因果関係の内容を明らかにしておらず、また、そのように解釈すべき理由も明らかにしておらず、かかる不明確な解釈は失当である。
(3) 第一、第二類型について
右のとおり、「地震」とは「大地の揺れ」そのものを指すから、地震免責条項に当たる地震損害のうち、第一、第二類型にいう「地震による火災」とは「大地の揺れを直接の原因として出火した火災」と解すべきである。具体的には、地盤の揺れによってストーブが倒れたり、炊事中のガスの火が家の中に燃え広がって火災が生じたような場合をいう。地震によって世情が騒然とした中で放火がなされたといった、人為的要素が介在する場合は含まれないし、また、地盤の揺れによってガス管に亀裂が生じてガス洩れを起こし、そこに煙草の火が引火して火災が発生したとか、電線の被膜が破れた状態で通電が行われたためにショートして火災が発生したといった場合も人為的要素が介在し、地震を直接の原因としていないから、第一、第二類型には該当しない。
新潟地震判決も、「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災及び延焼その他の損害」という表現をしていた当時の地震免責条項について「『原因が直接』というのは、たとえば現に火力を用いつつある場合に地震によって建物が倒壊して火災を生ずるような場合を指し、『間接』というのは、たとえば現に火力を生じていない場合に地震によって薬品等可燃性の物質が転倒するなどして摩擦等を起こし、これにより発火して火災を生じた場合を指す」としており、「地震による」というのは、地震の揺れが直ちに火災を発生させることを意味することを明らかにしている。
(4) 第三類型について
① 地震免責条項に当たる地震損害のうち、第三類型に該当するというためには、「延焼又は拡大」の元となった火災が地震発生前に生じていたことを要する。
地震免責条項は、昭和五〇年に大蔵省の認可を受け、同年四月一日以降実施された。この約款の変更は、第三類型が当時の地震免責条項には含まれないと判断した新潟地震判決を受けて、第三類型も免責の対象となるよう付加したものである。
したがって、第一、第二類型と第三類型とは、明らかに内容が異なるのであって、第三類型にいう「延焼又は拡大」という概念は、火災が既にあることを前提としたものである。このことは、右約款変更申請において、「火災火元が地震等によらないときでも、その延焼が地震等によってもたらされた場合については免責の対象である旨を明確に」するためであるとの申請理由からも明らかである。
② また、「延焼」は、「地盤の揺れ」を直接的な原因として生じたものに限られる。すなわち、地震発生前に原因を問わず発生していた火災が、地震を直接的な原因として延焼した場合を指すと解すべきである。そうでなければ、地震によって火災は生じなかったが、道路封鎖が生じてしまった状況下で放火がなされ、その火災が延焼した場合に、火元火災は保険事故とされるが、延焼火災は保険事故とならないという不合理な結果をもたらすことになる。
具体的には、火災は発生している家屋が地震によって倒壊して隣家に燃え移ることに限られ、地震によってライフラインの機能が低下し、消防力が多かれ少なかれ低下した状況下で、何らかの理由で火災が発生し、風、道路閉鎖、消防力の低下、木造家屋の密度による、輻射熱による延焼拡大は含まれない。
③ 仮に被告らの主張するように、地震と相当因果関係にある原因によって火災が拡大したというだけで第三類型に該当すると解釈しても、延焼と地震との間に因果関係が認められるためには、原因不明の火災が発生し、その拡大に地震が寄与したことが社会通念上相当といえることが必要である。この地震の寄与の有無は、地震によって生じた社会的状況、消火活動の妨害の事情等の諸事情を総合考慮しなければならない。
したがって、地震のない平常時においても延焼が生じたであろう場合には、地震と延焼との因果関係は否定されるべきであるから、地震と延焼との因果関係が肯定されるためには、平常時なら延焼しなかった火災が、地震によって延焼したことの立証が必要である。
(三) 因果関係の判断方法
(1) 立証責任
商法六六五条は、火災保険について原因を問わず保険金を給付するのが原則であることを規定し、その例外として法定の免責事由として同法六四〇条、六四一条を準用しているのであって、その他に特約による免責事由が認められるとしても、それはあくまでも例外的なものに止まる。そこで、免責事由が存在するとの主張は、被保険者の保険金請求に対する保険会社の抗弁と解される。
本件においても、原告らの保険金請求に対して、被告らが本件火災は地震免責条項に該当するとして保険金の給付を拒否しているのであるから、本件火災が地震免責条項に該当することは被告らが立証すべきである。
(2) 新潟地震判決は、「保険者はそのてん補責任を免れるためには、火元の火災が地震に因って生じたものであることを主張、立証することを要する」とした上で、特に争いがあった第二火災の出火状況について、出火時刻、出火場所、出火原因等の具体的事実を詳細に検討し、「本件第二出火の火元の火災は、間接的にではあるが、本件地震に因って生じたものというべきである」との結論を導いている。
本件においても右新潟地震判決と同じ程度に事実認定をするならば、まず、出火状況、出火場所付近の建物等の位置、さらに本件建物のそれぞれの位置を特定して、本件各建物の出火時刻を推定すべきである。
次に、出火場所から延焼していった具体的状況を明らかにして、各建物内部における当時の他の出火原因の有無を検討し、本件建物のそれぞれの出火原因について具体的に明確にする必要がある。例えば、ガスコンロが燃えたためか、電気ストーブが過熱したためか、電灯線が切れてスパークしたためか、原告らが逃げる際にストーブを倒したためか、タバコの火を消し忘れたためか、などである。
さらに、本件各建物が延焼によって焼失したものであるなら、どのように延焼していったのか、例えば、風によるものか、飛び火ならどの家からどう火が飛び移ったのか、その火が飛んだ原因は何か、流出した灯油に飛び火したのであればどこの灯油がどこまで流出したためどこの火がどの地点からどのように燃え移ったのか、などを、具体的に明確にする必要がある。
以上のような具体的事実を詳細に明らかにした上でなければ、本件火災と本件地震との間に因果関係があるとはいえない。
(3) 阪神淡路大震災に関して出された判決においても、出火地点の正確な把握や、出火原因を示す客観的な証拠もないまま、地震免責条項における第一、第二類型への該当性を認めた判決は存在しない。
第三類型への該当性に関しても、地震のない平常時においても延焼が生じたであろう場合には因果関係は否定され、平常時なら延焼しなかった火災が、地震によって延焼したことが認められた場合に初めて因果関係を認める、という判断枠組みが用いられている。
(4) 火災の発生原因の究明に当たって第一次的基準となるものは、消防署の作成する火災調査報告である。
① 消防署は、出火後いち早く現場に到着して消火活動を行い、消火後すぐに火災原因究明を目的として調査を行うのであるから、消防署の調査結果が最も信用性が高い。
したがって、消防署の調査結果で「出火原因不明」とされたものについて、他の資料や客観的状況から出火原因を特定するためには、消防署の調査結果の内容を弾劾し、積極的に出火原因を特定し得る程度の強力な信用力のある証拠に基づかなければならない。
② 消防当局の火災の原因判定は、発火源(火元)、経過、着火物、の三要素で判定されているが、本件では、これらのいずれもが完全に不明とされている。本件での出火原因をこれと異なって理解してよいという合理的な理由は存在しないから、本件での出火原因をこの消防当局の判定と異なって解釈してよいというなら、被告らにおいて、その合理的理由とその具体的立証をなすべきである。この点において、被告らが引用している私企業の報告書などは、全て消防当局からの聞きとりなどで構成され、そこに私的な推理、推測を交えたものに過ぎないから、右の消防当局の判定を覆すには足りない。
③ 被告らは、新潟地震判決でも、消防当局が火災原因を「原因不明」としていたのに免責条項の適用を認めていると主張する。
しかし、新潟地震判決では、実験までして出火原因を詳細かつ綿密に検討し、具体的な出火原因として、ヘガネス鉄粉が海水、地下水と接触することによって生じたことを究明した上で、地震との因果関係を肯定している。
これと比較すると、被告らの主張は、地震又はこれによる津波を原因として発火したのではないかという推論を並べるだけであり、発火原因を究明するに足りるものでもないし、実験結果に基づいての推論でもない。
(四) 本件損害の第一、第二類型の非該当性
(1) 本件各建物は、いずれも、本件地震後に発生した第一、第二出火からの延焼によって焼失したものである。
そして、檜山広域行政組合奥尻消防署作成の平成五年七月二八日付「火災原因判定書」(甲イ三九、甲 一四、以下「火災原因判定書」という。)は、第一出火について、「出火箇所の特定については現場見分では、地震、津波での流失破壊があるとともに、焼失があまりに大きく燃え残りがない。又、特定できる判断材料が乏しいこと等の理由により、出火箇所の特定はできない。」、「出火箇所の特定ができない状況にあり、発火源の特定も困難なことから出火原因は不明とする。」とし、第二出火についても、同様の理由によって、出火箇所、出火原因とも「特定はできない」、「不明とする」としている。
また、本件で実際に消火活動に当たった山下証人は、一貫して、いずれの出火地点、出火原因も不明であり、種々の出火の可能性は推定に過ぎない旨証言している。
(2) 被告らの主張に対する反論
① 被告らは、第一、第二出火の出火原因として考えられるものをあれこれと並べるが、被告らが挙げる出火原因に基づいて出火したと認めるに足りる証拠はなく、これらは被告らによる推測に過ぎない。
② 被告らが第二出火の出火原因として推測する、発泡スチロールや化学繊維の漁網の自然発火については、そのようなことは到底あり得ないことである。
また、沖合で燃えていた漁船が津波により打ち上げられて延焼したとの主張についても、船火事はその後の津波によって消えていることが確認されていること(乙イ三六の3)からすれば、あり得ないことである。また、津波で船が陸に打ち上げられたとすると、それは午後一〇時四二分ころ(津波の後、消防が第一出火を確認した時刻)以前のはずであるが、そうであれば、電気が消えて真っ暗になっていた青苗地区においてそのころに目撃されないはずはないし、出火時刻が午前〇時一五分であることとも矛盾している。
③ 被告らは、第一出火が地震と因果関係がある以上、第二出火と合流した後の延焼部分についても、第二出火の出火原因を検討するまでもなく、第一出火点からの延焼と考えて差し支えない旨主張する。
しかし、右主張に従うなら、地震によって第一の出火があり、その延焼中に何者かが放火し、両者の延焼が合流した場合、両者の延焼が合流する前に放火によって損害を受けた部分についても保険会社は免責を主張できることになり、暴論というべきである。しかも、第一出火の原因が不明であることは、右のとおりである。
④ 被告らは、第一、第二出火について、失火、放火の可能性がないと主張するが、その根拠は不明である。また、右の出火が一般的に「地震による火事」と判断することに疑問がもたれていない旨主張するが、これは、素人の日常用語であるにとどまり、法的な因果関係に関する主張とは理解できない。
⑤ 奥尻島全島で激しい地震が発生したにもかかわらず、住宅火災が起こったのは青苗地区だけである。仮に被告らが主張するように、地震によって倒された暖房器具等の接触により出火したのであれば、阪神淡路大震災のように揺れが起こった全ての地域で同時発生的に出火が生じるはすである。
また、仮に被告らが主張するように、避難時の火の不始末が原因であるとしても、出火は二件しか生じていないということは、本件では火の後始末をする程度の時間的余裕があったことになる。現に、原告らの少なからぬ者は火の後始末をしてから避難している。したがって、本件において、火の不始末は人為的なミスであり、本件は過失による失火ということができる。
(3) 結局、第一、第二出火のいずれも、出火箇所、出火原因とも不明であり、被告らが出火原因と地震との因果関係を立証できなかった以上、これらの延焼によって生じた本件各建物の損害は、地震又はこれによる津波によって発生した火災によって直接生じた損害である第一類型や、地震又はこれによる津波によって発生した火災が延焼、拡大して生じた損害である第二類型のいずれにも該当しない。
(五) 本件損害の第三類型の非該当性
(1) 原因のいかんを問わず発生した火災が地震又はこれによる津波によって延焼、拡大して生じた損害である第三類型に該当するためには、前記のとおり、当該火災は地震発生前に生じていなければならないし、また、地震の「揺れ」によって延焼、拡大を生じたことを要する。
したがって、この該当性を主張していない被告らの主張は、それ自体で失当というべきである。
(2) 仮に被告らの主張によったとしても、以下のとおり、本件における延焼、拡大の要因は、①一般住宅、旅館、物置などが密集し、木造建物が多い地区であったこと、②消防設備がもともと不十分であったこと、③延焼スピードが早かったこと、④風による飛び火が激しかったことであるところ、これらはいずれも地震と無関係の要因であるというべきであるから、地震との間の相当因果関係は認められない。
① 延焼の要因として、一般住宅、旅館、物置などが密集し、木造建物が多い地区であったことは、地震とは無関係である。本来、このような地区で火災が発生すると、火の粉が飛び火して次々と延焼する危険性が高い。
特に、本件損害が生じた青苗地区は、家屋の間隔が一メートルか二メートルしか離れておらず、輻射熱と飛び火によって延焼が広がる危険性が高い地域であった。現に、本件でも、午後一一時二〇分ころ、東からの風に乗って高台に飛び火し、火災が激しくなっているのである。
② 消防体制の不備
ア 青苗地区では、もともと水利が点在しておらず、消防設備が不十分であった。
すなわち、青苗地区には三か所に四〇トンの防火水槽と、農協脇に二〇トンの防火水槽があっただけで、その他は海水に頼るという脆弱なものであった。四〇トンの水は、二台の消防車で放水すれば三〇分程度で使い切ってしまう量である。仮に本件において耕養寺付近の道路を消防車が通過できなかったことにより消火が遅れたとしても、農協脇の二〇トンの防火水槽は消防車二台で使えば一五分で尽きる水量しかないのであるから、右の遅れによる消火の妨害は微々たるものに過ぎず、平常時と比較して地震が延焼に寄与した割合はそれぼど大きくはない。
このため、消防署は、青苗地区では、青苗診療所付近に防火水槽を設置しようとしていた。消火活動ではホース一本について五、六人が必要となるところ、本件火災当時は消防職員一名、消防団員一一名が駆けつけてきており、仮に右防火水槽が完成していれば、右防火水槽を利用してホース二本で消火活動に当たることができたはずである。
このように、青苗地区の消防設備では、地震がなくても、一旦大火災が発生したときには十分な消火活動が期待できなかったものである。
イ また、青苗地区の三五人の消防団員のうち、一〇数名はイカ漁に出ていたのであるから(証人山下孝一(第一回)、五〇頁)、平常時であっても二〇人くらいの参集しか期待できなかったものと考えられる。
本件のように大規模かつ広範囲にわたる火災が発生した場合において、仮に二〇名の消防団員が海水も含めて全ての消防施設を使って消火活動に当たったとしても、延焼を生じさせなかったとまではいうことはできない。
つまり、人的な面でも、青苗地区の消防体制は地震とは無関係に不備であったということができる。
ウ 本件では、青苗地区全体が瓦礫の山になったかのような印象もあるが、これは事実と異なる。青苗診療所が面している道路は、地震、津波の後も、道路として使用できる状態であった(証人山下孝一(第一回)、二七頁)。青苗診療所の横に防火水槽が完成していれば、本件火災に対して右水槽を利用して消火活動に当たることは十分に可能であった。
エ 奥尻消防署の「奥尻町青苗地区火災報告書」(乙イ三六の3)によれば、消防署は、本件地震発生日の午後一〇時四〇分には火災発生の通報を受けて、ポンプ車一台、タンク車一台が出勤し、同時五〇分には第一出火点方向に放水を開始している。午後一一時二〇分には、風により東方向から緑ケ丘団地への飛び火が激しくなったため、放水地点を北側に移動したところ、同時五〇分には同団地への飛び火は治まった。他方、南方向は青苗診療所付近の飛び火が激しくなったため、同方向に対して放水を開始している。しかも、第二出火点の火が近づく前には、ほとんど鎮火可能にまでなっていた。このように、第一出火地点からの火災に対しては、十分対抗できる消防力があった。
第二出火点からの火災に対しては、延焼方向が南方向に移動するのに伴って消火活動をしている。
翌日午前四時ころ、防火水槽の残量がなくなってきたため、道路上の障害物を除去して沿岸通りに進出し、午前五時には海水を利用して放水を開始し、午前八時三五分には火災を鎮圧している。
このように、本件では火災現場直近での初期消火活動は十分になされていないが、延焼防止のための放水は早々に実施され、緑ケ丘団地への飛び火を防ぐ一定の効果も上げている。したがって、延焼防止に関する消防活動は相当程度行われていたことがうかがわれる。
それにもかかわらず、延焼を防止できなかったのは、地震のためではなく、右のとおり、もともと青苗地区の消防体制が大火に備えるに不十分であったからに過ぎない。
③ 本件火災において、延焼スピードが早かったのは、ホームタンクの灯油の漏洩、プロパンガスの爆発などが原因ではないかとされている。
しかし、地震が原因で灯油の漏洩やプロパンガスの爆発が起きたとの証拠はない。少なくとも原告らが避難した際にはホームタンクに亀裂が入っているようなことはなかった。また、地震直後にプロパンガスの爆発が生じたとの報告はなく、原告らの自宅においても地震直後にプロパンガスの爆発は起きていないことなどに照らすと、ボンベが火災で熱せられた結果ボンベが爆発したと推定された。
いずれにせよ、延焼スピードが早かったことは地震とは無関係である。
④ 火の粉の飛散距離が大きかったことは、二〇メートルの段差の高台を超えて第一出火から約二〇〇メートル以上も離れた山下証人の自宅近くまで拳大の火の粉が飛んできた事実(証人山下孝一(第一回)、三三頁)からも明らかであり、このことは、地震とは無関係である。
(六) まとめ
以上のとおり、本件損害は、地震免責条項の第一ないし第三類型のいずれにも該当せず、地震火災による損害には当たらない。
2 被告らの主張
(一) 制限解釈論について
(1) 保険数理破壊型地震に限られるとの主張について
原告らは、地震免責条項にいう「地震」が、保険数理崩壊型地震であると主張する。しかし、原告らの解釈は、地震免責条項の文理から見て到底不可能であって、約款の合理的解釈ないし解釈の限界を超える見解であり、失当である。
また、原告らは「疑わしきは作成者の不利益に」との原則を援用する。しかし、「地震」が「保険数理を崩壊させるに足る地盤の揺れ」とも解釈できるというのは、約款の文言を著しく逸脱した恣意的な解釈であり、合理性相当性が認められない。したがって、原告の主張する原則は、本件においてはその前提を欠き、右原則は適用の余地はない。
(2) 大地の揺れが直接の原因となって火災、延焼を生じた場合に限られるとの主張について
「地震によって」の「によって」は、相当因果関係を示す言葉である。原告らが主張するように「大地の揺れを直接の原因として」と限定して解釈すべき理由は全くない。
そもそも地震免責は、地震による損害を保険事故に包含させないことを意味するのであるから、文理解釈にしても、合理的、目的的解釈としても、地震と相当因果関係のある損害と解すべきであり、それが通常人の合理的解釈である。
(3) 第三類型に該当するためには、地震の前に火災が発生していることを要するとの主張について
以下の点から、原告らの右の主張は失当である。
① 第三類型について、火災が地震発生前に生じたという限定文言は地震免責条項には存在しない。仮に原告らの主張するような解釈をとるなら、「発生原因のいかんを問わず」との文言が全く無意味になってしまう。
② 地震免責条項は、新潟地裁判決を受けて、「火元火災が地震等に因る場合は勿論、火元火災が地震等に因らないときでも、その延焼が地震等に因ってもたらされた場合については免責である旨を明確に、且つ平易に表現すべく、同約款文言の一部変更認可を申請する次第であります。」との理由で地震免責条項の変更認可申請を行い、その認可を受けて文言を改定したものである(乙イ三五の1、2)。つまり、火元火災が地震後に生じた場合も含まれることは当然の前提となっている。第三類型を原告らの主張するように解するなら、何のために地震免責条項の文言を改定したのか分からなくなってしまう。
(二) 因果関係の判定方法
(1) 本件地震後に生じた第一、第二出火やこれによる本件火災について、地震による出火であることを疑うレポートは一切ないことは後記のとおりであり、本件損害は地震による火災損害と推定される。
もし原告らがこれを争うのであれば、むしろ原告らが地震によらない火災損害であることを具体的に主張立証すべきである。
(2) 原告らは、第一、第二出火について、消防当局が「出火原因不明」と判断していることをもって「地震が原因による出火であるかどうか不明である」旨主張する。
しかし、消防署の作成する火災調査報告書は、特に第一次的資料といえるものではなく、他の大学、研究機関等の調査報告と総合して出火あるいは延焼の原因を検討すれば足りる。
また、消防署作成の報告書で判断される出火原因とは、例えば「煙草の不始末によって屑籠の紙屑に引火」とか「ストーブを倒して灯油が燃え広がった」とか、かなり具体的な出火原因を示すのであって、そのためには出火の目撃者とか残存物の状況などの有力な証拠が必要になる。しかし、本件では、出火現場の目撃者もおらず、出火箇所の特定もできず、建物がほぼ完全に燃えつきているために、消防の調査に必要な物証などの資料がないために「原因不明」とせざるを得なかったに過ぎない。
したがって、消防当局が「出火原因不明」としているのは、地震との因果関係を否定する趣旨ではなく、原告らの主張は失当である。
(3) また、民事訴訟においては、判決に至る心証形成に必要な限度で事実認定を行えばよいのであって、本件において新潟地震や阪神淡路大震災に関する判例と同様の事実認定をしなければならないということはない。
(三) 第二類型の該当性
本件火災は、以下のとおり、第二類型に該当する。
(1) 第一出火について
消防記録等各種調査によると、第一出火点も第二出火点も、いずれも明確には特定できず、したがって出火原因の特定もできないため、「原因不明」との取扱いになってはいるが(甲ロ一三の3)、少なくとも第一出火点からの火災発生は地震から一五ないし二〇分後と推定されており(乙ロ一九、二〇、二四)、津波来襲から間もなくのことであり、当時、家庭では種々な火を使用している時間帯であって、住民のほとんどが地震の直後に建物から脱出していることから、この火災は、地震又はそれによって生じた津波による、あるいは、これらによって建物や可燃物が倒壊、破損等したことによって生じた火災と強く推定され(乙ロ一七、一八、二〇、二四)、これが延焼又は拡大して全体火災に至ったと認定されるべきである。
奥尻島の各家庭には、暖房用として居間にポット式灯油ストーブ、各部屋に移動式灯油ストーブ、台所用としてLPガスを燃料とする火気器具、灯油式風呂などがあり、当日の気温は一九ないし二〇度くらいであったとのことであるから、これらの暖房器具を使用していた可能性が高く(乙ロ一九、二一、二四)、また時間的にも風呂をわかしていたことが考えられる(乙ロ一九)。各種調査によると、青苗地区の住民は、地震発生によって直ちに避難したため火の始末をしきれないで避難した者もあり(乙ロ一八、一九)、それらの火源が地震あるいは津波の来襲によって倒壊、破損したりして、これらに布、紙、木などの可燃物が落下、接触したりすることなどによって出火したと推定することができるのであり、更に、地震と津波によって家屋内の柱、壁、間仕切り、家具などが落下、転倒し、あるいはこれらに亀裂や損傷が生じ、加えて可燃性の強い新建材や紙類、布類、ごみ等が室内に散乱してしまうので、これらが前述した灯油ストーブ等の火源(転倒、破損したものも含む。)に落下、接触することによって容易に着火したことも十分に推定することができる。調査に関わった関係者も、津波によって倒された暖房器具からの出火又は津波で倒されたホーム石油タンクから流出した灯油に何らかの火が引火したものと推定している(乙ロ一七、一八)。
したがって、第一出火点からの延焼拡大によって罹災した建物等の損害は、第二類型に該当する。
(2) 第二出火について
① 本件地震の翌一三日の午前〇時一五分ころに発生が確認された第二出火は、南北と西方向(市街地方向)へ延焼して、同日午前二時ころ、第一出火点から延焼してきた火災と合流し、更に大きく南から西方向へ延焼して広がったものであるから、その後に罹災した建物についても、第一出火点の火災が地震による火災であれば、その延焼中の火災に出火原因不明の火災が合流したとしても、その後に継続した延焼は、第一出火からの延焼によるものであるから、第二出火点の出火原因を検討するまでもなく、火災全体を第一出火点からの延焼の継続と考えて差し支えない。
すなわち、二つの火災が一体となったとき、第一の火災が既に鎮圧されるような状態であったなどという場合であればともかく、本件ではそのような例外的な場合でないことは明らかであるから、合流後の延焼は第一出火点から発生した火災の延焼と判断してよい。
② また、第二出火点の出火原因については、次のとおり見解が分かれているが、いずれも本件地震により出火したものと推定している。
ア 沖合で出火した船が津波によって打ち上げられ、これが燃え広がったとの見解がある(乙イ一四、一五、一七、一九、二三)。
地震直後、青苗漁港の防波堤付近で船火事を起こして燃えていた二隻の漁船が目撃されており、そのうちの一隻は沈没が確認されているが、残りの一隻は陸へ打ち上げられた可能性が考えられる。そして、第二出火点の付近には、津波で打ち上げられた二隻の船の残骸があるが、そのうちの9.7トンの漁船は係留場所から見て防波堤付近で燃えていた漁船とは考えにくいので、係留場所が特定できない所有者不明の四ないし五トンの漁船が、防波堤付近で燃えていた漁船と推定される。右の四ないし五トンの漁船は、出火場所と考えられている建物に乗り上げていたのであるから、燃えながら打ち上げられた漁船の火が建物に延焼し、これが燃え広がったという蓋然性は十分に考えれるところである。なお、この漁船の出火原因は、津波によって船同士が衝突して電気系統がショートしたか、津波を被ったためにイカ釣り船の電灯がショートしたこと(乙ロ一七)やより単純に津波の衝撃によって船内の何らかの火源が可燃物に接触するなどして出火したと考えられる。
イ 第二出火点付近には倉庫など比較的火の気のないと考えられる建物もあるが、一般民家や食堂、民宿もあり(甲ロ一三の3、乙ロ一八、二三)、火の不始末、あるいは地震や津波の影響によって建物内外の火源から可燃物に燃え移って、しばらく無炎燃焼を続けた後に出火した可能性は十分に考えられる(乙ロ一七)。
第二出火点の火災が外部から確認できたのが午前〇時一五分ころとされており(乙ロ一九、二四)、地震から約一時間半後とされていることから、地震による出火かどうか疑わしいとの考え方も成り立ち得る。しかし、何らかの火源が地震によって倒れたり、火源に布、紙、木などの可燃物が落ちたり倒れかかって接触するなどして、蓄熱しながら可燃物に燃え移り、炎となって燃え上り、それが建物の構造部分に燃え移るなりして外から確知できるようになるまで一ないし二時間程度を要することは別に不思議なことではないのであるから、この第二出火点の火炎も地震によるものと推定することはむしろ自然な考え方である。
調査記録等によっても、倉庫内に大量の発泡スチロールや化学繊維の漁網があったことを考えると、実際には地震直後から火種がくすぶっていたのではないかとの見方もある(乙ロ一七、二三)。
この他、倉庫内の漁網が無炎燃焼し、一定時間経過後に炎上した(ロ乙一七)、津波の浸水域に灯油等が漏洩していたところに飛び火が着火した(乙ロ二四)、電気配線のショート等出火に時間を要する火源によって出火した(乙ロ二四)などとの推定もなされている。
(3) 原告らは、奥尻島全体で激しい地震が発生したのに、青苗地区で二件の出火しか見られていないことを、あたかも第一、第二出火や本件火災が本件地震と無関係の失火によるものであるかのように主張する。
しかし、阪神淡路大震災においても、地震直後の火災発生件数や約六〇か所で、地震当日でも一〇九件であるから、神戸市と青苗地区との戸数比を考えれば、本件での二件という出火件数は少ないものではない。また、阪神淡路大震災においても、揺れが起こった全ての地域で同時多発的に出火が生じているわけでもない。
(4) 以上のとおり、第一、第二出火とも地震火災として認識されているものであり、失火、放火の可能性はなく、各レポートにもその可能性に言及するものはない。
そして、本件各建物は、地震によって発生した火元火災である第一出火又は第二出火が延焼して焼失したものであるから、本件損害は、第二類型に該当する。
(四) 第三類型の該当性
(1) 本件火災は、以下のとおり、第三類型にも該当する。
① 初期消火活動について
ア 第一、第二出火点とも、地震直後に住民が避難してしまったため、普段であれば家人や近隣の人、通行人などが容易に消火できるはずの小さな出火やくすぶりを消すことができず、燃え広がってしまっている。火災をできるだけ小さなうちに消すのに最も有効なのは初期消火であるが、これができないまま建物が燃え出してしまっている(乙ロ1九、二〇、二四)。
イ 火災発見後の消火活動を検討すると、第一出火の通報を受けて青苗分遣所から出動した消防車も、高台から坂を下りて現場へ向かったが、第一出火点の約二〇〇メートル手前(耕養寺付近)で津波による漂流物等の散乱、堆積によって進出を阻まれ、消火活動が全くできないまま高台へ戻らざるを得なかった(甲ロ一三の3、乙ロ一七、一九)。この後、高台の防火水槽を使用し、ホースを延長することで消火活動を開始してはいるが、火災発見から一〇分が経過しており、そのころには既に二、三棟が炎上していて(乙ロ一九)、なかなか消し止めにくい状態にまでなっていたのに、津波による漂流物等によって徒歩による火点への接近が阻まれているため、高台あるいは崖上、崖下からの放水しか行えず、有効な消火活動ができなかった(乙ロ一九、二〇)。放水の到達距離から考えても、火点に対しての直接の有効な放水はできず、その周囲への不十分な延焼防止活動が中心とならざるを得なかったと考えられる。
青苗分遣所から第一出火点へは、耕養寺横の坂を下れば約八〇〇メートルの距離しかなく(甲ロ一三の3)、地震とそれに伴う津波による漂流物や瓦礫の堆積がなければ一、二分で出火点へ到着し、近くの防火水槽(農協の付近にあった。)を利用してこれを鎮圧することは極めて容易であったのである。また、高台の防火水槽しか使えず、瓦礫等のためにホースの延長や火点までの筒先の進出が妨げられたことや、港へ接近できなかったために海水を利用できなかったことも延焼拡大の要因となっている(乙ロ一七、二〇)。
ウ これらの諸事情によって、初期消火がほとんどできないうちに火勢が拡大してしまったため、結局、高台と崖上、崖下からの放水に頼らざるを得なくなってしまい、更に延焼拡大することを防げなかった実情がある。
エ 第二出火に対しても、地震と津波によって初期消火の遅れ、水利部署と出火点への筒先接近が阻害されていたため、これも延焼拡大してしまい、後述の灯油タンクやLPGボンベの亀裂、破損などの延焼拡大要因と相まって、更に延焼拡大が生じていった。
② 奥尻町の消防体制
奥尻町では、どこで火事が発生しても全島の消防団員と消防車が出動して消火活動に当たることになっており、これまで、この体制で特に大火も発生させずに消火活動を行ってきた。
本件の第一出火の近くでは、平成三年一二月二四日に八棟を焼失した火災が発生しており(乙ロ二五)、このときの気象状況は、北西の風、風速8.7メートル、湿度六六パーセントであって、本件当時のそれ(甲ロ一四によると、午後一二時で、風速3.4メートル、湿度九四パーセント)より悪い気象状況であった。この火事は、午後三時に出火しているが、一一九番通報により午後三時一一分にこれを覚知し、直ちに消防車が出動して消火に当たった結果、全焼八棟、部分焼一棟で鎮火している。全島から消防車が応援に掛け付け、水利として青苗漁港より取水して消火に努めた結果、この程度で火災を鎮圧しているのである(証人山下孝一(第二解)、二七頁以下)。
しかるに、本件の場合では、地震や津波によって倒壊した家屋や瓦礫が散乱して道路が閉塞、寸断されて、応援不可能となり、拡大する火災に対してタンク車とポンプ車の二台のみによる劣勢な消防力で消火に対処せざるを得ず、加えて道路が閉塞されているため港に接近して海水を取水することもできず、効果的な放水ができなかったのである。
③ 漂流物や瓦礫などの影響
本件火災は、最終的には、一三日の午前七時ころまで延焼が拡大していたと考えられるが、この延焼を阻止し得たのは、午前四時ころからパワーシャベルなどで漂流物や瓦礫を除去し始め、午前五時に至って消防車二台が海岸へ進出して海水を利用した消防活動が可能になったことが大きな理由となっている(乙ロ一九)。
このことは、漂流物や瓦礫によってかなり消火活動が妨げられ、このような延焼拡大となったことを示すものと考えられる。
④ 延焼助長要因
ア 奥尻島では暖房用や炊事用に灯油やLPGを使用しており、屋外に四九九リットル入りの灯油タンクやLPGボンベが設置されているが、これが地震や津波によって倒壊したり、亀裂やパイプが外れるなどして外に漏れ出し、これに引火することによって延焼拡大が促進されたと考えられている(甲ロ一三の3、乙ロ一七ないし二一、二四)。
イ 青苗地区には木造モルタルの建物も多かったが、地震によってモルタル壁が落ちて木部がむき出しになってしまい、耐火能力が著しく減少してしまったことも延焼拡大の一因となっている(乙ロ一七、二一、二二)。
ウ 地震や津波の来襲によって建物が倒壊してしまって「材木化」してしまい、延焼を防ぐ空間を埋めてしまったことも延焼拡大の1つの原因と考えられる。津波によって建物が瓦礫ごと流されてしまえば空間ができて防火帯になり得るが、津波の浸水境界付近では壊れたままの建物が残されていたようであり、これが道路や庭を埋めてしまったのである(乙ロ一七、二一、二二)。
エ 本件火災では沖合の漁船が出火して、これが津波で打ち上げられて火災の原因になったともいわれており、このように、打ち上げられた漁船も燃えており、燃焼媒体になった可能性があり、これも延焼拡大の一つの要因と考えられる(乙ロ一七、二〇)。
⑤ 各種調査結果
ア 奥尻消防署作成の「火災原因判定書」は、火災現場直近での初期消火活動ができなかったこと、木造建物が多かったこと、延焼スピードが早かったことを挙げている。
これらに関し、他の調査結果でも、以下のような点が指摘されている。
火災現場直近での初期消火活動ができなかったことに関しては、地震後、住民が津波の来襲を恐れて急いで高台へ避難したため無人の状態になり、住民による初期消火活動は全くなされなかったこと、地震、津波により道路が封鎖、閉鎖されたため消防車輌の出動、到着に時間がかかった上、出火地点や近傍の防火水槽への近接が困難であったため、やむなく出火点から離れた高台からの放水を余儀なくされるなど有効な消火活動ができなかったこと、消防隊による火災現場直近での初期消火活動ができなかったことが指摘されている(甲ロ一三の3、乙ロ二六)。
次に、木造建物が多かったことに関しては、多くの木造建物が倒壊し、これが道路、空地を埋め、延焼を防ぐ遮断帯が形成されなかったこと、外壁のモルタル、サイディングボードが脱落し、難燃外壁をもった建物の機能を喪失し裸木造と同等の脆弱な建物となったこと、開口部の破壊により延焼しやすくなったことが指摘されている(乙ロ一七、二一、二二)。
また、延焼スピードが早かったことに関しては、その原因として、地震、津波によってホームタンク、プロパンガスボンベが転倒等して灯油の漏洩、ガス洩れをきたし、これが燃焼媒体となったことが指摘されている(甲ロ一三の3)。
イ 全国消防長会と檜山広域行政組合奥尻消防署の調査報告は、住民が高台に避難したため無人状態となり、住民による初期消火が行われなかったこと、津波による瓦礫が散乱し、消防車輌の出場進路が断たれ、水利部署及び火災現場へのホース延長範囲が限定されたこと、初期段階における消火活動は崖上からの放水を余儀なくされたこと、道路が寸断され、応援不可能となり拡大火災に対して消防力が劣勢になってしまったこと等を指摘している(乙ロ一九、二六)。
ウ 神戸大学工学部の宮崎教授は、津波等による消火活動障害(住民による初期消火活動がなかったこと、津波による道路の通行不能のため消防隊が火点に近接することができなかったこと、道路の損壊のため他地域からの消防隊の応援ができなかったこと)、脆弱家屋による延焼拡大助長、灯油、プロパン等による延焼拡大助長を指摘しており(乙ロ二〇)、他の調査報告書もほぼ同様の指摘をしている(乙ロ一七、一八、二一、二四)。
⑥ このように、地震によって作出された異常状態、非常事態が、本件火災の延焼拡大の原因となっていることは明らかであり、第一出火、第二出火の原因に係わらず、原告らの本件損害は、地震による延焼拡大の結果であるから、第三類型に該当する。
(2) 原告らの主張に対する反論
① 原告らは、青苗地区は家屋が密集しており、そのような地区で火災が発生すると地震と関係なく飛び火して次々と延焼する危険が高いと主張する。
しかし、青苗地区の家屋の平均建ぺい率は三〇ないし四〇パーセントであって、漁村集落としてはさほど過密ではなく、家屋の裏地には菜園などの空地が見られ、延焼速度を幾分やわらげる働きもしている(乙ロ二一、二四)。特に第二出火点からの延焼速度は第一出火点からのそれに比して遅くなっているが、これは第二出火点西側にあったと思われる空地の働きとも考えられ(乙ロ二四)、住居の密集の故に必然的に大火になったとは考えられない。
② 原告らは、青苗地区はもともと消防設備が不十分であり、一旦大火災が発生した場合には地震と関係なく十分な消防活動ができなかったと主張する。
しかし、本件では最初から大火災が発生したわけではないのであるから、問題とされるべきは、第一出火点での出火を覚知してからの消火活動であり、この程度の火災を初期消火で鎮圧し得たか否かである。そこで過去の火災例を見ると、実際に過去に青苗の市街地で発生した火災はそれほどの大火にならずに鎮圧されている。例えば、昭和五三年二月三日に青苗一八一番地の住宅で石油ストーブから発生した火災は全焼一件、部分焼一件であり、昭和五五年七月二二日に青苗一八三番地で煙草の火の不始末から発生した火災は部分焼一件であり、また、平成三年一二月二四日に青苗一八三の五で子供の火遊びから発生した火災については、前記のとおり、本件当時より悪い気象状況でも、全焼八件、部分焼一件で鎮まっている(乙ロ二五)。火災の鎮圧で最も大事なのは初期消火であり、地震や津波による障害など初期消火を妨げる事情がなければ本件のような大火に至らなかったことは明らかである。
③ 原告らは、本件火災の延焼拡大は、地震と関係のない風向と風向及びそれに伴う火の粉の飛散が大きかったと主張する。
しかし、記録によると、出火当時は北東の風で風速は約一メートル毎秒(高台の奥尻空港の記録では、延焼時間中は平均二ないし四メートル毎秒で、午前四時から五時にかけてはほぼ無風状態であった。)であり、ほとんど風の影響はない状態であって、強風による延焼は考えられない。
(五) まとめ
以上のとおり、本件損害は地震免責条項の第二類型及び第三類型に該当する。
四 争点1(四)(火災保険金請求権について設定された質権の効力)について
1 被告らの主張
(一) 被告三井海上の主張
原告飛山義雄は、江差信金に対し、別紙保険目録20記載の本件保険契約に基づく保険金請求権の上に質権を設定し、被告三井海上はこれを承認した。
したがって、同原告の締結した本件保険契約に基づく保険金請求権に関し、仮に三井海上に支払義務があるとしても、それは、質権者である江差信金に対してであるから、同原告の本訴請求は失当である。
(二) 被告東京海上の主張
(1) 原告菊地年雄について
① 原告菊地年雄は、平成四年七月一三日、江差信金に対し、別紙保険目録16(一)記載の本件保険契約に基づく保険金請求権の上に質権を設定し、同月一五日、被告東京海上はこれを承認した。
② 同原告は、同年九月四日、江差信金に対し、別紙保険目録16(二)記載の本件保険契約に基づく保険金請求権の上に質権を設定し、同月八日、被告東京海上はこれを承認した。
③ その後、右各質権を同年一二月二四日それぞれ削除し、同日、各請求権の上に国民金融公庫に対してそれぞれ根質権を設定し、同日、被告東京海上はこれを承認した。
(2) 原告浅利幸子、同安達美幸、同浅利孝二、同浅利勇二について
亡浅利謙二は、平成五年五月七日、江差信金に対し、別紙保険目録15記載の本件保険契約に基づく保険金請求権の上に質権を設定し、同月二五日、被告東京海上はこれを承認した。
(3) したがって、右原告らの本件保険契約に基づく保険金請求権に関し、仮に被告東京海上に支払義務があるとしても、それは、質権者である江差信金に対してであるから、同人らの本訴請求は失当である。
(三) 原告らの主張に対する反論
原告らが指摘する消滅時効中断等の必要性があるのであれば、債務存在確認訴訟を提起すれば足り、自己に支払をすべき旨の請求ないし給付の訴えを提起することまで認める必要はない。
2 右の各原告らの主張
確かに、質権設定者は、質入債権を取り立てたり、放棄したりできないとされている。
しかし、本件のように保険金請求権が質権の目的となっている場合であって、付保目的物たる建物に火災が生じ、その原因が免責事由に当たるか否かについて保険者と被保険者(質権設定者)との間で争いがある場合には、質権設定者は保険者に対して保険金の支払いを請求できるものと解すべきである。
このような場合、質権者としては、保険会社を相手に敢えて裁判で争うよりも、債務者(質権設定者)の一般財産から満足を得ることを意図して質権の目的たる権利について静観する場合もある。本件でもまさにそのとおりであり、江差信金等の質権者は質権の目的とされている本件保険金請求権の請求をしていない。
他方、質権設定者は、保険金を被担保債権に充当して債務を消滅させるという利益を有するのであるから、質権者が保険金請求をしない場合には、質権設定者において保険者に対して直接請求することが許されるべきである。そうでなければ、保険金請求権が時効にかかるのを質権設定者が座視せざるを得なくなり、不当な結果となるからである。
また、このように解しても、質権設定者による取立行為は民法四八一条を類推適用して質権者に対抗できない、と解せば、質権者の利益を害することはない。
五 争点1(五)(火災保険金請求権の消滅時効完成の有無)について
1 被告東京海上の主張
原告辺見誠につき、仮に本件火災保険契約に基づく保険金請求権の存在が認められるとしても、火災が発生し、火災保険金を請求し得る時から二年が経過しており、時効によって消滅している。
なお、同原告は平成五年八月二五日には本件保険契約に基づいて地震火災費用保険金の請求をしており、遅くともこの日から二年が経過するまでの間には火災保険金の請求をなし得たことは明らかである。
2 原告辺見誠の主張
被告東京海上の主張については争う。
六 争点2(一)(地震免責条項及び地震保険についての一般的な情報開示説明義務の存否)について
1 原告らの主張
(一) 地震免責条項及び地震保険に関する一般的な情報開示説明義務の存在
以下のとおり、被告ら保険会社には、火災保険契約の締結時に、契約申込者に対して、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報を開示し、十分に説明して、十分な理解を得るべき方法義務が一般的に存在すると解すべきである(以下、契約の締結に当たって、一方当事者が他方の当事者に対して、その保有する一定の情報を開示し、十分に説明して、十分な理解を得るべき法的義務が一般的に(原則的に)肯定される場合に、当該義務を「一般的な情報開示説明義務」といい、単に「情報開示説明義務」ということがある。また、これを「情報提供義務」、又は、その重点によって「説明義務」ということもある。)。
そして、情報開示説明義務の内容として、被告ら保険会社は、契約申込者に対し書面を提示して、口頭で分かりやすく説明すべきである。
(二) 地震免責条項に関する情報提供の必要性と重要性
(1) 消費者保護の必要性一般
保険業者の経済的基盤が確立するとともに、世界各国において保険市場の透明化の要求が高まり、保険業者に対して保険サービスに関する情報を強く求める要請が高まってきている。
また、消費者の利益保護が国際的にも重要な政策課題となっており、保険会社に有利な団体法理の犠牲になってきた消費者の正当な利益、特に選択と判断を骨格とする自己決定権を保護する新たな保険法理の確立が求められている。
消費者にとって、到底理解が不可能な複雑な約款が商品説明のために用いられているため、約款の交付だけでは、消費者に対する情報の提供として不十分であり、保険業者において、具体的かつ理解しやすく説明することなくしては、消費者の適切な選択と判断を期し難い。
保険商品の中で、保険金を請求できない場合や当該保険商品ではカバーされない損害項目などの不利益条項は、消費者が保険商品を選択、判断する上で最も重要な事項であることから、特に具体的で明快な説明が必要とされるのである。
(2) 地震免責条項の重要性
火災保険契約に地震免責条項が存在する事実は、焼失後の建物再調達を不可能とし、焼失建物についての負債のみが残存する結果をもたらし、契約者の経済的な生活基盤を根本から覆しかねない。かかる条項は、契約者の生存権に関わる重要性があり、特に前記のとおりの説明が求められる。
(3) 保険契約のサービス商品性
保険商品の内容を特定する約款は、無形のサービスを文言によって表現しているため、隠蔽効果が高く、十分な情報提供を受けない限りは、事前に給付内容を吟味することが困難である。したがって、説明の分かりやすさや透明度が強く要求される。
(4) 地震免責条項自体の不透明性と危険性
地震免責条項は、「地震による火災」の範囲について、直接・間接のもの全てを含む形で規定している。しかし「間接」の範囲はほとんど無限定な拡大解釈が可能であり、約款としての一義性、透明性が極めて薄く、解釈によって契約者が被る不利益の幅が大きく変動し得る危険な約款である。かかる契約者の不利益をもたらすおそれの大きい条項については、十分な情報提供が強く要求される。
(5) 給付記述条項についての情報提供の在り方
保険契約は、その無体性から契約内容の決定は約款によらざるを得ず、契約内容について当事者間での交渉の基盤がない。それにもかかわらず、当該約款は企業が一方的に作成し、これを一方的に送付して、消費者が拘束されるという特殊性がある。
このように、約款作成者が一方的に自己の作成した約款によって相手を拘束しようとするならば、少なくとも、相手方にその契約内容の重要部分について、相手方の合意を擬制し得る程度の説明を尽くす必要がある。特に、前記のとおり、地震免責条項のような給付記述条項については、合意を担保し得るまでの実質的な情報提供が必要である。
(6) 契約当事者間の地位の著しい不均衡
① 事業者は、当該事業に精通した専門家として、それに関する知識のない一般消費者を顧客として事業を展開し、利益を挙げている。特に、損害保険は免許制がとられており、損害保険会社は免許に基づき特別の社会的地位を得ている。
他方、消費者は、専門家たる事業者に任せておけば安心という一種の社会的信頼を持って事業者と取引している。また、消費者は当該事業に関してはほとんど事業者からしか情報を入手できず、全面的に事業者に依拠せざるを得ない。
したがって、事業者の責任として、消費者に対して、自らが販売する商品たる保険の内容について説明すべきである。
② 特に、本件においては、次のとおり、契約締結に関与した原告ら又はその代理人は、多くが中学校卒業以下で、年齢も高齢者が多く、職業も漁業、無職の者が多い。したがって、十分な説明を受けることなしには、約款に細かい字で記載された条項を自ら読んで理解することは困難である。
ア 原告らは、原告飛山義雄を除く全員が漁業、女工、主婦、自営業者、無職である。原告飛山義雄が大卒であり、同高杉鶴男、死亡前原告吉永敏和、原告浅利幸子が高卒であるほか、全員が尋常小学校、中学卒業である。年齢も、原告飛山義雄、死亡前原告吉永敏和、原告寅尾博光以外は全員が五〇代から七〇代である。
現実に本件各火災保険契約締結に携わった者は原告本人でない者も多いが、その者の主観的要素を見ても、飛山操、原告浅利幸子、磯浦久美子が高卒である他は全てが中学校卒業以下で、年齢も高齢者が多く、職業も漁業、無職の者が多い。
イ 原告らの多くは漁民である。
漁民の多くは、自分で筆を持ち、文字を書くことを嫌う傾向がある。彼らは、書面作成に際して、銀行員や農協職員に全てを委ねたり、自分の妻に代筆させるのが常である。
また、漁民の多くは、面倒を嫌う傾向が強く、保険のような七面倒な商品についての知識は皆無といってよい。奥尻島の漁民は「火事になれば保険が出る」という程度の知識しかなかった。
ウ 原告らは、住宅建築に必要な融資に際し、金融担当者から火災保険への加入なくしては融資ができないと言われ、いわば受動的な立場で火災保険に加入した者たちであり、自ら積極的に火災保険の加入を研究するなどした者らではなかった。また、契約締結自体が受け身であったため、契約手続も江差信金及び奥尻漁業共同組合(当時。現在、広域合併され、ひやま漁業共同組合となっている。以下「漁協」という。)の職員に任せていた者が大部分であった。原告らの関心は保険金と保険料の額にあり、地震免責条項の存在など思いもよらなかったのである。
一旦火災保険に加入した後は、火災保険に関与する機会はなかった(契約更新手続の機会もあったものの、これも、原告らにとっては、江差信金に保険料を納めに行くだけのことに過ぎなかった。)。
エ 原告ら奥尻島の漁民は、これまで地震による火災の経験は皆無だった。また、地震によって火災が発生した場合、保険金は下りないというテレビ報道などにも接したことはなく、原告らが地震保険についてのコマーシャルに接したのは本件地震が発生した以後のことであった。
③ こうした原告らの主観的要素からして、地震免責条項について、自ら情報を収集することは期待できず、特に奥尻島という人口の少ない(本件地震当時約四五〇〇人)狭い地域では、地震免責条項と地震保険の存在についての情報収集の機会は皆無であった。
したがって、外部から特段の情報提供がない限り、火災保険契約を締結すれば地震による火災の場合であっても保険金が出るものと期待することは通常の意思であり、合理的期待の範囲に属する事柄であった(河上・前掲書一九六頁参照)。
④ このような情報の格差が恒常的に存在していた状況の下では、消費者はその情報収集を事業者に依拠せざるを得ず、事業者に説明義務が生じる。
(7) 地震免責条項の非公知性
被告らは、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容が公知の事実であると主張するが、これらは未だに公知の事実とはなっていない。
地震保険の契約率は、本件地震のあった平成五年の三月当時で全国平均七パーセント台に過ぎず、これは、被告ら保険会社及び代理店が地震保険の普及に熱意がなかったからに他ならない。したがって、火災保険契約締結時に地震に関連する一切の事項の説明が省略されていたと強く推認することができる。
地震保険は、火災保険金額の五〇パーセント、建物で一〇〇〇万円、家財で五〇〇万円が上限とされており、掛金の割高感もあり、極めて魅力の少ない商品であった(農協の建物更生共済では、火災共済金の半額が自動的に地震保険金となり、最高加入額は五億円とされている。)。
さらに、地震保険は、昭和四一年六月から昭和五五年六月末までは、全損のみを補償していたため、販売しづらい商品であった。その後、昭和五五年七月一日からは、半損も補償され、平成三年四月からは、一部損も補償されるようになるなど、順次補償の範囲を拡大してきた。これは、補償の範囲について契約者の人気がなかったことから改善を繰り返してきたことを物語っている。また、全損、半損、一部損の区分を巡って契約者とトラブルを起こしやすいという欠陥も指摘されている。代理店の手数料が本契約の三分の一と低額であったことも普及に熱が入らない原因であったといわれている。
また、仮に地震免責条項の説明が正確に履行されると、保険内容について格段の優位を保っている農協の建物更生共済の加入者が増大する結果となることを忌避する気持ちがあった可能性も推認される。
このようなことから、被告ら保険会社は、地震免責条項及び地震保険についての情報提供や説明を怠っているのである。
現実にも、平成五年は、釧路沖地震、能登半島沖地震、伊豆半島沖地震と大きな地震が相次いだが、契約者からは「『火災保険では地震は免責で、地震火災費用保険金しか出ないとは知らなかった』『地震保険について十分案内をしてもらっていない』といった声が多く出てい」ると指摘されている(乙一五五)。また、平成七年に発生した阪神淡路大震災に際しても、地震免責条項や地震保険について説明を受けておらず、これらの存在を知らなかったとする契約者と保険会社との間でトラブルが生じている。これは、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容が公知の事実とは到底いえないこと、むしろ、一般の火災保険契約者にとっては、地震火災であっても火災保険金が支払われるはずだとの認識が広く存在していたことを示すものである。なお、この他にも、被告ら提出の書証上も火災保険契約者の多くが火災保険への加入によって地震火災による損害が填補されると理解していたことが認められることは、後記の地震保険意思確認欄の制度の創設の経緯として引用するとおりである。
(三) 募取法のによる規律と大蔵省通達
(1) 募取法の規定
保険募集の取扱に関する法律(以下「募取法」という。)一六条一項は、保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為を禁止し、同法二二条は違反者に対し一年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処すると定めていた。
ここにいう重要事項とは、一般に保険契約者が保険契約の締結の際に合理的な判断をなすために必要とする事項という、と解されており、地震免責条項が含まれることは明らかである。
(2) 大蔵省の通達
大蔵省銀行局は、募集時における説明義務に関し、昭和五八年一月一七日付け蔵銀第四四号「損害保険会社が使用する募集図画の取扱いについて」(甲イ七七)と題する通達を発して、「契約者に対して正確適切な情報を提供するうえで募集文書図画の果たす役割は、より重要になってきているので、契約者に誤解を与えたり、本来提供すべき情報を提供しなかったために契約者の判断を誤らしめることのないよう厳に留意されたい」とし、また、平成五年五月一七日付け蔵銀第七七七号「損害保険会社の業務運営について」(甲イ七六)と題する通達を発し、「募集に際しては契約者に商品内容等の説明を十分行う」、「代理店による契約者等に対する商品内容等の説明には、そごをきたすことのないよう指導の徹底を図るとともに、申込書等募集関係書類の管理等の指導に万全を期するものとする」としており、損害保険会社に対して、その募集に際して契約者に商品内容等の説明を十分行うよう指導していた。
(3) 保険業法の改正と新たな通達
① 平成七年六月七日、保険業法が改正され、公布された。これに伴い、募取法は廃止されたが、旧募取法一六条一項の規定は、そのまま保険業法三〇〇条一項に承継されている。
また、右(2)の通達は廃止され、新たに、次の各通達及びこれを具体的に定める事務連絡が発せられている。
ア 「損害保険会社の業務運営について」(平成八年四月一日蔵銀第五二五号通達)(甲イ七五の2)
法三〇〇条一項一号関係として、「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げる場合は、保険契約者等の保護の観点から、当該保険契約の種類及び性質等に応じて、例えば顧客の捺印を取り付ける等により顧客が当該重要な事項を了知した旨を十分確認するなど、適切に行うものとする。」(第2、2、(2))
募集時における表示について、「損害保険募集に際し保険契約の契約内容や予想配当を表示すること(括弧内省略)は、保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者(括弧内省略)が契約締結の可否判断を行うに当たっての重要な材料であり、保険契約者等の保険商品選択の利便に資するものである。したがって、損害保険会社は、これらの表示を行う場合には、法第三〇〇条第一項各号に列記する事項に違反しないことは勿論、可能な限り客観的かつわかり易い表示を行って、保険契約者等に誤解を生じさせ、判断を誤らせることがないよう努めるものとする。なお、損害保険会社は、代理店に対しても、この趣旨を踏まえ適切な指導を行うものとする。」(第2、3)
イ 「損害保険会社運営のあり方」(①通達の別紙1)(甲イ七五の2)
適正な募集体制の確立として、「募集に際しては契約者に対し商品内容等の説明を十分に行い、保険金等の支払いに当たっては、適正、迅速に行うものとする。」(1、(2))
代理店の管理、指導の徹底として、「代理店による契約者等に対する商品内容等の説明には、そごをきたすことのないよう指導の徹底を図るとともに、申込書等募集関係書類の管理等の指導に万全を期するものとする。」(2、(4))
ウ 「損害保険会社の業務経営に関する留意事項について」(平成八年四月一日事務連絡)(甲イ七五の3)
募集における表示として、「基本通達別紙第2の3(1)②の『重要な事項』には次の事項を含むものとする。(中略)②担保条件(保険金を支払う場合、主な免責事由等)、③引受条件(保険金額(てん補限度額、支払限度額を含む。)、免責金額、縮てん補割合等)(中略)⑧その他保険契約者等の保護の観点から重要と認められるもの」(第1、2、(2))
エ 保険仲立人の業務運営について」(平成八年四月一日蔵銀第五九四号通達)(甲イ七五の4)
法第三〇〇条第一項第一号関係について、「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げる場合は、保険契約者等の保護の観点から、当該保険契約の種類及び性質等に応じて、例えば顧客の捺印を取り付ける等により顧客が当該重要な事項を了知した旨を充分確認するなど、適切に行うものとする。」(第5章、第2、3、(1))
保険の募集時の表示について、「保険募集に際し保険契約の契約内容や予想配当を表示すること(括弧内省略)は、保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者(括弧内省略)が契約締結の可否判断を行うに当たっての重要な材料であり、保険契約者等の保険商品選択の利便に資するものである。したがって、保険仲立人は、これらの表示を行う場合には、法第三〇〇条第一項各号に列記する事項に違反しないことはもちろん、可能な限り客観的かつわかり易い表示を行って、保険契約者等に誤解を生じさせ、判断を誤らせることがないよう努めるものとする。」(第5章、第2、4)
オ 「保険仲立人の業務経営に関する留意事項について」(平成八年四月一日事務連絡)(甲イ七五の5)
募集における表示について、「保険仲立人通達第5章第2の4、(1)①の『重要な事項』には次の事項を含む。(中略)ロ 担保条件(保険金を支払う場合、主な免責事由等)ハ 引受条件(保険金額(てん補限度額、支払限度額を含む。)、免責金額、縮てん補割合等)(中略)チ その他保険契約者等の保護の観点から重要と認められるもの」
② これらの通達及び事務連絡は、保険募集時における説明義務について、その内容や態様について具体的に定めて、指導しているものであり、本件地震後のものではあるが、その趣旨は、右(2)の旧募取法時代の通達と同じであり、従前から存在していた説明義務の内容をより明確にしたものと考えるべきである。
(4) 大蔵省によるこれらの通達は、約款の認可と一体として理解すべきである。すなわち、保険約款は認可を受けただけで合理性が担保されているものではなく、通達で指導するとおりに契約者に対する開示、説明という手段が遵守されて初めて内容についての合理性が付与されるものと解すべきである。
したがって、重要な約款については、開示、説明がない限り、合理性が担保されているとはいえない。
(四) 情報提供義務立法化の動き
国民生活審議会消費者政策部会は、消費者契約法に関して検討を続けてきた同部会消費者契約適正化委員会の検討結果を踏まえ、平成一一年一月、「消費者契約法(仮称)の制定に向けて」と題する中間報告を発表した(甲一二八)。
ここでは、事業者は消費者に対して、契約に関する重要事項を適切に情報提供すべきであり、その情報提供の具体的な在り方は、当該契約を締結することが通常想定されるような一般平均的な消費者が情報の内容を理解できる程度のものであることを要する、としている。
右で明らかにされている情報提供義務は、消費者契約法の制定によって初めて生じる義務ではなく、既に、判例上確立している説明義務を具体的に規定したものに過ぎない。
(五) 被告らによる情報開示説明義務の自認
① 社団法人日本損害保険協会作成にかかる「平成9年代理店教育テキスト(特級資格用)」(甲九〇)は、契約締結前の十分な説明の必要性を強調しており、「契約者は、『約款の知、不知に関わらずその規定に拘束される。』とする以上、その内容は契約者にとってきわめて重要である。よって、『知、不知に関わらずその規定に拘束される。』ことをもって、代理店は、契約者に対する契約内容の説明を軽んじてよいという結論には決してならない。むしろ逆であって、契約者の利益を守るために、約款の内容を契約締結以前に十分説明しておく必要がある。そうしないと、代理店の信用を損なうばかりでなく、事故が生じた際、契約者とのトラブルの生じる原因ともなりかねない。主に家計保険の分野で、契約に際して申込書記載前に必ず契約者に『契約のしおり』を手渡し、契約者が保険の内容について十分理解した上で契約するようになっているのは、このためである。」(同書三七頁)、と記載し、また、現代のセールスの要点として、「契約者の選択に即した情報の提供」との項目を挙げて、「契約者の信頼できる必要かつ十分な情報を提供する。」ことを記載している。
② また、同協会作成の「ブローカー研修テキスト」第1分冊、第2分冊(甲イ五八、五九)では、さらに、「保険仲立人が、顧客に対して保険商品情報を提供する場合の開示項目例」として、「主な免責事由」を挙げている。そして、説明は、顧客の「保険商品選択の利便」に資するものであることを確認し、それゆえ、「可能な限り客観的かつ分かり易い表示を行って、保険契約者等に誤解を生じさせ、判断を誤らせることがないよう努めるものとする(通達)」(六八頁)とし、説明の程度についても、「保険商品の内容を顧客が理解できるよう十分説明する必要がある。」(六八頁)、「重要な担保条項、免責条項および特約条項を顧客が完全に理解しているかどうか確認する。」(八〇頁)としている。
そして、火災保険契約締結時には必ず地震保険の説明を行うこととされ、「該当する契約者すべてに『地震保険のご案内』などを渡して、地震保険の内容を十分説明して付帯を勧める。」、「地震保険の対象となる契約については、地震保険を契約するとしないとにかかわらず、最小限次の項目について説明する。(1)火災保険だけでは、地震による火災損害は地震火災費用保険金を除き担保されないこと。(2)地震保険の内容」(二〇〇頁)としている。
③ このように、被告らの内部資料では地震免責条項及び地震保険に関する分かりやすい説明をすべき義務を認めているのであり、被告らには説明義務がないとか、約款送付で説明義務を尽くしたことになるといった被告らの主張は、自らの内部規範を無視した自己矛盾の弁解である。
(六) 地震保険との関係
(1) 地震保険の引受方式の変遷
① 地震保険は、昭和四一年の成立当時は、住宅総合保険及び店舗総合保険に付帯するものとされていた(自動付帯方式)。
昭和四七年五月一日の第一次改定により、長期総合保険及び建物更新保険にも付帯できるようになった(原則自動付帯方式)。この原則自動付帯方式とは、保険会社において契約時に必ず地震保険の説明を行い、契約者が地震保険を付帯しない旨の意思を表示しない限りは地震保険が火災保険に付帯して成立するという方式を指す。
また、昭和五〇年四月一日の第二次改定により普通火災保険、住宅火災保険、月掛火災保険、団地保険、月掛団地保険、火災相互保険、満期戻長期保険にも付帯できるようになった(任意付帯方式)。
その後、昭和五二年七月一日には、原則自動付帯及び任意付帯方式が採られている保険契約について、契約申込書に地震保険意思確認欄を設け、付帯を希望しない契約者はその欄に押印することとなった。これは、契約者の意思をより明確に確認することによって、地震保険の契約洩れを防止し、普及率を向上させるとともに、災害時の保険金支払いに当たって地震保険付帯の有無に関するトラブルの発生を未然に防止することを目的としたものである。
このように、地震保険の付帯方式は自動付帯方式、原則自動付帯及び任意付帯の三方式が並立していたが、昭和五五年七月一日の第四次改定により、原則自動付帯に一本化されることになった。これは、昭和五三年六月一二日に発生した宮城県沖地震の際、地震保険の保険金支払いに対して契約者から不満の声が噴出し、商品内容の説明の徹底等に関する強い要望が各方面から出されたことを受けてのものである。
② 被告らは、地震保険意思確認欄を設けた趣旨について、地震保険加入者の増大を期待する政策的手段であったと主張するが、その目的は、右①に記載のとおりであり、この点を、被告ら提出の書証にも触れながら詳しく主張すると次のとおりである。
右①のように、契約締結に当たって、地震保険付帯の意思を従前より確実に確認するためにこの方式を採用した背景には、契約者に「地震による火災損害は、火災保険契約によりてん補されると誤解されてい」るため(乙一三〇)、地震保険普及率が向上しないという事情があったともいわれている。
右のとおり、契約者の多くが火災保険への加入によって地震による火災も填補されると理解していたことは、被告ら提出の書証からも明らかであり、例えば、「地震による火災には、火災保険が出ないということがよく知られていない」(乙一三二の1)、「地震で家が崩れた場合には保険金は支払われないと思っている人でも、家が無事で近所から火が出て延焼した場合には保険金はおりると思っている人が多い」(乙一三二、被告東京海上広報室)、「地震保険はまだまだ国民に知られていないのが現状だ」(乙一三二の2)、「地震保険を付帯していない契約者の中には、地震による火災も火災保険で担保されると理解している方が、かなりあり、保険会社が地震保険の内容について今まで以上にPRする必要がある」(乙一三八)とされているのである。
このような現状を踏まえると、地震保険の普及を図るための方法としては、自動付帯(強制付帯)という方式も選択し得た。しかし、「自動付帯に一本化することは契約者の保険料負担の面で問題があ」り、任意付帯とすれば普及率の向上を見込めないなどの事情を考慮し、普及率向上を図りつつ契約者の選択を尊重する方法として、地震保険の付帯方式を原則自動付帯方式に一本化することにしたのである(乙一三九)。
そして、地震保険意思確認欄は、地震発生時の契約者とのトラブル、主として契約者が火災保険に加入していれば地震火災にも保険金が出ると誤解するというトラブルの発生を防止するために、契約時に契約者の意思確認を徹底することを目的として制度化されたのである。
右方式の下では、代理店は、契約者に対して、「完全な任意付帯と違って契約者に地震保険の内容を充分説明し、付帯するか否かの意思決定に必要な情報を的確に提供」し、「最低限次の点を説明し」なければならないとして、火災保険だけでは地震による火災損害は担保されないことと、地震保険の説明をしなければならないとされているのである(乙一四〇)。
さらに、右のとおり、十分説明することを前提として、「宮城県沖地震では、契約者に対する説明が不足していたことが厳しく批判されたこともあり、改正案は契約者の選択に任される事項が多く」、「業界をあげてその周知に全力を尽くすことが必要」とされたのである(乙一三九)。
そこで、契約時には、口頭の説明だけでなく「『地震保険のご案内』を契約者に渡し説明し」、「充分な理解を得たうえで『地震保険を申し込まない』旨の申し出があった場合は、地震発生時のトラブル防止の観点から地震保険確認欄に捺印を求める」手続を行うことになったのである(乙一三三)。
このように、地震保険意思確認欄への押印を求めた趣旨は、地震保険を付帯しない火災保険に加入する意思をより明確にすることにあり、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容の説明を不可欠の前提としていることが明らかである。
なお、このような地震保険意思確認欄を設けて十分な説明と選択を確保し、地震保険を普及しようとした意図は、その後も全く実現していない。地震保険の普及率は、制度発足当時は二〇パーセント程度であったが、次第に低下し、地震保険意思確認欄を開始した後も回復せず、前記のとおり、平成五年三月現在では全国平均で七パーセントにまで低下した。被告ら保険会社の地震免責条項及び地震保険についての情報開示説明義務の懈怠によって、契約者が誤った認識を有している状況は、昭和五二年当時と何ら異なっていないのである。
③ なお、被告らは、第四次改定後の引受方式を「原則付帯方式」であると主張する。しかし、第四次改定に関する衆参両議院の議事録(甲九九ないし一〇一)における政府委員の提案理由では明確に「原則自動付帯」としており、「原則付帯」の用語は用いられていない。
また、昭和五五年に地震保険法が改正された際、「地震保険への加入並びにその付保割合及び付保金額については、契約者の意向を十分に尊重し、仮にも強制にわたることのないよう行政指導に万全を期すこと」等の附帯決議がされたのは、原則自動付帯方式そのものを変更したものではない。右附帯決議は、原則自動付帯方式を前提として、火災保険契約締結の際、地震保険契約を取り外すか否かについて契約者の意思を十分に確認すべきことを特に要請したものに他ならない。また、右国会審議においても、地震保険に関する情報提供の重要性は度々議論されているところである(甲九九)。
(2) (1)のとおり、原則自動付帯方式は、保険会社が、火災保険契約の申込みを受けた時点で、申込者に対して、必ず地震保険に関する情報を提供して説明を行うという情報開示説明義務が前提となった引受方式である。
具体的には、保険会社は、①火災保険そのものは地震火災による損害を填補しないこと、②地震火災による損害を填補する保険として地震保険があること、③火災保険には地震保険が自動付帯していること、④火災保険の申込書の地震保険意思確認欄に押印することによって地震保険の自動付帯が外されること、を説明し、契約申込者に十分に理解させる必要がある。そうでないと、契約申込者としては、地震保険の付帯を外す意思表示をすべきか否か判断することができないからである。
特に、地震保険の引受方式が自動付帯方式に一本化されたのは昭和五五年七月一日と比較的新しいものであるから、火災保険に地震保険が付帯していることを知らないというのは火災保険契約者の一般の認識といえる。
したがって、右時点以降は、地震保険の付帯を外すか否かの意思決定を正しく行使させるために、地震免責条項と地震保険について情報提供して、説明すべき義務が加重されたものと考えるべきである。
(3) この地震保険の原則自動付帯という引受方式は、火災保険特有の技術的情報であるために、前記のとおり、中学校卒業以下が多数を占め、高齢な漁民が多数を占める本件各火災保険契約者が、かかる情報に接し、あるいは収集できる可能性は皆無であった。したがって、本件各火災保険契約者が正しい選択を行うためには、被告らによる情報提供が不可欠の重要性を有していたのである。
(七) 一般的な情報開示説明義務の法的根拠及びその内容について
以上によれば、被告ら保険会社には、火災保険契約の締結に際して、契約申込者に対して、一般的に、情報開示説明義務が存在するものと解すべきである。
そして、その法的な根拠とその内容は、次のとおりである。
(1) 情報開示説明義務の法的根拠
① 慣習上の義務
保険業者にとっての情報提供は、本来消費者との情報、知識の偏在を是正し、公正で自由な競争を確保し、市場を透明にし、競争を正しい意味で活性化するために求められる保険市場の準則であり、慣習上の義務である。
経済関係法規によって誇大広告の禁止、不正競争防止法における誤認表示等の禁止などが規定されていることは、事業者が市場に提供する商品等の情報を的確に市場に伝えるべきことが慣習上の義務として事業者に負わせられていることを法律的に明らかにしたものである。
地震免責条項及び地震保険について、情報提供し、説明すべきことも、同様に慣習上の義務というべきである。
② 信義則
前記の地震免責条項に関する情報提供の必要性と重要性に鑑みれば、保険会社である被告らには、契約締結前の交渉段階において、地震免責条項及び地震保険について、正確な情報を提供し、説明すべき信義則上の義務があるというべきである。
また、前記のとおり、地震保険を付帯した火災保険商品は、地震免責条項による不填補部分を埋めるものとして開発され、地震保険を外す意思表示がない限り、地震保険が原則自動付帯するという制度を採用している以上、右制度の運用を図るためには、契約者が地震保険契約締結についての選択権を適切に行使できなければならない。したがって、右選択権の行使のためには情報の十分な開示、説明が制度上当然に要請されている。
③ 募取法の規定
前記のとおり、募取法一六条一項(現行保険業法三〇〇条一項)は、「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」を禁止し、違反者には罰則を設けている。
地震免責条項は、不利益条項であるから右の「重要な事項」に該当し、具体的な告知義務が存在する。
(2) 情報提供、説明の時期、方法、程度等
① 情報提供、説明の方法、程度等の判断基準は、契約者の知識、経験、職業など、保険募集人が知る限り、顧客の主観的要素に応じて異なり得る。
原告らの主観的要素は前記のとおりであり、江差ないし奥尻島に居住する保険募集人はこれを認識していたことは公知の事実である。したがって、保険募集人は、原告らに、地震免責条項及び地震保険に関する説明を、分かりやすく、かつ親切にして、情報提供すべき義務があった。
② 情報提供は、契約締結に先立って行われるべきである。そうでない限りは、どのような保険に加入すべきか十分な意思決定ができないからである。
被告らは、契約のしおりや約款等の文書を送付した旨主張する。しかし、これらの文書の送付は契約締結後の措置であり、仮に被告らの主張どおりの文書の送付が認められたとしても、情報提供としては十分とはいえない。
③ 情報提供の方法として、書面を示して、口頭で分かりやすく説明する必要がある。
パンフレット、しおり等の交付は、情報開示説明義務の履行手段の一つに過ぎず、重要なのは、これらを交付したかどうかではなく、そこに書かれている内容が十分に相手方に伝わっているか、消費者が契約内容について理解しているかどうかである。
火災保険契約の顧客は、一般には保険の知識も法律の知識も少ない一般国民であり、特に本件では、日常的に約款に関与することの全くない奥尻島の住民、漁民らである。約款は細かな字でびっしり書かれており、免責条項のような重要事項も他の条項中に埋没している。一般消費者は、約款などほとんど読んだことがないのであるから、その規定を見つけだしたり、見つけだしたとしても、その内容を正確に理解することは極めて困難である。顧客層である一般国民にこれらの約款の内容が正しく理解されるためには、少なくともアンダーラインやゴシック体による強調など、約款など見たこともない素人が、契約の重要部分がどこに記載されているか判別できるような記載の仕方が必要である。
また、契約の重要事項、特に、免責条項のように給付自体を否定するような消費者に不利益な条項については、書面を提示して、口頭により、分かりやすく説明する必要がある。
以上のような工夫もないまま、単にパンフレットやしおり等の文書を送付したからといって、情報開示説明義務を尽くしたことにはならない。
④ 情報提供の程度としては、地震免責条項において、地震火災による損害として免責となる第一ないし第三類型について、それぞれの意味内容を説明した上で、地震火災による損害であっても火災であれば保険金が出るはずであるという顧客の期待を打ち消すだけの十分かつ実質的な開示が必要である。
(3) 阪神淡路大震災に関する判例
裁判所においても、変額保険、ワラント取引をはじめ、約款を用いた契約について、事業者の情報開示説明義務を認める判例が続出していることは周知のとおりである。
保険会社側に、地震免責条項について情報開示説明義務が存在することについては、阪神淡路大震災に関する判例でも認められている。
すなわち、大阪地裁判決平成九年一二月一六日(乙一〇三の一)は、「原告は、地震免責約款について、被告により事前の開示、説明義務が尽くされておらず無効である旨主張するが、右開示、説明義務が尽くされていなかったとする証拠はない。」と判示し、その控訴審である大阪高裁判決平成一〇年七月二八日(乙一〇三の二)では、「本件火災保険契約には地震免責条項が存在し、地震の場合に填補を受けられないことを理解して本件火災保険契約を締結したものと推認できる。そして、右の火災保険契約の締結時の状況に鑑みると、被控訴人において、本件地震免責条項の存在や内容等について、情報開示あるいは説明義務を怠った点があるとは認められない。」と判示している。
(4) 情報開示説明義務の履行についての立証責任
以上の情報開示説明義務は、個別の契約締結状況如何によらずに、保険会社が火災保険契約を締結する際に、常になすべき一般的な義務として認められるものであるから、その義務の履行について、被告らに立証責任があると解すべきである。
(八) 被告らによる一般的な情報開示説明義務の違反について
後記のとおり、被告らは、原告らの本件各火災保険契約の締結に際して、右の一般的な情報開示説明義務を懈怠した結果、地震による火災の場合でも火災保険金が支払われるはずだとの原告らの合理的な期待を打ち砕くことをせずに、本件各火災保険契約を締結させた。
被告らの情報開示説明義務違反は、不法行為又は債務不履行(契約締結上の過失)を構成し、被告らは、これによって原告らについて生じた損害を賠償する責任を負う。
2 被告らの主張
(一) 一般的な情報開示説明義務の存否
被告ら保険会社には、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の情報に関して、原告らが主張するような、損害賠償責任に直結する一般的な法的義務として情報開示説明義務が存在しないことは、次の理由により明らかである。
(1) 約款の開示について
約款の開示とは、通常、契約の相手方にとって、知ろうとすれば容易に知ることができる状況にすることである。具体的に契約の時点で契約内容について口頭で説明することを意味するものではない。
ありふれた附合契約について、人々は契約の都度、契約内容の全てを一々チェックしたりはしない。また、世間一般の人々が承認する契約の内容ならば不満はないと考えて契約する人も多数いるであろう。例えば、人は、電車やバスに乗るときに運送約款の内容を知ろうとは考えないだろうし、預金など銀行取引をするときに銀行取引約款を見ようとも考えないだろうし、ガス、電気の供給契約の際に供給規定の説明を受けることはないだろうし、クレジットカード加入契約の際に規約の説明を必ず受けるというわけでもない。要は、人が約款の内容を知りたいと考えた場合に、容易に知ることができる状況に置かれていたかどうかがポイントである。
保険契約は、後記のとおり、契約締結後に約款が送付されていることにおいて、約款そのものが事前にも事後にも提示されないガス、電気の供給契約や鉄道運送契約以上に約款の開示が強くなされているものである。
火災保険契約は、年に何千件も締結されるごくありふれた契約であり、多数が契約するが故に比較的低廉な保険料で保険カバーを享受できる。また、火災保険の普通保険契約約款には、地震免責条項の他多数の免責条項が規定されており、その何れも重要でないものはない。
しかるに、原告らの主張に従えば、このようにありふれた契約について、契約締結前に、全ての免責条項について申込者が認識、理解するに至るまで詳細に説明することが必要となり、かつ、保険会社は、全ての免責条項について申込者が認識、理解したことの証拠を確保しなければならないこととなる。
これが、合理性、迅速性といった附合契約における現代的要請(この現代的要請により実社会においては従前より自動販売機による保険加入が可能であり、今般通信販売による保険加入も普及するに至っている。)を無視する理論であることは多言を要しないところである。
(2) 約款の内容の了知の容易性
一般家庭の多くが火災保険や自動車保険に加入しており、保険契約の基本的構造及び共通する部分が約款に定められていることは公知の事実であって、何人も契約の内容は約款に定めてあることを知っている。
また、後記のとおり、保険契約の度毎に遅滞なく約款が送付されている。したがって、約款を見ようという意思さえあれば、内容はすぐに分かる。一般の火災保険契約の約款は、各損害保険会社によりほとんど差はなく、毎年何千万冊という約款が社会に配布されている。
仮に約款の内容について疑問があっても、その解明は極めて容易である。街の書店で日常生活に関するハウ・ツーものの本を読んでもいいし、損害保険会社各社の本社、支社、営業所のどこか、あるいは多数ある保険代理店に問い合わせてもいい。一般の火災保険の内容は、知ろうという意思さえあれば極めて容易に理解できる。
一般の火災保険は、保険の中でも一般人になじみの深い、ありふれた契約であり、その内容はほとんどの人が承知していることであり、また、何人といえども知ることは極めて容易である。
(3) 地震免責条項及び地震保険の公知性
① 一般の火災保険が地震危険を担保せず、地震火災による損害に備えるためには別に地震保険に加入する必要があることも公知というべきである。
関東大震災以来、訴訟となったケースでは、その結果は全て一致しており、大きな震災の毎にそのことはマスコミで報道されている。
そして、損害保険協会は、地震保険の普及促進を図るため、全国紙等に年一回は大きなPR広告を出しているし、学校の副読本などを配布したりもしている。更に、一般の火災保険の申込みの際には、地震保険の普及を図るために、地震保険に不加入の場合は不加入の押印を求めているのである。
こうしたことからすると、一般の火災保険が地震危険を担保しないことは、公知の事実ともいうべきである。
② また、保険契約の内容を形式的に区別してみると、いわゆる「普通保険約款」と、個別に付帯される「特約」等に大きく分かれ、このうち、「特約」は、例えば判例上よく見かける自動車保険の二六歳未満不担保特約などから明らかなように、若手ドライバーの事故率の大きさなどから開発されたものもあり、その歴史も比較的新しいものが多く、また、それほど公知のものでないものもあり、信義則上の説明義務が比較的強く求められる場合もある。
これに対して、「普通保険約款」はかなりの歴史をもっているが故に周知性を有し、かつ、地震国日本においては、およそ地震に関係した火災は火災保険の対象とはならず、別に地震保険を付けなければ保険金は出ないことは既に公知の事実ということができる。かかる公知性を有する条項については、自ずと信義則上の説明義務は強くは求められないものと考えられなければならない。加えて北海道では、本件地震の前にも日本海中部地震(昭和五八年)や十勝沖地震(昭和四三年)などでかなりの被害がでており、地震火災についての一般的知識は高い方である。
(4) 原告らの地震免責条項及び地震保険の了知性
後記のとおり、被告らは、原告らに対して、随時、地震免責条項及び地震保険について情報を提供してきた。そして、現に、原告菊地年雄のように、奥尻島においても地震保険に加入している者は少なからず存在する。
したがって、原告らが、本件各火災保険契約締結時に、地震免責条項及び地震保険について知らなかったとの主張は、信用できない。
原告らは、原告らが無知な大衆であるかのごとく強調しているが、原告らは、学校教育を受け、新聞、テレビ等によって十分な情報を有している大人であり、保険内容の説明の水準についても、これらのことを十分考慮しなければならない。
なお、原告らは、地震保険に加入する意思を表明したのに、無視されて加入できなかったと主張しているわけではない。逆に、原告菊地年雄を除き、高額の掛金を払ってまで地震保険を締結する蓋然性はなかったと考えられるのである。
原告らは、地震保険の加入率の低さを地震免責条項及び地震保険についての説明がなされていないことの根拠として挙げているが、実際には、掛け金の高さと地震は来ないであろうとの認識がその理由と考えられる。
(5) 以上の事情に照らせば、火災保険契約締結の際に、被告ら保険会社が、契約申込者に対して、一般的に、書面を提示して、口頭で分かりやすく説明して、情報を提供をすべき法的義務は、信義則上も存しないものというべきである。
(6) 地震保険との関係について
① 原告の主張する地震保険の引受方式の変遷は、事実関係としては以下に論ずる部分を除き認める。
ア 地震保険の引受方式は、法令ではなく、各保険会社が主務大臣に保険事業の免許を得るために提出する書類の一つである「事業方法書」(旧保険業法一条二項二号、現行保険業法四条二項二号参照)に根拠を有する。自賠責保険のように、法令上根拠を持ち、加入及び引受が強制されている保険とは著しく相違があり、いわば保険会社の事業方法の一つとしての意味しかもたされていない。
イ 第一次改定で導入された原則自動付帯方式は、このとき認可変更された後の地震保険事業方法書中の「住宅総合保険、店舗総合保険または長期総合保険に自動的に付帯して引き受ける。ただし、長期総合保険について保険契約者に特別の事情のある場合にはこの限りではない。」との規定に基づくものである。
これに対して、第四次改定で導入されたものは、原則付帯方式であり、原告らがこれを「原則自動付帯方式」と呼ぶのは間違いである。これは、このとき認可変更された後の地震保険事業方法書中の「普通火災保険(住宅火災保険を含む。以下同じ。)、住宅総合保険、店舗総合保険、長期総合保険又は団地保険に付帯して引き受ける。ただし、保険契約者からこの保険を付帯しない旨の申し出があった場合はこの限りではない。」との規定に基づくものである。
このように、原則付帯方式は、原則自動付帯方式と比べ、「自動的に」の文言が削られ、また、不加入を選択するためには「特別の事情」を要しないという点が異なっている。
ウ 第四次改定で原則付帯方式が採用されたのは、原告も引用する昭和五五年五月に衆議院及び参議院の各大蔵委員会においてなされた附帯決議の影響によるものと考えられる。
また、右附帯決議を受けて、昭和五五年七月一日から第四次改定に基づく引受方式の運用開始に当たり、損害保険会社二〇社及び社団法人日本損害保険協会は、連名で、保険代理店に対し、「いやしくも強制付帯であるかの如き誤解を与えることのないようくれぐれもご注意願います。」とする文書(乙一二六)を送付している。
エ 以上の経緯及びその後の運用実態(本件地震及び阪神淡路大震災が発生するまでは、地震保険の全国的な付保率が低いまま推移していること)に照らすと、原則付帯方式は、任意加入とほとんど変わらない実態であった。
② 地震保険の引受方式との関係で、保険会社に地震免責条項及び地震保険に対する情報開示説明義務が加重されたとの原告らの主張は争う。
ア 昭和五二年七月一日に地震保険意思確認欄が火災保険申込書に設けられたのは、次の理由による。
当時東海大地震の発生確率が高いとの予測が世論をにぎわしており、地震保険法を所轄する大蔵省の意向も受け、損害保険業界においては、地震保険の普及率の向上及び地震発生時におけるトラブル防止等について何らかの対策を講ずる必要があると認識された。そこで、業界全体として検討の結果、申込書に、「地震保険契約を希望されない場合は『地震保険ご確認欄』に押印してください」との文言を付して地震保険意思確認欄が設けられることになった。
このような申込書の書き方を採用することによって、単純に地震保険申込欄を設けることに比べ、契約者の地震保険についての認識が高まることが期待され、また、代理店においても契約者に地震保険加入を勧めやすくなることが期待された。すなわち、損害保険会社としては、地震保険についての認識を深めるとともに、地震保険加入者の増大を期待する政策的手段として、右の申込書式を用意したのである。
前記のとおり、損害保険は、同種危険にさらされた者の共同備蓄であり、損害保険会社はその運営に当たる立場である。地震保険制度は、本来、大数の法則が適用できず、保険になじみにくいものを国が関与する形で設定された特殊なものであり、この制度には、運営に当たる損害保険会社の利益は折り込まれていない。しかし、損害保険業界としては、国が関与して構築され、国民にとって有益な地震保険制度の維持発展のため、その普及に努力して来ているのである。なお、地震保険を他の一般の火災保険等と一緒に引き受ける制度としているのは、そうしないと募集経費その他の事業経費が嵩み、保険料が高くなるためであり、既存の一般の火災保険といわば相乗りとして事業経費の節減を図っているのである。
イ このように、火災保険契約の申込書に地震保険意思確認欄が設けられた結果として、保険会社側としては、火災保険引受の際、地震保険に加入するか否かを確認する必要があり、これに必要な限度で情報提供を行うことが要請されることは当然である。
しかし、この地震保険の内容の開示は地震保険の普及を図るための政策的手段、ないしは、サービス業務として要請されているのであり、保険会社の保険契約者に対する法的な義務ではない(乙一一三)。
したがって、これが原告らの主張するような高度の法的義務として、その不履行が直ちに不法行為又は債務不履行を構成するものとは考えられない。
(二) その他の原告らの主張に対する反論
(1) 無体サービスであるとの点について
原告らは、保険契約について、顧客は、保険商品の販売者から言語によって保険商品の具体的内容を説明されなければ当該保険商品の実態を把握し得ない旨主張する。
しかし、顧客は、保険契約を締結するに当たって、保険とは何を意味するものであり、どのような機能を持っているかということは常識的に知っており、この点においては電気製品等の有体物を購入する際と大きな違いはない。
また、保険契約の具体的な内容についても、前記のとおり、自ら約款を読むか、あるいは保険代理店等に問い合わせれば、容易にその内容を理解できるはずである。
(2) 募取法及び新保険業法について
募取法は、不当な保険募集行為の取締を目的とする取締法規であって、契約当事者に約款とは異なる虚偽の事実を説明して敢えて契約を締結するとか、契約者が求めているのに無視するとか、あるいは錯誤に陥っているのに敢えて訂正せず契約を締結させて約款の拘束力を認めることなどを問題として、刑罰をもって取り締まるものである。
したがって、その違反が直ちに私法上の効果を生ずるものではないし、直ちに債務不履行又は不法行為の基礎となる注意義務までを課すものではない。
同法一六条一項の「契約条項のうち重要な事項」との規定も、契約者に損害を与えるような不当な保険募集の防止という観点から、合理的に解釈されなければならない。また、募取法では、各種の保険約款がある中で、その約款のうち「重要な事項」というものが予め明確にされている訳ではなく、当該当事者間において契約時の状況などから、その契約においては当事者間で重要な事項であったかどうかが問題とされる場合に、事後的に「契約条項のうち重要な事項」について説明がされたかどうかが問題とされているものである。
つまり、あらゆる約款の条項や地震免責条項について、一般的に、原告が主張するような高度な情報開示説明義務があるのではなく、その不履行が信義則違反となり不法行為となるような場合にのみ、結果的に当該義務違反があったと構成されるに過ぎないのである。
(3) 説明義務を認めた判例について
近時、多数みられる変額保険にかかる損害賠償請求訴訟において、同項違反が主張されることがあるが、判例は、一般的には同法違反が直ちに不法行為成立の根拠となるとはしていない(大阪高裁判決平成七年二月二八日金融法務事情一四二〇号三四頁、東京地裁判決平成七年三月二四日判例タイムズ八九四号二〇二頁、東京高裁判決平成七年一〇月二五日判例時報一五七九号八六頁参照)。
なお、原告が指摘する説明義務を肯定した判例についてみると、確かに、変額保険やワラント取引等に関する判例の中には、信義則上の説明義務に基づいて、勧誘が社会的妥当性を欠いた不当なものであると私法上認められる場合に、不法行為が成立するとするものがある。
しかし、これらの判例においても、情報提供の方法、態様、程度は、債務不履行又は不法行為の成否に関する重要な判断資料ではあるが、証券会社又は生命保険会社側の損害賠償責任の有無について問題とされているのは、勧誘の違法性であり、その社会的な逸脱性である。
したがって、保険約款の各条項の意味内容を説明しなかったというだけで直ちに保険会社に損害賠償責任が発生するものとして、勧誘行為の違法性、反社会性の主張を欠く原告らの主張は、主張自体失当といわなければならない。
また、変額保険は、問題とされた当時未だその内容及び特徴が一般に知られていないという新しい保険であって、しかも相続税対策のための金融機関からの借入れとセットによる高額の保険加入という異色の方式がとられたこと、バブル崩壊によって結果的に保険契約者に多額の損失が生じて紛争が発生したことなどから、勧誘に当たってリスクに関する説明が十分に行われたか否かが問題となっているもので、本件とは事案を全く異にする。変額保険についての判例は、強いていえば、商品先物取引等における勧誘時の説明に関する紛争の判例と似ている面があるものの、火災保険の場合とは全く異なるものである。したがって、火災保険の約款の情報開示、説明義務の存否について、変額保険などと同列に論ずることはできない。
(4) 説明義務立法化の動きについて
本件訴訟の判断をするに当たって無関係であると考えられる。
損害保険には、前記のとおり、団体性という性質があり、団体員の相互扶助を目的とする共済制度とその実質において異ならない。原告らは、保険の商品性を強調して、保険会社と保険加入者を企業と消費者、強者と弱者等の対立構図で捉え、弱者や消費者保護の立法や理論を持ち出すなどして、説明義務の主張の根拠として主張しているが、これは損害保険制度の特質、殊に団体性、相互扶助性に対する配慮を欠いた偏った見解である。
この団体性、相互扶助性によって、個々の保険加入者は比較的少額の負担によって損害に対処できるのであって、この点、対価と商品ないしサービスとの均衡が要請される一般の取引と種々異なる事情が存在する。まして、ハイリスク・ハイリターン等の特質を持つワラント取引等と一般の火災保険への加入とは全く異質なものである。したがって、一般の商品取引やワラント取引等に係る説明義務に関する理論が直ちに一般の火災保険に妥当するものではない。
(5) ブローカーの研修テキストについて
原告の主張は、ブローカー(仲立人)と代理店とを混同している。
平成七年度の保険業法で、旧募取法では認められていなかった保険のブローカーである保険仲立人の制度が導入された。保険仲立人は、特定の保険会社との間における委託関係なしに保険契約締結の媒介を行うもので、保険契約者と保険会社との間に立って保険契約者のために最善の保険契約を見い出し、その締結に向けて尽力する義務が課せられている(保険業法二九九条)。
原告の主張は、ブローカーに関するものとしては正しいが、これをもとに代理店にも説明義務があるとの主張は、両者を同様の存在として立論している点において明らかな誤解をしている。
(6) 大蔵省の指導等について
① 原告らの主張する通達、事務連絡があること自体は認めるが、昭和五八年一月一七日付け蔵銀第四四号「損害保険会社が使用する募集文書図画の取扱いについて」は廃止されていない。
② 原告らは、保険業法三〇〇条一項一号の「重要な事項」に主な免責事由が含まれているとして、「損害保険会社の業務運営に関する留意事項について」(平成八年四月一日事務連絡)を引用する。
しかしながら、右事務連絡にいう「重要な事項」というのは、基本通達である「損害保険会社の業務運営について」(平成八年四月一日蔵銀第五二五号通達)の第2の3、(1)②にいう「保険契約の契約内容について正確な判断を行うに必要な『重要な情報』の一部のみを表示すること」として、同法三〇〇条一項六号の規定に抵触するおそれのある行為の一例としての説明であり、同項一号に関するものではない。
③ そもそも、これらの通達や事務連絡は、保険会社の努力、留意を指示したものであり、これによって保険会社が法的義務を負担したり、その懈怠が直ちに顧客に対する債務不履行や不法行為責任を生ぜしめるものではない。
(三) 被告東京海上のその他の主張
私法全体の基本的な理念である信義則が企業対消費者間の附合契約にも及ぶべきこと、また、その特質からみてその約款ないし契約内容の情報開示説明が要請されることは認めるが、原告らが主張するような高い程度の情報開示説明を行う義務が附合契約に一律に付随し、しかも、その違反が直ちに不法行為又は債務不履行責任を発生させるような強い法的な義務であるとの見解には到底賛成できない。
企業側に要請される情報開示説明の内容及び程度は、当該附合契約の種類、歴史、公共性、契約内容の普及の程度、消費者の負担するリスクの内容・程度等の諸事情によって、それぞれ差があって然るべきであり、種々の観点からそのレベルを個別的、具体的に判断すべきであって、原告らの主張のような固定的、画一的な基準を設定することは複雑多様な現代社会の実情からみて不合理であり不可能でもある。
特に、火災保険及び地震保険は、変額保険、ワラント取引、商品取引等とは異なる「家計商品」であり、これに加入する事自体、何ら積極的な危険をもたらすものではない。したがって、情報開示説明義務を問題とする場合には、右の危険な取引に関する判例学説をそのまま引用することはできないというべきであり、また、情報開示説明義務を、その不履行が直ちに不法行為又は債務不履行を構成するような強い法的な義務と解するのも妥当ではなく、信義則及び右の諸事情その他を総合して、不法行為又は債務不履行に該当するか否かを個別的、具体的に検討すべきである。
七 争点2(二)(個別の具体的な契約締結状況における信義則違反の存否)について
1 原告らの主張
(一) 個別の具体的な契約締結状況における信義則違反に基づく損害賠償責任の存在
仮に、以上のような情報開示説明義務が、火災保険契約の締結の際に履行されるべき一般的な法的義務であると解されない場合であっても、被告らには、原告ら本件各火災保険契約者との間の個別の具体的な契約締結状況において、次のとおり信義則に違反する具体的な事実が認められるから、被告らには、これによって原告らに生じた損害について賠償責任がある。
(1) 原告らは、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を知らず、原告らが、本件各火災保険契約締結時に、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を知れば、地震保険契約を締結した蓋然性は高い。
すなわち、火災保険契約では、地震免責条項によって、地震火災により建物を消失した場合には火災保険金が支払われないこと、そのために地震保険が存在していることを原告らが了知すれば、原告らは、もともと万が一の危険を保険によって回避しようとしていたのであるから、地震保険を付帯した高度の蓋然性がある。
特に、原告らは、昭和五八年五月二六日に発生した日本海中部地震によって津波被害を被った経験を有していたから、津波の被害をも填補する地震保険に加入していた蓋然性が高い。
(2) しかるに、後記八1のとおり、被告らは、原告らに対して、本件各火災保険契約の締結時において、地震免責条項及び地震保険の説明を全くしなかったばかりか、代理店や、江差信金又は漁協の職員ら契約締結の補助者をして、原告らから預かった印鑑を押印し、あるいは原告ら契約申込者に対して、注意する暇もなく機械的に地震保険意思確認欄を指示して押印させ、原告らに地震保険意思確認欄の意味内容を了知し得る機会を与えることなく押印させるなどして、原告ら契約申込者に地震保険加入・不加入の意思を決定する機会を与えず、地震保険意思確認欄に押印がされたという外形を作出した。
かかる被告らの行為は、契約締結に当たって契約当事者に求められる信義則に著しく違反するというべきである。
(3) よって、被告らは、不法行為又は債務不履行に基づき、これによって原告らについて生じた損害を賠償する責任を負う。
(二)立証責任
右の地震保険意思確認欄についての説明義務は契約上の債務であり、その懈怠は債務不履行責任を構成する。
したがって、地震保険意思確認欄について説明を尽くした事実、被告らにおいて押印を代行した事実がないことや契約者が注意する暇もなく機械的に押印を指示したことがないことは、全て被告らの立証責任に帰する。
(三) なお、奥尻島青苗地区の住民は、地震に関心が低く、火災保険契約にあっては地震保険不加入を選択することが通常であったから、なお、地震保険意思確認欄における原告らの押印の推定力が機能するとの立場も考えられる。
しかし、前記の昭和五八年の日本海中部地震後、同住民の地震被害に対する関心は飛躍的に高まることになったことは公知の事実といえるものであり、原告らの地震保険に対する関心が薄かったとか、地震保険意思確認欄の押印が一般的であったとは到底認めることができない。
そして、事業者の側が地震保険意思確認欄の押印をするか否かが顧客にとって重要な選択肢であることを認識しており、かつ、実際にも奥尻島住民にとっては地震保険が付帯しているか否かが、かなり重要な選択肢の一つであった場合には、敢えて説明しなかった点に故意があり、この了知をさせることを懈怠して顧客の信頼を裏切った点に信義則違反が認められることには異論がないはずである。
2 被告らの主張
(一) 原告らは、個別具体的な契約締結状況における被告らの信義則違反の主張をするが、被告らは、原告らに対して、後記八2のとおり、折りに触れて地震免責条項及び地震保険に関して必要な情報提供を行い、また、火災保険契約申込書における地震保険意思確認欄についても、原告ら各契約締結者は、何れもその意思に基づいて押印しており、被告らには、本件各火災保険契約締結時において信義則違反を問われる具体的な事実は存在しない。
(二) 原告らの地震保険加入の蓋然性について
原告らは、地震保険が説明されたら地震保険に加入した蓋然性が高いと主張するが、かかる蓋然性は考えられない。
一般に地震保険の加入率はかなり低いが、これは、掛金が高いことと、大きな被害が発生する地震はめったに起きないし、自分の住んでいる場所には起こらないであろうとの漠然とした安心感の結果であり、特に、自分で進んで保険に入るのではなく、金融機関からの融資条件にあるためにやむを得ず保険に入る時はこの傾向が強い。庶民の感覚としては、地震の時の被害には火災保険は出ないことは知っていても、また、日本が有数の地震国であることは知っていても、支払われる保険金にも上限があり、まさか自分のところには起きないだろうと考えて、高い掛金を払ってまで地震保険に入ろうとしないのである。
現に、死亡前原告吉永敏和は、本件地震後に再築した建物について、火災保険に加入しながら地震保険には加入していない。原告飛山義雄及び飛山トシエの更改前の契約を自ら行っていた亡飛山平治は、自ら保険代理店を経営する保険のプロであるにも関わらず、地震保険に加入していなかった。原告厚谷哲子の代理人として本件火災保険契約を締結した中村みゆきは、本件地震後であり、母親である原告厚谷哲子が本件訴訟を提起した後である平成八年に、夫である中村和哉の家財についての長期総合保険契約を更改しているが、その際も地震保険には加入していない。
原告らの地震保険について説明を受ければ地震保険に加入した高度の蓋然性があるとの主張は、事実に基づかない空論に過ぎない。
(三) 個別の具体的な契約締結状況における信義則違反という法的主張に対する各被告らの主張
(1) 被告安田火災
原告らの法的な主張自体争う。
(2) 被告東京海上
① 一般論として、地震免責条項及び地震保険に関する説明義務違反の問題に関し、個別の具体的な契約締結状況如何によっては、保険会社側に何らかの私法上の責任(不法行為責任、契約締結上の過失責任又は債務不履行責任)が発生する場合があることを否定するものではない。
ただし、本件同様、保険契約者に対する説明義務違反が問題とされた変額保険の諸判例にみられるように、保険会社側の私法上の責任が発生するためには、説明義務違反のもとで行われた保険会社側の当該行為が社会的相当性を欠いた不当なものであり、私法上の責任が問われて然るべき場合でなければならない。
したがって、保険会社側の当該行為が、単に説明がないまま行われたとか(保険契約者が既に知り又は知り得べかりし事項については、改めて説明を繰り返さなくとも、社会的相当性に欠けるとはいい得ない。たとえ、「契約締結担当者が、契約申込書を作成するに当たり、当初から当該申込者の印鑑の交付を受けて押印を代行」したり、「同人が注意をする暇もなく機械的に押印を指示した」(後記の裁判所の求釈明事項)としても、当該申込者が契約申込書の内容を知り又は知り得べき状況下になされた場合であれば同様であると解する。)、募取法に違反するというだけでは足りず、事実関係を総合的全体的にみたうえで、不法行為等を構成するに足りる過失(火災保険についていえば、地震による損害が発生する蓋然性が極めて高いことが判明しているのに地震保険への加入の意思を確認しなかったとか、契約者から地震保険に加入する意思表示があったのに、火災保険で全部賄えるとの誤った説明をして地震保険に加入させなかったとか)又は背信性(契約者を害し、保険会社側が利益を得る目的で虚偽の事実を告げた等)が認められる必要がある。なお、地震保険意思確認欄の押印の問題について付言すると、我が国の国民は、押印の重要性は認識してはいるが、印鑑を預けて相手に押してもらう行動をとることも多い。このように、印鑑を事業者に預けて押印行為を放置していることは、消費者に求められる自己責任の原則の問題として、事業者の情報提供を受ける利益を放棄したと評価されるべきであり、仮に、その押印の際に、事業者が地震保険意思確認欄の説明を詳しく行わなかったとしても、社会通念上相当と認められると解する。
② そもそも、予備的請求について、これまで原告らは、常に、口頭で分かりやすく地震免責条項及び地震保険に関する説明をすべき義務が存在することを前提にその主張を構成してきた。
ところが、平成一一年五月一三日に裁判所から原告らに釈明があり、原告らは、これに啓発された形で、初めて同年六月一八日付け準備書面で個別の具体的な契約締結状況等における信義則違反を主張するに至った。既に本件地震から約六年、本訴提起後五年ないし六年を経た後である。もし、保険会社側に、信義則に基づき私法上の責任を問われるような社会的相当性を欠いた不当な行為が事実存在したと仮定すると、原告らがこれまでそのような主張を積極的にしなかったことは到底理解できず、裁判所の釈明があって初めて行うような主張自体、そもそも、それを裏付ける事実関係が存在しなかったことを指していると考えられるのである。原告らの一部には、その陳述書や本人尋問で、押印の意味を全く説明せずに盲判を押させた旨の陳述を行ってはいるが、契約担当者の行為を積極的に非難攻撃する内容のものは見当たらず、むしろ、押印の弁解ないし逃げ口上等いわば消極的な見地からそのように述べていたとの印象を禁じ得ず、したがって、右陳述が直ちに保険会社側の責任の発生を裏付ける証拠的な価値を持つものとは到底考えられない。
(3) 被告興亜火災
保険者には、火災保険契約の申込者に対して、契約締結に当たり、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容や地震保険意思確認欄の意味内容を、常に、分かりやすく開示・説明すべき義務はなく、そのような義務があるかの原告らの主張は争う。
もっとも、個別の具体的契約時の契約締結状況によっては、契約締結に際し、要請される信義則に違反するという主張が是認されることがあり得ることまで否定するものではないが、後記のとおり、原告厚谷哲子との契約締結時に、信義則違反とみられる具体的な事実はない。
(4) 被告三井海上
保険者には、火災保険契約申込者に対し、地震免責条項及び地震保険の内容並びに地震保険意思確認欄の意味内容を積極的に口頭で分かりやすく開示、説明すべき義務はなく、この義務を前提とするかの原告らの主張は争うものであるが、個別の具体的契約締結時に、例えば、火災保険契約申込者から地震免責条項や地震保険の説明を求められながら故意に説明しなかったり、申込者に地震保険加入の意思があることを知りながら背信的方法でその機会を与えないなどしてはならないという、一般的に契約締結に際して要請される信義則上の義務までを否定するものではない。
しかし、後記のとおり、本件において、信義則違反を問われるべき具体的事実は存在しない。
八 争点2(三)(被告らから原告らに対する地震免責条項及び地震保険についての情報提供の有無、内容)について
1 原告らの主張
(一) 被告ら保険会社の保険契約締結補助者の地震免責条項及び地震保険に係る情報が提供されなかったために、原告菊地年雄を除く他の原告らは、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を知ることができなかった。また、原告菊地年雄は、地震保険の存在についての説明を受け、地震保険に加入したが、地震免責条項に関する説明を受けなかった結果、地震保険は、火災保険の上乗せであり、地震火災にあっては、火災保険金の他に地震保険金が支払われるものと誤解していた。
この被告ら保険会社の保険契約締結補助者による原告ら各自に対する地震免責条項及び地震保険に係る情報についての情報開示説明義務の履行の有無について、当該情報の開示、説明の具体的な状況は、以下のとおりであり、右の開示は全くなされていないか、極めて不十分なものであった。
また、原告らの個別の具体的な契約締結の状況も、以下のとおりであり、原告らのほぼ全員が、火災契約締結に当たって、地震保険意思確認欄に、担当者に指示され押印する意味を確認する暇を与えられずに機械的に押印したか、予め、あるいは、契約締結時に印鑑を預かった担当者が、原告らに押印することの意味を確認させることなく押印を代行しており、信義則に違反する行為を犯していた。
(1) 原告菊地ミナ(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、平成元年ころ、パチンコ店経営を始めるに当たり、火災保険をかけるために江差信金の青苗支店の窓口に相談に行ったところ、同支店の支店長代理から被告安田火災を勧められたため、火災保険契約を申し込んだ。その際、同原告は、申込書の申込者欄に夫の名前を自書したが、印鑑は、支店長代理に手渡した。支店長代理は、同原告とは離れた場所で契約申込書を作成していたので、同原告は、右支店長代理がどのような書類のどこに何か所押印しているのかを全く知り得なかった。
その際、支店長代理は、同原告に対し、地震保険の存在や、パチンコ店には地震保険が付けられないなどの説明は一切行わなかった。また、その際、同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けていなかった。むしろ、支店長代理自身、何度も保険代理店に電話で質問を行うなど、保険制度について分かっていない様子だった。
同原告は、申込書の写しや控えの交付を受けていない。
なお、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会っていない。
② 更改時
同原告は、一年ごとに火災保険契約の更改を行ってきた。
更改の時期には葉書で通知があり、同原告はこれに従って信金の窓口で支払いをするだけだった。その際、何らかの書類を作成したり、説明を受けたことはなかった。
必要書類は、窓口の職員が同原告から印鑑を預かって作成していたが、窓口のカウンターが高いため職員の手元は見えず、同原告は、どのような書類を作成しているのか、どこに押印しているのか全く知り得なかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることも知らなかった。同原告は、更改申込書の写しや控えの交付を受けていない。
③ 同原告は、最終学歴が尋常高等小学校卒業、本件火災保険契約締結時は六二歳で無職だった。
(2) 原告岸田賢悦(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、昭和五二年六月一四日、奥尻漁協の担当者を通じて被告安田火災と火災保険契約を締結した。申込書の作成は、漁協の担当者が同原告から印鑑を預かり、同担当者が行った。申込者欄も、右担当者が署名押印し、地震保険意思確認欄にも、右担当者が「付帯しない」に丸印を記入した。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に丸印を記入することの意味について説明を受けなかった。同原告は、右担当者がどのような書類のどこに押印しているのか分からなかった。
その際、地震による火災の場合には保険金が出ないとか、地震保険の存在についての説明は一切なかった。また、同原告は、契約時に、申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
なお、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
② 継続手続時
同原告は、三年ごとに火災保険契約の更改(被告安田火災の特約火災保険の場合、「継続手続」としてなされ、契約申込書も作成されていないが、本項において、原告らの主張のとおり「更改」と表記することがある。)を行ってきた。
その際、申込書の地震保険意思確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告がしたものではない。同原告は、地震保険意思確認欄があることも知らなかった。更改手続は全て漁協が行っており、原告岸田賢悦は新たな書類作成手続などは行っておらず、また、地震の場合には火災保険金が出ないとか、地震保険の存在について説明を受けたことはなかった。また、更改申込書の写しや控えを交付されることもなかった。
③ 原告岸田賢悦は、最終学歴が尋常小学校卒業、最終の更改契約時は六四歳で漁業に従事していた。
(3) 死亡前原告駒谷福司(被告安田火災関係)
① 死亡前原告駒谷福司は、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、昭和六二年一月一二日、江差信金青苗支店の担当者を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。申込書の作成は、死亡前原告駒谷福司とその妻である原告駒谷ケイ子とが同支店に赴いて行った。原告駒谷ケイ子は、申込者欄に夫の名前を自書し、信金職員の指示に従って押印した。火災保険契約の他に融資手続に関係する書類もあり、押印すべき場所が多数だったため、地震保険意思確認欄の意味を十分に理解する余裕もなく、信金職員に言われるままに押印したが、その際、それぞれの押印の意味を説明しなかった。死亡前原告駒谷福司と原告駒谷ケイ子は、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。
その際、保険についての資料は全く見せられておらず、保険の内容についても一切説明はなかったばかりか、地震保険の存在についての説明も一切なかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
なお、原告駒谷ケイ子は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
② 原告駒谷ケイ子は、最終学歴が中学校卒業、本件火災保険契約締結当時は四六歳で無職だった。
(4) 原告新谷義盛(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、昭和四九年三月二八日、同原告の父親である新谷豊吉が、奥尻漁協の担当者を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。当時の申込書には地震保険意思確認欄はなかった。
契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
手続は全て漁協で行い、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
② 継続手続時
同原告は、五年ごとに更改を行ってきた。
その際、申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告がしたものでも、新谷豊吉がしたものでもない。更改手続は、漁協が予め用意して保管していた同原告名義の印鑑を用いて全て漁協が行っており、漁協からは更改の葉書で来るだけで、同原告が何らかの手続を行うことはなかった。同原告から何らかの連絡がない限りは、従前と同じ内容で漁協が更改手続を代行していたためである。したがって、同原告及び新谷豊吉は、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。また、更改申込書の写しや控えを交付されることもなかった。
③ 新谷豊吉は、最終学歴が尋常高等小学校卒業、最終の更改契約時は八三歳で漁業に従事していた。
(5) 原告武田勝雄(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、パチンコ店経営を始めるに当たり、昭和六三年二月ころ、奥尻漁協担当者を通じて被告安田火災と火災保険契約を締結した。契約は、同原告の店舗で行われた。申込書は、同原告が申込者欄に署名したが、捺印は、漁協担当者が同原告から印鑑を預かって行った。同原告には、右担当者がどのような書類のどこに何か所押印したかは分からなかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
その際、同原告は保険料及び保険金に付いてしか説明を受けておらず、地震保険についての説明や、パチンコ備品一式は地震保険の対象外であるなどの説明は受けていないし、何らの資料の提供もなかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款に送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
なお、同原告は被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会っていない。
② 更改時
同原告は、一年ごとに火災保険契約の更改を行ってきた。
更改の時期には葉書で通知があり、同原告は、その都度、漁協に赴き、更改手続を行った。同原告は、職員の指示に従って署名するだけであり、押印は、同原告から印鑑を渡された職員が行った。同原告からは、職員の手元は見えず、右職員が、どのような書類のどこに押印しているのか分からなかった。その際、地震保険について説明を受けたことはなく、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
③ 同原告は、最終学歴が小学校卒業、最終の更改契約時には七一歳で、パチンコ店を経営していた。
(6) 原告高杉鶴男(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、自宅新築の融資を受けるために必要であったことから、昭和五三年七月二五日、同原告の妻である高杉千江子又は同原告自身が、江差信金青苗支店の担当者を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。高杉千江子又は同原告は、職員の小竹に印鑑を預けて帰宅したため、書類への押印は、高杉千江子又は同原告がいない場所で信金担当者が行った。後日、同原告は右職員から印鑑の返還を受けたが、どのような書類に何か所押印したかは全く分からなかった。したがって、同原告らは、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
右契約締結時、保険の内容に付いての説明や資料の提供は全くなかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 更改時
同原告は、昭和六三年に更改を行った。
その際、申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告や高杉千江子がしたものでもない。すなわち、そのころ、満期が近くなると、更改の葉書が届いたので、高杉千江子が印鑑を信金に持参し、信金窓口で更改手続を行った。書類への押印は、高杉千江子から印鑑を預かった信金職員が、カウンターの中で行ったようであるが、カウンターが高かったため、高杉千江子からは信金職員の手元は見えず、どのような書類を作成したか、どこに押印したかは知り得なかった。同原告らは、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 高杉千江子は、最終学歴が中学校卒業、最終の更改契約時は三五歳で無職だった。
(7) 原告飛山義雄(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告の父である亡飛山平治は、自宅新築の融資を受けるために必要であったことから、昭和四九年ころ、江差信金青苗支店を通じて火災保険契約を締結した。
その後、昭和五七年一二月に亡飛山平治が死亡したため、名義書換えのため、同原告は同支店に赴いたが、手続は信金職員の指示どおりに書類に署名・押印するだけだった。地震保険意思確認欄の説明もなかったため、同原告には、右欄に押印したという認識はなかった。
その際、地震免責条項や地震保険の存在についての説明はなく、地震保険に加入するか否かの意思確認も受けていない。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 更改時
同原告は、一年ごとに更改してきた。
更改時期が近づくと、信金職員から同原告に電話で連絡があり、同原告の依頼を受けた妻の飛山操が窓口に赴いて手続を行った。
その際、押印は、信金職員が同人から印鑑を預かって行ったが、カウンターが高かったため職員の手元は見えず、飛山操は、どのような書類に何か所押印したかを知り得なかった。また、同人が書類に押印したこともあったが、職員に指示されるままにしたもので、押印欄の意味を十分に理解する余裕もなかった。飛山操及び同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 飛山操は、最終学歴が高校卒業、最終の更改契約時は三二歳で無職だった。
④ 被告安田火災及び被告三井海上の主張に対する認否、反論
亡飛山平治が、「奥尻飛山」の名称で大正海上火災保険(現被告三井海上)の代理店を経営していたことは認めるが、同人が火災保険、地震保険を知っていたかどうかは知らない。
仮に亡飛山平治が地震免責条項を知っていたとしても、原告飛山義雄自身が地震免責条項を知っていたことにならないことは勿論である。
更改された契約は最初の新規契約とは別の契約であるし、契約主体が変更されている以上、新たな契約者に対して地震免責条項や地震保険の存在、内容について説明する必要があることはいうまでもない。
(8) 原告松川武美(被告安田火災関係)
① 同原告は、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、平成二年八月二一日、奥尻漁協を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。契約手続は漁協職員が同原告が持参した印鑑を預かって、一切を行ったものである。したがって、同原告は、どのような書類に何か所押印されたかも理解しておらず、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
同原告は、漁協職員から、保険会社がどこであるかとか、保険料がいくらであるかといったことについても説明を受けておらず、当然地震保険や地震免責条項についても何の説明も受けていない。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 同原告は、最終学歴が中学校卒業、本件火災保険契約締結時は五四歳で漁業に従事していた。
(9) 原告松田逸松(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、自宅を新築するに当たり、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、昭和五三年六月一〇日、江差信金青苗支店の担当者を通じて被告安田火災と火災保険契約を締結した。同原告は、印鑑を持参して、同支店に赴き、支店長の小竹に印鑑を預けて帰宅した。申込書の作成や地震保険意思確認欄への押印は、その後に、右印鑑を用いて、同支店の職員が行ったものであり、同原告は、右手続に一切関与していない。同原告は、どのような書類に何か所押印されたか目にしていないし、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
右契約時、地震免責条項や地震保険についての説明は全くなかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 継続手続時
同原告は、昭和六三年に当初の契約の満期が到来した後、一年ごとに保険料を支払うこととして、更改を行ってきた。
その際、申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告がしたものではない。同原告が何らかの書類を作成したことはなかったし、何らかの説明を受けたことはなかった。小竹が全ての手紙を代行したものと思われる。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 同原告は、最終学歴が尋常小学校卒業、最終の更改契約時は六六歳で漁業に従事していた。
(10) 原告柳谷光雄(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、昭和五二年一〇月一五日、自宅を新築するに当たり、住宅金融公庫から融資を受けるために必要があったことから、奥尻漁協を通じて被告安田火災と火災保険契約を締結した。手続は、漁協の職員から「火災保険やっておくから」といわれただけで、漁協の職員が従来から保管していた同原告の印鑑を使用して全て行い、原告は一切関与しなかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
その際、地震免責条項や地震保険についての説明は全くなかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 継続手続時
同原告は、三年ごとに更改を行ってきた。
その際、申込書の地震保険意思確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告がしたものではない。更改の葉書が来るだけで、同原告が何らかの手続を行うことはなかった。同原告から何らかの連絡がない限りは、従前と同じ内容で漁協が保管していた同原告の印鑑を使用して手続を代行していたためである。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同原告は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 同原告は、最終学歴が中学校卒業、最終の更改契約時は五一歳で漁業に従事していた。
(11) 死亡前原告吉永敏和(被告安田火災関係)
① 新規契約時
死亡前原告吉永敏和は、自宅新築に当たり、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、昭和五四年七月二五日、江差信金青苗支店の担当者を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。契約手続は、同人の父である吉永源作が、同支店に赴いて行った。契約申込書は、同支店の職員が吉永源作から印鑑を預かって作成したが、吉永源作からは、右職員がどのような書類に何か所押印したかは見えなかった。吉永源作は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
その際、地震免責条項や地震保険についての説明は一切なかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 継続手続時
死亡前原告吉永敏和は、平成元年に更改を行ったが、同人や吉永源作は何の手続も行っていない。信金職員が全ての手続を代行したものと思われる。
申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は死亡前原告吉永敏和がしたものでも、吉永源作がしたものでもない。同人らは、地震保険意思確認欄があることを知らなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同人らは、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 吉永源作は、最終学歴が尋常小学校卒業、最終の更改契約時には六二歳で鉄工所を経営していた。
(12) 原告菊地秀雄(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告は、自宅を新築するに当たり、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、昭和五三年八月二九日、奥尻漁協を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。契約手続は同原告の自宅で行われたが、申込書中、同原告が自署したのは「債務者」欄だけであり、その他の記載事項は漁協担当者の小寺が記入した。また、押印は、小寺が同原告から預かった印鑑を用いて行ったが、同原告は、どのような書類に何か所押印したかは分からなかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
その際、地震免責条項や地震保険についての説明は一切なかったし、地震保険への加入意思の確認もなされなかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 継続手続時
同原告は、三年ごとに更改を行ってきた。
その際、申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告がしたものではない。更改時には同原告のもとに葉書が来たが、更改しないときだけ漁協に連絡し、その連絡がないときは漁協が保管していた同原告の印鑑を使用して手続を行うことになっていたため、手続に同原告が関与したことはなかったものである。また、契約内容について説明がなされたということは一切ない。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らなかったし、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同原告は被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 同原告は、最終学歴が国民高等学校卒業、最終の更改契約時は五九歳で漁業に従事していた。
(13) 原告寅尾博光(被告安田火災関係)
① 新規契約時
同原告の父である亡寅尾松雄は、自宅新築の融資を受けるために必要であったことから、昭和四九年に奥尻漁協を通じて被告安田火災と火災保険契約を締結した。申込書の作成は、漁協が保管していた同人の印鑑を用いて、漁協職員が行った。
契約後に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。当時の申込書には地震保険意思確認欄がなく、地震保険意思確認欄への押印が問題となるのは昭和五四年に更改契約をした時である。
② 継続手続時
亡寅尾松雄は、五年ごとに更改を行い、昭和六三年に同人が死亡した後は、原告寅尾博光が契約を引き継いだが、その都度被告安田火災から葉書が来るだけで、契約内容について説明がなされたということは一切なかった。
更改申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同原告がしたものでも、亡寅尾松雄がしたものでもない。必要書類は、漁協が保管している同原告の印鑑を用いて、漁協職員が作成したものである。同人らは、地震保険意思確認欄があることを知らなかったし、更改申込書の写しや控えが交付さえることはなかった。
なお、同原告は、安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
③ 亡寅尾松雄は、最終学歴が中学校卒業、同人の死亡時の年齢は六五歳前後であり、漁業に従事していた。
(14) 死亡前原告松塚政彦(被告安田火災関係)
① 新規契約時
死亡前原告松塚政彦は、自宅新築に当たり、住宅金融公庫から融資を受けるために必要であったことから、奥尻漁協を通じて被告安田火災と本件火災保険契約を締結した。漁協職員は、死亡前原告松塚政彦から印鑑を受け取り、押印している様子であった。しかし、同人は、どのような書類に何か所押印されたかは分からなかったし、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。
その際、保険内容や地震保険についての説明は一切なかった。また、契約時に申込書の写しや控えは交付されず、事後的に約款が送られてきただけだった。パンフレットや地震保険に関する案内書などの交付は事後的にも受けていない。
② 継続手続時
死亡前原告松塚政彦は、三年ごとに更改を行ってきた。
その際、申込書の地震保険確認欄に押印がなされていたようであるが、右押印は同人がしたものではない。更改手続時には同人のもとに葉書が来たが、更改しないときだけ漁協に連絡し、その連絡がないときは漁協が自動的に更改手続を行うことになっていたため、更改手続に同人が関与したことはなかった。漁協で予め保管してある同人名義の印鑑を用いて、漁協が一切の手続を行ったものである。また、契約内容について説明がなされたということは一切ない。同人は、地震保険意思確認欄があることを知らなかったし、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、同人は、被告安田火災の職員ないし代理店とは一度も会ってない。
エ 死亡前原告松塚政彦は、最終学歴が尋常高等小学校卒業、最終の更改契約時には五九歳で水産加工臨時工をしていた。
(15) 亡浅利謙二(被告東京海上関係)
① 新規契約時
亡浅利謙二は、昭和五三年一〇月、本件建物を購入するに際し、前所有者がかけていた火災保険契約の譲渡を受けた。
その後、昭和五四年、同人の妻である原告浅利幸子が売上金の入金等のために江差信金青苗支店に赴いた際、支店職員から、「旅館を買って借入があるのだから、火災保険に入らなければならない。」と言われたため、同原告は、その場で亡浅利謙二名義で火災保険契約を申し込むことにした。その際に同原告が受けた説明は、毎年の保険料の金額だけで、保険金額も分からなかった(後日保険証券を受け取った際に知った。)。同原告は、信金職員に言われるままに印鑑を預けて帰宅したため、申込書は、右職員が、預かった印鑑を用いて作成した。なお、印鑑はその日のうちに同原告に返還された。したがって、同原告は、どのような書類のどこに押印されたか分からなかったし、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
② 亡浅利謙二の火災保険契約は、昭和五五年に積立式に切り替られたが、昭和六一年から再び、一年毎の火災保険契約に変更された。
更新時に被告安田火災から葉書が来ると、原告浅利幸子は印鑑を持参して信金に赴き、信金担当者に手続を依頼した。その際、地震免責条項や地震保険の説明は一切受けなかった。書類の作成は、同原告から印鑑を預かった職員が行ったが、カウンターが高かったため、どのような書類のどこに押印されたかは、同原告には分からなかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、更改通知葉書(甲七九)では、保険の目的等の必要事項が印刷されている上に、右印刷内容を判読不能とさせるような形で、「江差信用金庫○○○○支店で手続をしていただくようお願いします。」等と記載された用紙が貼り付けられている。このように、保険代理店の江差ユーアイは、更改手続を江差信金に委ねていたものである。これは、更改手続の都度地震保険に関する説明等を行ってきたという被告らの主張が虚偽であることを示すものである。
なお、同原告は、契約担当者である江差ユーアイと会ったことは一度もなく、右のように専ら信金の担当者を通じて契約、更改手続を行った。したがって、江差ユーアイから地震免責条項や地震保険についての説明を受けたことはない。
③ 原告浅利幸子は、最終学歴が高校卒業、最終の更改契約時には五三歳で無職だった。
(16) 原告菊地年雄(被告東京海上関係)
① 新規契約時
同原告は、昭和四三年に建物を新築した際、被告東京海上の代理店をしていた津山久雄から、「新しく家を建てた場合は火災保険にはいらなきゃ駄目だ。」と勧誘を受け、被告東京海上との間で火災保険契約を締結した。契約手続は、同原告の妻である菊地ヤスが行った。なお、当時の申込書には、地震保険意思確認欄はなかった。
その際、津山はパンフレットやリーフレット等を示したことはなく、また、地震による火災の場合には火災保険金は出ないという説明を全くしていない。
② 地震保険契約の締結
右のように火災保険契約を締結して二年ほど経過した後、同原告は、津山から「割れ物を扱っているから地震保険にはいらなければ駄目だ。」、「せとものがある旅館や商店やなんかでは入っているんだよ。」との説明を受け、地震保険に加入した。同原告は、地震による火災で建物が焼失した場合火災保険金が出ないという説明を火災保険契約締結時には受けていなかったことから、その場合も当然に火災保険金が出るものであると考えており、かつ、地震保険に入ると火災保険金とは別に地震保険金も出るものと考えて、地震保険に加入したものである。
③ 更新時
同原告は、一年ごとに契約更改をしてきた。
その都度、津山が同原告方を訪れ、同原告や菊地ヤスが印鑑を津山に渡し、津山は、この印鑑を預かって江差信金青苗支店に赴いて書類を作成した後、同原告に印鑑を返還していた。同原告らは、地震保険意思確認欄があることを知らなかったし、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
④ 同原告は、旅館経営と漁師をしており、菊地ヤスは、最終学歴が尋常小学校卒業で、最終の更改契約時には六一歳であり、旅館業の手伝いをしていた。
(17) 死亡前原告小山繁信(被告東京海上関係)
① 新規契約時
死亡前原告小山繁信は、自宅新築の融資を受けるために必要であったことから、昭和五〇年一月、江差信金を通じて被告東京海上と火災保険契約を締結した。契約手続は、江差信金の担当者に印鑑を渡して全てを任せる形で行った。なお、当時の申込書には、地震保険意思確認欄はなかった。
その際、地震免責条項や地震保険についての説明は一切なかった。
② 更改時
昭和六〇年に契約を更改している。
更改時期が近づくと、その旨を知らせる葉書が来たので、死亡前原告小山繁信の妻である原告小山ミヨキが印鑑を持参して信金窓口に赴いた。更改契約申込書は、申込者欄に死亡前原告小山繁信の住所、氏名が印字してあり、原告小山ミヨキから印鑑を預かった信金職員が作成したが、カウンターが高かったため、同原告には、どの書類のどこに何か所押印したかは見えなかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
なお、死亡前原告小山繁信及び原告小山ミヨキは、契約担当者である江差ユーアイ代理店とは一度も会ったことはなく、したがって何らの説明も受けていない。
③ 原告小山ミヨキは、最終学歴が中学校卒業、最終の更改契約時には五九歳で無職だった。
(18) 原告厚谷哲子(被告興亜火災関係)
① 同原告の亡夫が、昭和四七年に建物を新築し、そのころから農協の火災共済に加入していた。平成元年一〇月に亡夫が死亡したことから、本件建物を同原告が相続した。
その後、農協の火災共済は毎年契約を更改しなければならず面倒であったことから、農協の火災共済をやめ、同原告は、平成二年に娘である中村みゆきを代理人として、被告興亜火災の代理店である「スギザキ保険」の浜谷茂との間で、同原告名義の本件火災保険契約を締結した。
浜谷は、函館に住む中村みゆきを訪れて、申込書を作成したが、その際に、地震保険や地震免責条項の説明をしていないし、パンフレットやチラシなども交付していない。
中村みゆきは、同原告の印鑑を持っていなかったために、申込者欄と地震保険意思確認欄に署名したが、玄関先で手続で行われたこともあり、押印欄の意味を十分に理解する余裕もなく、浜谷に指示されるままに署名したものであり、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。また、同原告や中村みゆきは、申込書の写しや控えを交付されることもなかった。
② 被告興亜火災が主張するように、中村みゆきが以前浜谷を通じて損害保険契約を締結したことがあることは認める。
しかし、その際も、浜谷はパンフレットやチラシなどを中村みゆきに交付したことはなかった。
中村みゆきは、最終学歴が中学校卒業、本件火災保険契約締結時は二七歳で無職だった。
(19) 原告磯浦信幸(被告三井海上)
① 新規契約時
同原告は、国民金融公庫から融資を受けるために必要だったので、昭和五二年、同原告の妻である磯浦久美子の父であった亡飛山平治が大正海上火災(現被告三井海上)の代理店をしていたことから、磯浦久美子を代理人として、国民金融公庫の窓口を通して、被告三井海上との間で保険契約を締結した。その際、磯浦久美子は、申込者欄に同原告名を自書し、地震保険意思確認欄に自ら押印した。しかし、同人や同原告は、被告三井海上の担当者と話をしたこともないし、同欄に押印することの意味についても何らの説明もなされなかった。磯浦久美子は、同欄の存在を知っていたが、同欄に押印することの意味については、地震や津波で家が壊れたときには保険金は出ないが、火災による焼失の場合は保険金が出るものと理解していた。また、申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
② 更新時
同原告は、昭和六二年契約の更改を行った。
更改手続は磯浦久美子は代理人として行ったが、その際にも地震免責条項の説明はなかった。更改契約申込書の「申込者欄」及び地震保険意思確認欄に押印を指示する丸印が鉛筆で書き込まれていたので、磯浦久美子は、地震保険意思確認欄の意味も理解しないまま、自ら押印した。また、更改申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
③ 同原告は、被告三井海上主張の三浦保険事務所については、その存在すら知らない。仮に三浦保険事務所が本件火災保険契約の処理をしたとしても、三浦保険事務所が実質的に動いていたとは考えられず、国民金融公庫に名義のみを貸していたとしか考えられない。なお、三浦保険事務所の三浦慶信自身、口頭での説明をしていないことを自認しているものである(乙ロ一〇五の1)。
④ 磯浦久美子は、最終学歴が高等学校卒業、最終の更改契約時には三二歳で無職だった。
(20) 原告飛山義雄(被告三井海上)
本件建物は、もと同原告の父である亡飛山平治が所有し、火災保険契約を締結していたが、昭和五七年一二月四日に同人が死亡し、同原告が所有権を相続したので、同原告の母である飛山トシエが被保険者を同原告として保険契約者の地位を承継した。平成元年六月になって、三浦保険事務所から飛山トシエに対し、契約申込書(被告三井海上の主張によると更改契約申込書)が送付されたが、「申込者欄」及び地震保険意思確認欄には、押印を指示する丸印が鉛筆で書き込まれていた。そこで、同原告の妻である飛山操は、地震保険意思確認欄の意味を理解しないまま、指示どおりに押印し、三浦保険事務所に返送した。この間、地震免責条項や地震保険に関する説明は一切なされなかった。また、(更改)申込書の写しや控えが交付されることはなかった。
三浦保険事務所の三浦慶信は、本件保険契約締結に当たり、口頭での説明は行っていない旨自認している(乙ロ一〇五の1)。また、火災保険契約を勧誘する際に使用した文書においても地震免責条項、地震保険の説明は全く記載されておらず、何の説明もなしに単に地震保険意思確認欄に押印して申込書を返送するよう求めているだけである(乙ロ一〇五の2)。これは、保険会社や保険事務所が、一般の顧客の信用を悪用し、地震の際には何らの損害補償が受けられなくなることを全く説明せずに地震保険を外させるということを日常的に行っていたことを如実に示すものである。
なお、飛山操の最終学歴等は前記(7)③のとおりである。
(21) 原告辺見誠(被告東京海上関係)
同原告は、平成元年、融資手続のために江差信金青苗支店に赴いた際、融資を受ける際には火災保険に入ることになっていると信金職員から説明を受け、本件火災保険契約を締結した。
契約申込書は、同原告から印鑑を預かった職員が作成したが、同原告には、右職員がどのような書類のどこに何か所押印したかは分からなかった。同原告は、地震保険意思確認欄があることを知らず、同欄に押印することの意味について説明を受けなかった。また、申込書の写しや控えも交付されなかった。
(二) 被告らによる書類送付状況の主張についての認否
被告らが主張する書類の交付状況についての認否は次のとおりである。なお、書類の受領を認めるというのは、被告らが書証として提出したものと同一の書式、内容のものを受領したという意味ではない。
(1) 申込書控は、原告磯浦信幸は、受領したかどうか知らず、その余は否認する(死亡前原告小山繁信は、受領を認め、原告菊地年雄及び原告飛山義雄(被告三井海上関係)は不知としていたが、いずれも再度の調査の結果撤回する。)。
(2) 新規契約及び更新契約後、保険証券若しくはその写し又は契約カードが送付されたことは、原告辺見誠を除き、認める。
同原告は、保険証券の写しを受領したことはない。
(3) 新規契約及び更新契約後、約款が送付されたことについては、以下を除き認める。
① 亡浅利謙二関係では、更新時には約款は送付されなかった。
② 原告菊地年雄、死亡前原告小山繁信、原告厚谷哲子については、約款は送付されたかどうか知らない。
③ 原告飛山義雄は、被告三井海上との関係で、新規契約時に約款の送付があったかどうか知らない。
④ 原告辺見誠は、約款の送付を受けたことはない。
(4) 領収証を受領したことについては、被告安田火災関係の原告らは認めるが、その他の被告らの関係につき、死亡前原告小山繁信は認め、原告菊地年雄、原告磯浦信幸、原告飛山義雄(被告三井海上関係)は知らず、その余の原告らは否認する(死亡前原告小山繁信、原告菊地年雄、同磯浦信幸、同飛山義雄(被告三井海上関係)は、右受領を否認していたが、再度の調査の結果、右のように訂正する。)。
(5) 課税所得証明書が送付されたことについては、亡浅利謙二、原告菊地年雄、原告厚谷哲子については知らず、原告辺見誠は否認し、その余の原告らは認める。
(6) 満期通知は、契約の更改(継続)手続を行った原告らについて、送付されたことについては認める。
(7) 公庫融資を受けた原告らについて、「マイホーム新築融資のご案内」等の小冊子を購入したとの事実は否認する。なお、右冊子は、契約者が代金を支払って購入しない限り、入手することができず、この冊子の存在をもって開示・説明があったとはいえない。
(8) いずれの原告についても、新規契約及び更新契約時、パンフレット等の提示や交付を受けたことはない。また、契約締結後も、住宅金融公庫特約火災保険ニュース等のパンフレット等の送付を受けたことはない。
(三) 以上のとおり、原告らが火災保険契約を締結する際や、契約の更改、継続の手続をする際にも、地震免責条項及び地震保険に関して、書面を掲示しての口頭による説明はなされておらず、情報提供は行われなかった。また、契約申込書の地震保険意思確認欄についても、その説明がなされず、原告らの意思の確認がなされないまま原告らの印鑑が押捺されていた。
このため、原告菊地年雄を除く他の原告らは、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を知ることができなかった。また、原告菊地年雄は、地震保険の存在についての説明を受け地震保険に加入したが、地震免責条項に関する説明を受けなかった結果、地震保険は、火災保険の上乗せであり、地震火災にあっては、火災保険金の他に地震保険金が支払われるものと誤解していた。
このように、被告らは、前記の保険会社が負担すべき一般的な情報開示説明義務を履行していない。
なお、募取法九条は、損害保険会社の役職員及び登録された代理店以外の募集活動を禁止している。これは、資格のない者が損害保険に関して誤った説明をしたり、顧客が損害保険会社や代理店による十分な説明を受けずに契約を締結することを防止するためである。
本件では、以上のとおり、火災保険契約締結に無資格者である金融機関の窓口担当者や漁協の職員が関与しており、被告らはこのことを容認し、放置したばかりでなく、現地に存在しない遠隔地の代理店ユーアイなどをして保険申込書、保険証券等の文書を送付させるなど、金融機関と共同して募取法に違反する行為に及んでいた。募取法の右規定は、代理店が十分に存在していない地域だからといって、信用金庫や漁協等の金融機関が代理店業務や取次を行うことを許容していない。また、本件において金融機関が行った行為は、取次という言葉を利用して右規定を潜脱しているに過ぎない。
その結果、本件各火災保険契約の締結過程には、被告ら自身のコントロールが全く及んでおらず、被告らは、契約締結状況に関する具体的な主張をすることも不可能な状況になっている。
このように、保険募集の教育を受けていない無資格者による募集行為が行われた本件では、重要事項の説明義務を懈怠しているものと推定され、被告らによって重要事項の開示を尽くしたとの反証が成立しない限りは、この開示を行っていないものと考えるべきである。
(四) 仮に、被告ら保険会社に、一般的な情報開示説明義務が肯定されない場合であっても、以上の本件各火災保険契約締結における個別具体的な状況をみると、前記主張のように、地震保険意思確認欄の押印の経緯等について、信義則に違反する具体的な事実が肯定され、被告らには、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任が肯定されるべきである。
2 被告らの主張
(一) 保険契約者に対する情報提供の一般的な態様は次のとおりであり、これは、原告らについても同様である。
(1) 新規契約時
① 保険会社が顧客との間で新規に火災保険契約を締結する場合には、保険の目的、保険の種類、保険金額、保険期間等の契約内容を、顧客との交渉により確定する必要がある。
保険会社側の交渉担当者(社員、代理店等)は、通常、交渉の対象となり得る保険契約のパンフレット等を予め何種類か用意しており、顧客との交渉の際、これを提示又は交付し、説明している。
② どの火災保険のパンフレット等にも、字句に多少の違いはあるにせよ、「地震保険のご案内」として「ご希望されない場合を除き、地震保険をあわせてご契約頂きます。地震保険が支払われるのは、地震、噴火または津波による火災、損壊、埋没、流失により建物・家財が右の損害を受けた場合に限られます(したがってこれに至らない場合の損害には支払われません)。地震保険をご契約にならない場合には、地震による火災損害(地震による延焼損害も含みます)についても保険金は支払われません(ただし、地震火災費用保険金を除きます)。」との注意書きがゴシック体等で目立つように明記されており、口頭による説明においても同旨の内容が告げられている。
③ 交渉の結果、保険会社と顧客との間で合意が成立すると、顧客は火災保険契約申込書に署名捺印し、保険料を支払い、保険契約が締結される。
その際、地震保険に加入を希望しない顧客は、申込書の「地震保険ご確認欄」(地震保険意思確認欄)にある「地震保険は申し込みません」との欄に、捺印又は署名することになっている。
この申込書は複写式になっており、申込書と同内容の記載がある申込書控は契約者に交付される(被告興亜火災を除く。)。
④ 保険料を直接受領した場合は引き換えに、保険料が送金によって支払われる場合は入金確認後に、保険料領収証が交付される。保険料領収証には、火災保険料と地震保険料の二つの欄があり、一覧して契約者は地震保険加入の有無が分かるようになっている。
また、課税所得控除証明書も交付される。課税所得控除証明書にも地震保険加入のお勧めが記載されている。なお、契約期間が一年を超える場合には、最初に保険料の入金があった際に課税所得控除証明書を交付するほか、次年度以降は契約期間中は毎年一〇月末ころまでに課税所得控除証明書が交付される。
⑤ 保険契約締結後まもなく、保険証券(火災保険金請求権について質権を設定している場合には、保険証券は質権者に送付されるので、契約者には保険証券の写しが送付されることになる。特約火災保険の場合は、昭和六一年からは、保険証券とほぼ同一内容の契約カードが送付されている。)並びに「契約のしおり」(会社により「約款のしおり」、「保険約款」など名称が異なる。以下、これらを総じて「契約のしおり等」という。)を保険契約者に郵送又は保険代理店を通じて交付している。
保険証券及びその写し並びに契約カードを見れば、契約者が地震保険に加入しているか否かは容易に判明する。
(2) 更改契約一般について
① 火災保険契約の保険期間は通常一年であるが、長期特約を付けると二年以上の保険期間を選択することができる。特約火災保険では長期特約が一般的である。
② 保険期間満了の一か月くらい前になると、保険会社は顧客に対して保険期間の満了日を通知し、併せて契約更新(保険実務では、法律的に更新である場合も更改である場合も合わせて「更改」と呼んでいる。)を勧める文書(通常は葉書。現在の保険契約の保険金額等の概要の他、地震保険加入の案内も記載されている。)を郵送し、又は保険代理店を通じて同様の趣旨を連絡している。
③ そのころ、保険代理店は顧客に対し、当該保険契約の更改について交渉を開始する。
代理店が予め用意する申込書(保険実務では「保険契約更改申込書」と呼ぶ。)には、当該顧客が現在加入している保険契約の内容が予め記入されており、代理店はこれを用いて、従来どおりでよいのか、何らかの変更を行う必要があるのかを顧客に確認する。また、約款の一部改定等の事情がある場合には、新規契約と同じような説明を行う。
交渉の結果、もし従前の契約と異なる種類の契約への変更が交渉の対象となる場合には、新規契約の場合と同様、新しい契約に関するパンフレットを掲示又は交付し、説明している。
④ 交渉の結果、保険会社と顧客との間で合意が成立すると、顧客は火災保険契約更改申込書に署名捺印し、保険料を支払い、保険契約が締結される。
その際、地震保険に加入を希望しない顧客は、申込書の「地震保険ご確認欄」にある「地震保険は申し込みません」との欄に、捺印又は署名することになっている。
⑤ (1)④・⑤は契約更改時も同じである。
(3) 特約火災保険の場合
① 特約火災保険の新規契約締結時にも、(1)と概ね同じ手続がとられる。
なお、公庫融資の申込書は、有料で頒布される「マイホーム新築融資のご案内」等とのタイトルの小冊子に添付されているので、申込者は右小冊子を購入することになっている。
② 契約満期時には、継続手続を行う。特約火災保険契約では、契約満期時の処理は契約の継続であり、更改ではない。
その手続は、概ね(2)と同じであるが、更改契約ではないので、継続手続用原票には「地震保険ご確認欄」は設けられていない。
③ この他、特約火災保険は一般に長期間の契約であり、毎年課税所得控除証明書を送付する際、「住公ニュース」も同封している。ほとんど毎年の「住公ニュース」には、特約火災保険では地震火災による損害に対しては保険金が支払われないことと、特約地震保険に加入することを勧める旨の文言が見やすく記載されている。また、昭和五〇年の特約地震保険制度の発足時及び昭和五五年の地震保険制度の改定時にも、その都度地震保険加入の案内を送付している。
特約火災保険加入者に対してこのように地震保険の加入を勧める文書を送付していたのは、住宅金融公庫融資には当初地震保検がなかったこと、その後特約地震保険制度ができたが、これには加入義務がないため混乱を起こすことが危惧されたこと、一方契約者に情報を送付する機会が恒常的にあること、などの理由に基づくものである。
(二) 被告安田火災による情報提供状況に関する主張
(1) 原告飛山義雄について
① 本件火災保険契約の新規契約は、同原告の父である亡飛山平治が申込みをしたものであるが、同人は当時「奥尻飛山」の名称で大正海上火災保険(現被告三井海上)の代理店を経営していたものである。損害保険代理店の経営者である同人が火災保険、地震保険を知らないはずはない。
② 同原告は、少なくとも平成元年から毎年、契約を更改してきた。
その手続は次のようなものである。
まず、満期が近くなると、代理店であるユーアイ(江差)から同原告宛に満期の案内が葉書で郵送される。
その後、同原告は、江差信金青苗支店において、保険料をユーアイ代理店の口座に振り込むとともに、同支店において、申込書に記名押印し、質権設定承認請求書にも署名捺印した上、これらをユーアイ代理店に送付する。その際、同原告は、更改契約の申込書の地震保険には加入しないとの欄に捺印している。
毎年の契約更改の度に、遅滞なく、約款、保険証券の写し(保険証券は質権設定承認書が付されて江差信用金庫に郵送される。)及び損害保険控除証明書が同原告方に郵送される。
約款には地震免責条項が明記されているし、保険証券写しを見ても、自分が地震保険に加入しているか否かは明らかである。
なお、同原告は、その主張によると亡父の代も含めれば昭和四八年から平成五年まで二〇年間にわたり、毎年保険証券の写しと約款の送付を受けてきたことになる。また、昭和五五年以降は一三年間にわたって、毎年、申込書の地震保険不加入欄に捺印してきたことになる。
(2) 原告菊地ミナ及び同武田勝雄について
同原告らは、契約締結当初の経緯が必ずしも明らかにはなっていないが、いずれも、当初はローン融資を受けるために義務的に契約を締結したものであると考えられる。
同原告らの火災保険契約は店舗及び営業用動産にかかるものであるから、そもそも地震保険の対象とはならないものである。
なお、原告菊地ミナは漁協で安田火災の火災保険に加入した旨主張するが、漁協には火災共済があり、到底あり得ないことである。
(3) その余の被告安田火災関係の原告らについて
その余の原告らは、いずれも、特約火災保険の契約者であり、前述のとおり、繰り返し地震保険加入を勧める旨の文書が送付されている。
なお、原告新谷義盛及び同寅尾博光については、申込書に地震保険意思確認欄が設けられた昭和五〇年より前の申込みであるので、申込書には地震保険不加入の押印がされていない。
しかし、右両名についても、契約締結後何度も地震保険加入を勧める文書が送付されているにも関わらず、地震保険に加入する旨の申出がされなかったものである。
また、新規契約時に送付される「ご契約のしおり」には地震免責条項が明記されている。領収証にも火災保険料と地震保険料との二つの欄が設けられている。所得控除証明書にも地震保険加入の勧めが記載されている。更に、昭和六一年から契約者に送付されるようになった契約カードを見れば、地震保険に加入しているか否かは容易に判明する。
(4) 原告らは、地震免責条項や地震保険について説明を受けなかった、知らなかった、などと主張する。
しかし、原告らはいずれも、ローンの義務として火災保険への加入を求められた際に、地震保険についても加入の意向を聞かれたが、地震保険加入には余分の費用がかかり、かつそれは義務的なものではないと聞かされて、加入しないと答えたものと考えられる。本件火災保険契約申込書の地震保険不加入欄の押印の存在は、右の事実を推認させるものである。ただ、人は、意に介しなかったことについては記憶を有しないのが普通であって、ローンの義務としての動機で火災保険に加入した原告らは、ただローンのために保険に入ったとの記憶が残るだけで、地震保険や地震免責条項について受けた説明については記憶に残っていないに過ぎないものと考えられる。
特に特約火災保険については、住公ニュースなどで毎年のように地震保険加入のお勧めに何度も接していたものである。それにも関わらず、地震保険に加入していないというのは、そもそも地震保険加入の意思がなかったからと考えられる。
(5) 原告らは、火災保険契約の締結には必ず保険会社や代理店の職員が面接しなければならないかのように主張する。
確かに、損害保険一般について、保険契約時には保険会社や代理店の従業員が保険を勧誘してきたという現象はあり、契約としては多数を占めるであろうが、契約の際必ず面談しなければならないというルールはない。例えば、空港には障害保険加入を促す機械があり、最近では外資系損害保険会社を中心としていわゆる保険の通信販売が盛んである。
一般保険については、奥尻島のように損害保険会社の代理店が十分に存在しない地域においては、金融機関がローンの義務として火災保険の付保と質権設定を課している場合、融資申込者に、自ら代理店を探して火災保険に加入することを求めることは現実的でないため、江差信金は、申込者の利便のために、ユーアイ代理店からパンフレットや申込書等を取り寄せ、申込者がわざわざ江差まで行く労を省き、申込みの取次をしているのである。
特約保険については、住宅金融公庫から融資を受ける者に火災保険の加入が義務付けられていることから、代理店が介在せず、金融機関が住宅金融公庫から受託された融資業務の一環として保険申込書を受け取り、幹事会社としての被告安田火災に送付するという取次業務を行う仕組みが設けられている。これは、住宅金融公庫という公的団体も関与して債務者の利益のために構築された仕組みであり、既に八四〇万件を超える保有契約件数を数える(ちなみに、平成一〇年三月末現在日本の全世帯は約四六〇〇万である。)。この制度においては、受託金融機関職員の募集行為は存在していないのであり、これが募取法に違反するということもあろうはずがない。
本件においても、江差信金ないし漁協は、公庫からの委託に基づいて、公庫及び債務者のために保険申込書等の取次を行っているに過ぎない。信金及び漁協職員の行為は、保険契約締結行為ではなく、募集行為でもなく、無資格者による募集との指摘は当たらない。
(三) 被告東京海上による情報提供状況に関する主張
(1) 亡浅利謙二関係
① 亡浅利謙二は、昭和五三年一〇月二〇日、工藤萬四郎から本件建物及びその敷地を買った。その際、江差信金から一七〇〇万円の融資を受けて、本件建物及びその敷地に極度額二〇四〇万円の根抵当権を設定した。江差信金は、融資の一般的な条件として、担保物件たる建物について火災保険契約の締結と保険金請求権への質権設定を求めていたため、亡浅利謙二は、右同日、右工藤が締結していた火災保険契約(内容は不詳)について契約上の地位の譲渡を受け、これに江差信金のため質権を設定した(甲七、乙九一)。
昭和五四年一〇月二五日、亡浅利謙二は、譲り受けた火災保険に代えて新たに長期総合保険(保険金額二五〇〇万円、保険期間一〇年、保険料は年払いで一年三八万円)を締結し、江差信金のために質権を設定した。その際、地震保険への加入を求められたが、亡浅利謙二は、地震保険に加入したくない旨の意思を明らかにし、契約申込書の地震保険確認欄に押印した(乙一二七、一二八の各1)。
亡浅利謙二は、資金繰りの関係から(甲三九)、長期総合保険を解約し(乙一二八の2)、昭和六一年五月八日、普通火災保険(保険金額二五〇〇万円、保険期間一年、保険料一六万六二五〇円)に加入した。その際も、地震保険に入らないとの意思から、地震保険確認欄に押印した。
その後、普通火災保険は一年ごとに更新され、平成五年五月七日に更新された八回目の契約が本件契約である。
いずれの普通火災保険についても江差信金のために質権を設定し、また、申込書の地震保険確認欄に押印して地震保険への不加入を選択し続けてきた。
② この間、亡浅利謙二又はその代理人たる原告浅利幸子は、以下のような説明を口頭で受け、また、書面を受領することによって、地震免責条項及び地震保険についての情報提供を受けてきた。
ア 新規契約時及び更改契約時に、少なくとも九回は口頭での説明を受けた。
イ 長期総合保険及び普通火災保険のそれぞれに新規加入の際、パンフレット類(乙八三等)の提示又は交付を受けた。右パンフレットには、地震免責条項及び地震保険の説明が記載されている。
ウ 普通火災保険の更改契約に先立って、申込用紙とともにリーフレット(乙八五等)の送付又は交付を七回受けた。リーフレットは、満期通知の葉書とは別に、保険代理店を通じて契約者に送付又は交付されるものである。リーフレットにおいても、地震免責条項及び地震保険の説明が記載されている。
エ 前記のとおり、合計九回、地震保険不加入のために、申込書の地震保険確認欄への押印がなされている。
オ 新規契約時及び更改契約時に、合計九回、契約申込書とほぼ同内容の記載がある申込書控の交付を受けている。申込書控を見れば、地震保険の保険金額、保険料の欄によっても地震保険の存在及び加入の有無が分かる。
また、更改契約に先立ち、リーフレットとともに、予め現契約の地震保険加入の有無の記載がある「前年同条件」の記載がある申込用紙の送付又は交付を合計七回受けている。
カ 新規契約及び更新契約の都度、契約締結の一週間ないし一〇日くらい後に保険証券写しの送付又は交付を受けている。
証券面を見れば、地震保険の存在及び加入の有無が分かる。
また、長期総合保険の保険証券写しには、地震保険に関する注意書きが記載されている。
キ 新規契約及び更改契約の都度、保険証券写しとともに、「ご契約のしおり」(乙ロ九五の4、6)の送付又は交付を受けている。「ご契約のしおり」には、地震免責条項及び地震保険に関する詳細な記載がある。
ク 長期総合保険に加入した年以後は、毎年、損害保険料控除証明書の交付又は送付を受けており、これは全部で一五通に及ぶ。
損害保険料控除証明書を見れば、地震保険の存在及び加入の有無が分かる。
ケ 普通火災保険の満期の都度、合計七回、満期通知の葉書の送付を受けている。
満期通知を見ると、地震保険の存在及び加入の有無が分かる。
③ このように、亡浅利謙二又は原告浅利幸子は、少なくとも昭和五四年一〇月以降、数十回にわたって地震免責条項及び地震保険に関する情報提供を受けてきたのであり、本件契約締結当時までにはこれらを知っていたか、そうでなくても容易かつ十分に知り得たはずである。
このため、本件地震後、原告浅利幸子らは、地震保険に加入していない限りは地震火災費用保険金しか支払われないこと、亡浅利謙二は地震保険に加入していなかったことの説明を受けて、異議なく納得したうえで、普通火災保険契約による一二五万円の地震火災費用保険金の請求をしたものである。
④ 原告浅利幸子らは、亡浅利謙二関係の本件火災保険契約の契約手続は原告浅利幸子が代理又は代行して行っていた旨主張する。原告浅利幸子は、契約当時無職とのことであるが、高卒という青苗地区の居住者としては高学歴であり、また、旅館経営等に携わっており、相当の経営上の知識を有していたものである。
(2) 原告菊地年雄について
① 原告菊地年雄は、昭和四三年八月三〇日ころ、被告東京海上の津山保険代理店を通じて、店舗総合保険及び地震保険の新規申込みを行ったが、これは、江差信金から融資を受ける条件の一つとしてなされたものである。
その際、津山保険代理店は、同原告に対し、火災保険では地震の場合には保険金が支払われないので地震保険がある旨の説明を行っている。
② 新規契約後、一週間から一〇日くらいで、被告東京海上は同原告に対し、保険証券写しと「ご契約のしおり」、「損害保険料控除証明書」を送付しており、満期前には満期通知の葉書を送付していた。それぞれの記載内容は(1)②と同じである。
このようなことが更改契約の都度毎年繰り返されてきた。
③ したがって、同原告は、どのような保険に申し込み、その約款の内容がどのようなものであるかに付いては、十分認識していたものである。
そのため、本件地震発生後、同原告は、店舗総合保険と地震保険の両方に加入していること、店舗総合保険では火災保険金は支払われないが地震火災費用保険金は支払われること、また、地震保険金は支払われることの説明を受けて、異議なく納得した上で、店舗総合保険契約による合計一一七万五〇〇〇円の地震火災費用保険金と合計五五五万円の地震保険金の請求をしたものである。
(3) 死亡前原告小山繁信
① 死亡前原告小山繁信は、昭和四九年一〇月一〇日、本件建物を建築した後、江差信金からの勧めで融資を受けることとなり、昭和五〇年二月二四日、本件建物に極度額二四〇万円の根抵当権を設定して、二〇〇万円の融資を受けた。江差信金は、融資の一般的な条件として、担保物件たる建物について火災保険契約の締結と保険金請求権への質権設定を求めていたため、同人は、同年一月二七日ころ、長期総合保険(保険金額一〇〇〇万円、保険期間一〇年)を締結し、江差信金のために質権を設定した。その際、地震保険に加入したか否かは不明であるが、その更改契約である本件契約では地震保険に加入していないことから、このときも地震保険への加入の求めに対し、これを拒み、契約申込書の地震保険意思確認欄に押印したものと考えられる。
同人は、昭和六〇年一月二七日、長期総合保険を更改し、本件契約を締結した。その際、地震保険に入らないとの意思から、地震保険意思確認欄に押印した。また、本件契約についても江差信金のために質権を設定した。
② この間、死亡前原告小山繁信は、以下のような説明を口頭で受け、また、書面を受領することによって、地震免責条項及び地震保険についての情報提供を受けてきた(内容は、(1)②と同じ)。
ア 新規契約時及び更改契約時に、少なくとも二回、口頭での説明を受けた。
イ 新規加入の際、パンフレット類(乙八三等)の提示又は交付を受けた。
ウ 更改契約に先立って、申込用紙とともにリーフレット(乙八五等)の送付又は交付を受けた。
エ 前記のとおり、少なくとも一回、地震保険不加入のために、申込書の地震保険確認欄への押印をした。
オ 新規契約時及び更改契約時に、合計二回、契約申込書とほぼ同内容の記載がある申込書控の交付を受けた。
また、更改契約に先立ち、リーフレットとともに、予め現契約の地震保険加入の有無の記載がある「前年同条件」の記載がある申込用紙の送付又は交付を受けている。
カ 新規契約及び更新契約の都度、契約締結の一週間ないし一〇日くらい後に、地震保険に関する注意書きがある保険証券写しの送付又は交付を受けている。
キ 新規契約及び更改契約の都度、保険証券写しとともに、「ご契約のしおり」(乙ロ九五の4、6)の送付又は交付を受けている。
ク 新規契約後、毎年、損害保険料控除証明書の交付又は送付を受けており、これは全部で一七通に及ぶ。
ケ 満期通知の葉書の送付を一回受けている。
③ このように、死亡前原告小山繁信は、少なくとも昭和五〇年以降、繰り返し地震免責条項及び地震保険に関する情報提供を受けてきたのであり、本件保険契約締結当時までにはこれらを知っていたか、そうでなくても容易かつ十分に知り得たはずである。
このため、本件地震後、同人は、地震保険に加入していない限りは地震火災費用保険金しか支払われないこと、地震保険に加入していなかったことの説明を受けて、異議なく納得したうえで、普通火災保険契約による五〇万円の地震火災費用保険金の請求をしたものである。
④ 原告小山ミヨキらは、死亡前原告小山繁信関係の本件保険契約は、原告小山ミヨキが代理又は代行して手続を行っていた旨主張する。死亡前原告小山繁信は、製材業を営んでいて江差信金と取引があり、また、同人の長男である死亡前原告小山繁賞は、自宅とは別に建物を建てて貸店舗にする経営を行っていたのであるから、死亡前原告小山繁信にしても、原告小山ミヨキにしても、保険の内容は約款によって定まるとか、証券の記載事項も重要なものであるとの知識は持っていたはずである。
(4) 原告辺見誠
① 原告辺見誠は、昭和五四年五月一一日に保険期間一〇年の長期総合保険契約を締結した後、平成元年五月一一日にこれを更改して本件保険契約を締結したものである。
② 本件保険契約も、更改前の契約も、同原告は、地震保険意思確認欄に押印のうえ契約の申込みをしており、これは、同原告が地震保険は申し込まないことを理解したうえで押印したものである。いずれの場合も、同原告は申込書の控えの交付を受けている。
③ また、保険証券写しも交付されているが、そこには地震保険に関する注意書きが記載されていた。
この他、ご契約のしおり、パンフレット、リーフレット類も送付されていたことは、他の被告東京海上関係の原告らと同じである。
④ 同原告は、当初は訴訟の相手方を間違えて被告安田火災を被告として訴えを提起していたもので、自分がどこの保険会社と保険契約を締結したのかすら長期間にわたって分からなかったくらいであるから、契約締結時の状況などを詳しく覚えているかのように主張するのは不自然である。
⑤ なお、同原告は、青苗地区でも有数の資産家であり、商店を経営していたほか、倉庫を軽食喫茶に改造して他人に経営させるなど手広く商売を行っていたものであり、それなりの経営知識もあり、地震保険に入らなければ地震災害は担保されないことも十分に知識として有していたと考えられる。
(5) 無資格者の関与との主張について
① 被告東京海上関係の原告らは、いずれも、江差信金から融資を受けるに際して、融資の条件として火災保険に加入し保険金請求権に質権を設定することを求められ、自身が希望する保険代理店があれば当該代理店を介して加入するか、そうでなければ、江差信金の関連会社で保険代理店を営む有限会社ユーアイを介して火災保険に加入することも可能であるとの説明を受けた。そこで、原告菊地年雄は、自らの希望する津山保険代理店を介して本件保険契約を締結し、その他の原告らは、ユーアイを介して契約を締結することとした。
② 募取法九条が取締りの対象とする募集行為は、保険代理店の資格を持たないものが、みだりに行う保険募集行為であって、社会的に容認できない実態を持つものである。
社会的に信用のある金融機関が融資のために必要な担保取得手続の一環として火災保険への加入及び質権設定を求めることは、いわゆる正当行為である。また、江差信金は、奥尻島に営業の拠点を持たないユーアイのため、加入手続等の取次を行ったものであり、右取次行為は募取法九条にいう募集行為に当たらないと解するのが正当である(近い将来、規制緩和政策として、金融機関窓口における保険募集行為が解禁される見通しである。)。
③ 原告らは、金融機関の融資担当者が無資格であるから、情報開示説明義務を懈怠していた可能性が高いと主張する。
しかし、金融機関の融資担当者又は保険代理店は、保険契約者が十分にその選択を行えるだけの情報を得られる程度に、前記の口頭又は書類による情報提供や説明を十分に行っているのであり、原告らの右主張は失当である。
(四) 被告興亜火災による情報提供状況に関する主張
(1) 原告厚谷哲子は、同原告の娘である中村みゆきを代理人として、被告興亜火災の保険代理店スギザキ保険の浜谷茂と本件火災保険契約を締結した。
(2) 以下の事実を総合すると、中村みゆきは、本件火災保険契約締結当時、本件火災保険契約には地震免責条項が存在し、地震の場合には填補を受けられないことを承知し、理解した上で本件火災保険契約を締結したものと推認するのが相当である。
① 中村みゆきは、本件火災保険契約締結に先立つ昭和六一年六月と平成二年三月の二回にわたり、夫である中村和哉の家財に保険を付けることについて浜谷と交渉して、被告興亜火災との間で長期総合保険契約を締結した経験を有する。中村みゆきは、その際も、浜谷から、パンフレット及び保険契約申込書の開示と説明を受けている。
なお、昭和六一年に締結された右保険契約は、平成三年と本件地震後の平成八年にそれぞれ更新されて現在に至っているが、この更改の際、いずれも地震保険には加入していない。原告らは、地震免責条項の説明を受けていれば保険契約者が地震保険に加入するのが通常であるかのごとく主張するが、右の事実は、この原告らの主張が論拠の薄弱なものであることを示すものである。
② 被告興亜火災が火災保険契約あるいは長期総合保険を新規に募集し引き受ける場合、被告興亜火災の担当者あるいは代理店は、保険契約者にパンフレット(乙九〇の1、2)を交付し、質問に応答するなど必要に応じて保険の内容を説明した上で、必要事項を聴取して契約内容を特定していくのが通例であり、保険契約締結後には、興亜火災は保険契約者に対して保険証券とともに当該保険の約款と課税控除証明書を送付している。
③ 中村みゆきは、本件火災保険契約を申し込む際に、「貴社の下記保険の普通保険約款および特約条項を承認し、次のとおり保険契約を申込みます。」と記載されている火災保険申込書に、「厚谷哲子」と署名して申し込んだ。右申込書には、保険の種類として「住宅火災」「住宅総合」「地震」などの項目欄が記載されていたが、本件では「住宅総合」の項にだけ丸印が付されていた。また、右申込書の担保内容についての「保険金額」「保険料」の欄には、基本の他、地震特約の項目欄も設けてあるところ、本件では基本についての保険金額及び保険料の欄には具体的に金額が記載されているが、地震特約の保険金額及び保険料の欄は空白とされている。更に、同人は、右申込書の「地震保険は申し込みません」と記載された「地震保険ご確認欄」(地震保険意思確認欄)に「厚谷哲子」と署名している。
(五) 被告三井海上による情報提供状況に関する主張
(1) 原告磯浦信幸及び同飛山義雄の本件各火災保険契約は、いずれも更改契約であり、被告三井海上の代理店三浦保険事務所が取扱代理店として保険契約の申込みを受け、処理している。
右両名の本件各火災保険契約は、更改契約で、更新時に地震保険について口頭の説明はしていないが、前契約について保険約款を受領しており、地震免責条項を知っていたか、知り得べき状態にあったものである。また、本件各火災保険契約申込書において「地震保険ご確認欄」(地震保険意思確認欄)の「地震保険は申込みません」との欄に押印しているのであるから、地震保険の存在についても十分に承知していたものである。
(2) 原告飛山義雄の更改前の契約は、同原告の父である亡飛山平治が締結しているが、同人は被告三井海上の「奥尻飛山」代理店の店主であり、地震免責条項や地震保険を知らなかったということは到底考えられない。また、飛山トシエも、飛山宅は代理店であったのであるから、約款のしおり及びパンフレットによりこれらを知っていた又は知り得べき状態にあったものである。また、飛山トシエが更改申込書控えを受領していることは、これを処理した三浦保険事務所の同人宛の書面の控え(乙一五七)によって明らかである。
(3) 原告磯浦信幸の更改前の契約も、奥尻飛山代理店が処理したものである。
更改後の本件火災保険契約には質権の設定はなされておらず、国民金融公庫は手続に関与していない。
(4) 被告三井海上は、地震火災費用保険金を、原告磯浦信幸に対し平成五年八月四日に四〇万円、原告飛山義雄に対し同月二日に三〇万円それぞれ支払い、原告らは異議なくこれを受領している。
(六) 前記のとおり、被告らには地震免責条項及び地震保険についての一般的な情報開示説明義務は存しないものではあるが、以上のとおり、被告らは、原告らに対し、繰り返して、地震免責条項及び地震保険について十分な情報提供してきたものであるし、また、個別の具体的な契約締結状況をみても、信義則に違反する事実は認められない。
九 争点2(四)(情報開示説明義務違反又は信義則違反により原告らの被った損害額)について
1 原告らの主張
(一) 火災保険金相当額の損害賠償請求について
被告らによる情報開示説明義務の懈怠の結果、原告らは、地震による火災の場合でも保険金が支払われるものと信じて契約を締結した。
よって、被告らは、原告らに対し、保険金相当額の損害賠償を財産的損害として、あるいは地震保険契約締結の機会を喪失したことによる精神的損害として支払わなければならない。
(二) 地震保険金相当額の損害賠償について
(1) 被告らによる情報開示説明義務の懈怠の結果、原告らは、地震保険に加入する機会を奪われた。
原告らは、前記のとおり、地震免責条項について十分な説明と情報提供を受けていれば、地震保険に加入した蓋然性が高かった。
したがって、被告らが情報開示説明義務を懈怠することによって原告らの受けた損害は、原告らが地震保険に加入していれば得られたであろう地震保険金から地震保険料相当額を控除した額というべきである。
そして、情報開示説明義務が尽くされていれば原告らが加入したであろう地震保険の内容は、地震保険金額が一般に低額であることから、特段の事情がない限りは、地震保険金額は最高額であり、主契約である火災保険金の五〇パーセント相当額として算定されるべきであり、その具体的な金額は別紙地震保険金一覧表のとおりである。
(2) 被告らは、原告らが地震免責条項及び地震保険を認識・理解したとしても、地震保険料が高額であること等の理由で地震保険に入っていたとは考えられない旨主張している。
この点について、地震免責条項による免責範囲が広範であることの説明がなされることは、地震保険加入の動機付けになるのであるから、原告らが、地震免責条項に関する情報開示説明がなかったことを立証すれば、これを間接事実として、一応、この説明義務の違反によって、原告らの地震保険加入の意思表示がなされなかったとの因果関係が推認され、間接反証として、被告側において、原告らは経済的理由によって地震保険不加入の意思表示をしたということを十分に根拠づける事実について、立証責任を負担しているというべきである。
また、「原告らが地震免責条項につき説明を受けたとしても地震保険に加入した可能性は低い」との主張は、ドイツ法でいう「適法行為選択の異議」に該当する。
そして、ドイツの通説・判例は、将来において事態がいかなる展開を遂げるかという極めて不確定な事柄に関する証明の困難さを被害者に一方的に負担させることは衡平でないこと等の理由から、右の異議の主張について制限的な立場に立ち、説明したとしても同様の結果になったことについては、加害者側に主張・立証責任があるとしている。本件でもこの議論が当てはまるものである。
2 被告らの主張
(一) 火災保険金相当額が損害となるとの主張について
火災保険に地震免責条項があることを知った場合に保険契約申込者がとるべき方法は、それを承知で火災保険に加入するか、火災保険に加入するとともに地震保険に加入するか、火災保険に加入するのを断念するか、の三つの方法しかない。いずれにせよ、地震免責条項のない火災保険に加入することは不可能である(この点、自動車保険において、例えば二六歳未満不担保特約を付けるか否かについて契約者自身が選択できるのと大きな違いがある。)。
損害賠償は原状回復が原則であるところ、本件においては地震免責条項なしの火災保険に加入するという「原状」はあり得ない。火災保険金相当額を損害として請求するのは、実現不可能な事態を「原状」として、その回復を求めるという、不合理かつ不相当なものである。
(二) 地震保険金相当額が損害賠償となるとの主張について
前記のとおり、原告らは、地震免責条項及び地震保険を認識・理解したとしても、地震保険に入っていたとは考えられない。
また、原告らの主張する「自己決定権」の内容には、原告らが、説明を受けたとしてもなお地震保険に加入しないという意思決定をする可能性があることが含まれている。
また、地震保険の保険金額は主契約の三〇パーセントから五〇パーセントの範囲内で契約者が選択できるところ、本件において原告菊地年雄が加入した地震保険の保険金額は主契約の三〇パーセントであったように、必ずしも最高額の保険金額で地震保険に加入するのが合理的な意思解釈であるともいえない。
結局、原告らの主張する自己決定権の侵害と地震保険金相当額の損害との間に因果関係がないことは理論上明らかである。
(三) 原告らは、「適法行為選択の異議」に関するドイツの判例学説を挙げるが、これが歴史、社会的事情及び法制の異なる我が国に適合することはあり得ない。被告らは、問題とされる行為と損害の発生との間に因果関係が認められないことを主張したものであって、我が国において、医療過誤を始め不法行為又は債務不履行に関する紛争において、このような主張が珍しいものでないことは周知のとおりである。
一〇 争点2(五)(損害賠償請求権の消滅時効完成の有無)について
1 被告らの主張
(一) 債務不履行を理由とする損害賠償請求権の時効消滅
債務不履行を原因とする損害賠償債務は、契約上の債務がその態様を変じたに過ぎないものであるから、当該契約が商行為たる性質を有するなら、その債務不履行を原因とする損害賠償債務も、商法五一四条にいう「商行為ニ因リテ生ジタル債務」であり、原告が請求権を行使し得る時から五年の経過によって時効消滅する。
本件各火災保険契約又は原告らの主張する地震保険契約は、いずれも商行為たる性質を有するところ、平成五年七月一三日までに本件各建物が焼失したことにより、その債務不履行を原因とする損害賠償請求権を行使できる状態になった。
したがって、その翌日である平成五年七月一四日から時効が進行するものと解すべきであり、時効期間の五年が経過している。
被告らは、平成一一年五月一三日の本件弁論準備期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
(二) 不法行為を理由とする損害賠償請求権の時効消滅
本件各建物は、平成五年七月一三日までに、焼失し、原告らは、遅くとも同日末日までに、被告らに対し、火災保険金の支払いを請求した。
右によれば、原告らは、遅くとも右同日までには、損害及び加害者を知ったものと見るべきであり、右同日から時効期間の三年が経過している。
被告らは、平成一一年五月一三日の本件弁論準備期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
2 原告らの主張
債務不履行を理由とする損害賠償請求は、当事者間に契約関係が生じた後に、火災保険契約自体に由来して信義則上付随的に発生した情報開示説明義務違反を理由とするものであり、その消滅時効期間は、安全配慮義務違反の場合と同様、民法一六七条一項により一〇年と解すべきである。
また、不法行為を理由とする損害賠償請求についても、被告らが主張する原告らが損害及び加害者を知った時期についての主張は争う。
いずれの請求においても、消滅時効期間は経過していない。
一一 争点3(一)(地震保険契約の成立の有無)について
1 原告らの主張(地震保険加入に争いのない原告菊地年雄を除く。)
(一) 地震免責条項及び地震保険についての情報開示説明義務の存在
前記のとおり、地震保険の引受方式としては、原則自動付帯方式が採られており、被告ら保険会社には、保険申込者が地震保険に加入するか否かを判断するために申込者に対して地震免責条項及び地震保険の存在及び内容に関して十分に説明し情報提供すべき法的義務を負っている。
(二) 地震保険契約の成立・取り外しの過程
(1) 通常の場合
① 保険会社は保険契約申込者に対し、地震保険契約付きの火災保険契約申込書の書式を提示する。
② 保険契約申込書は、火災保険契約締結の意思をもって、保険会社側が提示する申込書式に署名捺印又は単に捺印する。
もともと保険会社は予め承諾していると考えられるので、ここで契約は成立する。
この時点で成立する火災保険契約は、原則自動付帯方式によって、常に地震保険付火災保険契約である。このことは、昭和五五年の地震保険法改正に際しての衆参両議院大蔵委員会の審理において、政府委員が「黙っておれば入る」などとして、特に地震保険不加入の意思を明らかにしない限りは地震保険が自動的に付帯する旨を説明していることからも明らかである。
③ このようにして地震保険付火災保険契約が成立した後、保険会社から保険契約者に対し、地震保険特約は取り外し可能であること、地震保険を取り外した場合、地震免責条項によって、地震火災に対しては保険金は一切支払われないこと、地震保険を取り外した場合、保険料が安く済むこと等の情報提供を行う。
④ 保険契約者において、保険会社から提供された情報をもとに、不填補の危険を覚悟で地震保険不加入を決意した場合には、「地震保険を申し込みません」との地震保険意思確認欄に押印して、地震保険契約不加入の意思表示をすることになる。
(2) 右の(1)③の情報開示説明義務が履行されなかった場合
① 右の(1)①、②は、この場合でも同様である。
したがって、地震保険契約付火災保険契約が成立する。
② その後、保険会社の情報開示説明義務の不履行により保険契約者が地震保険契約取り外しの意思表示を行わなかった場合には、地震保険が付帯された火災保険契約が成立したままとなる。
(3) このように、火災保険契約の申込書に保険契約申込者が署名捺印又は単なる捺印をした時点で、地震保険付火災保険契約が既に成立する以上、その後に、地震保険が付加されていないという事実、すなわち、地震保険契約を外すために、保険契約申込書が地震保険意思確認欄に適正に押印した事実は、被告ら保険会社側の抗弁となる。
(三) 本件各火災保険契約の申込書の地震保険意思確認欄への押印について
被告らは、前記のとおり、地震免責条項及び地震保険という重要な事項を本件各火災保険契約者が知り得る形で情報提供せず、地震免責条項と地震保険の原則付帯の事実を隠したまま、本件各火災保険契約の申込書の地震保険意思確認欄に押印又は署名させた。
このように、押印の意味を全く説明せずに盲判を押させた場合は、当該契約は、情報提供のなされなかった当該条項文言のないものとして成立することになる。
そうすると、本件において、被告らによる情報開示説明義務の違反により前記の重要事項の情報を全く理解していなかった原告らにおいて、仮に地震保険意思確認欄に押印又は署名があったとしても、契約者による地震保険取り外しの意思表示とは評価できない。
他方、保険会社としても、火災保険が締結される限り地震保険を引き受ける旨の意思を包括的かつ一律に表示しているのであるから、地震保険の成立はその期待に合致したものといえる。
したがって、本件各火災保険契約には地震保険が付帯されたままであるというべきである。
(四) 本件各火災保険契約者と被告らとの間に成立した地震保険の内容
(1) 本件各火災保険契約の締結者は、契約締結時、地震保険が火災保険契約に付帯している事実を知らず、したがって地震保険料、地震保険金額等についても知らなかった。
(2) しかし、契約内容が細部にわたって完全に明示されていなくても、当事者の合理的意思を推知ことができ、契約の内容を推定できる場合には、契約が成立したものと考えて差し支えない。本件においても、次のとおり、当事者の合理的意思を推知し、契約内容を推定できるから、地震保険が成立することに何ら問題はない。
① 地震保険の契約者(被保険者)・保険者・保険期間は、火災保険契約の内容に従って自動的に決まる。
② 地震保険金額については、前記のとおり、最高額を契約内容とする旨の意思を有していると解するのが合理的意思解釈である。その具体的な金額は別紙地震保険金一覧表のとおりである。
③ このようにして保険金額が定まると、地震保険料も自動的に算出される。
2 被告らの主張
(一) 地震保険は、火災保険とは、根拠法令、保険約款、再保険制度等を異にする、全く別個の保険である。
地震保険法は、制定以来、同法二条二項三号において「特定の損害保険契約に附帯して締結されること」のみを定め、同法施行規則においても、右特定の損害保険契約の種類のみが定められているのであって、地震保険契約は、特定の火災保険契約に付帯してのみ締結され、地震保険への単独加入は不可能ではあるが、火災保険に加入する者は地震保険に加入することは強制されず、地震保険契約と火災保険契約は、別個の保険契約である。
また、地震保険の引受方式である原則付帯方式は、地震保険への加入、不加入を申込者の任意の選択に委ねるものであり、任意加入とほとんど変わらない実態であったことは前記のとおりである。
このように、法律的にも実体的にも「地震保険付火災保険契約」などというものは存在しない。
確かに、地震保険契約申込書に地震保険に関する記載欄が設けられ、地震保険申込みのための署名押印欄は火災保険と共通化されているが、それは書類作成の便宜上そうなっているに過ぎない。原告らは、地震保険の原則自動付帯を根拠として主張しているが、地震保険の原則自動付帯、自動付帯といい、任意付帯といっても、法律的にはいずれも任意付帯であることに変わりはなく、ただ、契約の際の事務手続が若干異なるというだけの違いである(乙一三四、二六頁竹内教授発言)。
(二) 右のとおり、地震保険契約は、火災保険契約と別個の契約であるから、火災保険契約とは別に地震保険契約について、保険契約の内容について、保険契約者の申込みと保険者(代理店を含む。)の承諾による合意が必要であることはいうまでもないが、被告らと原告らとの間において、地震保険契約の保険の目的、保険金額、保険料を定めた申込みすらなされておらず、これらの合意はなされていない。
仮に地震保険意思確認欄に署名又は押印がなかったとしても、その一事をもって地震保険契約の申込みがあり、保険の目的や保険金額等の合意なくして地震保険契約が成立するものではない。
逆に、火災保険申込書に地震保険意思確認欄が設けられた後に火災保険に加入し、又は更改契約をした原告らは、火災保険契約申込書(更改申込書を含む。)の地震保険意思確認欄に署名若しくは押印することによって、地震保険に加入しない旨の意思を明らかにして火災保険契約を締結している。
(三) また、原告らは、地震保険契約の内容が一義的に決定することが可能であるかのように主張するが、前記のとおり、地震保険に加入するとしても地震保険金額には主契約の三〇パーセントから五〇パーセントの幅で選択が可能であり、常に最高額の保険金額で地震保険契約を締結するものということもできない。
(四) 以上のとおりであって、被告らと原告らとの間に、地震保険契約は存在しない。
一二 争点3(二)(地震保険金請求権の消滅時効完成の有無)について
1 被告らの主張
原告らの主張する地震保険金は、平成五年七月一三日の保険事故発生日から行使可能であった。
保険金請求権は、商法六六三条により権利を行使し得る時から二年を経過したときに時効により消滅するところ、保険事故発生の翌日である同月一四日から時効期間の二年が経過している。
被告らは、平成一一年五月一三日の本件弁論準備期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
2 原告らの主張
(一) ある請求権を訴訟物として訴えが提起された場合、これと訴訟物が異なる請求権についても、基本的な請求原因事実が同じで、経済的に同一の給付を目的とする関係にあるときには、権利行使の意思が継続的に表示されていたものとして消滅時効の中断が認められる。
これを本件について見るに、原告らが当初求めていた火災保険金請求の請求原因は、①火災保険契約の成立、②火災による保険目的物の焼失、③損害の発生であり、後に追加主張した地震保険金請求の請求原因は、①火災保険契約に自動付帯して地震保険契約が成立したこと、②火災による保険目的物の焼失、③右火災が地震によって発生したこと、④損害の発生であり、基本的な請求原因事実が同じである。
また、火災保険金も地震保険金も、ともに保険目的物である本件各建物について生じた損害を填補するためのものであるから、経済的に同一の給付を目的とする関係にある。
原告辺見誠及び原告飛山義雄(被告三井海上関係)を除くその余の原告らは、遅くとも平成七年四月一三日までに火災保険金の支払いを求める本件訴えを提起しており、地震保険金請求権についても時効が中断しているものというべきである。
(二) 仮にそうでないとしても、地震保険契約は、火災保険契約と独立に締結されることはなく、火災保険契約に従たる契約である。
したがって、保証契約の場合と同じく、火災保険金請求により生じた時効中断の効果は、従たる契約に基づく地震保険金請求権にも及ぶものというべきである。
第四 争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(一)(地震免責条項は本件各火災契約の内容となっているか)について
1 約款の拘束力について
本件のような普通保険約款が付された火災保険契約を締結するに際し、当事者双方が特に普通保険約款によらない旨の意思を表示しないで契約を締結したときは、反証のない限り、その約款による意思をもって契約をしたものと推定される(このことは、大審院判決大正四年一二月二四日民録二一輯二一八二頁、大審院判決大正五年四月一日民録二二輯七四八頁、大審院判決大正五年五月四日法律新聞一一四四号二六頁、大審院判決大正一四年三月二三日法律新聞二三九四号一九頁、大審院判決昭和二年一二月二二日法律新聞二八二四号九頁、大審院判決昭和九年一月一七日大審院判決全集(第三)二五頁、最高裁判決昭和四二年一〇月二四日集民八八号七四一頁等が判示しており、判例上、確立した判断の手法となっている。)。
そして、原告ら本件各火災保険契約締結者が、被告ら保険会社各社の普通保険約款を承認し、保険契約を申し込みますとの文言が記載された火災保険契約の申込書を用いて、本件各火災保険契約を締結したことについては争いがなく、後記認定のとおり、原告ら保険契約締結者は、被告ら保険会社から、普通保険約款の送付を受けてこれを受領しているが、本件地震後の本件紛争に至るまでの間において、被告ら保険会社に対して、何らの異議を申し出たことがないこと、今日においては、保険契約に関して、その内容に関する定めが右の普通保険約款に定められていることについては、それが「約款」という名称が付されていることまでは明確には認識していないとしても、保険契約締結者であれば通常は知り、理解していることは、公知の事実であると認められる(本件においても、原告らがこのこと自体を知らなかったという主張はなく、また、これを認めるに足りる証拠もない。なお、国民生活審議会消費者政策部会の事務局である経済企画庁が消費者の約款に対する意識等を把握するために昭和五六年に実施したアンケート調査の結果(甲九二、九三)によっても、保険加入の経験のある者では、約款があることを知らなかったと答えた者は、3.4パーセント、わからないと答えた者は、三パーセントに過ぎず、また、約款の拘束性について知っている者は、72.1パーセントに及んでいる。)。
以上の事実によれば、原告らは、本件各火災保険契約の締結に当たり、同契約に付された普通保険約款によらない旨の表示をせず、普通保険約款による意思で契約を締結したものと推定され、本件においては、その反証はないものというべきである。
このことは、仮に、当該契約締結者が、普通保険約款の内容を告げられず、これを知らなかったために、その約款中の一部の内容について、結果的にみて不満がある場合や、その一部の内容について明確な合意がないとみられる場合であっても、何ら異なるところはない。
また、右の推定は、いわゆる表示上の効果意思の他に、内心的効果意思にも及ぶところ、当該契約締結者がその内心において、その約款の一部と異なる内容で契約を締結する意思を有し、右の反証がなされたとしても、そのことは、個別の契約締結者の内心的効果意思の有無に関わって、意思の瑕疵(錯誤)の問題となる場合があり得るとしても(しかしながら、多くの場合は、当該契約申込みの意思表示そのものの無効を来すほど当該契約の内容の主要な部分を構成することはなく、法律行為の要素には当たらないと考えられるのであり、本件においてもその主張はない。)、普通保険契約による火災保険契約の申込みをするという表示上の効果意思の有無には全く関わらないものであり、この申込みの意思表示と保険会社の承諾の意思表示とは合致しているのであって、普通保険約款による火災保険契約の成立に影響を及ぼすことはないというべきである。
これを実質的にみても、後記認定のとおり、地震免責条項を含む火災保険契約の普通保険約款について、被告ら保険会社は、契約締結者に対して一律に交付していて、原告らもこれらを受領しており、先のとおり、火災保険契約の内容が右約款に規定されていることを知る契約締結者が、その内容を知りたいと思えば知り得る程度に情報提供がなされていると認められるのであるし、また、仮に、普通保険約款中の一部の条項について契約締結者に効力を及ぼすことが相当でない場合があるとしても、それが公序良俗に違反する場合にはその一部は無効となり、あるいは、保険会社がその条項の存在を主張することが信義則に反する場合にはその主張が制限され、契約締結者の保護が図られるのであるから、以上のように解することが相当でないということはできない。
2 原告らの主張について
(一) 原告らは、判例の意思推定説によった場合でも、原告らの場合、地震免責条項のない(地震火災も担保される)火災保険契約に加入する意思をもって契約しており、右の推定をすることは許されない旨の主張をしているが、仮に原告らに右の意思があったと仮定しても、そのことが普通保険約款によるとの申込みの意思表示には関わることはなく、普通保険約款による火災保険契約の成立に影響を及ぼさないと解されることは、前判示のとおりであって、右の主張は失当である。
(二) 次に、原告らは、合理性のない約款条項については当該契約の内容とはならないと主張している。
しかし、地震免責条項が内容的に合理的なものであることは後に判示するとおりであって、この点に関する原告らの主張は前提を欠くものであり、また、合理性を欠き、その効力を契約締結者に及ぼすことが社会通念上相当でない場合があるとしても、前記のとおり、公序良俗違反として当該部分を無効としたり、信義則違反としてその主張を制限すれば足りるというべきである。
したがって、原告らの右の主張も採用することができない。
(三) また、原告らは、約款を用いた契約一般について、「給付記述条項」又は「重要な付随的契約条項」について明確な意思の合致がなければ、当該の意思の合致がない部分については当該契約の内容とならないと主張している。
しかし、前説示によれば、契約締結者が、普通保険約款の内容を告げられず、これを知らないために、その約款中の一部の内容について明確な合意がなされていない場合であっても、普通保険約款によるとの意思や合意の存否には影響を及ぼさないというべきである。
これに反する原告らの主張は、独自の主張であって、採用することができない。
(四) さらに、原告らは、普通保険約款における地震免責条項について、被告ら保険会社には情報開示説明義務があり、その義務を解怠した場合には、その約款規定の拘束力はないものと解すべきであると主張している。
しかし、地震免責条項について、少なくとも、本件各火災保険契約の締結時には、被告ら保険会社に原告らが主張するような一般的な法的な義務としての情報開示説明義務を肯定することができないことは、後記判示のとおりであって、原告らの主張は前提を欠くものであり、また、仮に、右の法的な義務があり、その違反が肯定されるとした場合においても、そのことは、前記の公序良俗違反や信義則違反と解すべき要素として扱ったり、または、そのことに基づく損害賠償責任を認めれば足りるというべきである。
したがって、原告らの右の主張も採用することができない。
3 以上によれば、原告らは、被告らの普通保険約款による意思で契約の申込みを行い、被告ら保険会社もこれを承諾して本件各火災保険契約が成立したと認められ、右普通保険約款には地震免責条項も含まれているから、地震免責条項は、本件各火災保険契約の内容となっているものと認められる。
二 争点1(二)(地震免責条項の有効性)について
1 商法六六五条違反との主張について
商法六六五条は、いわゆる任意規定であって、当事者が契約においてこれと異なる定めをすることは何ら妨げないことは明らかであるというべきである(このことは、判例上、確立しており、学説は、その理由として、①火災保険契約も債権契約の一種であるから、契約自由の原則が妥当すること、②私的な被保険利益について任意加入とされている火災保険契約は、直接的に公益に関係していないので、契約内容や契約条件については当事者間の特約を幅広く認めることが適当な契約種目であること、③保険会社が測定に困難を感じる地震危険について担保外として、負担した危険について、確実な保障を、相対的に安い保険料で提供することは、保険会社の倒産回避に資するとともに、地震による損害を当初から自己の負担として甘受することによって高額の地震保険料部分の負担を回避したいと考える火災保険加入者の利益にも合致すること、を挙げている。乙ロ六七)。
これと異なり、商法六六五条を強行規定であるとして、当事者が契約によってもこれと異なる定めをすることは許されないとする原告らの主張は、独自の主張であって、採用することができない。
2 任意法規範からの不合理な逸脱ゆえに無効との主張について
(一) 火災保険において地震損害が填補されてこなかった理由
わが国においては、明治二一年に民営保険制度が発足して以来、今日に至るまで、地震損害が火災保険の保険事故として扱われたことはなかった。
その理由としては、次の三点が一般に指摘されている。
(1) 地震損害の巨大性
地震は異常に巨大なときがあり、その損害が日本の損害保険事業の担保能力を遥かに超えることも起こり得る。
例えば、関東大震災に被災した建物のうち、火災保険に付保されていた建物の保険金総額は当時の貨幣価値で一五億九〇〇〇万円であったところ、当時の損害保険会社の総資産は二億三〇〇〇万円に過ぎなかった(乙イ八)。今日、首都圏に関東大震災クラスの地震が発生すると、損害額は一五〇兆円から二〇〇兆円にのぼると予想されている(甲八五)。
日本では、関東大震災より規模の大きい地震が過去に何回も発生していることを考えると、地震による損害は時として異常に巨大なものとなる可能性が十分にある(乙イ八)。
(2) 頻度や損害の予測の困難性
地震は、かなりの長期間をとってみても、その発生の時期、規模、場所がいずれも不規則であり、かつ、同一規模の地震でも自然条件及び社会条件によって損害額が大きく左右される。このため、ある単年度に被害の生ずる地震が発生するかどうかの推測は困難である。また、大規模地震が発生したとして、その地震による損害の度合を考えた場合、その地域に建物が多いか少ないか、建物の耐震性が強いかどうか、食事時で火源が多いときかどうか、冬か夏か、湿度や風力はどうか等様々な要因が重なり合って地震の損害度を大きく左右するため、損害の予測も困難である。(乙イ八)
(3) 逆選択の危険性
地震は地域的に頻度差が大きく、また、一旦地震が発生すれば一定地域に長期に地震が反復する傾向もみられる。それ故に、地震の危険を強く感じる地域の人だけが集中的に保険に加入したり、危機意識のある時期にだけ保険に加入する等の傾向が生じ、危険の平均化が難しい。(乙イ八)
危険の程度が高い者だけが保険に加入し、危険の低い者が保険団体から離脱すると、保険制度が崩壊する(乙ロ六七)。
(二) 右(一)の理由から、地震損害は大数の原則(個々の経済主体について見れば全く偶然的、不可測的な出来事であっても、これを多数の主体についていわゆる大数的に観察すれば、一定の期間内にその全体について現実に発生する度合は平均的にほぼ一定していること)に則って組み立てられている保険制度に馴染まないものである。
(三) 地震損害を填補するものとして、地震保険が存在する。これは、保険の目的を居住用建物と生活用動産に限定し、保険制度に支払限度額を設け、また、一回の地震等による支払保険金総額の限度額を一兆五〇〇〇億円(本件地震当時)として、支払保険金総額がこの限度額を超える場合には、各契約ごとの保険金を削減できる旨定め、さらに、最終的には政府が再保険を引き受ける(政府が再保険契約によって支払う再保険金の額は、保険金合計が二八〇〇億円を超える部分は九五パーセントとされている。)など、特殊な配慮を加えて初めて創設されたものである。また、地震保険料については、本件地震当時には、国立天文台編纂の理科年表(平成二年度版)に掲載されている一四九四年から一九八八年までの四九五年間に発生した三七〇の被害地震を基礎データとして算出されている。このような異常な長期間にわたって初めて収支が相当するものとして保険料が算定されているものである(甲九七)。
(四) 以上のとおり、大数の法則に馴染まない地震損害などの異常災害による損害を予め保険事故の対象外として火災保険制度を組み立てることには十分な合理的理由があるというべきである。
なお、原告らは地震免責条項の存在意義を保険会社の保護、育成のための責任制限であるかのように主張する。しかし、地震損害を保険事故の対象外とする地震免責条項の存在意義は、原告らが主張するような保険会社の保護、育成のための責任制限ではなく、右に判示した火災保険契約の仕組みそのものによるのであって、原告らの主張は採用することができない。
(五) その余の原告らの主張について
(1) 台風被害等との関係
① 住宅火災保険等の火災保険においては、風災(台風を含む。)、ひょう災、雪災も保険事故とされている(乙ロ九一、弁論の全趣旨)。
また、特に台風は人力による制御が不可能であり、時として破局的な大災害をもたらすこともあり、この意味では地震と共通性が認められる(乙ロ六七)。
原告らは、右の事実から、直ちに台風等の災害と地震災害を同列に論じ、地震災害についても火災保険によって填補されるべきであると主張している。
しかしながら、台風や水害、雪害などの災害については、年間発生率、襲来率、被害率の統計も完備しており、社会的予測は十分可能であるし、個々の予知体制も完備している。また、特に巨大な台風被害は損害保険会社の財務に大きな負担を及ぼしたことがあるが、地震の場合と異なり、損害保険会社の再起不能を招来するほどの大きなものとはいえない。(乙ロ六七)
こうした点からすると、台風等の災害と地震災害とを同列に論ずることはできず、この点に関する原告らの主張は失当である。
② 原告らは、地震発生の頻度は一〇〇年、四〇〇年という長期間で統計を取れば予測可能であるから、何ら台風による災害と変わるところはないと主張している。
確かに、前記のとおり、地震保険は五〇〇年前後の極めて長期間の統計資料を基礎として保険料率が算出されており、その意味で、地震災害の予測が全く不可能ということはできない。
しかし、五〇〇年前後の年数の経過の間に、物価の変動、科学技術の進歩、都市や産業構造の変化などが考えられるので、五〇〇年前後の期間で収支が均衡するということは、ほとんど机上の空論に近いし、また、もし五〇〇年間の保険料の積立が行われるよりも早い段階で大地震が発生すると、保険会社が保険金支払のための資金繰りに苦慮することになる(乙ロ六七)。
この意味で、台風災害と地震災害とでは、予測可能性の精度が全く異なるのであり、両者を同列に論ずる原告らの主張は正当とはいえない。
(2) 諸外国の制度
原告らは、地震が火災保険の中で特殊な取扱いをされているのは先進国の中では日本だけであるとして、その不合理性を主張する。
しかしながら、アメリカにおいては、一般に、地震を含む大規模災害は民間の保険制度では付保不可能とされ、洪水、噴火とともに民間の保険においては免責の対象とされている(乙ロ六七、八二)。
ドイツ保険契約法八四条な、地震によって火災または爆発が発生した場合には、保険者が免責される旨を明文により規定しており、オーストリア保険契約法八四条にも同旨の規定がある(乙ロ六七、八五)。
フランス保険法典L一二二―六条は、反対の約定がない限り、保険は、噴火、地震及びその他の地殻激変によって直接に生じた火災を担保しないと規定している(乙ロ六七、八六)。
イタリア民法一九一二条も、反対の特約なき限り、保険者は、地震、戦争、暴動、騒擾によって生じた損害をてん補しないと規定している(乙ロ六七)。
このように、諸外国においても、法律の明文によって、あるいは保険約款の定めによって、火災保険では地震災害を担保しない扱いがされている。
(3) 生命保険、建物更生共済との比較等
生命保険や建物更生共済は、火災保険とは別個の約款又は共済規程によって、それぞれの趣旨や独自の計算に従って規律されているのであり、これらとは異なる火災保険の普通保険約款における不合理性を根拠づけるものとはいえず、原告らの主張は失当である。
また、保険会社が現在どの程度の資産を有し、どの程度の営業利益を上げているかといった点は、以上のように合理性が肯定される地震免責条項の有効性の判断を左右するものではないというべきである。
(六) 以上のとおり、地震免責条項が任意法規範である商法六五五条から不合理に逸脱しているために無効であるとの原告らの主張は、前提を欠き、採用することができない。
3 漠然、不明確の故に無効との主張について
地震免責条項にいう地震又はこれによる津波「によって」という文言の「によって」というのは、後記のとおり、相当因果関係があることを指すものであって、何ら漠然、不明確な点は認められず、また、客観的、画一的、統一的に解釈することが十分に可能である。
したがって、この点に関する原告らの主張も前提を欠くものとして、採用することができない。
4 公序良俗違反との主張について
被告らが主張するとおり、火災保険契約における地震免責条項によって、保険会社が不当な利得を得るということはあり得ないことである。
すなわち、保険制度は、多数の保険加入者の資金を備蓄して共通の危険に備えるものであるから、徴収する保険料の総額と支払保険金の総額とは均衡していなければならず、この保険制度における収支相当の原則の帰結として、特定の危険を免責として保険の担保範囲から除外する場合には、その保険団体において当該危険が担保されないことを前提に収支が均衡するよう保険料率が計算されなければならないことから、火災保険において、保険会社は、地震損害を填補しないことを前提として、単年度で収支が均衡するように保険料率を計算している。したがって、火災保険では、地震損害を填補されるための原資が蓄積されておらず、地震火災による損害について保険金の支払を拒絶しても、保険会社に特段の利益が生じることはあり得ない。
このことは、反面において、保険加入者は、火災保険に加入するだけでは地震損害の填補を受けるに足りる対価を負担していないのであり、また、これが填補される場合と比較して格段に低額の保険料の負担で一般の火災損害に備えることができるのである。
このように、火災保険が地震損害を填補しなくとも、保険会社と加入者の間において公序良俗に反するような利得と不利益の関係は存在しない。
また、地震免責条項の規定自体、明確であって、何ら漠然、不明確な点は存在しないことは、前記のとおりである。
したがって、地震免責条項が公序良俗に反するとの原告らの主張は、到底採用することができない。
5 信義則違反との点について
地震免責条項が保険会社を一方的に利するものではないことは、右の判示のとおりであり、原告らの主張は採用することができない。
6 以上のとおり、本件免責条項を無効と解すべき事情は何ら存在せず、地震免責条項は有効であることは明らかである。
三 争点1(三)(本件損害は免責事由である地震火災による損害に該当するか)について
1 地震免責条項の解釈
(一) 地震免責条項における「地震またはこれによる津波『によって』生じた損害」、「これらの事由『によって』発生した火災が延焼または拡大して生じた損害」、「発生原因のいかんを問わず、火災がこれらの事由『によって』延焼または拡大して生じた損害」との規定中の「によって」という文言は、いずれも相当因果関係を意味するものと解することができる。
(二) そこで、第一類型は、地震又はこれによる津波が原因となって発生した火災で直接生じた損害を、第二類型は、地震又はこれによる津波が原因となって発生した火災が延焼して生じた損害を指すものと解される。いずれにせよ、地震又はこれによる津波と火災の発生との間に相当因果関係が肯定される原因・結果の関係が認められることを要し、かつ、それで足りる。
また、第三類型は、発生原因を問わずに発生した火災が、地震又はこれによる津波を原因として延焼又は拡大して生じた損害を指すものと解される。つまり、地震又はこれによる津波と延焼、拡大との間に相当因果関係が肯定される原因・結果の関係が認められることを要し、かつ、それで足りる。
(三) 原告らの主張について
(1) 原告らは、地震「によって」という文言について、「地盤の揺れが直接の原因となって」と限定的に解釈すべきであると主張しているが、そのように限定して解釈すべき合理的な理由は存在せず、かかる解釈は通常人の理解とも異なるものというべきである。なお、新潟地震判決の判示は、地震火災に該当する場合の具体例を挙げたものであり、これが直ちに原告らの主張の根拠となるものではない。
(2) 原告らは、第三類型に該当する火災は、地震発生前に生じたものでなければならないと主張しているが、地震免責条項の文言からは到底読みとることができない独自の解釈であって、採用することができない。
(3) 保険数理崩壊型地震に限られるとの主張について
生命保険契約約款、建物更生共済規約の場合とは異なり、保険会社の経営基盤に影響を及ぼさない限りは火災保険金を支払うとの文言は一切存在しない地震免責条項の解釈において、原告ら主張のように限定的に解釈すべき合理的な理由は存在せず、原告らの主張は採用することができず、本件地震及びこれによる津波が地震免責条項の「地震またはこれによる津波」に該当することは明らかである。
(4) 「疑わしきは作成者の不利益に」の解釈について
本件免責条項にいう「地震」が「保険数理を崩壊させるに足る地震」であると限定的に解釈できる余地があるという原告らの主張自体が右(3)のとおり採用することができないものであるから、原告らの主張は、そそもそも前提を欠くものとして失当である。
2 因果関係の判断方法について
(一) 因果関係の立証の程度について
原告らの本件損害が、本件地震又はこれによる津波と相当因果関係が認められ、本件各火災保険契約の地震免責条項における免責事由に該当することについての立証責任は、被告ら保険会社に存すると解される。
そして、一般に、訴訟における因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挾まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りる。このことは、本件訴訟における本件地震又はこれによる津波と本件損害との間の因果関係の立証においても異なることはない。
原告らは、新潟地震判決のように出火状況、出火場所付近の建物等の位置、原告らの建物の位置、出火時刻、延焼の具体的状況等の細部にわたるまで明らかにしない限りは、本件地震又はこれによる津波と本件損害との間の因果関係は認められない旨主張しているが、因果関係の判断は、先のとおり、通常人からみた常識的な判断として、原因と結果の関係が肯定されれば足りるのであって、原告らの主張は、個別、具体的な事件における特殊性を考慮しておらず、また、因果関係の立証について不可能を強いることに連なるものであって、到底採用することができない。
(二) 火災原因の認定の資料等について
火災原因の究明に当たっては、原告らが指摘するように、消防当局の調査結果が重要となる。
しかしながら、後記認定のとおり、消防当局のいう「出火原因」とは、「タバコの火の不始末」、「ストーブの使用不良」等の具体的な出火原因を指し、消防当局のいう「出火原因不明」とは、かかる意味における具体的な出火原因を消防当局として責任をもって断定することができないというに過ぎない。
そして、後記のとおり、消防当局が本件において「出火原因不明」としているのは、本件地震と本件における第一、第二出火との相当因果関係や、これらと延焼との間の相当因果関係が不明であることを意味するものではない。
右によれば、消防署の調査結果で「出火原因不明」とされたものについては、これを弾劾し、積極的に出火原因を特定し得る程度の強力な信用力のある証拠が必要であるとの原告らの主張は、先の訴訟上の因果関係の認定判断においては採用することができない。
また、原告らは、消防署作成の火災報告が第一次的な基準となり、それ以外の私企業の報告書等は、全て消防当局からの聞き取りなどで構成され、そこに私的な推測を交えたものに過ぎないから、消防当局の判定を覆すには足りないと主張するが、右の判定自体、本件で問題となる相当因果関係を不明と断じているものでなく、また、消防当局作成の報告書以外の資料についても、通常人からする常識的な判断を要する訴訟上の因果関係の認定において、第二次的な価値しかないとか、一律に証拠価値が低いとみることも相当ではなく、その記載内容に応じて、右の認定判断における証拠資料として正当に評価すべきである。
3 本件地震及び本件地震後の火災、延焼の状況等について
前記第二の一の争いのない事実等に本件証拠(後記括弧内に掲記のもの)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実が認められる。
(一) 現場の位置及び状況等(甲イ四二、乙イ二一、乙ロ一七、乙ロ二一)
(1) 本件地震後の火災現場は、南北約五七〇メートル、東西約九〇メートルに及ぶものである。
建物は、住宅一〇七棟(民宿、旅館六棟、寺院一棟を含む。)、物置等六九棟、店舗一〇棟、神社二棟で、幅員四ないし五メートルの二車線の主要道路に面して建てられていた。
街並みは、道路沿いにほぼ三メートル程度の隣棟間隔をあけて配置され、東西には庭がある。全体的には、必ずしも密集地とはいえず、一般的な住宅地と同じような一ヘクタール当たり四〇棟、建ぺい率は四〇パーセント前後である。
建物は一〇〇パーセント近くが木造である。
(2) 道路状況は、延焼範囲の東側に幅員四ないし五メートル程度のバス通り(通称青苗下町通り)が南北に伸びており、西側に幅員四メートル程度の一般車両道路(通称青苗上町通り)がある。平坦ではあるが、かなり狭隘なため、消防車両の進入には困難が伴う。
(二) 消防体制(乙ロ一九)
(1) 消防署
① 奥尻消防署は、消防署長以下一三名が勤務していた。
本件地震発生時に当務中だった職員は四名である。うち一名は青苗分遣所で、二名が本署(奥尻地区)で、それぞれ職務に当たっていて、一名は休暇で島外に出ていた。
② 奥尻町消防団は、団長以下一四三名の団員を有していた。団員の多くは漁業に従事し、本件地震発生当時も団員の多くがイカ漁に出漁中であった。
青苗地区の第一分団には三八名の団員が属していたが、津波の被害に遭った団員もおり、消火活動に参加できた団員は一一名であった。
③ 青苗分遣所の消防車両は、水槽付ポンプ車一台、ポンプ車一台の二台であり、この他に小型動力ポンプ(可搬式)一式が配備されていた。
④ 奥尻消防署では、島内で火災が発生した場合、本署及び各分遣所の職員、団員とポンプ車(島内で合計一〇台)が応援に駆け付けて共同して消火活動に当たることになっている(証人山下孝一(第一回)、五八、七七頁)。
しかし、本件火災時には、青苗分遣所から奥尻消防署へ応援を要請したが、奥尻地区から青苗地区を結ぶ道路が津波の影響で不通となり、応援は得られなかった。
また、島内の松江地区、赤石地区、谷地地区、仏沢地区に各一名の消防職員が居住していたが、道路の寸断、崖崩れなどのため参集できず、それぞれ居住地区での活動となった。(乙イ四〇)
(2) 消防水利
① 本件現場の延焼範囲内には、農協横に二〇トンの防火水槽があるだけである。
本件現場付近には、役場青苗支所前、松川宅前、若山宅前にそれぞれ四〇トン防火水槽があったが、これらはいずれも現場から八〇〇メートル以上離れていた。
通常、この地域の火災に対しては、主に青苗漁協を有効な水利として消火活動に利用していたのが現状であった。
② なお、本件地震当日である平成五年七月一二日、青苗診療所南側空地に四〇トン防火水槽の着工が予定されていた(証人山下孝一(第一回)、二六頁)。
(三) 当日の気象、風向等
青苗地区の気象は、青苗分遣所の北北西約九〇〇メートルの地点にある函館管区気象台奥尻海洋気象観測所での観測によると、平均風速は二ないし三メートル毎秒程度であった(乙ロ一九)。
なお、本件火災当時強風であったような報道もなされたが、これは、いわゆる火事場風が吹き、火の粉が吹き上げられたためである(乙ロ二〇)。
(四) 本件第一、第二出火の発生と延焼
(1) 平成五年七月一二日午後一〇時一七分ころの本件地震発生後の同日午後一〇時三五分ころ、北海道奥尻郡奥尻町字青苗二三三番地付近で第一出火が発生した(争いのない事実等)。
第一出火地点付近は、幅員四メートルの一般車両道路東側に位置する四棟(いずれも木造トタン屋根の建物で、二棟が専用住宅、一棟が番屋兼物置、一棟が旅館兼住宅)付近である。旅館兼住宅の一部が津波により流失していたが、その余の部分及びその他の建物は、いずれも、土台等の燃え残りがある程度で全て焼失したため、正確な出火箇所の特定はできない。(甲イ三九、四二)
(2) 翌一三日午前〇時一五分ころ、同町青苗一六〇番地付近で第二出火が発生した(争いのない事実等)。
第二出火地点付近は、バス通りをさらに東側に入る幅員四メートルの路地に直面する二棟(いずれも木造トタン屋根の、住宅兼民宿と漁具類を保管するための番屋兼物置)とその付近に津波で打ち上げられた漁船二隻付近である。いずれも、基礎の燃え残り等があるだけで全て焼失しているため、正確な出火箇所の特定はできない。(甲イ三九、四二)
北に向かった火流は、午前一時三〇分ころ、青苗診療所の南六〇メートル(第二出火地点からは七〇ないし八〇メートルの地点)に達し、午前二時ころ、診療所南東側で第一出火の火流と合流した(甲ロ一三の3では、「午前四時ころ完全に合流」とあるが、同号証の「延焼拡大経過時間」図面及び乙ロ二〇等に照らし、午前二時ころに合流したものと認められる。)。
(五) 消防活動(乙イ一六、乙イ三六の3、乙イ四〇)
(1) 本件地震発生後、午後一〇時二三分ころから、ポンプ車及び水槽付ポンプ車各一台を出して、避難広報を開始したが、津波の危険があるため、同時三七分ころ、分遣所に帰所した。途中、水槽付ポンプ車が第一出火地点付近を同時二七分ころ通過したが、その際は第一出火地点付近では火源は確認されなかった。(乙イ三六の3、証人山下孝一 (第一回)、八頁)
(2) 午後一〇時四〇分ころ、避難住民から市街地で火災が発生しているという通報を受け、農協横の防火水槽を利用して消火活動に当たるために、分遣所職員一名、消防団員七名が、ポンプ車一台、水槽付ポンプ車一台で出動した。しかし、第一出火地点から約二〇〇メートルの地点にある耕養寺西側道路が、津波の影響により散乱した障害物のために通行不能であったため、第一出火現場に接近できず、役場青苗支所付近まで戻った。(乙イ三六の3、証人山下孝一(第一回)、二四頁)
同時五〇分ころ、一、二号車とも役場青苗支所前防火水槽(別紙「延焼動態及び消防活動状況」図(乙イ一六、七四頁)記載NO.1)に到着し、延焼防止のため、火点方向への放水を開始した(同図記載①、②)。
(3) 午後一一時一〇分ころ、役場青苗支所前防火水槽の水量が不足してきたため、二号車は松川宅前防火水槽(同図記載NO.2)に移動した。そのころから、東からの風により、緑ヶ丘団地(高台)への飛び火が激しくなったため、同時二〇分ころ、二号車は放水地点を北側へ移動して放水を開始した(同図記載③)。
同時四五分ころ、役場青苗支所前防火水槽の水量が不足してきたため、一号車は若山宅前防火水槽(同図記載NO.3)に移動を開始した。また、同時五〇分ころ、緑ヶ丘団地への飛び火は収まったが、今度は南方向の青苗診療所付近の火の粉の飛散が激しくなったため、二号車も若山宅前防火水槽に移動を開始した。
(4) 午前〇時ころから同時一〇分ころにかけて、一、二号車とも青苗診療所方向へ放水を開始した(同図記載④、⑤)。
午前〇時三〇分ころ、若山宅前防火水槽への充水が必要と判断し、松川宅前防火水槽から充水するため、二号車が松川宅前防火水槽に移動した。
同時四五分ころ、一号車は筒先位置を診療所の東側、西側に移動して放水を続けた(同図記載⑥、⑦)。そのころ、一号車の筒先担当団員が第二出火の火災を確認した。
同時五〇分ころ、松川宅前防火水槽から若山宅前防火水槽への充水による中継体形が完了した。
(5) 午前一時三五分ころ、第二出火の延焼が拡大し、危険を感じたため、同図記載⑦の筒先を放棄した。
その後、午前二時ころまでに、ホースを延長して、筒先を南側に移動した(同図記載⑧、⑨)。
(6) 同日午前四時ころ、若山宅前防火水槽の残量がなくなってきたため、放水を中止し、青苗漁港に水利部署するために移動を開始した。しかし、青苗漁港に至る道路には津波によるがれきが散乱していたため、土木業者のタイヤ付パワーショベルの手配や、がれきの除去作業などに時間を要した。海水(同図記載NO.5)を利用しての放水が再開した(同図記載⑩ないし⑬)のは、午前五時ころになってからである。
(7) 同日午前八時三五分ころまでに火災を鎮圧し、以後断続的に消火活動を実施した結果、同日午前九時二〇分に鎮火した。
(六) 火災原因に関する調査結果の要旨
本件の第一出火及び第二出火の原因に関する調査結果について、以下の各資料、文献には、要旨以下の記載がある。
(1) 檜山広域行政組合奥尻消防署の見解
① 火災原因判定書(甲イ三九)
第一出火、第二出火とも、出火箇所の特定ができない状況にあり、発火源の特定も困難なことから、出火原因は不明とする
② 奥尻町青苗地区火災報告書(乙イ三六の3)
家屋の調理器具、厨房、風呂釜、電線、港内で出火した漁船からの引火等、多くの原因があげられたが、火災現場は瓦礫の山となっており、原因を特定できる物証を発見できなかったことから、原因は「不明」である。
③ 「平成5年 北海道南西沖地震調査報告書」(乙イ四〇、全国消防長会「平成五年北海道南西沖地震調査報告書」(乙イ一六)もほぼ同旨である。)
ア 第一出火について
出火当時、出火場所付近の住民は、津波のため青苗地区の緑ヶ丘と呼ばれる高台に避難していた。消防職員及び団員も火災覚知とほぼ同時に出場しているが、津波による道路の寸断などにより水利部署が遅れ、高台からホース延長後の放水開始時には二、三棟に延焼拡大していた。災害後の火災原因調査でも、津波による影響が多く出火建物を特定できていない。このため、出火原因についても不明である。
奥尻島における一般的な火気使用の状況としては、暖房用として居間にポット式灯油ストーブ、各部屋に移動式灯油ストーブ、台所用としてLPガスを燃料とする火気器具、灯油式風呂釜がある。暖房は一年中使用可能な状態であり、気温が二三度を下回る朝夕などは夏でもストーブを使用することもある。また、津波からの避難が最優先であったことから、火の始末が完全ではなかったことも考えられる。
イ 第二出火について
本件地震発生後、青苗分遣所で当務中の消防職員が津波警戒広報に出動し、津波第一波到達後の帰所途上、港の沖合の堤防付近で二隻の漁船が延焼しているのを確認している。また、第二出火地点付近に津波で打ち上げられた漁船から出火したとの証言があり、漁船のエンジン、プロペラが確認された。しかし、津波第二波到達後は漁船からの出火は消えたとの証言もある。結局、漁船からの出火と第二出火との因果関係は明確ではない。
このため、出火原因については不明である。
(2) 大成建設株式会社技術研究所「平成五年(一九九三年)北海道南西沖地震被害調査報告書」(乙イ一四、乙ロ一七)
① 第一出火の原因
ア 火元付近で灯油の臭いがしていたという住民の証言がある。
イ 出火点がちょうど津波到達の先端部にあたる。
ウ ほとんどの灯油タンクが固定されていなかった。
エ 気候的にまだ寒かったので暖房器具を使用していたと思われる
以上のことから、津波によって倒された暖房器具から出火したか、あるいは津波で倒されたタンクから流出した灯油に何らかの火が引火したものと推測される。
② 第二出火の原因
当初地元消防関係者は、こちらの火災も地震直後に出火し、無炎燃焼していたものが時間の経過とともに炎上したものとみていたようである。倉庫の内容物が化学繊維製の漁網や発泡スチロールのボックスであったならば、この状況は十分に考えられる。しかし、この場所は津波により冠水した区域に含まれると考えられ、その後二時間以上にわたって燃焼し続けることができたかどうか疑問である。
第二出火については、漁船の火が家屋に引火したという見方もある。
ア 火の着いた漁船が津波で陸に運ばれるのを見たという住民の証言がある。
イ 出火が地震発生から二時間以上後である。
ウ 現場付近に焼けただれた漁船の残骸が2隻分存在する。
以上のことなどから、この可能性はかなり高いと思われる。
なお、漁船での出火原因については、船同志の衝突で電気系統がショートした、あるいは波を被ったためにイカ釣船の電灯がショートしたなどの原因が考えられる。
(3) 渡辺実「奥尻島を大津波が襲った!!」近代消防(全国加除法令出版株式会社)三八〇号(乙イ一五、乙ロ一八)
出火原因は断定できないが、地震発生直後に住民が避難行動を起こしていることから、ストーブ(現地の昼間の気温は二〇度程度あるが、夜になると気温が下がり、ストーブが使用されていたことが考えられる。)や風呂の火等の火の始末を行っていないことが考えられ、地震の揺れによってこうした火気から出火したことが想定される。
(4) 宮崎益輝「火災」(社団法人日本建築学会地震災害委員会耐震連絡小委員会「一九九三年北海道南西沖地震災害調査(速報)」二五頁以下)(乙イ一七、乙ロ二〇)
第一出火は、地盤振動もしくは津波の衝撃が起因となって出火したと考えられている。
第二出火は、港湾部の漁船火災が津波により市街地に運ばれて市街地火災に進展したとの証言があるが、確証はない。ただ、第二出火地点付近では焼けただれた漁船が二、三隻確認でき、出火時刻の遅れ等をも考慮すると、その可能性を否定できない。
(5) 日本建築学会「一九九三年釧路沖地震災害調査報告、一九九三年北海道南西沖地震災害調査報告」(社団法人日本建築学会発行)(乙イ三七、乙ロ二四)
① 第一出火
地震もしくは津波の直後に出火していることから、地震動もしくは津波が火災を誘発したと考えられる。
火源としては、住宅内で使用されている暖房器具が有力視されている。奥尻島では夏でも暖房用の灯油ストーブが使われることが多く、地震時の気温が摂氏一九度であったことを考えると、多くの家庭で灯油ストーブを使用していたと考えられるからである。
火元周辺で出火直前に灯油の臭いがしていたという証言がある。この証言が正しいとすれば、灯油タンクが津波等によって引き倒されて灯油が漏洩し、そこに何らかの火が着火したという推理も成り立つ。この場合の火源としては、自動車などが考えられよう。
② 第二出火
地震後かなり経過してから炎上していることから、出火が地震と直接関係あるかどうかも定かではない。
推測される出火のパターンとしては、ア 港湾で炎上した漁船が津波で市街地に運ばれて家屋等に延焼した、イ 津波の浸水域に灯油等が漏洩していたところに飛火着火した、ウ 電気配線のショートなど出火に時間を要する火源によって出火した、という三つが考えられるが、いずれもそれを正当化する証拠がない。
ただし、ア説については、津波が燃えている漁船を運んだという目撃証言があり、かつ火元になったと思われる漁船の残骸が現場付近にあることから、その可能性は非常に高いと思われる。
(6) 清水建設株式会社「平成五年北海道南西沖地震、奥尻島の被害調査報告」(乙イ一九)
第一出火は、確認された時間から見て、地震直後に着火して燃えあがったものといえる。
第二出火は、漁船から着火した可能性もある。
(七) 延焼要因に関する調査結果の要旨
本件火災の延焼原因に関する調査結果について、以下の各資料、文献には、要旨以下の記載がある。
(1) 檜山広域行政組合奥尻消防署の見解
① 火災原因判定書(甲イ三九)
延焼拡大の要因として考えられる事項として、以下の三点を指摘できる。
ア 火災現場直近での初期消火活動ができなかったこと。
イ 木造建物が多かったこと。
ウ 延焼スピードが早かったこと。
② 奥尻町青苗地区火災報告書(乙イ三六の3)
延焼が拡大した原因については、火災現場直近での消火活動ができなかったこと、延焼のスピードが早かったことによるものである。延焼スピードが速かった原因としては、ホームタンクの灯油の漏洩、プロパンガスの爆発等も一要因として考えられる。
③ 「平成五年北海道南西沖地震調査報告書」(乙イ四〇、全国消防長会「平成五年(一九九三年)北海道南西沖地震調査報告書」(乙イ一六)もほぼ同旨である。)
延焼拡大要因として、次の六点を挙げられる。
ア 津波警報の発令前に津波第一が到達したこと、一〇年前の日本海中部地震の被災経験等から、住民は高台に避難していた。このため当該地域は無人状態であり住民による初期消火が行われなかった。
イ 津波によるがれきが散乱し、消防車両の出場進路が断たれ、水利部署及び火災現場へのホース延長範囲が限定された。
ウ 初期段階における消火活動は火勢が強く、また津波によるがれきに阻まれるとともに、崖上からの注水を余儀なくされた。
エ 奥尻地区にある本署と青苗地区の道路が寸断され、応援不可能となり拡大火災に対し消防力が劣勢であった。
オ 各家庭では暖房用の灯油タンクやLPガスボンベが広く使用されている。灯油タンクやLPガスボンベも延焼助長の要因となった可能性も考えられるが不明である。
カ 木造建物が多く比較的密集度の高い地域であった。
(2) 大成建設株式会社技術研究所「平成五年(一九九三年)北海道南西沖地震被害調査報告書」(乙イ一四、乙ロ一七)
ほとんど無風状態でしかも風横方向であったにもかかわらず、このように広範囲にしかも急速に火災が延焼拡大した理由として以下の点をあげることができる。
① 津波による建物の倒壊
津波による木造の建物が倒壊し、道路や空地を埋めてしまったため、延焼を防ぐ遮断帯が形成されなかったものと思われる。また、燃え残った地区の建物を見るとかなりの建物において外壁の脱落がみられた。この様子から、焼失地区においても倒壊に至らないまでも外壁のモルタルやサイディングボードが脱落し、難燃外壁を持つ建築物としての機能をなくし、裸木造と同等の脆弱な建物となったものもかなり存在したと思われる。
② 燃料の流出
各住宅にある灯油タンクは土台の上に置かれただけで、固定されているものはほとんどなかった。このため、津波かあるいは地震の震動そのものでかなりの灯油タンクが転倒したものと思われる。現場を視察した際にも焼失地区内で転倒した灯油タンクをいくつも発見した。同様にプロパンガスボンベも転倒し、ガス洩れが発生していたようである。これらの転倒したタンクから流出した灯油やガスが延焼媒体となって火勢を強め、急速に拡大したものと思われる。
また、転倒を免れたタンクも火災により周囲の温度が上昇したことで中の灯油やガスが気化し、圧力弁を壊して噴出したようである。目撃者は、灯油タンクが破れると黒炎がもうもうと上がり、ガスボンベが破れると火柱が立ったと証言している。
③ 自動車、漁船
現場の各所でタイヤや内装が全て焼け、ボディー部分だけを残した自動車の残骸を見かけた。さらに、FRPのボディーが融け落ち、フレームだけを残した漁船の残骸もあった。これらのものは本来ならば燃え難いものであるが、市街地火災の中では容易に可燃物となることが分かる。さらに、自動車に積載されているガソリンや船の燃料も延焼の要因になったものと思われる。
④ 消防活動の制約
津波により倒壊した建物によって道路を塞がれたことで消防活動が制約され、初期消火が遅れたことも延焼を速めた要因と思われる。火災現場がすぐ目の前であったにもかかわらず、道路が使えず、現場に近づけなかったため、午後一〇時四〇分の火災確認から消火活動開始まで一〇分を要している。さらに、道路が封鎖され港に近づけなかったため海の水を消火に利用できなかったことも消火活動の遅延につながった。
⑤ 人口の割に多くの火災が発生
従来の地震後の火災発生予測ではせいぜい五〇〇〇軒に一箇所の出火率とされている。これに対し、今回の火災では五〇〇軒程度の中で二箇所から出火している。このことも火災が急速に拡大した要因のひとつといえる。
(3) 渡辺実「奥尻島が大津波が襲った!!」近代消防(全国加除法令出版株式会社)三八〇号(乙イ一五、乙ロ一八)
青苗の市街地のほとんどを燃えつくした市街地大火となった要因として、次の五点が挙げられる。
① 地震直後の住民の避難時に火の元の始末ができていないこと。
② 漁村特有の木造密集市街地であったこと。
③ 屋外灯油タンクやプロパンガスボンベ、漁船用重油が備蓄されており、地震動によりこれらが転倒し漏洩したこと。
④ 東よりの最大七メートル毎秒の風が吹いていたこと。
⑤ 津波による家屋破壊の瓦礫で消防車の活動が阻害され、消防活動に支障があったこと。
(4) 宮崎益輝「火災」(社団法人日本建築学会地震災害委員会耐震連絡小委員会「一九九三年北海道南西沖地震災害調査(速報)」二五頁以下)(乙イ一七、乙ロ二〇)
燃え上がりも速く(数分から二〇分と推定される。)、かつ延焼展開も速かった(風横側でしかも微風、さらに注水が行われていたにもかかわらず、五〇ないし一〇〇メートル毎秒)が、その要因として、出火件数が二件あったということに加えて、以下の三つが考えられる。また、本件においては、津波が「消し」をさまたげ、「燃え」を促進する典型的なパターンが見られる。
① 津波等による消火活動障害
第一に、住民が津波危険の回避を優先したために、出火防止活動あるいは初期消火活動を行うことができなかった。
第二に、消防隊は、津波によって道路が通行不能となり、火点に近接することも、有利な水利(海等)にアクセスすることもできなかった。
さらに、消防隊の活動についていうと、道路の損壊などにより、他地域から消防隊が駆け付けられなかったことも大きな要因である。
② 脆弱家屋による延焼拡大助長
漁具を収納する倉庫など板張りの粗雑な家屋が多数存在していたことが、必ずしも建ぺい率が高くない(三〇ないし四〇パーセント)にもかかわらず、容易に延焼を許した理由の一つと考えられる。
③ 灯油、プロパン等による延焼拡大助長
灯油タンクやプロパンガスボンベ、あるいは自動車や船舶が延焼を助ける役割を果たした。焼け跡には、爆裂したガスボンベをはじめ、無数の灯油タンクやプロパンガスボンベの残骸を見ることができる。全て、栓が飛ぶか穴が空いており、熱膨張あるいは引火により激しく燃えあがったことを推測させる。目撃者の証言によると、灯油タンクに引火した時には、真っ赤な炎がたちあがった、という。
津波との関係でいうと、焼け残った地域で津波被害を受けた地域では、灯油タンクの転倒により、水たまりあるいは路上に漏洩しているのを確認することができたが、漏洩した灯油やプロパンガスが延焼媒体になったことも間違いない。この地域における灯油タンクやプロパンガスボンベの管理状態は、残念ながら好ましいものではなかった。
さらに、船舶の問題がある。それが火元となったかどうかは別として、打ち上げられた船舶が延焼媒体となったことは間違いない。何隻もの焼けただれた船舶が焼け跡では確認されている。
(5) 日本建築学会「一九九三年釧路沖地震災害調査報告 一九九三年北海道南西沖地震災害調査報告」(社団法人日本建築学会発行)(乙イ三七、乙ロ二四)
① 消火阻害要因
津波のために有効な消火活動ができなかったことが、最も大きな要因として指摘することができる。
第一に、住民が津波危険の回避を優先したために、出火防止活動あるいは初期消火活動を行うことができなかった。
第二に、消防隊は、津波によって道路が通行不能となり、火点に近接することも、有利な水利(海等)にアクセスすることもできなかった。
さらに、消防隊の活動についていうと、道路の損壊などにより、他地域から消防隊が駆け付けられなかったことも大きな要因である。
② 延焼助長要因
まず、漁具を収納する倉庫など板張りの粗雑な家屋が多数存在していたことが、容易に延焼を許した理由と考えられる。それに加えて、津波により家屋が損傷を受け、燃えやすい状態になったと考えることもできる。
次に、灯油タンクやプロパンガスボンベ、自動車、船舶など、延焼を助長する易燃性体の介在が指摘できる。初期の燃え拡がりの速さは、灯油タンク等の延焼への関与を想像させる。燃え残った地域で津波被害を受けた地域では、灯油がタンクの転倒により水たまりあるいは路上に漏洩しているのが確認されたが、漏洩した灯油やプロパンガスが延焼媒体になったことは間違いない。焼け跡では漁船や自動車の残骸が確認されるが、そのガソリン等が延焼を加速したとも考えられる。
(6) 清水建設株式会社「平成五年北海道南西沖地震災、奥尻島の被害調査報告」(乙イ一九、乙ロ二一)
延焼拡大要因として、以下の五点が挙げられる。
① 街並みと建築物の構造
街並みは南北の狭い道路ぞいにほぼ三メートル程度の隣棟間隔をあけて配置され、東西には庭がある。全体的には、必ずしも密集地とはいえず、一般的な住宅地と同じである。
焼け残った街並みの建築物は、木造にサイディングボード張り、屋根は瓦棒葺きのものが多い。焼失域の建築物もこれと同様のものであったと推測される。煙突のみRC造であるため、倒壊せずに立ったまま焼け残っている。
なお、耐火建築物はRC造、ブロック造の焼け跡が数棟あった。これらも、開口部から火が入り、全焼している。これに対して、開口部のない銀行の金庫は、みごとに焼け残っている。これらをみると、市街地大火においては、耐火建築物は延焼を遅らせたり、集合した場合に焼け止りを形成することにはなるが、周辺が木造地域であっては当該建築物自体を守ることはできないことがわかる。
② 灯油タンク、プロパンガスボンベ
各住戸は一様に、五〇〇リットル弱の灯油タンクとプロパンガスボンベ二本をセットで設置している。焼け残った地区を見ると、これらは隣棟間隔約三メートルのその間や、道路沿いに設置している。一般に、灯油タンクは固定されておらず、ガスボンベもチェーンで固定されているところは必ずしも多くはない。
灯油タンクは焼け跡にも数多く残っていた。また、その他の地域を見ても、タンクが転倒し、灯油が漏れているところがいくつも見られた。すなわち、おそらく地震あるいは津波により転倒して油が漏れたり、あるいは幅射熱により圧力調整弁が飛び、灯油が吹き出したであろう。
プロパンガスボンベについては、焼け跡にはなかった。これは既に回収されたものと思われる。ガスボンベの場合は配管部分が壊れ、ガス洩れしたものと思われる。
これらの危険物の燃焼は、弱い消防力では消すことはできなかったものと考えられる。
③ 車
車も多く焼けていた。日常の足になっていることから、一世帯当たり一台はあったものと思われ、車で避難した人を差し引いても、かなりの台数が残っていたものと考えられる。各車に数十リットルずつのガソリンが残っていたとすると、延焼の要因の一つになる。
④ 地震あるいは津波による木造建築物の破壊
市街地の木造建築物ではモルタル塗りの外壁が地震により剥落している例も多い。津波に冠水した地域の建築物では、残っても一階は半壊状態であり、開口部が破られたり、外壁が破られたりしている。また、破壊したものが道路に散乱したり、崩れた家屋が道路や隣棟間を埋めたものと考えられる。
すなわち、被災域の建築物は防火構造でも、地震ならびに津波により木造が露出するとともに、開口部が破壊され、延焼しやすくなったものと考えられる。また、木造密集地でなくとも、道路や空地部分に破壊した可燃物が散乱し、焼け止り線になりえなかったものと考えられる。
⑤ 津波による消防活動不能
津波によって破壊されたものが道路を塞ぎ、火点に近寄れない事態が起きている。当地区が海岸に沿って、狭い二本の道路で構成され、そのうちの一本は津波で冠水した域である。このように、火点へのアクセスが限定されたという。
店舗などは少なかったことから、地震による自動販売機の転倒などによる通行障害はなかったものと推測される。
(7) 首藤伸夫(東北大学工学部災害制御研究センター、津波工学研究分野)「北海道南西沖地震に伴う津波とその教訓」(社団法人土木学会発行「土木学会誌」七八巻二頁以下)(乙イ二○、乙ロ二二)
一〇数日間雨が降っていなかったこと、津波当時一〇メートル毎秒近い風が吹いていたことが、火事を大きくした。
建設省建築研究所の糸井川主任研究員は、「大火の原因は、地震、津波による相乗効果とみる。家屋が津波でなぎ倒されたために『材木化』して散らばり、延焼を防ぐ空間がなくなった。焼失部分の約半分は津波を免れた区域だが、ここでも地震でモルタルなどがはがれ落ち、内部の木材が露出して耐火性能が落ちた。さらに、①家屋が密集していた、②多くの家に大型のプロパンガスボンベや灯油タンクが置かれていた、③地震と津波による家屋の倒壊で消防車が近寄れなかったことも背景になっているようだ」との指摘をしている。
(8) 南慎一他「奥尻町青苗地区の都市災害について(一九九三年北海道南西沖地震被害調査報告」(日本建築学会北海道支部「日本建築学会北海道支部研究報告集六七号五〇一頁)(乙イ二一)
市街地の延焼要因として考えられることは、建ぺい率、木造率などがある。
昭和五六年の市街図(三〇〇〇分の一)を基に推定した結果によると、焼失した五区のうち、第二、三区では建ぺい率がそれぞれ39.3パーセント、46.3パーセントと高く、また、木造率は五区とも九六パーセント以上であった。
(9) 鹿島建設株式会社「平成五年北海道南西沖地震、被害調査報告書」(乙イ二三)
大火災に至ったのは、各家がドラム缶一本に相当する灯油タンクを持っていたこと、民家のほとんどが木造であったこと、建築基準法により防火構造となっていても地震と津波により可燃物と不燃物とに仕分けられたことなど可燃物の量が多かったためと考えられる。
(八) ストーブ等の使用状況について(乙ロ一九)
(1) 全国消防長会(証人山下孝一(第一回)、七八頁)では、平成五年八月から九月中旬にかけて、特に人的被害の大きかった奥尻町青苗地区、同町奥尻地区(稲穂地区を含む。)、江差町、北檜山町、瀬棚町、大成町の住民から、無作為に抽出した一八歳から九〇歳までの男女一四〇〇名を対象として、アンケート調査を実施した(有効標本数九九七本)。なお、奥尻町の住民に限っていうと、対象七〇〇名に対して、有効標本数は四六六本である。
(2) 奥尻町の住民のアンケート回答結果
① 本件地震発生時、九三パーセントが「屋内にいた」と回答し、一一パーセントが何らかの火気を使用していたと回答した。
② 使用していた火気は、石油風呂(六〇パーセント)、ガスレンジ、ガスこんろ(約三八パーセント)、固定式石油ストーブ(約二六パーセント)等となっている。
③ 本件地震発生時に火気器具を使用していた者の中で、「火の始末をした」と回答したのは奥尻町全体で八○パーセント、「始末していない」が一三パーセントとなっている。このうち、青苗地区の住民(有効回答数二〇)で見ると、「始末をしていない」が二四パーセントにのぼる。
(九) 本件火災以前における青苗地区での火災について(乙ロ二五)
青苗地区では、昭和四九年から平成五年にかけて、本件火災(二つと数える。)も含め七件の大火(焼失面積一〇〇平米以上又は死者の伴った火災)があった。
このうち、本件火災を除いて最も被害の大きかった火災は、平成三年一二月二四日午後三時ころに青苗一八三の五で発生した火災(同時一一分に一一九番通報により覚知)で、焼損面積七五二平米、全焼八棟、部分焼一棟、損害見積額四四五八万円余の損害を出した。このときの気象は、天候は曇、風向きは北西で風速は8.7メートル毎秒、湿度は六六パーセントであった。
上記大火及び本件火災を除く四件の火災については、いずれも全焼一棟以下で鎮火されている。
(一〇) 消防当局のいう「出火原因」について
(1) 消防の出火原因調査は、発火源、着火物、経過(発火源から着火物に火が移った経過)の三点によって行われる(証人山下孝一(第一回)、四頁)。
(2) 消防当局は、(1)の三点を特定したうえで、「放火」、「たばこ」、「こんろ」、「たき火」、「ストーブ」等、具体的な出火原因を調査し、これらが判明しない場合に「出火原因は不明」とされる。(乙イ三八の1ないし3)
(3) 檜山広域行政組合奥尻消防署作成の「消防年報平成6年」(乙ロ二五)であげられている昭和四九年以降の大火(焼失面積一〇〇平米以上又は死者の伴った火災)についても、「ボイラー煙道部の構造不良」、「石油ストーブの油漏れによる」、「移動式石油ストーブの使用不良」、「石油ストーブの煙突に洗濯物が触れ着火する」、「タバコの火の不始末」、「薪ストーブの使用不良」、「自殺によるものと推定」、「タバコの火の不始末」、「子供の火遊び」など、具体的な出火原因が挙げられており、本件出火も含めてこうした具体的な出火原因が究明できない場合、「原因不明」とされている。
4 第二類型への該当性について
以上認定の事実関係において、本件損害が地震火災による損害に該当するか否かについて判断すると、以下のとおりである。
本件損害は、本件地震を原因として発生した火災によって本件各建物が焼失したものではなく、延焼によって焼失して生じたことについては争いがないから、本件では、第二類型、第三類型の該当性が問題となり、まず、第二類型に該当するかを検討する。
(一) 第一出火について
(1) 第一出火は、本件地震発生直後(地震発生から一八分後)に出火したものと推定されている。
(2) 第一出火の出火原因は、出火箇所と推定される地点は瓦礫の山となっていることから、奥尻消防署は出火原因を不明としている。
各種調査結果は、第一出火の原因について、概ね一致して、「津波から避難するため、ストーブや風呂の火の不始末が完全ではなかったところ、地盤振動若しくは津波のためにストーブ等が倒されて出火した」又は「津波で倒されたタンクから流出した灯油に何らかの火が着火した」と推定している。
(3) 第一出火について、地震及びこれによって発生した津波と全く無関係な失火、放火等の原因が出火原因である可能性を指摘した調査結果は全く存しないし、また、かかる可能性を裏付ける事情も存しない。
(4) 右の事情を総合的に考慮すると、第一出火が地震及びこれによって発生した津波と全く無関係な原因によって出火した可能性をうかがわせる特段の事情のない本件においては、第一出火の発生と地震又はこれによる津波との相当因果関係は肯定することができるというべきである。
(二) 第二出火について
(1) 第二出火は、本件地震発生から約二時間後に出火したものと推定されている。
(2) 第二出火の出火原因は、出火箇所と推定される地点は瓦礫の山となっていることから、奥尻消防署は出火原因を不明としている。
各種調査結果は、地震発生と出火までの間に相当の時間が経過していることから、第一出火以上に出火原因を推定することは困難であるとし、また、出火原因の推定についても見解が分かれている。
出火原因としては、①火の付いた漁船が津波によって第二出火地点付近に打ち上げられ、これが家屋に引火した、②本件地震発生直後に出火し、倉庫内の化学繊維製の漁網や発泡スチロール等で無炎燃焼していたものが、時間の経過とともに炎上した、③津波の浸水域に灯油等が漏洩していたところに飛火着火した、④電気配線のショートなど出火に時間を要する火源によって出火した、などとの推定がなされている。
このうち、第二出火地点付近に津波で打ち上げられた漁船から出火したとの証言があること、第二出火地点付近に焼けただれた漁船の残骸があることなどから、①の推定が有力である一方で、第二波の津波が来た後漁船からの出火は消えていたことを確認した旨の証言もあることから、これを疑問視する調査結果も少なくない。
(3) 第二出火については、前記のとおり地震発生から時間が経過した後に出火しているために地震と直接関係があるかどうかも不明であるとの指摘もある(乙イ三七、乙ロ二四)。
しかしながら、少なくとも地震及びこれによって発生した津波と全く無関係な失火、放火等の原因が出火原因である可能性を指摘した調査結果は全く存しないし、また、かかる可能性を裏付ける事情も存しない。
(4) 右の事情を総合的に考慮すると、第二出火が地震及びこれによって発生した津波と全く無関係な原因によって出火したことをうかがわせる特段の事情の存しない本件においては、第二出火の発生と地震又はこれによる津波との間には相当因果関係を肯定することができるというべきである。
(三) なお、原告らは、奥尻島全島で激しい地震が発生したにも関わらず、住宅火災が起こったのは青苗地区だけであることを理由として、地震と本件出火との因果関係に疑問を呈する。
しかし、従来の研究では、地震後の火災発生はせいぜい五〇〇〇軒に一軒程度と予測されていたのであって、五〇〇軒程度の家屋がある青苗地区で二件も火災が発生したというのは、むしろ予想をはるかに上回る火災発生件数と考えられている(乙イ一四、乙ロ一七)。また、他の地域で火災が発生しなかったからといって、本件出火と地震との因果関係が否定されることにはならないものというべきである。
なお、仮に避難時の火の不始末が原因で出火したということであれば、これは、地震又はこれによる津波が現にあり、また今後も予想されたからであって、地震又はこれによる津波との因果関係が肯定されることはもちろんである。
(四) 本件各建物が、本件第一出火、第二出火が延焼して焼失したものであること、また、右の第一火災、第二火災の出火がともに地震又はこれによる津波と相当因果関係があることは前記のとおりである。
したがって、本件各建物について生じた損害は、地震免責条項にいう第二類型に該当するものというべきである。
5 第三類型への該当性について
(一) 本件地震後に、本件第一出火、第二出火の火災から延焼、拡大して前記のとおりの大火災になった原因については、奥尻消防署がまとめた火災原因判定書も含む多数の調査結果が出されているが、これらは、概ね一致して、以下の点を指摘している。
(1) 消火活動の不振
① 近隣住民が、津波をおそれて高台に避難していたことにより、火災発生直後に初期消火活動を行うことができなかった。
また、午後一〇時四〇分に第一出火が覚知され、直ちに消防車二台が出動した。通常であれば、分遣所から第一出火地点までは二分程度で到達できたはずであるが(証人山下孝一(第三回)、一三頁)、耕養寺西側道路が津波の影響により散乱した障害物のため、通行不能で、現場付近に到達できなかった。仮に耕養寺横の道路が通行できていれば、消防車二台が火災発生直後から現場に到達し、近隣して存していた農協横の防火水槽を用いて有効な初期消火活動ができたはずである。
② 奥尻島では、島内で火災が発生した場合、島内の合計一〇台の消防車及び消防職員、消防団員が協力して消火活動に当たる体制になっていた。
しかるに、地震またはこれによる津波によって道路が寸断するなどしたため、青苗地区に現在する人的、物的施設しか使えず、他町からの応援を得られなかった。
③ ①のように津波による障害物のため、その後も火災現場に接近することができず、高台の上からの放水しかできなかった。
④ 青苗地区では、火災に際しては主に青苗漁港の海水を有効な水利として利用して消火活動に当たってきた。
しかし、本件では津波のために青苗漁港に至る道路が通行不能であったため、午前四時から約一時間かけて道路の障害物を除去して青苗漁港への通路を確保するまで、青苗漁港の海水を利用した豊富な水量による放水ができなかった。
(2) 木造建物が多く比較的密集度が高い地域であったこと
津波のため木造の建物が倒壊し、道路や空地を埋めてしまったため、延焼を防ぐ遮断帯が形成されなかった。
また、本件現場には倉庫など板張りの粗雑な家屋が多数存在していたし、難燃外壁をもつ建物も、地震、津波のため外壁のモルタルやサイディングボードが脱落し、裸木造と同等の脆弱な建物になってしまったものが多数存在したものと推定されている。
(3) 延焼スピードが早かったこと
① 各住宅にある灯油タンクは、土台の上に置かれただけで固定されておらず、本件地震、津波により、かなりの灯油タンクが転倒し、灯油が漏出した。プロパンガスボンベも同様で、やはり本件地震、津波によって転倒し、ガス漏れを発生させていたと推定される。
これら灯油、ガスが延焼媒体となって火勢を強め、火災を延焼、拡大させた。
② 自動車や、津波で市街地に打ち上げられた漁船なども、これらに搭載されていた燃料とともに、延焼媒体となった。
③ (1)のように十分な消火活動ができなかった点も、延焼スピードを早くした一要因であると考えられる。
(二) 原告らは、本件火災が延焼して本件のような大火災になった原因は、(1)一般住宅等が密集し木造建物が多かったこと、(2)消防設備がもともと不十分であったこと、(3)延焼スピードが早かったこと、(4)風による飛び火が激しかったこと、であり、いずれも地震又はこれによる津波とは無関係である旨主張する。
(1) しかしながら、一般住宅等が密集し木造建物が多かったことについては、確かにそのような指摘もないではないが、前記認定(3(一)(1))のとおり、本件火災現場は一般的な住宅地として必ずしも密集地ともいえないものと認められる。
本件においては、住宅等が密集して木造建物が多かったことについては、それ自体が延焼拡大の主要因なのではなく、(一)(2)のとおり、津波のため木造の建物が倒壊するなどしたことや、地震又はこれによる津波のため外壁のモルタルやサイディングボードが脱落した建物も多数存在したことなど、地震又はこれによる津波の影響が大きかったものと考えるべきである。
(2) 消防設備が十分であったか否かは、本件におけるような大火災になった後でこれを鎮火できるかどうかという問題ではなく、出火の初期段階において適切な消火活動ができるだけの人的、物的設備を備えていたかどうかという観点から検討すべきである。
そうすると、本件地震、津波がなければ、第一出火覚知直後に現場付近で適切な消火活動が行えたはずであること(農協脇の二〇トンの防火水槽は、出火直後の初期消火活動においては有効な消防水利となったものと考えられる。)、島内の消防署本署、分遣所からの応援が得られたこと、青苗漁港の豊富な海水が消防水利として利用できたこと(青苗漁港に至る道路に散乱していたがれきを除去して、海水を利用しての放水が開始されて、ようやく本件火災は鎮火の方向に向かっている。)、といった前記認定の事情に照らすなら、そもそも青苗地区では消防設備が不十分であって、本件火災を出火の初期段階に消火し、延焼を防止することができなかったとは認められない。
現に、前記認定のとおり、青苗地区では過去に火災が発生しても、通常は一棟の全焼程度で火災を消火し、延焼の防止に成功している。なお、平成三年一二月の大火では全焼八棟と相当広範囲に延焼したことがうかがわれるが、それまでの例と異なり、なぜこのときはこのように延焼が拡大したのかは不明であり、青苗地区の消防設備の不備の有無を検討するための的確な資料とはできないというべきである。
(3) 延焼スピードが早かったことについては、それ自体が(一)(3)のとおり地震又はこれによる津波の影響によるものと認められるから、原告らの主張は失当である。
(4) 風による飛び火が激しかったことについては、確かにこれに沿う調査結果も存する。
しかしながら、前記3(三)のとおり、本件火災当時の風速は必ずしも強いものではなく、強風のように感じられたのは、いわゆる火事場風のために火の粉が吹き上げられたためと考えられる。しかも、当日の風向は概ね東向きであったのに(乙ロ一九)、別紙「延焼に伴う放水部署位置」から明らかなとおり風横方向である南北方向に広く延焼していることからすれば、本件火災の延焼、拡大に対する風の寄与の程度は、仮にあったとしても、さほど大きなものではなかったものと認められる。
(5) 結局、原告らが延焼要因として指摘しているものは、本件火災の延焼拡大にさほど大きな寄与をしていないか、地震又はこれによる津波の影響によるものそのものであって、これらが地震又はこれによる津波とは無関係であるとの原告らの主張は採用できない。
(三) 前記のとおり、本件家屋等が焼失したのは第一、第二出火の延焼によるものであり、以上によれば、右の延焼、拡大は、地震又はこれによる津波を原因とするものであると認められるから、本件損害は、いずれも地震免責条項における第三類型に該当するものというべきである。
四 小括(主位的請求Aについて)
以上のとおり、地震免責条項は、本件保険契約の内容となっており(前記一)、何ら無効とすべきものではない(前記二)。
そして、本件損害は地震免責条項における第二類型及び第三類型に該当する(前記三)。
したがって、地震免責条項により、被告らには火災保険金支払義務は存在しないものというべきである。
よって、その余の点(争点1(四)及び(五))を検討するまでもなく、原告らの主位的請求Aには理由がない。
五 争点2(一)(地震免責条項及び地震保険についての一般的な情報開示説明義務の存否)について
1 地震免責条項及び地震保険の公知性について
(一) 被告らは、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険については、既に公知性を獲得しており、公知の事実ともいえる旨の主張をしているので、まず、この点について判断する。
(二) 地震免責条項及び地震保険について
(1) わが国では、明治二一年に火災保険制度が発足して以来、民間の火災保険において地震損害を保険事故と扱ってきたことは一度もなかった(弁論の全趣旨)。
また、地震保険は、後記認定のとおり、昭和四一年五月に施行されて以来、改正を繰り返しながら、現在にいたるまで運用されてきている。
(2) 火災保険の普通保険約款は、主務官庁ないし主務大臣の認可を受けて作成されており、どの保険会社の火災保険の普通保険約款にも地震免責条項が定められている。
本件各保険契約とほぼ同様の内容の普通保険約款に従ってなされた火災保険の締結は、本件地震のあった平成五年度だけでもおよそ一億九〇〇〇件にのぼり(弁論の全趣旨)、後記認定のとおり、右の契約締結の都度、保険会社から保険契約者に当該保険の約款を記載した書面や地震免責条項や地震保険について記載した文書を送付している。
(3) 火災保険や地震保険に関する書籍は、一般に多数売られている(弁論の全趣旨)。
(4) 奥尻島においても、例えば本件の原告菊地年雄のように、地震保険契約に加入している者もいた。
北海道桧山郡江差町において保険代理店を営む有限会社ユーアイが取り扱った、奥尻島に対象物件が所在する火災保険契約についてみると、平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までの間に締結された地震保険対象物件の契約数九七件に対し地震保険加入契約件数は四四件、平成二年七月一日から平成三年六月三〇日までの間に締結された地震保険対象物件の契約数九二件に対し地震保険加入契約件数は三九件、平成三年七月一日から平成四年六月三〇日までの間に締結された地震保険対象物件の契約数八九件に対し地震保険加入契約件数は三四件、平成四年七月一日から平成五年六月三〇日までの間に締結された地震保険対象物件の契約数八五件に対し地震保険加入契約件数は三〇件となっている(乙一二九の1ないし3)。
(三) 地震保険に関するPR活動
社団法人日本損害保険協会は、地震保険制度発足以来、地震保険に関するPR活動を行ってきている。
平成三年度から平成九年度にかけての具体的なPR活動は、以下のとおりである。(乙ロ九六)
(1) 平成三年度
① テレビ広告
インフォマーシャル番組を、日本テレビ系列二二局「ルックルックこんにちは。知っ得コーナー」で二回、同系列一八局「小倉クン、堀クンのいまどき塾」で一回、それぞれ放映した。
また、テレビ東京系列五局でテレビCMを延べ六四〇本放映した。
② 新聞広告は、四月に四五紙(五段)、八、九月に合計四一紙(五段)に出稿した(乙ロ九七の1ないし8)。
③ 雑誌広告は、八月に六誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した。
(2) 平成四年度
① テレビ広告
日本テレビ系列二四局「ルックルックこんにちは。知っ得コーナー」で一回放映した。
また、テレビ東京系列五局でテレビCMを延べ六三二本放映した。
② 新聞広告は、九月に四三紙(五段)に出稿した(乙ロ九八の1ないし4)。
③ 雑誌広告は、八、九月に合計七誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した。
(3) 平成五年度
① テレビ広告
日本テレビ系列二三局「ルックルックこんにちは。知っ得コーナー」で二回放映した。
また、テレビ東京系列五局でテレビCMを延べ一○○○本放映した。
② 新聞広告は、七月に四一紙(五段)、九月に四三紙(五段)に出稿した。(乙ロ九九の1ないし7)
③ 雑誌広告は、八月に六誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した他、TBS単独局の「ビューティフル・ミュージック」にも放送した。この他、同年九月一日の「TBS防災スペシャル」にも放送した。
(4) 平成六年度
① テレビ広告
日本テレビ系列二一局「ルックルックこんにちは。耳より九〇秒」で六回放映した。
② 新聞広告は、九月、一〇月にそれぞれ四一紙(五段)、一二月に四三紙(五段)に出稿した。
③ 雑誌広告は、九月に六誌、一二月に五誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した他、TBS単局の「真っただ中スポーツスクランブル」にも放送した。
(5) 平成七年度
① テレビ広告
日本テレビ系列二三局「ルックルックこんにちは。耳より九〇秒」で六回放映した。
② 新聞広告は、八月に四三紙(一五段)、一二月、一月にそれぞれに四三紙(一〇段)に出稿した。
③ 雑誌広告は、一二月、二月に合計八誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した他、TBS単局の「真っただ中スポーツスクランブル」にも放送した。
⑤ 地震保険の普及拡大用ポスター(B二版五万枚)を作成した。
(6) 平成八年度
① テレビ広告
日本テレビ系列二三局「ルックルックこんにちは。耳より九〇秒」で四回放映した他、テレビCMを一〇月から一一月にかけて全国一〇六局で放映した。
② 新聞広告は、一〇月、一一月にそれぞれ四三紙(七段)に出稿した。
③ 雑誌広告は、一一月にカラー見開きで四誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した。
⑤ 地震保険の普及拡大用ポスター(B二版五万枚)を作成した。
(7) 平成九年度
① テレビ広告
九月中旬から一〇月上旬にかけて、全国七二局で放映した。
② 新聞広告は、九月、一〇月にそれぞれ四三紙(五段)に出稿した。
③ 雑誌広告は、一〇月にカラー見開きで五誌に出稿した。
④ ラジオ広告は、TBS系列九局ネットの「土曜ナイター」に放送した。
⑤ 地震保険の普及拡大用ポスター(B二版五万枚)を作成した。
(四) 公知性を否定する事実
(1) 地震保険意思確認欄の創設の理由
昭和五二年七月一日に、後記認定のとおり、原則自動付帯及び任意付帯方式が採られている火災保険契約について、契約申込書に地震保険意思確認欄を設け、火災保険の加入を希望しない契約者はその欄に押印することとなった。これは、契約者の意思をより明確に確認することによって、地震保険の契約洩れを防止し、普及率を向上させるとともに、災害時の保険金支払に当たって地震保険付帯の有無に関するトラブルの発生を未然に防止することを目的としたものである。
すなわち、後記認定のとおり、保険会社においても、火災保険契約者において、地震による火災損害は、火災保険契約により填補されると誤解されていることがかなりあることと相まって地震保険契約の普及率は必ずしも十分なものではなく、地震発生の際には地震保険付帯の有無に関するトラブルの発生さえ憂慮される状況にあると認識していたために、保険業界あげて、右の契約申込みの取扱いの制度を実施することとした。
(2) 地震保険意思確認欄の創設時の国民の地震免責条項及び地震保険に関する認識状況を示す資料
日本損害保険協会は、昭和五二年七月一日付けで新聞紙上に掲載した「地震ニュース」と題する広告において、「地震が原因で起きた火災損害について、住まいの火災保険をつけていれば補償される。こういった考えをお持ちの方もいらっしゃるようです。ところが実際には違うのです。」と記載している(乙一三一)。
被告東京海上の火災新種事業部は、代理店向けの「代理店ニュース」において、地震保険の普及率が全国で14.7パーセントと低く、十分なものでないとした上で、「一方で、地震保険を付帯していない契約者の中には、地震による火災も火災保険で担保されると理解している方がかなりあり、保険会社が地震保険の内容について、今まで以上にPRする必要があることも事実です。」(乙一三八)と記載している。
また、同日付けの朝日新聞は、地震保険の加入率が低い理由として、地震による火災には、火災保険金が出ないということがよく知られていないことや保険金額の限度額が低いことを挙げ、また、「地震で家が壊れた場合には保険金は支払われない、と思っている人でも、家が無事で近所から火が出て延焼した場合は保険金はおりる、と思っている人が多い」(被告東京海上広報室)ことも手伝っていると記載している(乙一三二の1)。同日付けの毎日新聞も、「地震保険制度はまだまだ国民の間に知られていないのが現状だ。」(乙一三二の2)と記載している。
(3) 地震保険の普及率とその後の日本損害保険協会のPR活動
地震保険の普及率は、制度発足当時は全国平均で二〇パーセント程度であったが、次第に低下し、地震保険意思確認欄の創設時には、右のとおり、全国平均で14.7パーセントに落ち込んでおり、右の制度を開始した後も回復せずに、本件地震が発生した平成五年の三月現在では、全国平均で七パーセントにまで低下していた(弁論の全趣旨)。
そして、日本損害保険協会が平成五年度に出稿した新聞広告においても、「地震によって火事発生!!でも住まいの火災保険だけではダメなんです。」と大きく記載した上で、「地震が起きたとき二次災害で心配なのが火災。『それなら住まいの火災保険に加入しているから大丈夫!』なんて安心していると、あなたの備えは万全とはいえません。たしかに住まいの火災保険でも、地震で起きた火災保険金額の五パーセント(三〇〇万円が限度です。)が臨時に生じる費用をまかなうものとして支払われます。でも地震や噴火などで起きた建物、家具の損害に備えるためには地震保険が必要です。」と記載するなどして、国民一般を啓発するPR活動をしていた(乙ロ九九の1ないし7)。
また、平成四年三月三〇日発行の被告東京海上編「損害保険実務講座第5巻火災保険」(有斐閣)では、地震火災費用保険金の導入の背景として、「火災保険では火災損害であっても地震や噴火に起因するものは免責とされているが、この点につき世間一般の理解度は必ずしも十分のものとはいえない事実」が挙げられると指摘していた(甲八四)。
(4) 地震発生後の地震免責条項を巡るトラブルの発生
平成五年には、釧路沖地震、能登半島沖地震、伊豆半島東方地震、本件地震と大きな地震が相次いだが(以下「本件地震等の地震災害」という。)、これらの地震発生の後に、火災保険契約者から、「火災保険では地震は免責で、地震火災費用保険金しか出ないとは知らなかった」、「地震保険について十分案内をしてもらっていない」といった声が多く出ていると被告東京海上自身が指摘しており、そのために、同被告は顧客に火災保険や地震保険の内容について十分理解を得ること等を目的として、新たに、一定の範囲の地震保険未加入の火災保険契約者に対して「地震保険おすすめハガキ」を送付することに決定していた(乙一五五)。また、同被告は、代理店に対して、「代理店ニュース、TOKIO倶楽部」を発行して、「今年は、一月の『釧路沖地震』に始まって、『能登半島沖地震』『伊豆半島東方地震』、そして七月の『北海道南西沖地震』と、大きな地震が相次ぎ」、「これらの地震では、」、「地震保険をきちんとおすすめしなかったため、火災保険しか付保していなかった契約者の方々から、『契約時に十分説明を聞いていなかった』等の苦情が寄せられたという事例も見受けられます。」、「火災保険契約時には、必ず地震保険をご案内し、普及率を向上させましょう。」との要請をしていた。
しかし、その後の平成七年に発生した阪神淡路大震災の発生後においても、火災保険契約者から、地震免責条項や地震保険について説明を受けておらず、これらの存在を知らなかったとする火災保険契約者と保険会社との間でトラブルが生じているのである(甲イ四一、弁論の全趣旨)。
(五) 以上の事実関係を総合すると、確かに、火災保険契約の普通保険約款には地震免責条項があること、地震損害を填補するためには別に地震保険に加入する必要があることについて、右(二)のとおり、保険会社各社は、火災保険契約者に文書を送付したり、日本損害保険協会によって右(三)に記載の程度のPR活動がなされ、被告ら保険会社が一応の努力していることが認められ、火災保険や地震保険に関する書籍も販売されており、国民の間に、右の知識がある程度は普及しているものと推認され、奥尻島においても、右(二)(4)のとおり、地震保険に加入する者が少なからずいたのである。
しかしながら、国民一般や火災保険契約者の間での火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に関する認識状況や地震保険の普及率は、右の(四)に記載の各資料が指摘しているような程度に止まっており、これらの状況によれば、少なくとも、本件地震が発生した平成五年当時において、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険について、国民一般の広い範囲において十分に知られていたとは到底いい難い状況にあり、地震火災による損害についても火災保険契約によって担保されると誤解する者も少なからずいたものと推認することができる。また、原告らが主張するような原告らの学歴、職業、年齢等を考慮すると、原告らは、その傾向がより高かったのではないかと推測することもあながち不合理ではないといえよう。
そして、このような状況において、現に、本件地震等の地震災害が発生した後に、右のとおり、保険金の支払に関してトラブルが発生しており、被告東京海上がさらなる対策を講じていたのである。
その後は、原告らによる本件訴訟の提起が報道機関によって報道されるなどして、地震免責条項及び地震保険について、国民の間に、さらに広く知れることになったことも推測されるのではあるが、平成七年の阪神淡路大震災でも同様のトラブルが生じている。
以上の状況からすれば、今後も同様のトラブルが生じ得ることを否定することはできず、懸念されるところである。
しかし、幸いにも、本件訴訟、及び、火災共済金の支払について本件と同様の争点を有していた当庁平成八年(ワ)第一号保険金請求事件の訴訟における和解協議の状況や、同事件における被告ら三組合が、当裁判所が定めた「被告らは、今後一層、火災共済契約における地震免責(除外)条項について、申込希望者に広く了知されるよう努める。」とのいわゆる努力条項を含む和解案を受諾して、平成一一年一二月一六日に被告ら二組合との間で、平成一二年三月一日に残る被告組合との間で、和解が成立し、全面的に解決したことが、さらに新聞、テレビの報道機関によって報じられたことによって、また、右の努力条項が現実に右の三組合により履行されることによって、火災共済契約における地震免責(除外)条項や、火災保険契約における地震免責条項の存在について、国民の間により了知され浸透することも十分に期待されよう。
被告ら保険会社は、当裁判所が、被告らが自認するように、被告ら保険会社が営む保険事業には国民生活を災害から守るという公共性があることも考慮して定めた右と同様の「被告らは、今後一層、火災保険における地震免責条項及び地震保険について、申込希望者に広く了知されるよう努めるとともに、火災保険契約の締結に当たり、申込者の地震保険の付帯加入の有無の意思確認を十分に行うよう努める。」との努力条項を含む和解案による和解勧告を頑なに拒否している(ただし、被告らの一部には裁判所の和解勧告について前向きの姿勢を示す保険会社もいた。)。しかし、被告ら保険会社が、その主張するように、地震免責条項及び地震保険の存在が既に公知性を獲得しているとの認識を現に有しているとすれば、それは明らかな誤認であり、少なくとも、今後一層の努力をすることが望まれることについては、被告らにおいても異論はないものと思われる。
以上によれば、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険が既に公知性を獲得しており、公知の事実ともいえる旨の被告らの主張は、到底採用することができず、むしろ、保険会社や日本損害保険協会によって、今後一層、努力されることが要請されているというべきである。
2 地震免責条項及び地震保険についての一般的な情報開示説明義務の存否の判断の在り方について
(一) 情報開示説明義務の一般論について
一般に、契約当事者の間において、その契約に関わる情報が、専門性が高いこと、高度なこと若しくは多量なこと又は契約内容が一方当事者(以下、本項において「事業者」という。)の定めた技術的、精緻な条項規定によらざるを得ないこと等の理由によって、事業者側に偏在し、他方の当事者(以下、本項において「消費者」という。)が当該情報を得ることは、事業者による提供がされない限り困難な状況にあり、私法上の根本原則たる私的自治や自己責任の原則(自らの意思の決定や責任に基づいてのみ法律関係が形成されること)を十分に全うすることができないと認められる場合には、当該情報の保有者である事業者は、消費者に対して、その情報を開示して、十分に説明して、十分な理解を得るべきことが要請される。
そして、右の要請について、(1)私法上、これを法的に義務付け、あるいは、法的な権利として付与する根拠規定やこれを補う慣習法があれば当然として、これらがない場合であっても、取締法規等の法的規制の有無、行政庁から事業者に対する指導の有無、業界内部における規制・申し合わせの有無といった、右の要請を直接的に、広い意味で義務付ける外部的、内部的な規律の有無とともに、(2)事業者の属性ないし保有情報の性質、特に、公共性の有無、専門性の有無、情報量の多さ、高度さ、他方、消費者層の属性、特に、社会的地位、事業家か一般消費者か、年齢、学歴、経験の有無、(3)契約当時者における当該情報の位置づけ、具体的には、①当該情報の内容、特に、その重要性の程度、必要性の程度、合理性の有無・程度、新規性の有無・程度、②当該情報の性質特に、消費者に対して損失や危険、危害を及ぼす可能性の有無・程度、消費者が当該情報を了知し又は予期することができる可能性の有無・程度、(4)事業者において、①消費者にとっての、当該情報の内容、特に、重要性、必要性、当該情報の性質、特に、損失や危険を被る可能性について、どのように把握しており、その提供の必要性をどの程度まで認識しているか、又は、認識することができるか、②消費者が当該情報を了知し又は予期することができる可能性の有無・程度について、どのように把握しており、その提供の必要性をどの程度まで認識しているか、又は、認識することができるか、そして、③一般的に、消費者がその情報を了知し得る機会を提供しているか否か、どのような手段、方法、程度により提供しているか、(5)右の要請を巡る社会状況、特に、①右の要請を法的に義務付ける立法検討の有無、状況、②右の要請について法的な義務を肯定する判例の有無、状況、③右の要請を求める国民の要望の有無、状況等の諸般の事情を総合して考慮した場合に、当該情報を保有する事業者が、消費者に対して、これを開示し、十分に説明して、十分な理解を得るべきことが、情報の保有者としての一般的な法的義務を構成し、その義務を懈怠した場合には損害賠償責任を負担すべきであると判断される場合があり、その根拠は信義則に求めることができる。
そして、この法的義務は、自己責任の原則を全うするために認められるものであるから、その義務の内容やその程度(書面によるか、口頭によるか、契約締結の事前であるか、事後で足りるか等)については、情報の提供を受ける通常の消費者、契約締結状況により、事業者が知り又は知り得べき場合には、当該具体的消費者の知識、経験の有無、程度に基づく理解力も考慮に入れ、したがってまた、当該契約締結が、新規の契約締結か、更改(更新)契約締結かも考慮して、具体的に決せられる。さらに、この自己責任の原則からすると、右の消費者側も、情報提供の機会を享有するために、通常なされるべき注意をすることが求められることがある。
判例上、保険会社に右の一般的な法的義務が肯定されている適例として、後記のとおり、ハイリスク・ハイリターンの保険である変額保険の取引が挙げられる。
(二) 主張・立証責任について
次に、この場合の主張・立証責任についてみると、右の一般的な法的義務の違反を理由として損害賠償請求をする原告側が、右義務の存在及びその内容を特定し、右義務の発生を基礎づけるに足りる事実について主張・立証責任を負うとともに、右義務の違反が、契約締結に当たり当事者に対して信義則上求められる契約法上の責任(一種の債務不履行)として構成される場合においても、不法行為法上の責任として構成される場合と同じく、原告側において、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任を負うと解される(国の国家公務員に対する安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求につき判示した最高裁判所第二小法廷判決昭和五六年二月一六日民集三五巻一号五六頁参照)。
3 そこで、以上の観点から、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について、保険会社側に損害賠償責任に直結するような一般的な法的義務として、火災保険締結時に、被告ら保険会社が契約申込者に対して、書面を交付した上で、口頭で十分に説明して、十分な理解を得るべき情報開示説明義務が肯定されるか否かについて、検討すると、右の2(一)に掲記の諸事情について、次の各事実が認められる。
(一) 募取法等による規制と大蔵省による通達等
(1) 募取法の規定
① 本件に関する規定内容
募取法は、一条で、「この法律は、生命保険募集人及び損害保険代理店の登録をなし、それらの者の行う募集を取り締まり、もって保険契約者の利益を保護し、あわせて保険事業の健全な発達に資することを目的とする。」と規定し、この法律が、保険契約者の利益の保護を目的としていることを明確に定めている。
そして、同法一六条一項は、保険契約の締結又は保険募集に関する禁止行為を定め、「損害保険会社の役員、使用人又は生命保険募集人若しくは損害保険代理店は、保険契約の締結又は保険募集に関して、次に掲げる行為をしてはならない。」として、その第一号で、「保険契約者又は被保険者に対して、不実のことを告げ、若しくは保険契約の契約条項の一部につき比較した事項を告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」と規定し、その違反に対しては、同法二二条一項四号により一年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処すると定め、同法二七条一項で、いわゆる両罰規定として、その事業主たる法人も同じ罰金刑を科されることとされる。また、同法一一条一項は、「所属保険会社は、生命保険募集人、損害保険会社の役員若しくは使用人又は損害保険代理店が募集につき保険契約者に加えた損害を賠償する責に任ずる。」と定め、同条二項二号、三号で、損害保険会社の使用人で募集を行うものについては、所属保険会社が当該使用人の雇用につき、損害保険代理店については、損害保険の委託をなすにつき、それぞれ、相当の注意をなし、且つ、これらの者の行う募集につき保険会社に加えた損害の防止に努めたときには、これを適用しない、と規定していた。同条は、民法七一五条によっては、保険会社と保険募集に従事する者との間における使用関係について明確でない場合があり、また、単に委任契約があるに過ぎない場合も多く、保険会社がそれらを理由に責任を回避することがないように、その責任を明確に定めて、保険契約者の保護をするために設けられたものである。なお、同条は、本来不法行為に基づき賠償責任として、民法七一五条の特則規定であると解されており、その要件として、当該募集に従事する者が不法行為責任を負うことが含まれる(青谷和夫監修「コンメンタール保険業法(下)」(千倉書房)五三八頁、鴻常夫監修「『保険募集の取締に関する法律』コンメンタール」(財団法人安田火災記念財団)一五一頁、後記の保険業法の同種規定につき、東京海上火災保険会社編「損害保険実務講座補巻保険業法」(有斐閣)二二九頁参照)。また、同条の立法趣旨として、保険会社の募集に従事する者に対する教育指導の責任を全うさせることも挙げられている(後記保険業法の規定につき、保険研究会編「逐条解説新保険業法」(財経詳報社)四八頁参照)。
② 募取法法一六条一項に規定の「重要な事項」の意義及び地震免責条項及び地震保険の情報の該当性
同法一六条一項規定の「重要な事項」とは、一般に保険契約者が保険契約の締結の際に合理的な判断をするために必要とする事項をいう、と解されており(前記「損害保険実務講座補巻保険業法」二四一頁)、保険種類により異なるが、保険料に関する事項、保険金に関する事項(削減支払、免責などを含む。)、告知義務に関する事項など保険契約上の権利義務に関する事項などが該当する、と解され(前記「コンメンタール保険業法(下)」五五八頁、乙ロ六二コメント参照)、さらに、募集関係者の側で知り得た範囲で保険契約者ごとにも異なり得るとも指摘されている(前記「『保険募集の取締に関する法律』コンメンタール」二二三頁)。なお、この規定で「告げる」とは、必ずしも口頭による場合に限らず、文書等をもって知らせる場合も含まれると解されている(前記「コンメンタール保険業法(下)」五五八頁)。
そこで、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険についての情報が右の「重要な事項」に該当するか否かについてみると、この地震免責条項によって、火災保険が地震火災による損害については担保しないことから、後記のとおり、新潟地震の後に、火災保険が地震災害には無力であることが強く批判されて、これを担保するための地震保険契約が創設されており、火災保険契約者が、保険の目的である自己所有の建物及び財貨という重要な財産について、地震火災による損害を担保する地震保険契約を締結するか、これを担保しない火災保険契約を締結するか否かは、重要な意思決定の事項であるといえる。特に、地震免責条項の免責事由は、原告らが主張するように制限的に解されるものではなく、地震と相当因果関係のある損害を広く免責するものであるから、地震国といわれる我が国の国民において、将来、その免責事由に該当する損害を被る可能性も無視できる程低いということはできず、万一の場合に備える保険制度の性質上、重要性が高いともいえよう。
そして、後記のとおり、地震保険契約は、火災保険契約締結時に地震保険に加入しない旨の意思を表示しない限り、火災保険契約に付帯されて締結されるという引受方式が採られており、地震保険契約単独での加入をすることはできない。
したがって、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険についての情報は、火災保険契約締結の申込者が、火災保険契約締結の際に、地震保険にも加入して地震火災による損害についても担保して自己の財産を守るか否かの意思決定をするのに不可欠かつ重要な情報であると認められるから、募取法が規定する「重要な事項」に該当すると解される。
③ 募取法違反の法的な評価
以上によれば、募取法は、取締法規であり、また、同法一一条一項の保険会社の損害賠償責任も、本来不法行為責任であって、同法違反の行為を直ちに同条同項の損害賠償責任に結びつけるものではないが、前記の同法が規定する各条項の趣旨は、保険契約者の利益の保護を図るとともに、保険会社の保険契約者に対する責任の所在を明確にし、これによって、保険事業における取引の安全を図ろうとするものであると解することができるものであり、特に、同法一六条一項の規定は、保険契約者の保護を直接の目的としていることは明らかであるから、私法上の法的義務の存否を判断する際に、重要な要素として、相当の比重を占めるべきことは、明らかであるというべきである。
(2) 大蔵省の通達
大蔵省銀行局は、損害保険会社に宛て、保険募集時における契約者に対する情報の提供に関し、①昭和五八年一月一七日付け蔵銀第四四号「損害保険会社が使用する募集図画の取扱いについて」(甲イ七七)と題する通達を発して、「契約者に対して正確適切な情報を提供するうえで募集文書図画の果たす役割は、より重要になってきているので、契約者に誤解を与えたり、本来提供すべき情報を提供しなかったために契約者の判断を誤らしめることのないよう厳に留意されたい。」と指導し、また、②保険会社の社長に対して、平成五年五月一七日付け蔵銀第七七七号「損害保険会社の業務運営について」(甲イ七六)と題する通達を発し、「募集に際しては契約者に商品内容等の説明を十分行う」、「代理店による契約者等に対する商品内容等の説明には、そごをきたすことのないよう指導の徹底を図るとともに、申込書募集関係書類の管理等の指導に万全を期するものとする」、「損害保険会社は、公共性の高い免許法人であり、その営業活動等に当たっては、社会的批判を招くことのないよう、各種法令等の遵守に特段の努力を払うものとする」としており、損害保険会社に対して、その保険募集に際して契約者に商品内容等の説明を十分行うこと、社会的な非難を招くことのないように法令等を遵守することを指導していた。
(3) 保険業法の改正と新たな通達
平成七年六月七日、保険業法が改正され公布された。
同法は、一条で、「この法律は、保険業の公共性に鑑み、保険業を行う者の業務の健全かつ適切な運営及び保険募集の公正を確保することにより、保険契約者等の保護を図り、もって、国民生活の安定及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする。」と規定し、同法が、募取法と同様に、保険契約者の保護を図ることをその目的として明確に定めている。
これに伴い、募取法は廃止されたが、旧募取法一六条一項の規定は、保険業法三〇〇条一項に継承された。なお、同法二条一二号は、「損害保険募集人」について、損害保険会社の役員若しくは使用人、損害保険代理店又はその役員若しくは使用人をいう、と定義している。
同項につき、本件に関する規定は次のとおりである。
「保険会社、保険会社の役員(生命保険募集人及び損害保険募集人である者を除く。)、生命保険募集人、損害保険募集人又は保険仲立人若しくはその役員若しくは使用人は、保険契約の締結又は保険募集に関して、次に掲げる行為をしてはならない。
一 保険契約者又は被保険者に対して、虚偽のことを告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為
六 保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者に対して、一の保険契約の契約内容につき他の保険契約の契約内容と比較した事項であって誤解させるおそれのあるものを告げ、又は表示する行為」
また、同法三一七条の二は、同法三〇〇条一項の規定に違反して同項一号から三号までに掲げる行為をした者に対し、一年以下の懲役若しくは一〇〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科すると定め、同法三二一条一項で、いわゆる両罰規定として、その事業主たる法人も同じ罰金刑を科されることとされている。また、同法二八三条一項、二項二号、三号は、保険会社について、募取法と同様の損害賠償責任を規定している。
右の規定の「表示する行為」とは、例えばマスメディアを利用する等の不特定多数を相手方とした行為をいうとされている(保険研究会編「コンメンタール保険業法」(財経詳報社)四七八頁)。
この保険業法の改正に伴い、右(2)の通達のうち②が廃止され(甲イ七五の2)、新たに次の通達及び事務連絡が発せられた。
① 「損害保険会社の業務運営について」(平成八年四月一日蔵銀第五二五号通達、甲イ七五の2)
この通達では、「募集活動の適正化」について、保険業法三〇〇条一項一号関係として、「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げる場合は、保険契約者等の保護の観点から、当該保険契約の種類及び性質等に応じて、例えば顧客の捺印を取り付ける等により顧客が当該重要な事項を了知した旨を十分確認するなど、適切に行うものとする。」(第2、2、(2))と指導し、「募集時における表示」について、「損害保険募集に際し保険契約の契約内容や予想配当等を表示すること(告げることを含む。以下同じ)は、保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者(以下第2において「保険契約者等」という。)が契約締結の可否判断を行うに当たっての重要な材料であり、保険契約者等の保険商品選択の利便に資するものである。したがって、損害保険会社は、これらの表示を行うに場合には、法三〇〇条一項各号に列記する事項に違反しないことは勿論、可能な限り客観的かつわかり易い表示を行って、保険契約者等に誤解を生じさせ、判断を誤らせることがないよう努めるものとする。なお、損害保険会社は、代理店に対しても、この趣旨を踏まえ適切な指導を行うものとする。」(第2、3)と指導している。また、「比較表示」について、「法第三〇〇条第一項第六号の規定に抵触するおそれのある行為とは、次に掲げるような比較表示を行うことをいう。」、「②保険契約の契約内容について正確な判断を行うに必要な事項の一部のみを表示すること。」(第2、3、(1))としている。
また、この通達の別紙1として、「損害保険会社運営のあり方」(甲イ七五の2)では、適正な募集体制の確立として、「募集に際しては契約者に対し商品内容等の説明を十分に……行うものとする。」と指導し、代理店の管理・指導の徹底として、「代理店による契約者等に対する商品内容等の説明には、そごをきたすことのないよう指導の徹底を図るとともに、申込書等募集関係書類の管理等の指導に万全を期するものとする。」と指導している。
② 「損害保険会社の業務経営に関する留意事項について」(平成八年四月一日事務連絡、甲イ七五の3)
この事務連絡は、右①の通達の具体的な取扱いについて定めたものであり、募集時における表示として、「表示には、次に掲げる方法により行われるものを含むものとする。①パンフレット、ご契約のしおり等募集のために使用される文書及び図面」とし、また、「比較表示」について、「基本通達別紙第2の3(1)②の『重要な事項』には次の事項を含むものとする。」、「②担保内容(保険金を支払う場合、主な免責事由等)」「⑧その他保険契約者等の保護の観点から重要と認められるもの」(第1、2、(2))としている。
被告らは、この事務連絡にいう「重要な事項」の例示は、保険業法三〇〇条一項六号に関するものとして挙げられたものであり、同項一号に関してではない旨主張しており、右のとおり、この指摘は正しいが、例えば、火災保険と地震保険とを比較して説明するに当たり、両者の担保内容(保険金を支払う場合、主な免責事由)について大きな違いをなす「火災保険は地震火災による損害を担保しないこと」(地震免責条項)をことさら告げずに、火災保険は火災による損害に対して保険金を支払うものであり、地震保険は、地震による損害に対して保険金を支払うものであると告げる場合は、契約者は、火災保険も地震火災による損害について保険金が支払われると誤解するおそれがあるから、これに当たると解されるのであり、同号も、本件において考慮に入れるべき規定である(ただし、同号違反の場合は、同項一号違反の場合と異なり、罰則の定めがないことから、類型的には、違法性の程度が異なるとみる余地もある。)。また、大蔵省が保険会社に対して、保険契約の契約内容について正確な判断を行うために必要な「重要な情報」の例示として、担保内容(保険金を支払う場合、主な免責事由)を挙げて指導していたこと自体が重要であるといえよう。
③ 「保険仲立人の業務運営について」(平成八年四月一日蔵銀第五九四号通達、甲イ七五の4)
この通達は、保険業法の施行に伴い、保険仲立人の業務運営について定めたものであり、「適正な募集活動」について、保険募集に係る禁止行為として、同法三〇〇条一項一号関係につき、右①と同様に定めており、また、保険の募集時の表示についても、右①と同様に定めている。
また、この通達に記載の指導内容について具体的な取扱いを定め、事務連絡「保険仲立人の業務経営に関する留意事項について」(平成八年四月一日、甲イ七五の5)を発しており、ここでも、保険の募集時における表示として、右②と同様に定めている。
(4) このように、大蔵省は、保険会社に対して、募取法規定の重要事項に関して、本件地震前から指導していたのであるが、平成七年六月の保険業法の改正からは、より具体的な指導をしており、保険仲立人についても同様の指導をしている。
(二) 保険業界内部における情報提供の規律について
(1) 保険会社は、大蔵省から、右(一)のとおり、代理店による契約者等に対する商品内容等の説明には、齟齬をきたすことのないよう指導の徹底を図るように行政指導されているところ、日本損害保険協会作成にかかる「平成九年代理店教育テキスト(特級資格用)」(甲九〇)は、契約締結前の十分な説明の必要性を強調しており、判例における意思推定に触れた上で、「契約者は、『約款の知、不知に関わらずその規定に拘束される。』とする以上、その内容は契約者にとってきわめて重要である。よって、『知、不知に関わらず拘束される。』ことをもって、代理店は、契約者に対する契約内容の説明を軽んじてよいという結論には決してならない。むしろ逆であって、契約者の利益を守るために、約款の内容を契約締結以前に十分説明しておく必要がある。そうしないと、代理店の信用を損なうばかりでなく、事故が生じた際、契約者とのトラブルの生じる原因ともなりかねない。主に家計保険の分野で、契約に際して申込書記載前に必ず契約者に『契約のしおり』を手渡し、契約者が保険の内容について十分理解して上で契約するようになっているのは、このためである。」と記載し、また、「契約者の傾向として、……この保険では『どのような場合に保険金が支払われるのか。』……についての情報の提供を求めている。」と指摘し、現代のセールスの要点として、「契約者の選択に即した情報の提供」との項目を挙げて、「契約者の信頼できる必要かつ十分な情報を提供する。」ことを記載している。
(2) また、日本損害保険協会作成の「ブローカー研修テキスト」第1分冊、第2分冊(甲イ五八、五九)には、保険募集に際し、保険契約内容を告げ表示することは、保険契約者が契約締結の可否判断を行うに当たっての重要な材料であり、保険商品選択の利便に資するものであり、したがって、可能な限り客観的かつ分かり易い表示を行って、保険契約者に誤解を生じさせ、判断を誤らせることがないよう努めるものとする、と記載し、また、保険商品の内容を顧客が理解できるよう十分説明する必要があり、重要な担保条項、免責条項および特約条項を顧客が完全に理解しているかどうか確認するとしている。また、保険仲立人が、顧客に対して保険商品情報を提供する場合の項目例として、「主な免責事由」を挙げている。
そして、火災保険契約締結時には必ず地震保険の説明を行うこととされ、「該当する契約者すべてに『地震保険のご案内』などを渡して、地震保険の内容を十分説明して付帯を勧める。」、「地震保険の対象となる契約については、地震保険を契約するとしないとにかかわらず、最小限次の項目について説明する。(1)火災保険だけでは、地震による火災損害は地震火災費用保険金を除き担保されないこと。(2)地震保険の内容」と記載している。
(3) このように、保険業界の内部においても、前記の大蔵省の指導を受けて、保険代理店や保険仲立人に対する指導、教育がなされている。
(三) 地震保険との関係、特に地震保険意思確認欄の制度の趣旨について(甲九七、弁論の全趣旨)
(1) 地震保険の創設と引受方式の変遷について
① 地震保険は、大正一二年九月一日発生の関東大震災を契機として、政府によって地震保険の研究がなされて以降、大規模地震の発生の後に検討され、法案が提出されるなどしていたが、戦時中の特別措置として地震保検が実施されたのを除き、法制化されることはなく、普遍的な地震保険は実現をみることはなかった。
昭和三七年一一月に開催された保険審議会において、地震保険制度の創設問題が取り上げられ、損害保険協会においても、これを受けて地震保険専門委員会を設置して、昭和三九年四月に中間報告を出していた。
このような状況において、昭和三九年六月一六日に新潟地震(死者二六人、家屋全壊一九六〇戸、半壊六六四〇戸、浸水一万五二九八戸)が発生し、改めて火災保険が地震災害に無力であることについて、当時の蔵相が地震保険の国営を強力に主張するに及ぶなど強く批判され、損害保険業界は、私営保険事業の地位を保全するため、大蔵省と交渉を重ねて(乙ロ七七、二七四頁、乙ロ八四、一九頁)、保険審議会、大蔵当局、損害保険業界が、地震保険の実現を目指して具体的な検討に入ることになり、昭和四一年五月三〇日に日本地震再保険株式会社が設立され、六月一日までに関連法令の公布施行及び日本で営業されている損害保険会社の営業許可等を経て、同日、地震保険が実施されたものである。なお、地震保険契約の引受方式については後述のとおり変遷があるが、この引受方式は、法律によって定められたものではなく、各保険会社が主務大臣に保険事業の免許を得るために提出する書類である「事業方法書」に根拠を有している。
② 発足当時、地震保険は、住宅総合保険及び店舗総合保険に付帯するものとされていた。これは、昭和四一年五月に損害保険各社が大蔵大臣に提出し、許可を受けた「火災保険事業の事業方法書、普通保険約款および保険料および責任準備金算出方法書中一部変更申請書」中の「当会社は、地震保険の元受保険を、法第二条の規定に従い、住宅総合保険または店舗総合保険に自動的に付帯して引き受ける。」との規定に根拠を有するもので、「自動付帯方式」と呼ばれる。(乙一二〇)
③ その後、昭和四七年五月一日の地震保険法改正(第一次改定)を受けて、同月に損害保険各社が大蔵大臣に提出し、認可を受けた「火災保険事業の事業方法書、普通保険約款および保険料および責任準備金算出方法書中一部変更申請書」では、「当会社は、地震保険の元受保険を、法第二条第三号の規定に従い、住宅総合保険、店舗総合保険または長期総合保険に自動的に付帯して引き受ける。ただし、長期総合保険について保険契約者に特別の事情のある場合にはこの限りでない。」との引受方法を変更した。(乙一二一の1、2)
これは、②の引受方式に加え、新たに長期総合保険についても「特別の事情ある場合」を除き地震保険が付帯する旨を定めたもので、この付帯方式は、地震保険を住宅総合保険及び店舗総合保険に自動付帯して引き受ける規定に根拠を有しているものであり、後二者が「自動付帯方式」と呼ばれるのに対比して、「原則自動付帯」方式と呼ばれる。
このように、長期総合保険にも地震保険が付帯できるように追加されたのは、積立型火災保険の急速な普及により、長期性保険の契約者からも地震保険を望む声が出てきたことに応えたものである。
④ その後、昭和五〇年四月一日の地震保険法改正(第二次改定)を受けて、同年三月に損害保険各社が大蔵大臣に提出し、認可を受けた「火災保険事業の事業方法書、普通保険約款および保険料および責任準備金算出方法書中一部変更申請書」では、「当会社は、地震保険の元受保険を、法第二条第二項第三号の規定に従い、次の各号のとおり引き受ける。(1)地震保険を付帯する保険が住宅総合保険、店舗総合保険または長期総合保険である場合は、自動的に付帯して引き受ける。ただし、長期総合保険について保険契約者に特別の事情のある場合にはこの限りでない。(2)地震保険を付帯する保険が普通火災保険(住宅火災保険普通保険約款を含む。以下同じ。)または団地保険である場合は、任意に付帯して引き受ける。」と引受方法を変更した。(乙一二二の1、2)
これは、③の引受方式に加え、新たに、普通火災保険、住宅火災保険、月掛火災保険、団地火災保険、月掛団地保険、火災相互保険、満期戻長期保険についても、「任意に」地震保険を付帯できるようにしたものである。この引受方式は、「任意付帯」と呼ばれている。
このように、地震保険に引受方式は、火災保険の種類に応じて、「自動付帯」、「原則自動付帯」、「任意付帯」の三つの引受方式がとられ、全ての家計保険に地震保険を付保することができるようになった。
しかし、原則自動付帯方式および任意付帯方式にかかる火災保険においては地震保険の付帯率が低く、普及率の伸張が見られなかった。
(2) 地震保険意思確認欄の制度の創設とその趣旨
① 昭和五二年七月一日、原則自動付帯方式および任意付帯方式にかかる火災保険について、契約者の意思をより明確に確認することによって地震保険の契約漏れを防止する一方、災害時の保険金支払に当たって地震保険付帯の有無に関するトラブル発生を未然に防止するために、申込書に、「地震保険は申し込みません」との記載と「地震保険ご確認欄」との記載がある契約申込者作成名義の捺印欄として、地震保険意思確認欄を設け(その付近に「ご注意」として、地震保険を希望されない場合は、「地震保険ご確認欄」に押印してください旨の記載もある。)、地震保険の付帯を希望しない契約者にはその意思を明らかにするために同欄に押印してもらうよう、申込書の書式を改定した。
すなわち、保険会社においても、火災保険契約者において、地震による火災損害は、火災保険契約により填補されると誤解されることがかなりあることと相まって地震保険契約の普及率は必ずしも十分なものではなく、地震発生の際には地震保険付帯の有無に関するトラブルの発生さえ憂慮される状況にあると認識しており、そのために、保険業界あげて、「1居住用の建物及び家財を目的とする普通火災保険、住宅火災保険、団地保険契約(各月掛を含む)については、地震保険契約を原則的に自動付帯することとし、契約に際しては、別途「地震保険のご案内」を交付の上、内容について十分説明を行う。2その際、地震保険を申込まない契約者には、保険契約申込書中「地震保険ご確認欄」に押印を求める。」という取扱いの制度を実施することにしたものであり、同年六月、その旨を代理店に宛てて通知して協力を要請している(損害保険各社、日本損害保険協会の昭和五二年六月付け「地震保険の取扱いに関するお願い」との書面。乙一三〇)。
このように、火災保険契約申込書の書式として、新たに地震保険意思確認欄を設けることと、契約の際に地震免責条項及び地震保険とを明確に記載した「地震保険のご案内」と題する書面を交付した上で、十分な説明をすることとは、制度上、一体のものとして、保険業界によって創設されたものである(以下、この制度を「地震保険意思確認欄の制度」という。)。
また、日本損害保険協会は、同年九月一四日に、社員会社に宛てて、「地震保険の取扱いについて」との文書(乙一三三)を発しているが、その中で、「東海地区における地震発生予想等が契機となり大蔵省当局においても地震保険の普及向上および地震発生時におけるトラブル策等について特に深い関心を持たれ、これらの対策につき万全を期するよう要請があり、関係委員会としてもその対策につき昨年末以降種々検討いたしました結果、普通火災等に地震保険を付帯する現行制度をさる七月一日より実施し」ているところ、「申し上げるまでもなく、現行制度実施の目的は、地震保険の正しい理解を図り、より一層の普及率向上により地震等による被災者の生活安定に寄与することであり、その方法として、契約募集時には地震による火災損害は火災保険だけではてん補されないことおよび地震保険の概要等を記載した「地震保険のご案内」を契約者に渡し説明したうえ、居住用の建物および家財を目的とする普通火災保険、住宅火災保険、団地保険契約、満期返戻金つきの長期火災保険契約には建前として地震保険を同時付帯することにしております。しかし、当然のことながら、契約時に地震保険の説明をし十分な理解を得たうえで「地震保険を申し込まない」旨の申し出があった場合は、地震発生時のトラブル防止の観点から地震保険確認欄の制度が、地震発生後のトラブル防止策として、主務官庁である大蔵省の強い要請によって創設された経緯を明記し、かつ、これが、火災保険契約締結時に、書面を交付した上で、地震保険の説明をし、十分な理解を得て、地震保険の正しい理解を図り、一層の普及率向上を図るためのものであることを明らかにしている。
被告東京海上が代理店向けに発行した「代理店ニュース」でも、前記のとおり、地震保険の普及率が低い一方で、地震保険を付帯していない契約者の中には、地震による火災も火災保険で担保されると理解している方がかなりいることを指摘した上で、「こうした実情を考慮して、地震保険の普及を促進するとともに、大地震発生時の契約者とのトラブルを防止するため、昭和五二年七月一日から、居住用の建物および家財を目的とする普通火災、住宅火災、団地、長期総合保険契約には原則として地震保険契約を付帯して引き受けることとし、また、火災保険申込書が改訂され、地震保険意思確認欄の新設をすることを記載し、さらに、火災保険だけでは地震による火災損害は支払われないことを冒頭に明記した「地震保険のご案内」を作成するので、「居住用建物および家財の火災保険を引き受ける際には、かならず契約者に渡してその内容を十分説明してください。特に、地震保険をつけない場合には、地震による倒壊等の損害だけでなく『地震による火災損害(地震による延焼損害を含む)』についても保険金が支払われない点を説明してください。」と指導している(乙一三八)
② 右①に記載の各事実に、前記(一)(1)募取法の規定及び同(2)の大蔵省の通達の内容を総合すれば、地震保険意思確認欄の制度の創設の趣旨は、地震発生時の保険金の支払に関する契約者とのトラブル、特に、火災保険契約者が、火災保険に加入していれば地震火災にも保険金が出ると誤解していることがかなりあることから生じる地震保険付帯の有無に関するトラブルの発生を未然に防止するために、火災保険契約の締結時に契約申込者に対して、地震保険に加入するか否かの意思確認を十分にして、その保険商品を選択する意思決定の機会を十分に与え、加入しない場合の意思をより明確にすることにあり、その前提として、契約締結時に、保険会社ないしその指導を受けた代理店が、契約申込者に対して、火災保険における地震免責条項の存在と地震保険の存在、特に地震火災による損害について火災保険金が支払われないことを明確に記載した書面を必ず交付して、十分に説明して、火災保険と地震保険のそれぞれの商品内容について、地震火災による損害の担保の有無について比較して告げて、その十分な理解を得て、火災保険契約と付帯してのみ締結することができる地震保険商品の選択の意思決定を得ることとする制度として設けられたことが明らかである。地震保険は、火災保険契約と付帯してのみ締結することができるのであるから、この制度は、火災保険契約申込者の地震保険選択の意思決定権、ないし、自己決定権の行使の機会を制度的に保障するためのものであると評価することができる。
被告らは、地震保険意思確認欄の制度が地震保険の普及を図るための政策的手段、ないし、サービス業務として要請されているに過ぎない旨主張しているが、被告らを社員会社とする日本損害保険協会及び被告東京海上自身が作成した前記の文書及び後記(3)②の文書の記載にも反しているし、もし、被告ら保険会社において、そのような理解であるとすれば、前記の大蔵省の指導やトラブル発生を防ぐ対策を強く要請した趣旨を正解しないものであり、到底採用することができない。
(3) その後の地震保険の引受方式の改正とその際の保険会社の対応
① その後、昭和五三年六月一二日に発生した宮城県沖地震(死者二八名、負傷者一三二五名、住宅全壊一一八三戸、半壊五五七四戸等)の際、かかる大災害が発生したにも関わらず地震保険による支払保険金は二億六〇〇〇万円にとどまったことから、農協の建物更生共済の担保条件との比較において地震保険に対する社会的批判が強まった。
そこで、昭和五五年七月一日、地震保険金額を主保険契約の三〇ないし五〇パーセントの範囲で任意選択できる(従来は三〇パーセントとなっていた。)、引受限度額を引き上げる、半損も填補する(従来は全損のみを担保していた。)などを内容とする地震保険法の改正(第四次改定)がなされた。
なお、右改正のための衆参両院の大蔵委員会では、地震保険の引受方式についても議論がなされ、政府委員の側から、概ね、「これまで自動付帯、原則自動付帯、任意付帯の三方式をとっていた。地震保険の普及のために、地震保険制度発足時は自動付帯方式を採っていたが、あくまでも契約者の任意性を尊重しなければならない。他方、任意付帯方式だと契約者に普及を図ることが難しく、地震保険の存在を知らなかったとの苦情が出てくるおそれがある。そこで、両者の中間的なものとして、今後は原則自動付帯方式に統一する。」旨の説明がなされていた(甲九九ないし一〇一)。そして、同年五月九日及び一三日に、衆参両院の大蔵委員会において附帯決議が採択されたが、そこでは、政府に対し、保険料率の軽減と付保金額の更なる引き上げに努めるよう求めるとともに、「地震保険への加入並びにその付保割合及び付保金額については、契約者の意向を十分に尊重し、仮にも強引にわたることのないよう行政指導に万全を期すること。」(衆議院大蔵委員会の附帯決議。参議院のそれもほぼ同内容である。)との要望がなされていた(乙一二五)。
右法改正並びに右大蔵委員会での審議経過及び附帯決議を受けて、同年六月に損害保険各社が大蔵大臣に提出し、認可を受けた「火災保険事業の事業方法書、普通保険約款および保険料および責任準備金算出方法書中一部変更申請書」では、「当会社は、地震保険の元受保険を、法第二条第二項第三号の規定に従い、普通火災保険(住宅火災保険を含む。以下同じ。)、住宅総合保険、店舗総合保険、長期総合保険または団地保険に付帯して引き受ける。ただし、保険契約者からこの契約を付帯しない旨の申し出があった場合はこの限りではない。」と引受方法を変更した(乙一二三)
この引受方式は、右政府委員説明では「原則自動付帯方式」として説明されていたものであるが、従来の原則自動付帯方式と比べると、「自動的に」の文言が削除され、他方、契約者が「特別の事情ある場合」でなくても地震保険を付帯しない旨の申出があった場合には地震保険は付帯しないものと修正を加えられている。そこで、この引受方式は、従来の原則自動付帯方式と区別する趣旨で、「原則付帯方式」と呼ばれている。
地震保険は、この昭和五五年七月一日の改正以降は、このような原則付帯方式で引受がされているものである。
なお、地震保険とは別に、火災保険において、昭和五九年に、火災保険約款を改正して、従来約款では免責としていた地震火災による損害について、住宅物件及び一般物件に限定して、火災損害によって臨時に生ずる費用を「地震火災費用保険金」として保険金額の五パーセントを支払うこととしている(甲八四、八五)。
② 右の昭和五五年の引受方式の改正の際にも、被告東京海上が代理店向けに発行した「代理店ニュース」(昭和五四年一二月号)では、「宮城県沖地震では、契約者に対する説明が不足していたことが厳しく批判されました。改正案は契約者の選択に任される事項が多くなることから、業界をあげてその周知に全力を尽くすことが必要です。特に全損、半損の内容については、契約時に十分な理解を得るよう文書に基づいて説明を行うことが、答申で要求されています。」と記載され、同被告は、代理店に対して、契約者に対する保険商品内容の説明が重要であることを指導した(乙一三九)。
また、同被告は、同じく「代理店ニュース」(昭和五五年七月号)に、「今回の改定で採用された原則付帯方式とは、地震保険の対象となる契約については原則として地震保険を付帯していただくということで、該当するすべての契約者にリーフレットをお渡しして必ず説明を行い、付帯をお勧めするということが重要です。つまり、原則付帯は完全な任意付帯と違って『契約者に地震保険の内容を充分説明し、付帯するか否かの意思決定に必要な情報を的確に提供する』ということになります。」(『』は、当該箇所が太字で印刷されていることを意味する。)、また、「火災保険契約者に対する地震保険の説明について」として、「火災保険の契約者に対しては、地震保険の契約をするとしないとにかかわらず、最低限次の点を説明して下さい。(1)火災保険だけでは地震による火災損害は担保されないこと。(2)地震保険の説明」と記載し、「原則付帯方式の意味を正しくご理解のうえ火災保険契約者に的確に説明していただくよう、重ねてお願い申し上げます。」として、代理店を指導しており、前記(2)②の地震保険意思確認欄の制度の創設の趣旨を、再度強調している(乙一四〇)。
しかしながら、前記のとおり、その後も、地震免責条項及び地震保険についての国民の認識はまだ十分ではなく、未だに公知の事実になっておらず、平成五年に発生した本件地震等の地震災害の後に、火災契約申込者から、地震火災による損害について免責であることを知らなかった、地震保険について十分案内をしてもらっていないとの声が多く出ており、被告東京海上は、新たに、一定の範囲の地震保険未加入の火災保険契約者に対して「地震保険おすすめハガキ」を送付することに決定し、代理店に対して、本件地震等の地震災害では、地震保険をきちんと勧めなかったため、火災保険しか付保していなかった契約者の方々から、契約時に十分説明を聞いていなかった等の苦情が寄せられたという事例も見受けられるので、火災保険契約時には、必ず地震保険を案内するよう要請していたのである。
しかし、その後も、平成七年の阪神淡路大震災の発生時に、本件と同様の紛争が生じている。
そして、保険契約申込書の中には、注意書きとして、「別にお渡しする『ご契約のしおり』の内容をよくご覧のうえ、ご契約くださるようお願いいたします。」旨の記載がある書式(例えば、乙ロ一〇の4)があり、これは、契約時に「ご契約のしおり」が交付されることが前提となっているが、保険代理店に対するヒアリングの結果によると、現実には、これがほとんど実行されていないようであるとの指摘もされる状況である(北河隆之「地震免責約款の効力」裁判実務大系第二六巻(青林書院、平成八年一一月二五日発行、二〇九頁、乙ロ四七))。
(四) 地震免責条項及び地震保険の情報の性質について
(1) 情報の重要性の程度
火災保険契約における地震免責条項及び地震保険についての情報の重要性の程度についてみると、前判示のとおり、この情報は、火災保険契約締結の申込者が、火災保険契約締結の際に、地震保険にも加入して地震火災による損害についても担保して自己の財産を守るか否かの意思決定をするのに不可欠な情報であると認められ、募取法に定める「重要な事項」にも該当する要性の高い情報であるというべきでる。
(2) 情報の新規性、合理性の有無、程度等
他方、前記のとおり、わが国では、明治二一年に火災保険制度が発足し以来、民間の火災保険において地震損害を保険事故と扱ってきたことは一度もなく、どの保険会社の火災保険の普通保険約款にも地震免責条項が定められている。また、地震保険は、前記のとおり、昭和四一年の創設以来、改正を繰り返されながら、運用されている。
このように、本件各火災保険契約の締結時には、地震免責条項はいうに及ばず、地震保険についての情報にも、新規性はない状況にあった。
また、火災保険契約における地震免責条項には十分な合理性が肯定され、また、保険会社がこれによって利益を得たり、火災保険契約者がこれによって不当な損失を被ることがないことは、前記のとおりである。また、地震免責条項を含む普通保険約款は、主務大臣の許可を受けて作成されており、内容を審査されて規制されている。
(五) 地震免責条項及び地震保険の情報について契約締結者の認識状況及びこれに対する保険会社の把握の状況
地震免責条項及び地震保険についての公知性の有無に関して判示したとおり、昭和五二年七月一日の地震保険意思確認欄の制度を創設した時点で、保険会社においても、火災保険契約者において、地震による火災損害は、火災保険契約により填補されると誤解されていることもかなりあり、地震発生の際には地震保険付帯の有無に基づくトラブルの発生さえ憂慮される状況にあると認識しており、また、報道機関によっても、地震による火災には、火災保険金が出ないということがよく知られていない、地震保険制度はまだまだ国民の間に知られていないのが現状だ、と指摘されていた。
そして、その後においても、これらのことは基本的には異なることがなく、地震免責条項及び地震保険が公知性を取得しておらず、このために、日本損害保険協会においても、そのPR活動を継続し、国民を啓発していたことは、前判示のとおりである。
そして、平成五年の本件地震等の地震災害の発生後に、火災保険契約者から、「火災保険では地震は免責で、地震火災費用保険金しか出ないとは知らなかった」、「地震保険について十分案内をしてもらっていない」といった声が多く出ていたことから、被告東京海上は、顧客に火災保険や地震保険の内容について十分理解を得ること等を目的として、新たに、一定の範囲の地震保険未加入の火災保険契約者に対して「地震保険おすすめハガキ」を送付することに決定し、また、代理店に対して、平成五年に発生した本件地震等の地震災害において、「地震保険をきちんとおすすめしなかったため、火災保険しか付保していなかった契約者の方々から、『契約時に十分説明を聞いていなかった』等の苦情が寄せられたという事例も見受けられます。」、として、火災保険契約時には、必ず地震保険を案内する要請をしていたのである。
(六) 保険会社による地震免責条項及び地震保険に関する一般的な情報の提供の程度
(1) 前判示のとおり、保険会社は、昭和五二年七月一日以降、火災保険契約締結の際に、契約者申込者に対して、地震免責条項及び地震保険について記載した書面を必ず交付した上で、十分な説明をして、地震保険について十分な理解を得るための地震保険意思確認欄の制度を創設して、契約申込書(更改契約申込書を含む。以下同じ。)、の書式を改定して採用し、また、地震免責条項及び地震保険について記載のあるリーフレットやパンフレット類(乙イ五二ないし五四、五八、七八、七九、乙八三ないし八六、乙ロ九〇の1、2、九一)を作成して用意して、火災保険契約申込者に対する説明の際に使用したり、その利便に供しており、代理店に対して、右の説明を行うように指導していた。
(2) 被告ら保険会社を含む損害保険各社を社員会社とする日本損害保険協会は、前記1(三)に対して認定の程度のPR活動をしていた。
(3) 被告ら保険会社は、本件地震発生時までに、火災保険契約の新規契約締結時並びに更改契約締結及び契約継続手続等に際して、一般に、火災保険契約者に対し、以下のとおり書面を交付していた(右書面中、普通保険約款として、特に契約者に留意される工夫が施されずに、地震免責条項が他の多くの条項とともに小さい文字で列記されているものは、地震免責条項が約款中に記載されていることは当然であるので、その記載があることの判示を省略する。また、昭和五二年七月一日以降、火災保険契約申込書には地震保険意思確認欄が設けられており、申込書にその記載がされていることの判示も省略する。なお、被告興亜火災を除く被告らが、申込書控の例として提出した書証には、被告三井海上を除き、地震保険意思確認欄の記載がある。)。
(4) 被告安田火災
① 一般火災保険
ア 新規契約時
A 契約申込者が申込書を作成すると、担当者は、申込書綴りの中の申込書控を申込者に交付する。申込書控は、申込書と概ね同内容の記載があり、これを見ると、自分が地震保険に加入したか否かが理解できる。
申込時に保険料を支払った場合はその場で領収証が交付され、保険料を口座引落しの方法で支払った場合は後日領収証が送付される。(弁論の全趣旨)
B 火災保険契約成立後、契約者の元には、保険証券(質権を設定している場合には、写し。乙イ八〇の2)、約款(乙イ一又は乙イ二)、課税所得控除証明書(乙イ八〇の2)送付される(乙イ八〇の1、2、乙イ八二)。
保険証券(写し)には、小さい文字で、地震による火災損害について保険金が支払われないことが記載されている。
更に、保険証券(写し)、課税所得控除証明書には、「保険期間」として「基本」欄と「地震」欄が設けられ、地震保険に加入していない場合には「地震」欄に「***」と記載されて、自分が地震保険に加入していないことが分かる仕組みになっている(「地震」欄の「***」の意味は、保険証券(写し)に説明が書いてある。)。
イ 契約更改手続時
A 満期近くなると、満期通知が送付される(争いがない)。
B その余は、アと全く同一の手続がとられ、同一の書類が申込者に送付される(弁論の全趣旨)。
② 特約火災保険
ア 契約締結時
A 住宅金融公庫融資申込者は、財団法人住宅金融普及協会の発行する申込書付きの小冊子(「個人住宅の申込みから入居まで」「個人住宅建設資金融資申込案内」等、時期によって名称が異なる。以下「公庫融資の手引き」という。乙一六四の1、2、乙一六五の1ないし5)を有償で購入する(弁論の全趣旨)。
右小冊子には、少なくとも昭和五四年度分以降については、地震免責条項及び地震保険の解説が記載されている。
B 契約申込者が申込書(乙一一八の1ないし3)を作成して申し込むと、後日、申込書と概ね同内容の記載がある申込書控(昭和五九年六月以降は乙イ五六)、領収証(昭和五一年七月以降は乙イ五五、昭和五九年六月以降は乙イ五六)、課税所得控除証明書(昭和五九年六月以降は乙イ五六)が、申込者に送付される(乙イ八一、弁論の全趣旨)。
申込書控(乙イ五六は、領収証を兼ねる。)は、申込書と概ね同内容の記載があり、これを見ると、自分が地震保険に加入したか否かが理解できる他、赤字で、地震保険金額、地震保険料欄に金額の記載がない場合は地震保険を引き受けていないこと、この場合、地震による火災損害について保険金が支払われないことが記載されている。
また、領収証も課税所得控除証明書も、「保険期間」等には「火災」欄と「地震」欄が設けられ、火災保険の他に地震保険という制度があることが分かる仕組みになっている。
C 火災保険契約成立後、契約者の元には、約款(昭和五九年六月以降は乙イ五七)が送付される。
昭和六一年四月以降は、「ご契約のしおり」(乙イ五八)も同封される。「ご契約のしおり」には、特約火災保険だけでは、地震による火災損害について保険金が支払われないことが記載されている。
また、同年以降は、成立した契約内容を簡単に記載した「ご契約カード」(乙イ五九)も同封される。「ご契約カード」には、「保険期間」として「火災」欄と「地震」欄が設けられ、地震保険に加入していない場合には「地震」欄に「***」と記載されて、自分が地震保険に加入していないことが分かる仕組みになっている。そして、比較的小さい文字で、「地震」欄に「***」がある場合は、地震保険契約は引き受けていないこと、この場合、地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金が支払われない旨記載されている。(乙イ八一)
イ 継続手続等(乙イ八一、弁論の全趣旨)
A 特約火災保険は、公庫融資を受ける条件として、公庫への返済が完了するまでの全期間契約を継続しなければならない。特約火災保険も、保険期間は三年、五年等と一般に長期に及んでいるが、保険期間が満了してもなお公庫への返済が完了していない場合には、更に特約火災保険を継続する必要がある。
このような特殊性から、特約火災保険の更新手続は一般に継続手続と呼ばれており、その際、新たに契約申込書を作成することはなく、後記のように、保険料を店頭払込み又は口座引き落としで支払う方法によって行われる。当然、継続手続時に地震保険意思確認欄に押印するという手続は設けられていない。(乙一六四の1、弁論の全趣旨)。
B 保険料の支払を店頭払込みで行う旨届け出ている場合には、「火災保険・地震保険保険料お払込手続きのご案内」(昭和六三年六月以降は乙イ六〇、平成三年六月以降は乙イ六一)、領収証及び課税所得控除証明書(平成元年一月以降は乙イ六二)、約款又はその要旨(昭和五二年一月以降は乙イ五二「火災保険ご契約のしおり」、昭和五五年九月以降は乙イ六五「火災保険(特約火災保険)のご案内」、平成三年四月以降は乙イ六六「火災保険(特約火災保険)のしおり(継続契約用)」)が送付される。乙イ五二には、地震によって損害が生じた場合は保険金が支払われないことが、乙イ六五、乙イ六六には、地震による火災損害について保険金が支払われないことが太字で記載されている。
「火災保険・地震保険保険料お払込手続きのご案内」には、乙イ六〇では、「地震保険のご案内」と題する一面の説明書きがあり、冒頭に、地震による火災損害について保険金が支払われないことが太字で、乙イ六一では、地震が原因での災害の時には保険金が支払われないことが太字で記載されている。領収証及び課税所得控除証明書は、「保険金額」等が「火災」欄と「地震」欄に分かれ、地震保険に加入していない場合には領収証の「地震保険金額」欄に「***」と記載されて、小さな文字で、ご注意として、「地震保険金額」欄に「***」がある場合は、地震保険契約は引き受けていないこと、この場合、地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金が支払われない旨の説明も記載されている。
C 保険料の支払を口座引き落としで行う旨届け出ている場合には、「火災保険・地震保険保険料引落しのご案内」(昭和六二年八月以降は乙イ六三)、領収証及び課税所得控除証明書(昭和五八年四月以降は乙イ六四)、約款又はその要旨(昭和五二年一月以降は乙イ五二「火災保険ご契約のしおり」、昭和五五年九月以降は乙イ六五「火災保険(特約火災保険)のご案内」、平成三年四月以降は乙イ六六「火災保険(特約火災保険)のしおり(継続契約用)」)が送付される。
「火災保険・地震保険保険料引落しのご案内」には、前記と同様に、地震による火災損害について保険金が支払われないことが太字で記載されている。領収証及び課税所得控除証明書は、「保険金額」等が「火災」欄と「地震」欄に分かれ、自分が地震保険に加入しているか否かが分かる仕組みになっており、地震保険に加入していない場合には領収証の「地震保険金額」欄に「***」と記載されて、比較的小さい文字で、ご注意として、「地震保険金額」欄に「***」がある場合は、地震保険契約は引き受けていないこと、この場合、地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金が支払われない旨の説明も記載されている。
D いずれの場合も、昭和五三年一〇月以降は、「地震保険のご案内」(乙イ六七)が同封された。「地震保険のご案内」は、地震による火災損害について保険金が支払われないことを冒頭に太字で記載した上、地震保険への加入を勧める内容になっている。
ウ その他(乙イ八一、乙一六六、弁論の全趣旨)
A 契約締結の翌年度から、継続手続を行わない年には毎年一〇月ころ、課税所得控除証明書と「住公ニュース」(乙イ三二、四二ないし四八)が送付される。
「住公ニュース」は、乙イ三二では、地震による損害には保険金が支払われないことが比較的大きな字で、乙イ四二では、特約地震保険の説明の中で、地震による損害には特約火災保険からは保険金が支払われないことが、乙イ四三では、ご注意として、地震による火災損害について保険金が支払われないことが、乙イ四四では、特約地震保険の加入について、地震による火災損害について保険金が支払われないことが、乙イ四五、四六では、(注)として、比較的小さな字で、地震による火災損害について保険金が支払われないことが、乙イ四七では、特約地震保険の加入について、比較的大きな字で地震による火災損害について保険金が支払われないこと、さらに大きな字で地震等による損害に対しては、特約地震保険が必要であることが強調して記載されている。乙イ四八では、特約地震保険の加入について、地震による火災損害について保険金が支払われないことが太字で記載されている。
B また、不定期に送付される「住公ニュース」(乙イ六八ないし七四。昭和六一年から平成三年にかけては毎年発行されている。)のうちで、乙イ六九には、地震保険の加入について、比較的小さな字で、地震による火災損害について保険金が支払われないことが、乙イ六八、七〇、七三には、特約地震保険について、特約火災保険では、地震等については、保険金が支払われないことが、乙イ七一、七二、には、赤く比較的大きな字で、地震による火災損害について保険金が支払われないが、乙イ七四には、特約地震保険の加入を勧めて、特約火災保険について、地震で火災がおこり類焼した例を挙げて、損害保険金の支払の対象とならないことが記載されている。
C 更に、昭和五〇年四月には、裏面に「地震保険のご案内」として地震保険の内容が印刷された葉書(乙イ七六の1。特約火災保険における地震免責条項に関する記載はない。)が、昭和五五年七月には「地震保険改訂のお知らせ」(乙イ七七)が、平成三年一二月には「特約地震保険のおすすめについて」(乙イ七五の1、2)が送付され、乙イ七七には、ご注意として、比較的小さな字で、地震による火災損害について保険金が支払われないことが記載され、乙イ七五の1には、特約地震保険の加入を勧めて、特約火災保険だけでは地震による火災損害について保険金が支払われないことがアンダーラインを付して記載されている。
(5) 被告東京海上
① 新規契約時
ア 契約申込者が申込書を作成すると、担当者は、申込書綴りの中の申込書控(乙一二八の1)を申込者に交付する。申込書控は、申込書と概ね同内容の記載があり、これを見ると、自分が地震保険に加入したか否かが理解できる。
申込時に保険料を支払った場合はその場で領収証(乙九七の1、2)が交付され、保険料を口座引き落としの方法で支払った場合は後日領収証が送付される。(弁論の全趣旨、甲一四三の2)
イ 火災保険契約成立後、保険証券(質権を設定している場合には、写し。乙一二七の1ないし10、一六八の1、2)、「ご契約のしおり」(乙ロ九五の4ないし6)、課税所得控除証明書(乙八七)が送付される。(乙ロ九五の1、乙ロ一〇四)
「ご契約のしおり」では、通常の約款規定の他に、保険の内容として、乙ロ九五の4、5では、保険金を支払われない場合として、次のような事由によって生じた場合に対しては保険金を支払われないとして、その例に地震等を挙げ、約款規定の記載より行間を空けているが、同様の小さい文字で記載され、乙ロ九五の6では、地震保険を契約されない場合として、地震による火災損害について保険金が支払われないことが、約款規定の記載より行間を空けているが、同様の小さい文字で記載されている。また、長期総合保険の保険証券写しには、「地震保険に関するご注意」として、地震による火災損害について保険金が支払われないことの記載がある。
さらに、地震保険に加入していない場合、保険証券(写し)、課税所得控除証明書の「地震保険」欄には「不担保」又は「フタンポ」と記載され、自分が地震保険に加入していないことが分かる仕組みになっており、保険証券の一部の書式(乙一二七の1及び10、一六八の1、2)には、比較的小さい文字で、ご注意として、地震保険金額欄にフタンポと記載がある場合は、地震保険契約は引き受けていないこと、この場合、地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金が支払われない旨の説明も記載されている。
② 契約更改手続時
ア 満期近くなると、満期通知(乙八九)が送付される。満期通知にも、「基本」と「地震」欄が設けられており、地震保険に加入していない場合には「地震」欄には金額が記入されていないことから、自分が地震保険に加入しているか否かが分かる仕組みになっている。
イ その余は、①と全く同一の手続がとられ、同一の書類が申込者に送付される。
③ その他
長期特約を付している場合には、新規契約締結の翌年度以降、契約更改手続をとった年を除く毎年、課税所得控除証明書(乙八八)が送付される。
課税所得控除証明書の「現在のご契約内容」の「保険種類」には、地震保険に加入していない場合、「付帯地震保険」欄に「フタンポ」と記入され、この意味の説明も記載されるので、自分が地震保険に加入しているか否かが分かる仕組みになっている。また、「地震保険のおすすめ」として、比較的小さい文字で、火災保険では、地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金が支払われない旨記載されている。
(6) 被告興亜火災
① 新規契約時
申込時に申込書(乙ロ一一)を作成して、保険料を支払った場合は、その場で領収証(乙九三の1)が交付され、保険料を口座引落しの方法で支払った場合は後日領収証が送付される。
火災保険契約成立後、保険証券(質権を設定している場合には、写し。乙九三の2)、約款(乙一三七)、課税所得控除証明書(乙九三の3)が送付される。(乙ロ九三の1、2、乙ロ一〇三)
地震保険に加入していない場合、保険証券(写し)の「担保内容」「地震」欄に「地震保険はお引き受けしておりません。」と記載され、自分が地震保険に加入していないことが分かる仕組みになっている。
保険証券の裏面には、ご注意として、比較的小さな文字で、地震保険金額・地震保険料欄に金額の記載がない場合は地震保険契約はお引き受けしておりません。なお、この場合には地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金は支払われない旨記載されている(乙ロ九三の3)。課税所得控除証明書には、比較的小さい文字で、「※」印を付して、火災保険では地震による損害(火災・延焼損害も含みます)について保険金を支払えない旨記載されている。
② 契約更改手続時
ア 満期を迎える前に、「火災保険満期のご案内」(乙九三の4)が送付される。これにも、「基本」と「地震」欄が設けられており、地震保険に加入していない場合には「地震」欄には金額が記入されていないことから、自分が地震保険に加入しているか否かが分かる仕組みになっている。
イ その余は、①と全く同一の手続がとられ、同一の書類が申込者に送付される。
③ その他
長期特約を付している場合には、新規契約締結の翌年度以降、契約更改手続をとった年を除く毎年、前記の記載のある課税所得控除証明書(乙九三の3)が送付される。
(7) 被告三井海上
① 新規契約時
ア 契約申込者が申込書を作成すると、担当者は、申込書綴りの中の申込書控(乙一五八)を申込者に交付する(乙一五七)。申込書控は、申込書と概ね同内容の記載があり、これを見ると、自分が地震保険に加入したか否かが理解できる。
申込時に保険料を支払った場合はその場で領収証が交付され、保険料を口座引落しの方法で支払った場合は後日領収証が送付される。
イ 火災保険契約成立後、保険証券(質権を設定している場合には、写し。乙ロ九四の3)、約款(乙ロ九四の4)、課税所得控除証明書(乙ロ九四の3)が送付される。
保険証券(写し)には、「地震保険金額」、「地震保険料」の欄が設けられ、地震保険に加入していない場合、同欄が空欄になることから、自分が地震保険に加入しているか否かが分かる仕組みになっている。そして、ご注意として、比較的小さな文字で、「地震保険金額」欄が空欄の場合、地震保険を引き受けていないこと、なお、この場合には、地震による倒壊等の損害だけでなく、地震による火災損害についても保険金が支払われない旨記載されている。課税所得控除証明書にも「付帯地震建物」、「付帯地震家財」欄が設けられており、同様に自分が地震保険に加入しているか否か分かる仕組みになっている。
② 契約更改手続(乙九四の1ないし6)
ア 満期近くなると、満期通知(乙九六の3)が送付される。
イ その余は、(1)と全く同一の手続がとられ、同一の書類が申込者に送付される。
③ その他
長期特約を付している場合には、新規契約締結の翌年度以降、契約更改手続をとった年を除く毎年、課税所得控除証明書(乙九六の2)が送付される。(乙ロ九五の1、2)。
課税所得控除証明書には「地震保険料」欄が設けられており、自分が地震保険に加入しているか否かが分かる仕組みになっている。
(七) 消費者契約法案提出までの経緯とこれに対する報道機関等からの評価(甲一二八、弁論の全趣旨、当裁判所に顕著な事実)
(1) 消費者取引の適正化について、国民生活審議会消費者政策部会(消費者保護部会)は、昭和四六年以降、数次にわたり検討を行ってきており、この間、約款の適正化について調査審議が行われ、この部会報告を踏まえて個別業種ごとの約款の改善が行われた。それとともに、これらの部会報告では、民事関係諸法の改正を含めた約款の適正化ののための立法の取組みの必要性を指摘しており、第一四次消費者部会(平成四年から平成六年)においては、消費者行政の今後のあるべき方向性について調査審議が行われ、消費者政策部会の下に設置された消費者行政問題検討委員会では、情報提供の推進、契約条項の内容規制の検討、事後規制の活用の検討の必要性について指摘を行った。
第一五次消費者政策部会(平成七年から平成九年)では、消費者取引全般の在り方について、調査審議がなされた。そして、平成八年一二月に取りまとめられた第一五次消費者政策部会報告においては、消費者は、消費者取引の多様化、複雑化及び規制緩和の推進に伴い、消費者は自らの主体的、積極的な選択に基づき行動することが求められているものの、消費者と事業者との間には情報、交渉力等の格差があり、契約をめぐるトラブルは著しく増加していることが指摘され、消費者取引の適正化のためには、こうした格差を是正して、消費者、事業者双方の自己責任に基づく行動を促す環境整備を図ること、具体的には、契約締結過程及び契約条項において、具体的かつ包括的な民事ルールの立法化とともに、契約に関する情報提供や消費者教育等の推進を図ることが必要である、との提言がなされた。
(2) これらの議論を受け、第一六次消費者政策部会は、平成九年七月、消費者適正委員会を設けて、消費者契約の適正化のための民事ルールの具体的内容等について調査審議を行うことになり、平成一〇年一月に、「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」と題する消費者政策部会中間報告を取りまとめ、公表した。
ここでは、契約締結過程の適正化のためのルール内容の一つとして、消費者契約において、事業者が、契約の締結に際して、契約の基本的な事項その他消費者の判断に必要な事項について、情報を提供しなかった場合又は不実のことを告げた場合であって、当該情報があった又は当該不実の告知がなかったならば消費者が契約締結の意思決定を行わなかった場合には、消費者は当該契約を取り消すことができる、としていた。
そして、この中間報告に示された消費者契約法の考え方を基に、消費者契約適正化委員会において、平成一〇年三月から同年八月まで、本法が制定された場合の影響等について検討を行うために、関係各界五二団体から意見聴取した上で、消費者政策部会、消費者契約適正化委員会の合同会議として審議を行い、この検討結果を踏まえて、消費者政策部会は、平成一一年一月、「消費者契約法(仮称)の制定に向けて」と題する消費者政策部会報告(甲一二八)を発表した。
ここでは、本件で問題とされている情報の提供に関して、次のような報告がなされた。
① 事業者とは、同種の行為を反復継続して行う者であり、近年の商品又は役務の多様化、複雑化とあいまって、事業者は、その行為の反復性、継続性ゆえに、情報、交渉力等において一般的に消費者に優越する立場にある。そうした状況下で、消費者、事業者双方の自己責任を問うためには、十分に理性的な自己決定をなし得る状況の下で、消費者の自由な意思形成がなされるための環境整備がなされる必要がある。消費者契約法は、消費者取引における契約締結過程及び契約条項の適正化のためのルールを定めるものであり、こうした環境整備の一つと考えられる。
② 契約が当事者を拘束し、契約によって形成される法律関係が実現されるのは、私的自治の原則の帰結であり、私的自治、すなわち、自己決定による自己責任を基礎とした契約理論が通用するためには、充足されなければならない前提条件があり、それが、十分に理性的な自己決定をなし得る状況の下での自己決定という条件である。具体的には、十分な情報に基づく自発的な意思決定こそが、自己責任を正当化する条件ということになる。
③ しかしながら、現代社会のように、取引が多様化、複雑化する中で情報などの面で消費者と事業者との間に大きな格差が存在する状況にあって、契約の勧誘に当たって、事業者が消費者に対し、消費者が契約を締結するという意思決定をする上で重要な情報を提供しないまま、契約が締結されるケースがある(事業者から消費者への情報の適切な提供の確保に関する問題)。
④ 事業者から消費者への情報の適切な提供の確保に関する規定についての要件について、まず、第一に、事業者が、消費者契約の締結に際し、消費者に対して、当該消費者契約に関する重要事項について、情報を提供せず、又は不実告知を行うことが考えられる。この重要事項とは、当該事項が、契約締結の時点の社会通念に照らし、一般平均的な消費者が当該消費者契約の締結の意思決定を行う上で通常認識することが必要とされるものであるか否かということが考えられ、右消費者が当該契約を締結するか否かについて、その判断を左右すると客観的に考えられるような当該契約についての基本的事項をいい、それを提供しなければ、事実と相違することを積極的に説明したこととみなし得るような本質的な情報をいうことになると考えられる。
⑤ この重要事項は、これまでの消費者契約の締結過程の適正化に関する民事裁判例を踏まえて、個々の消費者取引契約の類型ごとに、当該消費者契約に係る諸般の事情を総合的に考慮して、客観的に判断されることになると考えられる。
⑥ 情報の提供の在り方について、その具体的な方法は、個々の消費者契約の類型ごとに、社会通念に照らして客観的に判断されることになると考えられる。この場合、事業者に対して、個別具体的な消費者の理解能力や属性に応じた情報提供を求めるのは困難であり、基本的には、当該契約を締結することが通常想定されるような「一般平均的な消費者」が情報の内容を理解することができる程度の機会を提供すれば足りると考えられる。
⑦ 次に、要件として、重要事項について情報の提供があり、又は不実告知がなかったならば、当該消費者が契約締結の意思表示をすることがなかったことが考えられ、個別具体的な事業者の行為態様が、事業者が事業を行うに当たって社会通念上又は信義則上許容される場合などにおいては、消費者に取消権を付与しないことも考えられ、例えば、消費者が自ら事業者の情報提供を拒否した場合、事業者の情報の不提供が社会通念上相当とみられる程度の沈黙と解される場合等が考えられる。
(3) その後、立法に向けて、国民生活審議会消費者契約法検討委員会で審議され、平成一一年一一月三〇日に、「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」との同委員会案が公表された。
ここでは、事業者と消費者について、後記の(4)と同様の努力規定を挙げ、これを法定する場合にも、民法を用いてこれまで展開されてきた理論、とりわけ情報提供業務違反を理由とする損害賠償に関する法理論について、変更が加えられるものではない、との説明を加えた。
また、「消費者は、事業者の①に該当する行為により誤認したことによって……消費者契約を締結したとき、当該消費者契約の申込み又は承諾の意思表示を取り消すことができるとする」として、①として、「当該消費者契約の締結の勧誘に際し、……消費者が当該消費者契約を締結する判断に影響を及ぼす重要なものにつき、……告知した事実に密接に関連する消費者に不利益な事実を故意に告げない行為」との規定を挙げて、その説明として、消費者に不利益な事実を告げない行為については、故意等の事業者の主観的要件の要否、故意を要件とする場合のその故意の内容等に関し、共通の認識が得られなかったとし、故意の内容については、「消費者を誤認させる目的で」、「消費者が誤認していることを認識しながら」、「当該事実が消費者にとって不利益であることを知っていながら」、「当該事実を消費者が認識していないことを知っていながら」などの意見があったと紹介した。
(4) 平成一二年三月七日、消費者契約法案が内閣から国会に提出された。右の法案には次の規定がある。
第一条 この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とすることにより、消費者の利益の擁護を図り、もって、国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
第三条 事業者は、消費者契約の条項を定めるに当たっては、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮するとともに、消費者契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するように努めなければならない。
二項 消費者は、消費者契約を締結するに際しては、事業者から提供された情報を活用し、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする。
第四条
二項 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について当該消費者の不利となる事実(当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきものに限る。)を故意に告げなかったことにより、当該事実が存在しないとの誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。ただし、当該事業者が当該消費者に当該事実を告げようとしたにもかかわらず、当該消費者がこれを拒んだときは、この限りではない。
(5) 消費者契約法案の提出を報じる報道機関の報道の内容について
右の法案を報じる報道機関(新聞)の報道内容につき、本件で問題となる事業者が消費者に契約内容について必要な情報を提供することに関する記載をみると、「でき上がった法案は、事業者の情報提供を『義務』でなく『努力』規定にとどめるなど、当初の案から大幅に後退した。消費者団体や弁護士が『骨抜きにされた』と悔しがる背景には、業界団体の二年越しの抵抗があった。」と指摘したり(平成一二年三月七日付け朝日新聞)、「法案では、事業者が消費者に契約内容をわかりやすく説明するのは『義務』でなく、『努力目標』にとどまっており、今後は、業態ごとに事業者がトラブル回避のための自主ルール作りを進める必要もある。」と指摘したり(同月八日付け読売新聞)、「必要な情報の提供努力ではなく義務規定にすること」など「消費者団体側には『改善の余地が多い』との声が強い。」と指摘し、「たしかに消費者保護のレベルを上げれば、事業者側の負担や不安が増える懸念もある。だが、法律本来の目的は、両者の間にある構造的な情報力や交渉力格差を是正し、消費者の利益を守ることにある。」と指摘したり(同月一一日付け毎日新聞)、「勧誘や契約をめぐるトラブルから、消費者を守るのが狙いだった法案が、随分と、経済界の意向に配慮した内容となってしまった。」、「事業者が契約内容などを消費者に伝える説明責任は、義務ではなく、法的に拘束力のない努力目標に後退した。事業者が、重要事項を消費者に告げなかった時でも、『故意に』そうした場合以外は、契約を取り消せない。『うっかり忘れた』と事業者が言い逃れできる余地を残している。」と指摘する(同月一二日付け北海道新聞)などしている。
(八) 情報開示説明義務に関する判例の状況(当裁判所に顕著な事実)
(1) ワラント取引に関する判例の状況
ワラント(新株引受権証券)は、株式と比較して価格の変動が激しく、このため、短期間で大きな利益を上げることができる反面、多大の損害を被る危険があり、権利行使期間を経過すると無価値になるといった特質を有しており、ハイリスク・ハイリターンの代表的なものといわれており、いわゆるバブル経済の時代に一般投資家に勧誘、販売された。しかし、その崩壊に伴う株価の下落で多額の損失を被った一般投資家から証券会社に対して損害賠償を求める訴訟が平成三年ころから提起され、平成五、六年ころからは急増した。
判例は、当初は証券会社の責任を肯定するものでも、説明義務の存在及び根拠を明示するものは少なかったが、平成六年ころから、証券会社には顧客に対して、信義則上、ワラント取引の危険性について、顧客の的確な認識を形成するため、ワラントの意義、仕組み、ハイリスクな商品であり無価値になることもあること等について説明する義務があるとして、その損害賠償請求を認容する判例が多数出されており、その説明義務の存在自体については、判例、学説上異論がないといってよい状況になっている。これらの判例では、証券会社が証券取引業に基づき免許を受けて証券業を営み、証券取引についての専門家として多くの情報と高度の専門知識を有していることや、証券取引法四九条の二が顧客に対して誠実公平にその業務を遂行しなければならないとしていることや、同種の通達があることを理由の中で判示する判例も多く、右規定等の存在が直ちに法的義務の存在を根拠づけることはなくとも、その違反は信義則違反の法的な判断における重要な要素となることについては異論がない。(以上につき、川村和夫「ワラント取引をめぐる紛争」、園部秀穂・田中敦編「現代裁判法大系23巻」(新日本法規)一四一頁参照)
(2) 変額保険に関する判例の状況
変額保険は、払込保険料のうち積立金部分を定額保険とは別の特別勘定において、主に株式、公社債等の有価証券に投資し、その運用実績に応じて保険金額や解約返戻金が変動する仕組みの生命保険である。これは、株価等の評価損益や売買差損益まで含めた損益によって給付が直接増減するために、高い収益が期待される一方で、多くの損失も生じ得るハイリスク・ハイリターンの保険である。変額保険は昭和六一年一〇月から販売が開始されたが、その多くが昭和六三年ころから平成二年ころまでにかけてのいわゆるバブルによる地価の高騰を背景として、不動産所有者に対して相続税対策として勧められた。そのため、右保険料の支払のために、銀行等の金融機関から不動産を担保に融資を受けるというのが通常であった。
バブルの崩壊に伴い、その投資の運用実績が銀行等からの借入金利を下回ることになって、保険加入者は、払込保険料の元本割れ、高額の借入利息の負担、担保不動産の大幅下落に苦しむことになった。そこで、平成三、四年ころから、顧客が生命保険会社や銀行等の融資先を相手方として、損害賠償を求める訴訟が提起されるようになり、平成六年ころから、裁判例が急増した。
このうち、生命保険会社に対する請求について、変額保険の説明義務を尽くしたか否かが検討されて、これを認容する判例が多数出されるように至っており、変額保険の勧誘に当たって、保険会社には変額保険の本質的な要素について説明義務があることについては、判例・学説上異論がないといってよい状況となっている。これらの判例の多数は、募取法上の禁止行為の規定や大蔵省の通達、保険業界の自主規制を理由の中で判示しており、これらの規制に違反したことが直ちに私法上の違法性を基礎づけるものではないことを前提としつつ、その違反は原則として私法上も違法であるとするものが多い。このように、募取法の規定等の存在が直ちに法的義務の存在を根拠づけることはなくとも、その違反は信義則違反の法的な判断における重要な要素となることについては異論がない。(以上につき、矢尾渉「変額保険をめぐる紛争」前同書一二九頁参照。以上、(1)、(2)につき梅津和宏「消費者取引の現状と問題点」前同書一頁参照。)
(3) その他に、損害保険契約における特約に関して、自動車損害保険の二六歳未満不担保特約について、保険代理店等の告知義務違反について判示した判例が出されており、例えば、東京高裁判決平成三年六月八日(判タ七六七号二三六頁、乙ロ六〇)は、告知義務について、募取法の各規定について考察した上で、この立法趣旨からすると、「本件保険契約においては、本件特約のような運転手の年齢制限に関する特約が付された場合には、保険契約者にとって、一方では保険料の割引による減額が施されるといった利益も受けるが、他方では保険契約の内容として担保範囲を著しく縮小させるものであるから、右特約に関する事項は、前掲一六条一項一号にいう保険契約の契約条項のうちの「重要な事項」に該当すると解される。したがって、保険代理店等保険募集を行う者は募集に当たり右特約事項を前記法規定に基づき被保険者等に告知しなければならない義務があるものといわなければならない。そして、本件のように保険期間が一年間で、一年毎に契約を更新する場合であっても、保険代理店等保険募集業務を執行する者は、原則として、各更新契約の都度、契約条項のうち重要事項の告知をすべき義務があるというべきである。もっとも、その告知の方法は、被告知者が実際それによって当該事項の内容を認識することができるような方法、態様、程度で行われるべきではあるが、その目的が達せられるものであれば、必ず文書又は口頭のいずれによらねばならないとか、必ず両者を併用しなければならないというものではなく、また最初の保険契約の場合でも更新の場合でも一律に全く同じ態様、程度の方法で告知しなければならないものとも言い難い。要するに、右告知は、特段の事情のない限り、相当の方法、態様、程度により、通常の常識をもった保険契約者等(保険申込者)に右事項を認識、理解させうるものであって、右認識、理解のもとに当該本件契約者(申込者)が契約につき任意の意思決定ができるものであれば足りるというべきである。」と判示した上で、当該事件における契約締結の経緯を認定し、本件契約者は、本件特約について十分説明を受けこれを承知していたとして、告知義務違反を否定した。
また、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の説明に関して、大阪高裁判決平成一〇年七月二八日(乙一〇三の2)は、控訴人が控訴審で追加した地震免責条項についての情報提供義務違反による損害賠償責任について、「本件保険契約の締結に際し、被控訴人に、地震免責条項の存在や内容等について、情報開示あるいは説明義務に欠ける点があったとは認められない」と判示して、「右情報提供義務違反を前提とする本件予備的請求は理由がない。」と判示している。
(九) 約款の説明に関する国民の要請等
(1) 前記の昭和五六年度になされた約款に関する消費者の意識調査によると、「約款や契約書の内容を正確に知りたいから説明は必要である」と答えた者は五六パーセントおり、「約款や契約書の内容を詳しく知るためには、説明はないよりあった方がよい。」と答えた者の30.2パーセントと合わせると、九割近い者が説明を必要としている。「読めばわかるから説明はなくてもかまわない」と答えた者は、5.8パーセントに過ぎない。約款遵守の意識についても、「内容がわかるように十分説明をしているなら守らなければならないと思う」が三九パーセントと最も多く、「決められたものだから、見たことがなく、全く知らなくても守らなければならないと思う」の三三パーセントを上回っており、「人目につくようにしたり、手渡したりしているなら守らなければならないと思う」と答えた者は八パーセントに過ぎない。
この結果から、経済企画庁国民生活局の担当官は、「約款についての説明が必要なゆえんである。」との評価をしている。(甲九二、九三)
また、経済企画庁が事務局となっている国民生活審議会消費者政策部会が、昭和五六年一一月一三日に公表した「消費者取引に用いられる約款の適正化について」と題する報告では、消費者が約款の存在を知らず、あるいは約款内容を十分に理解しないまま契約する場合があり、苦情処理機関に寄せられる消費者苦情の中でも約款に関するものの割合が近時増加しており、約款を用いる消費者の保護は、今日の消費者政策の極めて重要な課題となっていると指摘し、適正な約款の基本的要件の一つとして、適切な開示がなされることを挙げ、やむを得ず消費者の一般的通念と乖離すると思われる規定を置く場合には、十分な説明を行うことにより、実際に取引を開始した後に初めて予想もしていなかった取引条件に従わざるを得ないことに気付くといった事態の発生を防止することが必要であると指摘している(甲八〇)。そして、同部会が昭和五九年三月二九日に公表した報告では、現在、消費者取引に用いられている約款の中には事業者が取引を行う上で必要と判断した契約条項が中心となって組み立てられているため、基本的な給付の内容、事業者が責任を負う範囲、契約解除の手続に関する事項など、消費者にとって選択のための情報となり、また問題が生じた際の対応のために必要となる重要な事項について、必ずしも適切に規定されているとは言い難いものがある、とした上で、その十分かつ適切な開示が行われる必要があると指摘し、また、損害保険について、法令用語や専門的な用語等消費者にとってなじみの少ない用語が約款に使われていることなどから、保険に精通していない消費者にとってわかりにくいものとなっているとの指摘をしている(甲九四)。
右のアンケート結果から読みとれる約款の説明を求める国民の要請は、本件地震発生時においても、異なることはないと思われる。
むしろ、前記のとおり、国民生活審議会消費者政策部会や同部会の下に設置された消費者行政問題検討委員会は、昭和四六年以降、約款の適正化や、消費者行政の今後のあるべき方向性について調査審議が行われており、第一四次消費者政策部会(平成四年から平成六年)では、情報提供の推進の必要性について指摘がなされている。また、平成一一年一一月に公表された「消費者契約法(仮称)の制定に向けて」と題する消費者政策部会報告では、平成元年度から平成九年度まで、損害保険に関するものも含めて幅広い業種にわたって、苦情や相談が寄せられ、消費者トラブルが増加していることを指摘しているのである。そして、近時、消費者契約法案も提出されるに至っている。
これらの状況によれば、今日では損害保険についての約款の内容を含め情報の提供を求める要請はより高まっているといえよう。
4 情報開示説明義務の存否の判断
(一) 以上認定の諸事情に基づき、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について、被告ら保険会社側に損害賠償責任に直結するような一般的な法的義務として、火災保険締結時に、契約申込者に対して、書面を交付した上で、口頭で十分に説明して、十分な理解を得るべき情報開示説明義務が肯定されるか否かについて判断する。
(二) 原告ら主張の火災保険契約締結時における一般的な情報開示説明義務の存在の法的評価の成立を根拠づける諸事情として、次の各点を挙げることができる。
(1) 地震保険は、昭和三九年六月の新潟地震発生の後で、火災保険が地震災害に無力であることが強く評判されて創設され、火災保険契約の締結時に、これに付帯して地震保険契約が締結される引受方式が採られており、地震保険単独では契約を締結することができないのであるから、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報は、火災保険契約締結の申込者が、火災保険契約締結の際に、これに付帯して地震保険契約を締結して地震火災による損害についても担保して自己の財産を守るか否かの意思決定をするのに不可欠な重要性の高い情報であり、保険契約の締結において、契約申込者に、これを告げない行為は、直接的に保険契約者の利益の保護を図ることを目的とする募取法一六条一項一号の規定に違反することになる。そして、同法同項の規定は、法的義務の存在について判断するに当たって重要な要素とされることには異論がない(説明義務の存在を認めてその違反について損害賠償を肯定する判例も、募取法の規定違反の場合は原則として私法上も違法であるとする判例も多く、募取法の規定を法的義務の存在の直接の根拠とする判例もみられる。)。
(2) 保険会社が営む保険業は、公共性があり、大蔵省を主務官庁としてその監督を受けているところ、右募取法の規定を受けて、大蔵省は、保険会社に対して、昭和五八年一月に、契約者に対して正確適切な情報を提供する上で募集文書の果たす役割は、より重要になってきており、契約者に本来提供すべき情報を提供しなかったために契約者の判断を誤らせることのないように厳に留意すること、平成五年五月には、保険募集に際しては、契約者に商品内容の説明を十分に行うことを指導し、また、代理店による契約者に対する商品内容の説明には、齟齬を来すことのないよう指導の徹底を図るべきこと、保険会社は、公共性の高い免許法人であり、社会的批判を招くことがないように、各種法令の遵守に特段の努力を払うべきことを指導し、平成七年六月の保険業法の改正後は、大蔵省は、保険会社に対して、平成八年四月に、保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げる場合には、保険契約者の保護の観点から、当該保険契約の種類と性質等に応じて、例えば顧客の捺印を取り付ける等により顧客が当該重要な事項を了知した旨を十分確認するなど、適切に行うこと、保険募集に際し保険契約の内容を告げることは、保険契約者が契約締結の可否判断を行うに当たっての重要な判断材料であり、保険契約者の商品選択の利便に資するものであるから、保険会社は、この告知をする場合には、保険業法三〇〇条一項各号に違反しないことは勿論、可能な限り客観的かつ分かりやすい表示を行って、保険契約者に誤解を生じさせ、判断を誤らせることがないように努めること、また、保険代理店にも適切な指導をすることを指導し、また、保険契約の契約内容について正確な判断を行うに必要な重要な事項として、担保内容(保険金を支払う場合、主な免責事由)を例示して指導している。
(3) そこで、右の募取法の規定や大蔵省の指導を受けて、保険業界の内部でも、代理店や保険仲立人用に、保険契約者の利益を守るために、約款の内容を契約締結以前に十分説明しておく必要があること、保険商品の内容を保険契約者が理解できるよう十分説明する必要があり、重要な担保条項、免責条項を保険契約者が完全に理解しているかどうか確認すべきこと、火災保険契約締結時には必ず地震保険の説明を行い、該当する契約者すべてに「地震保険のご案内」などを渡して、火災保険だけでは、地震による火災損害は担保されないとの地震保険の内容を十分説明すること等を指導する文書を作成している。
(4) 保険業界は、昭和五二年七月に、地震保険意思確認欄の制度を創設した。この制度の創設の経緯とその趣旨は、次のとおりである。すなわち、火災保険契約者が火災保険に加入していれば地震火災による損害にも保険金が支払われると誤解されていることがかなりあることから、地震発生時の保険金の支払を巡って、地震保険付帯の有無に関するトラブルが発生することが憂慮される状況にあり、この地震発生時におけるトラブルの発生を未然に防止する対策について、大蔵省は特に深い関心を持ち、保険業界に対して、この対策について万全を期すよう要請した。そこで、保険業界をあげて、火災保険契約の締結時に、契約申込者に対して、火災保険における地震免責条項の存在と地震保険の存在、特に地震火災による損害について火災保険金が支払われないことを明確に記載した書面を必ず交付して、十分に説明して、地震保険に加入するか否かの意思確認を十分にして、地震保険を選択する意思決定の機会を十分に与え、地震保険意思確認欄に押印させることによって、加入しない場合の意思をより明確にする制度を創設することとして、これを実行することを決定したものであり、火災保険契約申込者の地震保険選択の意思決定権ないし、自己決定権の行使の機会を制度的に保障するためのものであると評価することができる。
そして、保険会社は、昭和五二年七月以降、代理店に対しても、契約申込者に必ず書面を交付して、十分に説明して、十分な理解を得るべきことを指導している。この制度は、右の大蔵省からの指導内容にも沿うものである。
(5) しかし、その後も、地震免責条項及び地震保険についての国民の認識はまだ十分ではなく、未だに公知の事実になっておらず、平成五年に発生した本件地震等の地震災害の後に、火災保険契約申込者から、地震火災による損害について免責であることを知らなかった、地震保険について十分案内をしてもらっていないとの声が多く出ており、被告東京海上は、新たに、一定の範囲の地震保険未加入の火災保険契約者に対して「地震保険おすすめハガキ」を送付することに決定し、代理店に対して、本件地震等の地震災害では、地震保険をきちんと勧めなかったため、火災保険しか付保していなかった契約者の方々から、契約時に十分説明を聞いていなかった等の苦情が寄せられたという事例も見受けられるので、火災保険契約時には、必ず地震保険を案内するよう要請していたのである。
しかし、その後も、平成七年の阪神淡路大震災の発生時に、本件と同様のトラブルが発生している。
そして、保険契約申込書の中には、注意書きとして、「別にお渡しする『ご契約のしおり』の内容をよくご覧のうえ、ご契約くださるようお願いいたします。」旨の記載がある書式があり、これは、地震保険意思確認欄の制度として、契約時に「ご契約のしおり」を必ず契約申込者に交付することが前提となっているものであるが、現実には、保険代理店で、これがほとんど実行されていないようであるとの指摘もされる状況である。
(6) また、損害保険約款では、法令用語や専門的な用語等消費者にとってなじみの少ない用語が使われていることなどから、保険に精通していない消費者にとってわかりにくいものとなっているとの指摘がなされており、損害保険約款を含む約款について説明を求める国民からの要望は高く、また、消費者契約の一般についても、事業者と消費者とでは、その情報量や交渉力が格別に異なることから、事業者が消費者に対して、契約内容の重要な事項の情報提供義務を立法化することに向けて審議がなされてきており、平成一二年三月に国会に提出されるに至った消費者契約法案は、法的な義務としてではなく、努力規定ではあるが、事業者は、消費者契約の締結について、消費者の権利義務その他の契約内容についての必要な情報を提供するように努めなければならない、と明文をもって規定しており、右法案に関する報道機関の報道を参酌しても、消費者契約において、事業者に対して契約内容の重要な事項の情報を提供することを強く求める流れは、今後も変わるところがないものといえる。
(7) 判例においても、契約締結時における重要な情報についての説明義務を認める判例が続出しており、これらの判例も、情報を有する事業者に対して、重要な情報を提出して、契約申込者の自由な意思決定をさせるという自己責任の原則を全うすることを考慮しているとみることができる。
(8) なお、保険会社は、火災保険契約締結の後に、契約者に対して、被告ら保険会社各社によって異なるのであるが、一般に、約款や地震免責条項及び地震保険について前記のとおり記載した書面を送付している。
しかし、契約者の契約締結における意思決定を十分に行わせて自己責任の原則を全うさせる趣旨、及び、一般的な契約者の意識とすれば、契約締結時における契約内容についての情報を重視して、注意を喚起して、契約締結の意思決定をするのであって、一旦成立した契約後に送付されてくる文書については、必ずしも十分な注意が行き届かないことも多いことからすれば、これについて契約者の自己責任の原則を過大に要求することは相当ではないのであって、保険業界が現に採り入れている地震保険意思確認欄の制度のように、契約締結時において、重要な情報の提供を十分に行うべき要望は、相当に高いとみることができる。とくに、約款の記載は、その契約の全ての条項を網羅して記載して、その内容を知り得る機会を与えるという目的からやむを得ないのではあるが、保険会社からの注意の喚起なくしてその通読を要求するのは酷であるといえよう。この点でも、火災保険契約締結時における情報の提供や注意の喚起が重要なのであり、この契約締結時の注意喚起がないと、その後に送付されてくる地震保険の情報は、自分が契約した火災保険契約とは全く関わりのない別個の保険商品であり、その紹介や案内程度に考えてしまい、留意しない危険が生じるのである。また、このため、契約締結時の場合と異なり契約締結後に送付する文書における地震免責条項の情報は、「地震保険のご案内」という項目の中で記載するのではなく、火災保険契約者に対する警告表示として記載する必要があり、さらに、この情報は、目に入りやすく、注意が喚起されやすい態様で、かつ、分かりやすい平易な文章で記載されるのが望ましいのである。これらの点でも、被告らが前記の契約締結後に送付している文書は、十分とはいえないものである。
(三) 以上掲記の諸事情を総合すると、原告らが主張するように、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について、保険会社が、火災保険契約締結時に、契約申込者に対して、書面を交付して、口頭で十分に説明して十分な理解を得るべき要請は高く、また、保険業界もこのことを認識しているのであって、この要請は、法的義務を構成して、その義務違反に対して損害賠償責任を肯定し、その義務の遵守を図るべきであるとして、被告ら保険会社に対して、契約締結における信義則上要求される義務として、一般的な情報開示説明義務の存在を首肯すべきであると判断することも十分に可能であると思われる。
被告らは、原告らの主張に従えば、火災保険契約締結前に、全ての免責条項について申込者が認識・理解するに至るまで詳細に説明することが必要となり、かつ、保険会社は、全ての免責条項について申込者が認識・理解したことの証拠を確保しなければならないこととなり、合理性、迅速性といった附合契約における現代的要請を無視することになる旨主張している。
しかしながら、そのように、全部の免責条項を問題としているのではなく、火災保険契約申込者が火災保険契約でも地震火災による損害が担保されるという誤解をしていることがかなりあることから、地震発生後に火災保険金の支払を巡り、地震付帯の有無に関するトラブルが生ずることが憂慮されるために、保険業界自体が、主務官庁である大蔵省からの強い要請を受けて、地震免責条項及び地震保険に係る情報について、書面に分かりやすく明確に記載して、契約申込者に必ず交付した上で、十分説明して、その地震保険不加入の意思を契約申込書に押印させて明確に確認するという地震保険意思確認欄の制度を設けて、このトラブルが発生するのを未然に防止することに決定したのであり、上記のとおり、保険代理店に対する指導にもかかわらず、この現実の実行が容易でなく、本件地震等の地震災害の後に現にトラブルが発生してしまっているとして、この制度の趣旨の達成を諦めるのではなく(被告東京海上は、前記の対策を講じることを決定し、それなりの努力を示している。)、後に判示するように、さらに、その趣旨が制度的に実行されるような方策を工夫し、努力すべきであると考えられるのであって、被告らの主張は、保険業界あげて実行することを決定した地震保険意思確認欄の制度に、ことさらに目を向けないものであって、失当である。
(四) このように、火災保険契約の地震免責条項及び地震保険に係る情報について、書面に分かりやすく明確に記載して、契約申込者に交付した上で、十分説明して、その十分な理解を得て、地震保険加入・不加入の意思決定の機会を与えるべき要請は高いのであるが、他方では、次の(五)で判示するとおり、原告がらが主張している一般的な情報開示説明義務の存在の法的評価の成立について、消極に働く事情もあり、また、右の(二)に掲記した情報開示説明義務の存在の法的評価の成立を根拠づける諸事情についてみても、平成五年七月一二日発生の本件地震の以前の本件各火災保険契約の締結時までの状況ではなく、又は、右の時点では、まだ明確な状況には至っておらず、被告ら保険会社において、右の情報提供の要望を右のような法的義務として直ちに把握することは困難な状況にあったことを指摘することができる。
そこで、当裁判所は、少なくとも、本件各火災保険契約締結時においては、保険会社ないし保険代理店の当該違反行為が損害賠償責任に直結するような「一般的な情報開示説明義務」として、右の情報提供の要望をとらえることは困難であって、この要望については、次の六1に判示する個別の具体的な契約締結状況における信義則違反ないし信義則上要求される義務の違反を評価するに当たり重要な要素として考慮すべきであると判断する(この義務が、右の情報を開示して説明すべき作為義務として構成される場合には、この作為義務を、原告ら主張の「一般的な情報開示説明義務」と対比して、「個別的な情報開示説明義務」と呼ぶことができる。)。
(五) 本件各火災保険契約締結時における一般的な情報開示説明義務の存在の法的評価の成立について消極に働く事実
(1) 我が国では、明治二一年に火災保険制度が発足して以来、民間の火災保険において地震損害を保険事故と扱ってきたことは一度もなく、どの保険会社の火災保険の普通保険約款にも地震免責条項が定められており、地震免責条項の定めのない火災保険契約はあり得ない。また、地震保険は、昭和四一年の創設以来、改正を繰り返されながら運用されてきている。このように、地震免責条項は勿論、地震保険に係る情報にも新規性は全くない。そして、火災保険契約に地震免責条項が存在するという情報は、公知性を獲得するに至っておらず、国民の十分な認識は得られていないのではあるが、なお、国民や火災保険契約者の間において、一定の範囲では認識され、浸透してきており、また、後記(3)の限度ではあるが、火災保険契約者が了知し得る状況になっている。
また、火災保険契約における地震免責条項は、主務官庁ないし主務大臣によって内容を審査されて認可を受けており、前記のとおり、十分な合理性を有している。そして、火災保険契約では、もともと地震の危険が担保されないことを前提に収支が均衡するよう保険料率が計算されており、保険会社が地震免責条項によって利益を得たり、火災保険契約者がこれによって損失を被ることがないことも、前記のとおりである。
以上によれば、火災保険契約における地震免責条項に係る情報は、火災保険契約者や消費者にとって、異常なものであるとか、一般的通念と乖離しているとか、予期することが困難な情報であるということはできない。
これらの点で、自動車損害保険契約において、契約締結時に、負担する保険料は安くなる反面、不担保範囲を広く定め契約者申込者に不利益となる特約を付けることを新たに合意し、また、地震免責条項ほど歴史がない二六歳未満不担保特約とは事情を異にしており、また、ハイリスク・ハイリターンに特質を有し、歴史が浅く、新規性が肯定され、一般消費者にとって馴染みの薄い変額保険やワラントの取引とは、大きく事情を異にしている。
(2) さらに、右の変額保険やワラント取引における説明義務違反に基づく損害賠償責任を肯定する判例は、平成五、六年ころから多く出されるようになって、説明義務の存在を一般的(原則的)に認めることが判例の主流をなすに至っているのであって、本件各火災保険契約締結時においては、まだそのような状況を把握することは困難な状況にあった。また、学説も、右の説明義務を肯定する判例の動向とともに、さらに、本件地震後の本件訴訟や阪神淡路大震災後の訴訟を契機として、説明義務・情報提供義務の一般論や、火災保険契約における地震免責条項についての説明義務・情報開示説明義務についての議論が深まったことも明らかであり、ことに、従前の議論では、地震保険意思確認欄は、免責の合意の成立を否定することが理論的に困難であることの理由として指摘されていたものであるが(北河・前掲論文二〇九頁)、本件訴訟において、原告らは、地震保険意思確認欄の創設の経緯を主張・立証し、このことを被告ら保険会社の情報開示説明義務の存在の根拠として結びつけて主張し、これを受けた当裁判所が、平成一一年五月に、被告らに求釈明して、前記の日本損害保険協会作成や被告東京海上作成の文書(乙一三〇、一三三、一三八、一四〇)が訴訟上顕出されて、地震保険意思確認欄の制度の創設の経緯と趣旨(地震による火災損害でも火災保険契約により填補されると誤解されていることがかなりあることから、地震発生後に生じるトラブルを防ぐためのものであり、書面を必ず交付して十分な説明をする対策と一体となる制度であること)が鮮明となったことは、当裁判所に顕著な事実である。
また、右と同様に、事業者が消費者に対して、契約内容の重要な事項の情報提供義務を立法化することに向けての動向についても、本件各火災保険契約締結時においては、前記のとおり、第一四次消費者政策部会(平成四年から平成六年)において、消費者政策部会の下に設置された消費者行政問題検討委員会で、情報提供の推進等の検討の必要性について指摘を行い、ようやく第一五次消費者政策部会(平成七年から平成九年)で、消費者取引全般の在り方について、調査審議がなされ、平成八年一二月に取りまとめられた同部会報告において、消費者は、消費者取引の多様化、複雑化及び規制緩和の推進に伴い、自らの主体的、積極的な選択に基づき行動することが求められているものの、消費者と事業者との間には情報、交渉力等の格差があり、契約をめぐるトラブルは著しく増加していることが指摘され、消費者取引の適正化のためには、こうした格差を是正して、消費者、事業者双方の自己責任に基づく行動を促す環境整備を図ること、具体的には、契約締結過程及び契約条項において、具体的かつ包括的な民事ルールの立法化とともに、契約に関する情報提供や消費者教育等の推進を図ることが必要である、との提言がなされ、その後、前記の消費者契約法案として提出されるに至っているのである。
(3) 保険業界も、火災保険契約の締結時に、契約申込者に対して、火災保険における地震免責条項の存在と地震保険の存在、特に地震火災による損害について火災保険金が支払われないことを明確に記載した書面を必ず交付して、十分に説明して地震保険に加入するか否かの意思確認を十分にして、地震保険を選択する意思決定の機会を十分に与えるために、地震保険意思確認欄の制度を創設し、地震免責条項及び地震保険について記載のあるリーフレットやパンフレット類を用意して、火災保険契約申込者に対する説明の際に使用したり、その利便に供しており、また、火災保険契約の締結の後ではあるが、前記の文書を一般的に契約者に交付している。
また、被告ら保険会社を社員会社とする日本損害保険協会は、地震免責条項及び地震保険に関するPR活動を前記の程度ではあるが行ってきている。
このように、保険業界として、一般国民や火災保険契約者が地震免責条項及び地震保険に係る情報を知り得る機会を提供する一応の努力はしていたと評価することも可能であり、火災保険契約者は、右の限度で、当該情報に接して意思決定をし得る機会があったということができる。
そして、この他、火災保険や地震保険に関する書籍も販売されており、前記のとおり、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の存在は、国民や候補者契約者の間において一定の範囲では認識されて浸透している。
(4) 火災保険契約の締結は、保険会社やその代理店の契約締結担当者が保険契約申込者と対面してなされる場合と、保険契約申込者が申込書を作成した上で郵送し、又は持参してなされる場合等が考えられるところ、右の(3)のような状況下においては、例えば、火災保険契約申込者が、地震保険について質問せず、契約締結担当者による地震免責条項や地震保険の説明も受けることなく、火災保険契約申込書を作成して、自発的に契約者欄と地震保険意思確認欄に押印する、又は、自ら作成した契約申込書を郵送し、若しくは、持参し、これを受け取った契約締結担当者が、申込書類上の必要記載事項をチェックし、改めて、契約申込者に対して地震免責条項及び地震保険の知識の確認をすることはしないといった契約締結状況もあったであろうことは十分推測することができる。ことに、火災保険契約の締結が、積極的に、火災によって自己の財産に生じる損害を担保するためにされるのではなく、金融機関からの融資を受ける条件として義務的にされる場合には、契約締結担当者も保険料の高い地震保険を敢えて勧めることなく、契約申込者による右のような契約申込書の作成経緯のままで火災保険契約が締結されることもあったであろうと推測されるのである。
そして、まさに、平成五年に発生した本件地震等の地震災害の後に、火災契約申込者から、地震火災による損害が免責であることを知らなかった、契約時に十分説明を聞いていなかったとの不満の声が挙がり、右の(3)の方策や、右のような契約締結の態様では、不十分であることが再度認識されるに至って、保険会社の一部(被告東京海上)では、さらに対策を採ることを決定しているのである(ただし、現実には、保険代理店は、契約時にご契約のしおり等のリーフレットを契約申込者に交付することをほとんど実行していないようであると指摘されていることは前記のとおりである。)。
(六) 以上の諸事情を彼此検討すると、保険会社において、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について、火災保険契約締結時に、契約申込者に対して、書面を交付して情報を開示し、十分に説明して、十分な理解を得るべき要請は強いのではあるが、この要請が、損害賠償責任に直結する一般的な法的義務を構成する(不法行為責任の場合、保険会社ないし代理店の当該契約締結担当者が不法行為に基づく損害賠償責任を負担することとなり、保険会社は、その不法行為につき、民法七一五条ないし募取法一一条一項によって損害賠償責任を負担することになる。)と解することは、少なくとも、平成五年七月発生の本件地震の以前における本件各火災保険契約締結時においては、困難であるというべきであろう。
したがって、原告らの本件各火災保険契約締結時において一般的な情報開示説明義務が存在するという主張は、採用することができない。
ただし、被告ら保険会社が営む保険事業には、国民生活を災害から守るという公共性があり、右に判示した一般的な情報開示説明義務の存否の判断、又は、次項において判示する個別の具体的な契約締結状況における信義則違反ないし信義則上要求される作為義務(個別的な情報開示説明義務)の違反の判断基準は、いずれも、法解釈の基礎をなす社会通念の変化、すなわち、本件各火災保険契約締結後における社会状況の変化や、右の情報の提供を求める立法の動向、国民からの要望のさらなる高まり、本件地震発生後に保険金の支払に関して生じた紛争である本件訴訟提起の後、さらには、本判決言渡の後における被告ら保険会社側の対応の状況、ことに、当裁判所が後に指摘するような火災保険契約申込者が地震免責条項及び地震保険に係る情報の開示と十分な説明を受けて、地震保険加入・不加入の意思決定をする機会を制度的に保障するさらなる方策を工夫し、努力するか、これを怠るか等の諸事情如何によっては、当然に異なるべきものであり、当裁判所の本件各火災保険契約締結時における右の各判断とは違って、契約申込者(消費者)側に有利に傾くこと、そして、本件各火災保険契約時の以降においては、原告らが主張するように情報開示説明義務の存在が一般的に肯定されることも十分にあり得ると考えられるのである。
5 以上の次第であって、本件各火災保険契約の締結時において、被告ら保険会社に、地震免責条項及び地震保険の情報について、一般的な情報開示説明義務が存在する旨の原告らの主張は、直ちに採用することができず、原告らの右の主張は、その義務違反の事実の有無について判断するまでもなく失当であるといわざるを得ない。
六 争点2(二)(個別の具体的な契約締結状況における信義則違反の存否)について
1 個別の具体的な契約締結状況における信義則違反の一般論について
(一) 右の五に判示のとおり、被告ら保険会社において、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について、原告ら契約申込者に対して、情報を開示し、十分に説明して、十分な理解を得るべきことが、直ちに損害賠償責任に結びつく一般的な法的義務を構成すると解することは、少なくとも、本件各火災保険契約締結時において困難であると解されるのである。
(二) しかしながら、信義誠実の原則は、契約法のみならず不法行為法を含む私法関係を支配する理念とされており、契約当事者間の個別の具体的な契約締結状況において、信義則違反ないし信義則上要求される義務に違反すると評価される具体的な事実が認められる場合、右の違反者は、相手方に対して、これによって被った損害を賠償すべき義務が生じることは明らかであるといえよう。
そして、地震免責条項及び地震保険に係る情報は、火災保険契約における重要な事項であることは明らかであり、この情報について、一般的な情報開示説明義務の存在の法的評価の成立を根拠づける諸事情として判示した前記五4(二)の諸事情、すなわち、地震保険創設の経緯、この情報が募取法が定める重要な情報に該当して、この不告知は同法一六条一項一号違反を構成し、右規定は、直接的に保険契約者の利益の保護を目的とし、このことは、私法上の義務の存在の評価の成立について重要な要素となること、募取法の規定を受けて、主務官庁である大蔵省から、公共性を有する保険事業を営む保険業界に対してされている指導の内容、保険業界内部の指導文書の記載内容、地震保険意思確認欄の制度が設けられた経緯及びその制度の趣旨、地震免責条項については、未だに公知の事実になっておらず、地震後の保険金の支払に関して、平成五年の本件地震等の地震災害の後に、これを知らなかったとの不満の声が火災保険契約者から出ており、保険会社においても、さらなる方策を講ずる必要性があることが判明したこと、しかし、平成七年の阪神淡路大震災における紛争も招いていること、消費者契約法案の立法検討の経緯と現実に立法案が提出され、報道機関の評価をみても、事業者に重要な情報の提供を強く求める流れは、今後も変わらないと思われること、損害保険約款を含む約款の情報の説明を求める国民の要望の存在等を考慮すると、前記五4(五)に掲記した本件各火災保険契約の締結時における一般的な情報開示説明義務の存在の法的評価の成立について消極に働く諸事情を考慮に入れても、保険会社が、火災保険契約の契約締結に際して、契約申込者に対して、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報を開示し、十分に説明して、十分な理解を得るべきことが、本件各火災保険契約締結時において、直ちに一般的な法的義務としては肯定することはできないとしても、その要請は高いというべきであり、特に、地震保険意思確認欄の押印に当たっては、当該契約申込者に地震保険加入・不加入の意思決定をし得る機会を与えるために、このことは強く要請されており、保険会社もこの要請の存在及び火災契約申込者は地震火災による損害も火災保険で担保されると誤解されることがかなりあることを認識し、大蔵省の強い要請を受けて、地震発生後のトラブルの防止のために地震保険意思確認欄の制度を創設し、保険業界をあげて、これを実行することを決定しており、昭和五二年以降、代理店に対し、契約申込者に必ず書面を交付して、十分に説明して、十分な理解を得るべきことを指導していたのであるから、この要請は、右の信義則違反ないし信義則上要求される作為義務の違反の有無について法的評価をするに当たり、重要な要素になると解される。
2 地震免責条項及び地震保険の情報提供に関して信義則に違反と判断される具体例について
そこで、右のことを考慮に入れて、個別の具体的な火災保険契約の締結の状況において、右の信義則違反に当たる場合を検討すると、例えば、(1)火災保険契約申込者が、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険について知らず、これを了知すれば地震保険に加入する蓋然性があり、保険会社側の契約締結担当者においても、このことを知っており、又は、知ることができる状況にあるのに、この情報の開示、説明及び地震保険加入・不加入の意思確認を全くせずに、火災保険契約申込書における地震保険意思確認欄の存在について契約申込者が知り得ない態様(例えば、契約締結担当者が、申込書作成に当たり、当初から契約申込者の印鑑の交付を受けて押印を代行する、同人が注意する暇もなく機械的に押印を指示すること)によって、契約申込者の意思に基づかない地震保険意思確認欄を作出させて、契約申込者が地震免責条項及び地震保険の了知並びに地震保険加入の意思決定をし得る機会を奪ったと評価することができる場合や、(2)契約申込者が地震保険は知っていても、火災保険契約における地震免責条項を知らず、火災保険契約によっても地震火災による損害が担保されると誤解しており、地震免責条項を了知すれば地震保険に加入する蓋然性があり、契約締結担当者においても、①このことを知っており、又は、容易に知ることができる状況にあるのに、地震免責条項について全く説明せず、あるいは、②このことを知ることができる状況にあるのに、地震免責条項について全く説明せず、かえって、その誤解を助長するような言動をとり、契約申込者の地震保険加入の意思決定の機会を奪ったと評価することができる場合、さらに、(3)契約申込者が、火災保険契約における地震免責条項を知らず、これを了知すれば地震保険に加入する蓋然性があり、地震保険の存在について、火災保険契約申込書における地震保険意思確認欄に押印する際に知るなどして、契約締結担当者に対して、①火災保険と地震保険との違い又は地震保険について質問したのに対して、契約締結担当者が、火災保険でも地震保険による損害が担保されるとの誤った説明又はそのように誤解されやすい説明をし、あるいは、②地震火災による損害について火災保険と地震保険とでどのような違いがあるのかとの質問又は火災保険でも地震火災による損害が担保されるのかとの質問をしたのに対して、契約締結担当者が、地震免責条項について敢えて告げず、又は、ことさらに質問に答えなかった場合は、契約申込者が地震保険加入の意思決定をし得る機会を奪ったと評価することができるのであり、以上(1)ないし(3)の場合は、いずれも、契約申込者の私的自治ないし自己責任の原則の行使、享有を違法に侵害するものとして、信義則違反ないし信義則上要求される義務に違反するものであると評価することができる。
以上の個別の具体的な契約締結状況において信義則上要求される義務は、契約締結担当者の不作為義務を構成する場合(虚偽の事実や誤解されやすい事実の告知等)と作為義務(地震免責条項の不告知、地震保険意思確認の不作為等)を構成する場合と、法的に区別することが可能であり、作為義務の場合、その内容によって、「個別的な情報開示説明義務」や「個別的な地震保険意思確認義務」と呼ぶことができる。
したがって、個別の具体的な契約締結状況において、保険会社側の契約締結担当者が契約申込者に対して、右の判断基準に該当する行為(不作為義務に違反する作為・作為義務に違反する不作為)を行った場合には、保険会社は、当該契約締結担当者の使用者として、又は、当該契約締結担当者を契約締結時における債務の履行の補助に用いた債務者として、不法行為、又は、債務不履行に基づく損害賠償責任を負担すべきことになると解される。
なお、被告東京海上は、右の信義則の違反に該当する右の(1)の判断基準の類型について、当裁判所がした求釈明に関して、「契約締結担当者が、申込書作成に当たり、当初から契約申込者の印鑑の交付を受けて押印を代行」したり、「同人が注意する暇もなく機械的に押印を指示した」としても、当該申込者が契約申込書の内容を知り又は知り得べき場合は地震免責条項及び地震保険について説明しなくとも、社会的相当性に欠けるとは言い難い旨主張している。しかし、当裁判所が右の類型で問題にしているのは、火災保険契約申込者が申込書における地震保険意思確認欄の存在について「契約申込者が知り得べき場合」でなく、契約締結担当者が火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報の開示、説明及び地震保険加入・不加入の意思確認を全くせずに、地震保険意思確認欄の存在を知り得ないように、当初から契約申込者の印鑑の交付を受けて押印を代行したり、同人が注意して、これを知り得る暇もなく、機械的に押印を指示することによって、契約申込者の意思に基づかない地震保険意思確認欄を作出させた場合である。
契約申込者は、地震保険の存在、及び、火災保険契約締結時に地震保険の加入・不加入の意思の確認がされ、また、不加入の場合に申込書に押印をする必要があることを知ることを契機として、火災保険契約について、地震保険や地震火災との関係について注意が喚起されて、これらを質問したり、地震保険に関するリーフレット等を見たりすることが可能となり、また、契約後に送付される火災保険契約における地震免責条項や地震保険との関係に係る情報が記載された文書についてより留意して検討することも可能となって、自己責任の原則が機能し得るのに(前記のとおり、火災保険契約締結時の右の注意喚起がないと、後に送付される文書について、十分な注意が及ばず、また、地震保険は、自分が契約した火災保険契約とは全く関わりのない別個の保険商品であり、その紹介や案内程度に考えてしまい留意しない危険が生じるのである。)、右の場合には、契約締結担当者が、契約申込者が火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の了知並びに地震保険加入の意思決定をし得る機会を奪ったと評価されるのであり、地震保険意思確認欄の制度の創設の趣旨を根本から没却させるのであって、契約申込者の地震保険を付帯して契約する意思を決定する機会を喪失させるものとして、信義則に違反して、自己決定権を侵害するものと評価されるのである。
3 主張・立証責任について
右の信義則に違反する具体的事実の主張・立証責任は、損害賠償を請求する原告側が負担すると解される。ただし、火災保険契約申込書の地震保険意思確認欄の作成経緯の立証についてみると、地震保険意思確認欄の制度の創設の趣旨、及び、この場合は、先のとおり情報提供を求める要請が強いことを考慮すると、立証責任理論の基礎をなす公平の観点から、保険会社側において、通常の私文書の真正な成立の立証の場合と同じく、地震保険意思確認欄が契約申込者の意思に基づいて作成されたことを立証すべきであり、契約申込者側は、その反証をすれば足りると考える。
そして、右の2の(1)ないし(3)のそれぞれの場合に、原告側が、契約締結担当者の信義則に違反する作為・不作為がなされず、契約締結担当者が信義則上要求される義務を尽くして、契約申込者が火災保険契約における地震免責条項を了知することができれば、①地震保険に加入したであろうこと、及び、②その場合に、加入したであろう地震保険契約の内容について、契約申込者側で、それぞれ立証することができれば、原告らが請求するように、当該地震保険契約における地震保険料相当額を控除した地震保険金相当額を、契約締結担当者の信義則に違反する作為、ないし、信義則上要求される義務に違反する行為によって被った損害として請求することも可能であると考えられる。
この場合に、右の①の立証、特に、契約締結担当者の信義則上要求される作為義務に違反する不作為と契約申込者の地震保険不加入の結果との間の因果関係の存在の立証は、いわゆる不作為の因果関係の立証として、その厳格な立証を要するとすると、契約申込者が契約締結担当者の違法な行為のゆえに不利益を被ることになるが、訴訟上の因果関係の立証は、前判示のとおり、通常人が合理的な疑いを差し挟まない程度の立証で足りるものである。また、原告側において、契約締結担当者が義務を尽くせば契約申込者が地震保険に加入したであろうことについて、相当程度の蓋然性を立証すれば、被告側が、そのことについて合理的な疑いを抱かせる特段の事情を立証しない限り、その因果関係の存在を推認することができる事案もあろう。さらに、原告側において、契約締結担当者による信義則違反ないし信義則上要求される義務違反の程度が高い具体的な事実を立証することができれば、右と同様の推定が働くと解すべき事案もあると考えられる。
また、右の②の立証は、もっぱら損害額についてのものであるから、民事訴訟法二四八条の規定が適用され、裁判所による裁量的な判断が可能であり、事案によっては、地震保険契約の内容について控えめに認めて損害額を算定することを相当とする場合もあろう。なお、右の①の立証について、高度の蓋然性の立証に達することができなかった場合は、保険会社側の契約締結担当者の信義則に違反する行為によって、地震保険加入についての意思決定の機会及び地震保険に加入していれば自己の財産の損害を担保することができた可能性という財産的な利益を、違法に侵害されたものとして、その精神的苦痛に対して、地震保険に加入したであろう蓋然性の程度を考慮した慰謝料の請求をすることが可能であると考えられる(右の被侵害保護法益として、地震保険加入の意思決定の機会の侵害を、私的自治の原則で保障される、自己の意思の決定により法律関係を形成することができるという「意思決定権」ないし「自己決定権」の侵害としてとらえることもできる。)。
以上の契約申込者が地震保険に加入したであろう蓋然性の程度を判断するための資料として、地震保険加入率等の統計的資料が考えられるが、これが保険会社側の地震免責条項及び地震保険に係る情報の開示、説明が十分になされているかどうかという状況に関わることからすると、あくまでも証拠資料の一つとして、全証拠を総合的に評価する必要があると考えられる。
また、以上の各場合において、契約締結後の保険会社からの地震免責条項及び地震保険についての情報の提供を含む、契約締結時及びその前後の諸事情によって、その状況に応じた過失相殺がされることがあると考えられる。
4 そこで、次項において、原告らの個別の具体的な火災保険契約の締結状況において、右の信義則に違反する具体的な事実が、原告らによって立証されているか判断する。
7 争点2(三)(被告らから原告らに対する地震免責条項及び地震保険についての情報提供の有無、内容)について
1 原告らの本件各火災保険契約の締結状況等
前記五3(六)に認定の被告ら保険会社が一般に火災保険契約者に対してしてした書面の交付状況の事実に、次に各原告ごとに掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によると、原告らが被告らとの間で火災保険契約(更改契約を含む。)を締結した時の状況、継続手続時の状況及び原告らが被告らから交付を受けた書面について、以下の各事実が認められる(火災保険契約申込書中の地震保険意思確認欄の成立の認定については、後記2に判示のとおりである。)。
(一) 原告菊地ミナ(被告安田火災関係)(甲イ二四の1、2、甲イ六〇、甲一〇八、原告菊池ミナ本人)
(1) 新規契約締結時
本件家屋は、亡菊地國雄(原告菊地ミナの夫)が元所有し、漁協の火災共済に加入していた。亡菊地國雄は、昭和六二年ころ、原告武田勝雄に貸すために、江差信金から融資を受けて本件家屋をパチンコ店に改造するに際し、右融資を受ける条件として火災保険契約に加入して江差信金のために質権を設定する必要があったところ、パチンコ店のような非居住用家屋は火災共済の対象とならないことから、右火災共済を解約して、新たに安田火災の普通火災保険に加入した。
契約申込手続は、江差信金青苗支店において、亡菊地國雄が行ったが、その詳細は不明である。ただし、新規契約時から申込書の地震保険確認欄に亡菊地國雄の押印がされていたものと推測される。
契約申込書作成後、信金職員は、亡菊地國雄に対し、契約申込書控を交付した。
後日、亡菊地國雄の元に、保険約款、保険証券、課税所得控除証明書が送付され、亡菊地國雄はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
亡菊地國雄の締結した契約は保険期間が一年間であったため、以後、毎年契約更改手続を行った。なお、亡菊地國雄は平成四年一〇月一一日に死亡し、原告菊地ミナが本件家屋を相続したため、平成五年一月一〇日の本件火災保険契約は原告菊地ミナ名義で行った。
更改手続は、事前に送付された満期通知の葉書に従い、原告菊地ミナが江差信金青苗支店に赴いて、行った。支店の職員は、原告菊地ミナに対し、前年度と同一内容の契約で申し込むことの確認を行った上、原告菊地ミナから印鑑を預かって、更改契約申込書の作成を代行した。地震保険意思確認欄の押印は、原告菊地ミナの意思を確認して、信金職員が、原告菊地ミナから預かった印鑑を用いて代行した。
契約申込書作成後、信金職員は、原告菊地ミナに対し、契約申込書控を交付した。
後日、原告菊地ミナの元に、保険約款、保険証券、課税所得控除証明書が送付され、原告菊地ミナはこれらを受領した。
契約更改手続は毎年右のようにしてなされ、原告菊地ミナは、平成五年一〇日の本件契約締結に至るまで四回、右手続を行ってきた。
(3) 新規契約締結後、原告菊地ミナから、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(二) 原告岸田賢悦(被告安田火災関係)(甲イ三七の1、2、甲イ六一)
(1) 本件契約締結時
原告岸田賢悦は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資手引きを購入した上、昭和五二年六月一四日、公庫の取扱金融機関であった奥尻漁協の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、漁協窓口において、漁協職員が、原告岸田賢悦に契約内容を確認しながら、代行して作成した。当時、契約申込書に「地震保険ご確認欄」は設けられておらず、「地震保険に関する約定及び特約」欄の「付帯する」、「付帯しない」のいずれかに丸印を付ける方式が採られていたが、漁協職員は、原告岸田賢悦の意思を確認して、右の「付帯しない」に丸印を付した。
後日、原告岸田賢悦の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、原告岸田賢悦はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
原告岸田賢悦は、以後、平成四年六月一四日に至るまで、三年ごとに契約の継続手続を行った。
原告岸田賢悦は、保険料の支払は口座引き落としの方法によっていたため、満期時には「引き落としのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受け、受領していた。
契約継続手続は三年ごとに右のようにしてなされ、原告岸田賢悦は、本件地震発生時まで五回、右手続を行ってきた。また、継続手続をとらない年度には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、原告岸田賢悦から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(三) 死亡前原告駒谷福司(被告安田火災関係)(甲イ二七の1、2、甲イ六二、甲一〇九)
(1) 死亡前原告駒谷福司は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資手引きを購入した上、昭和六二年一月一二日、公庫の取扱金融機関であった江差信金青苗支店の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、江差青苗支店において、信金職員が、死亡前原告駒谷福司に契約内容を確認しながら、死亡前原告駒谷福司と同席していた原告駒谷ケイ子(死亡前原告駒谷福司の妻)に押印箇所を指示して作成させた。地震保険意思確認欄の押印は、死亡前原告駒谷福司の意思を確認して、信金職員が原告駒谷ケイ子に押印を求め、原告駒谷ケイ子が自ら押印した。
後日、死亡前原告駒谷福司の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書、ご契約カードが送付され、死亡前原告駒谷福司はこれらを受領した。
以後、毎年一〇月ころ、死亡前原告駒谷福司は、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、受領していた。
(2) 死亡前原告駒谷福司の本件火災保険契約については、継続手続はとられていない。
(3) 本件契約締結後、死亡前原告駒谷福司から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(四) 原告新谷義盛(被告安田火災関係)(甲イ三五の1、2、甲イ六三、甲一一〇)
(1) 本件契約締結時
原告新谷義盛は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資手引きを購入した上、昭和四九年三月二八日、公庫の取扱金融機関であった奥尻漁協の取次を受けて、被告安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、原告新谷義盛の父親である新谷豊吉が代行して作成したが、その詳しい経緯は不明である。なお、当時は特約地震保険制度は設けられておらず、新谷豊吉が代行して作成した契約申込書には地震保険意思確認欄は設けられていなかった。
後日、原告新谷義盛の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、原告新谷義盛はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
原告新谷義盛は、以後、平成元年三月二八日に至るまで、五年ごとに契約の継続手続を行った。
原告新谷義盛は、保険料の支払を店頭払込みの方法によっていたため、満期時には「お払い込み手続きのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受けてこれらを受領した。
契約継続手続は五年ごとに右のようにしてなされ、原告新谷義盛は、本件地震発生時まで三回、右手続を行ってきた。また、継続手続をとらない年度には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五〇年四月ころには「地震保険のご案内(新設)」、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、原告新谷義盛から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(五) 原告武田勝雄(被告安田火災関係)(甲イ二五の1、2、甲イ六四)
(1) 新規契約締結時
原告武田勝雄は、昭和六三年ころ、パチンコ店経営を始めるに当たり、信金から受ける条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、信金を通じて安田火災の普通火災保険契約を申し込んだ。
契約申込書は、江差信金青苗支店において、信金担当者が、原告武田勝雄に契約内容を確認しながら、原告武田勝雄から預かった印鑑を用いて作成した。地震保険意思確認欄の押印は、原告武田勝雄の意思を確認して、信金職員が、原告武田勝雄から預かっていた印鑑を用いて代行した。
契約申込書作成時、信金職員は、原告武田勝雄に対し、契約申込書控を交付した。
後日、原告武田勝雄の元に、保険約款、保険証券、課税所得控除証明書が送付され、原告武田勝雄はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
原告武田勝雄の締結した契約は保険期間が一年間であったため、以後、毎年契約更改手続を行った。
更改手続は、事前に送付された満期通知の葉書に従い、原告武田勝雄が信金に赴いて、行った。信金職員は、原告武田勝雄に対し、前年度と同一内容の契約で申し込むことの確認を行った上、原告武田勝雄から印鑑を預かって、書類作成を代行した。地震保険意思確認欄の押印は、原告武田勝雄の意思を確認して、信金職員が、原告武田勝雄から預かっていた印鑑を用いて代行した。
契約申込書作成時、信金職員は、原告武田勝雄に対し、契約申込書控を交付した。
後日、原告武田勝雄の元に、保険約款、保険証券、課税所得控除証明書が送付され、原告武田勝雄はこれらを受領した。
契約更改手続は毎年右のようにしてなされ、原告武田勝雄は、平成五年二月一三日の本件契約締結に至るまで五回、右手続を行ってきた。
(3) 新規契約締結後、原告武田勝雄から、安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(六) 原告高杉鶴男(被告安田火災関係)(乙イ二六の1、2、乙イ六五、乙一一一、原告高杉鶴男本人)
(1) 本件契約締結時
原告高杉鶴男は、自宅新築のため住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資手引きを購入した上、昭和五三年七月二五日、公庫の取扱金融機関であった江差信金青苗支店の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、江差信金青苗支店において、契約内容の確認を行った信金担当者が、原告高杉鶴男又は高杉千江子(原告高杉鶴男の妻)の依頼を受けて、印鑑を預かり、代行して行った。地震保険意思確認欄の押印は、原告高杉鶴男の意思を確認して、支店担当者が、原告高杉鶴男又は高杉千江子から預かっていた印鑑を用いて代行したものである。
後日、原告高杉鶴男の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、原告高杉鶴男はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
原告高杉鶴男は、昭和六三年七月二五日に、契約の継続手続を行った。
原告高杉鶴男は、保険料の支払を店頭払込みの方法によっていたため、満期時には「お払い込み手続きのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受けてこれらを受領していた。
原告高杉鶴男は、右昭和六三年度を除く毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、原告高杉鶴男から、安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなかった。
(七) 原告飛山義雄(被告安田火災関係)(甲イ三三の1、2、甲イ六六、甲一一二)
(1) 新規契約締結時
原告飛山義雄の父である亡飛山平治は、自宅新築のために江差信金青苗支店から融資を受ける際、融資の条件として火災保険契約に加入して江差信金に対し質権を設定する必要があったことから、昭和四九年ころ、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書の作成に関する経緯は不明である。なお、当時亡飛山平治が作成した契約申込書には地震保険意思確認欄は設けられていなかった。
契約申込書作成時、同支店担当者は、亡飛山平治に対し、契約申込書控を交付した。
後日、亡飛山平治の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、亡飛山平治はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
亡飛山平治の締結した契約は保険期間が一年間であったため、以後昭和五七年一二月四日に死亡するまでの間、亡飛山平治が毎年契約更改手続を行った。昭和五二年に契約申込書に地震保険意思確認欄が設けられた後は、地震保険意思確認欄に亡飛山平治の押印がされた状態で、更改契約の申込がされていた。亡飛山平治による契約書作成の状況は不明であるが、亡飛山平治は「奥尻飛山」の名称で大正海上火災保険(現・被告三井海上)の代理店を経営しており(争いがない。)、地震保険制度の有無及び契約申込書に地震保険意思確認欄があること、地震保険に加入しない者は同欄に署名又は押印をすることを当然知っていたと推認することができる。
亡飛山平治が死亡した後、原告飛山義雄は江差信金青苗支店において名義変更手続を行った。その後、原告飛山義雄は、事前に送付された満期通知の葉書に従い、妻の飛山操を使者として、江差信金青苗支店において毎年契約更改手続を行った。
更改契約書は、支店職員が、飛山操に対し、前年度と同一内容の契約で申し込むことの確認を行った上、飛山操から印鑑を預かって作成を代行したこともあれば、飛山操に押印箇所を指示して作成させたこともあった。その際の地震保険意思確認欄の押印は、支店の職員が飛山操の意思を確認して、飛山操から預かった印鑑を用いて押印を代行し、または飛山操に指示して押印させた。
後日、原告飛山義雄の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告飛山義雄はこれらを受領した。
契約更改手続は毎年右のようにしてなされ、原告飛山義雄は、契約の名義を同人に変更した後だけでも、平成五年三月七日の本件契約締結に至るまで一一回、右手続を行ってきた。
(3) 亡飛山平治による新規契約締結後、亡飛山平治又は原告飛山義雄から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(八) 原告松川武美(被告安田火災関係)(甲イ三二の1、2、甲イ六七、甲一一三)
(1) 原告松川武美は、自宅を新築するため住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、平成二年八月二一日、公庫の取扱金融機関であった漁協の取次を受けて、被告安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、漁協において、契約内容の確認を行った漁協職員が、原告松川武美の依頼を受けて、印鑑を預かり、代行して作成した。地震保険意思確認欄の押印は、原告松川武美の意思を確認して、漁協職員が、原告松川武美から預かっていた印鑑を用いて代行した。
後日、原告松川武美の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書、ご契約カードが送付され、原告松川武美はこれらを受領した。
以後、毎年一〇月ころ、原告松川武美は、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、受領していた。
(2) 原告松川武美の本件火災保険契約については、継続手続はとられていない。
(3) 本件契約締結後、原告松川武美から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(九) 原告松田逸松(被告安田火災関係)(甲イ三四の1、2、甲イ六八、甲一一四)
(1) 本件契約締結時
原告松田逸松は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、昭和五三年六月一〇日、公庫の取扱金融機関であった江差信金青苗支店の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、江差信金青苗支店において、契約内容の確認を行った信金職員が、原告松田逸松の依頼を受けて、印鑑を預かり、代行して作成した。「地震保険ご確認欄」の押印は、原告松田逸松の意思を確認して、信金職員が、原告松田逸松から預かっていた印鑑を用いて代行したものである。
後日、原告松田逸松の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、原告松田逸松はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
原告松田逸松は、昭和六三年六月一〇日に契約の継続手続を行った。
原告松田逸松は、保険料の支払を店頭払込みの方法によっていたため、満期時には「お払込み手続きのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受けてこれらを受領した。
契約継続手続は昭和六三年度以降は毎年右のようにしてなされ、原告松田逸松は、本件地震時まで六回、右手続を行ってきた。また、右昭和六三年度より前には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、原告松田逸松から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(一〇) 原告柳谷光雄(被告安田火災関係)(甲イ三八の1、2、甲イ六九、甲一一五)
(1) 本件契約締結時
原告柳谷光雄は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、昭和五二年一〇月一五日、公庫の取扱金融機関であった漁協の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、漁協において、原告柳谷光雄に対し契約内容の確認を行った漁協職員が代行して作成した。印鑑は、漁協で漁船関係の手続をするために保管している原告柳谷光雄名義のものを用いた。地震保険意思確認欄の押印は、原告柳谷光雄の意思を確認して、漁協職員が右印鑑を用いて代行した。
後日、原告柳谷光雄の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、原告柳谷光雄はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
原告柳谷光雄は、以後、平成四年一〇月一五日に至るまで、三年ごとに契約の継続手続を行った。
原告柳谷光雄は、保険料の支払は口座引き落としの方法によっていたため、満期時には「引き落としのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受け、受領していた。
契約継続手続は三年ごとに右のようにしてなされ、原告柳谷光雄は、本件地震時まで五回、右手続を行ってきた。また、継続手続をとらない年度には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、原告柳谷光雄から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(一一) 死亡前原告吉永敏和(被告安田火災関係)(死亡前原告吉永敏和本人、甲イ三一の1、2、甲イ七〇、甲イ一一六)
(1) 本件契約締結時
死亡前原告吉永敏和は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、昭和五四年七月二五日、公庫の取扱金融機関であった江差信金青苗支店の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、江差信金青苗支店において、信金職員が、死亡前原告吉永敏和の使者として支店窓口に赴いた死亡前原告吉永敏和の父である吉永源作に契約内容の確認を行いながら、吉永源作から預かった印鑑を用いて作成した。地震保険意思確認欄の押印は、吉永源作の意思を確認して、信金職員が、吉永源作から預かった印鑑を用いて代行したものである。
後日、死亡前原告吉永敏和の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、死亡前原告吉永敏和はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
死亡前原告吉永敏和は、平成元年七月二五日に、契約の継続手続を行った。
死亡前原告吉永敏和は、保険料の支払を店頭払込みの方法によっていたため、満期時には、「お払い込み手続きのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受けてこれらを受領した。
死亡前原告吉永敏和は、右平成元年度を除く毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、死亡前原告吉永敏和から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
なお、死亡前原告吉永敏和は、本件地震後自宅を再築したが、その際、地震保険免責条項及び地震保険の存在及び内容を知悉していながら、地震保険金額の上限が一〇〇〇万円と少額であることから、敢えて地震保険には加入しなかった。
(一二) 原告菊地秀雄(被告安田火災関係)(甲イ三〇の1、2、甲イ七一、甲一一七)
(1) 本件契約締結時
原告菊地秀雄は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、昭和五三年八月二九日、公庫の取扱金融機関であった漁協の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、漁協職員が、原告菊地秀雄の自宅において、契約内容の確認を行いながら、原告菊地秀雄から預かった印鑑を用いて作成した。地震保険意思確認欄の押印は、原告菊地秀雄の意思を確認して、漁協職員が、原告菊地秀雄から預かった印鑑を用いて代行したものである。
後日、原告菊地秀雄の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、原告菊地秀雄はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
原告菊地秀雄は、以後、平成二年八月二九日に至るまで、三年ごとに契約の継続手続を行った。
原告菊地秀雄は、保険料の支払は口座引き落としの方法によっていたため、満期時には「引き落としのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受け、受領していた。
契約継続手続は三年ごとに右のようにしてなされ、原告菊地秀雄は、本件地震時まで四回、右手続を行ってきた。また、継続手続をとらない年度には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、原告菊地秀雄から、被告安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(一三) 原告寅尾博光(被告安田火災関係)(甲イ二九の1、2、甲イ七二、甲一一八)
(1) 本件契約締結時
原告寅尾博光の父である亡寅尾松雄は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、昭和四九年三月二八日、公庫の取扱金融機関であった漁協の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書の作成に関する経緯は不明である。なお、本件契約締結当時、特約地震保険制度は設けられておらず、当時亡寅尾松雄が作成した契約申込書には地震保険意思確認欄は設けられていなかった。
後日、亡寅尾松雄の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、亡寅尾松雄はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
亡寅尾松雄、同人が昭和六三年に死亡した後は、原告寅尾博光において、以後、平成元年三月二八日まで、五年ごとに契約の継続手続を行った。
亡寅尾松雄及び原告寅尾博光は、保険料の支払を店頭払込みの方法によっていたため、満期時においては「お払い込み手続きのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受けてこれらを受領した。
契約継続手続は五年ごとに右のようにしてなされ、本件地震時までに、亡寅尾松雄は二回、原告寅尾博光は一回、右手続を行ってきた。また、継続手続をとらない年度には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五〇年四月ころには「地震保険のご案内(新設)」、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、亡寅尾松雄又は原告寅尾博光から、安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(一四) 死亡前原告松塚政彦(被告安田火災関係)(甲イ二八の1、2、甲イ七三、甲一一九)
(1) 本件契約締結時
死亡前原告松塚政彦は、自宅新築のために住宅金融公庫から融資を受ける際、公庫融資の条件として火災保険契約に加入して公庫に対し質権を設定する必要があったことから、公庫融資の手引きを購入した上、昭和五三年八月二九日、公庫の取扱金融機関であった漁協の取次を受けて、安田火災との間で本件火災保険契約(特約火災保険)を締結した。
契約申込書は、漁協職員が、漁協において、契約内容の確認を行いながら、死亡前原告松塚政彦から預かった印鑑を用いて作成した。地震保険意思確認欄の押印は、死亡前原告松塚政彦の意思を確認して、漁協職員が、原告から預かった印鑑を用いて代行した。
後日、死亡前原告松塚政彦の元には、「ご契約のしおり」、申込書控、課税所得控除証明書が送付され、死亡前原告松塚政彦はこれらを受領した。
(2) 継続手続等
死亡前原告松塚政彦は、以後、平成二年八月二九日に至るまで、三年ごとに契約の継続手続を行った。
死亡前原告松塚政彦は、保険料の支払は口座引き落としの方法によっていたため、満期時には「引き落としのご案内」と、これに同封された「ご契約のしおり」、領収証、課税所得証明書、「地震保険のご案内」の送付を受け、受領していた。
契約継続手続は三年ごとに右のようにしてなされ、死亡前原告松塚政彦は、本件契約締結に至るまで四回、右手続を行ってきた。また、継続手続をとらない年度には、毎年一〇月ころ、課税所得証明書に「住公ニュース」を同封したものの送付を受け、受領していた。更に、昭和五五年七月ころには「地震保険改訂のおしらせ」、平成三年一二月ころには、「特約地震保険のおすすめについて」の送付を受け、いずれも受領していた。
(3) 本件契約締結後、死亡前原告松塚政彦から、安田火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなかった。
(一五) 亡浅利謙二(被告東京海上関係)(甲ロ一五の1、2、甲ロ三九、甲一二〇、乙一〇〇、原告浅利幸子本人(第一回、第二回))
(1) 新規契約に至る経緯
亡浅利謙二は、昭和五三年一〇月二〇日、本件建物及びその敷地の購入資金を江差信金から融資を受けるに際し、融資の条件として、本件建物について火災保険契約を締結し、江差信金のために質権を設定する必要があったことから、そのころ、本件建物の旧所有者から、同人が加入していた火災保険契約(内容は不明)について契約上の地位の譲渡を受け、これについて江差信金のために質権を設定した。
その後、亡浅利謙二は、昭和五四年一〇月二五日、右火災保険契約に代えて、新たに長期総合保険(保険期間一〇年間、保険料は年払い)に加入し、従前どおり江差信金のため質権を設定した。地震保険確認欄への押印は、江差信金青苗支店において、亡浅利謙二の意思を確認して、信金職員が原告浅利幸子に押印を求め、原告浅利幸子が自ら押印した。
契約申込書作成時、信金職員は、亡浅利謙二に対し、契約申込書控と領収証を交付した。
後日、亡浅利謙二の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、亡浅利謙二はこれを受領した。また、昭和六一年五月に右長期総合保険を解約するまで毎年、亡浅利謙二の元に、課税所得控除証明書が送付され、亡浅利謙二はこれを受領した。
(2) 新規契約時
その後、亡浅利謙二は、資金繰りの関係から右長期総合保険を解約したが、江差信金のために質権を設定する必要から、昭和六一年五月八日、新たに普通火災保険契約を締結した。
契約申込書は、江差信金青苗支店の窓口において、信金職員が、亡浅利謙二の使者である原告浅利幸子に対して契約内容の確認を行いながら、原告浅利幸子に押印箇所を指示して作成させた。地震保険意思確認欄の押印は、原告浅利幸子の意思を確認して江差信金職員が、原告浅利幸子に押印を指示し、原告浅利幸子が自ら押印したものである。
契約申込書作成時、信金職員は、原告浅利幸子に対し、契約申込書控を交付した。
後日、亡浅利謙二の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、亡浅利謙二はこれを受領した。
(3) 更改契約手続等
亡浅利謙二の締結した契約は保険期間が一年間であったため、以後、毎年契約更改手続を行った。
更改手続は、事前に送付された満期通知の葉書に従い、原告浅利幸子が使者として江差信金青苗支店に赴き、行った。支店の職員は、原告浅利幸子に対し、前年度と同一内容の契約で申し込むことの確認を行った上、原告浅利幸子に押印箇所を指示して作成させた。その際、地震保険意思確認欄の押印は、支店の職員が原告浅利幸子の意思を確認してその押印を指示し、原告浅利幸子が自ら押印した。
契約申込書作成時、信金職員は、原告浅利幸子に対し、契約申込書控を交付した。
後日、亡浅利謙二の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、亡浅利謙二はこれらを受領した。
契約更改手続は毎年右のようにしてなされ、亡浅利謙二は、平成五年五月八日の本件契約締結に至るまで七回、右手続を行ってきた。
(4) (1)記載の長期総合保険契約締結後、亡浅利謙二から、東京海上に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がなされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(一六) 原告菊地年雄(被告東京海上関係)(甲ロ一六の1、2、甲ロ四〇、甲一二一、証人菊地ヤス、原告菊地年雄本人)
(1) 新規契約時
原告菊地年雄は、自宅を新築するために江差信金から融資を受ける際、融資の条件として火災保険契約に加入して江差信金に対し質権を設定する必要があったことから、昭和四三年ころ、保険代理店を営んでいた津山久雄を通じて、東京海上との間で二つの店舗総合保険を締結した。
契約申込書は、津山久雄が、原告菊地年雄の自宅において、原告菊地年雄に契約内容を確認しながら、原告菊地年雄の妻である菊地ヤスから預かった印鑑を用いて作成した。当時、契約申込書には地震保険意思確認欄は設けられていなかった。
契約申込書作成時、津山久雄は、菊地ヤスに対し、契約申込書控を交付した。
後日、原告菊地年雄の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告菊地年雄はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
原告菊地年雄の締結した契約は保険期間が一年間であったため、以後、毎年契約更改手続を行った。なお、昭和四五年ころ、原告菊地年雄は、津山久雄の勧めに従って、地震保険に加入することとし、以後、本件契約締結に至るまで、地震保険も同様に更改手続を行った。
更改手続は、事前に満期通知の葉書が送付され、満期近くになると津山久雄が原告菊地の自宅を訪れて行われた。津山久雄は、原告菊地年雄に対し、前年度と同一内容の契約で申し込むことの確認を行った上、原告菊地年雄から印鑑を預かって、書類作成を代行した。その際、地震保険意思確認欄については、原告菊地年雄が地震保険に加入するという意思を確認したために、押印されなかった。
契約申込書作成時、津山久雄は、原告菊地年雄に対し、契約申込書控を交付した。
後日、原告菊地年雄の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告菊地年雄はこれらを受領した。
契約更改手続は毎年右のようにしてなされ、原告菊地年雄は、平成四年七月一三日及び同年九月四日の本件契約締結に至るまで二四回、右手続を行ってきた。
(一七) 死亡前原告小山繁信(被告東京海上関係)(甲ロ一七の1ないし3、甲ロ四一、甲一二二、甲一四三の2)
(1) 新規契約時
死亡前原告小山繁信は、自宅を新築するために江差信金から融資を受ける際、融資の条件として火災保険契約に加入して江差信金に対し質権を設定する必要があったことから、昭和五〇年一月二七日ころ、江差信金の取次を受けて、江差信金の関連会社で保険代理店を営む有限会社ユーアイ保険代理店を通じて、東京海上との間で長期総合保険を締結した。
契約申込書は、江差信金青苗支店において、信金職員が、死亡前原告小山繁信の使者である原告小山ミヨキに対して契約内容の確認を行いながら、原告小山ミヨキから預かった印鑑を用いて作成した。当時、契約申込書には地震保険意思確認欄は設けられていなかった。
契約申込書作成時、信金職員は、原告小山ミヨキに対し、契約申込書控を交付した。
後日、死亡前原告小山繁信の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、死亡前原告小山繁信はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
死亡前原告小山繁信は、昭和六〇年一月二七日、契約更改手続を行い、本件保険契約を締結した。
更改手続は、事前に送付された満期通知の葉書に従い、原告小山ミヨキが、信金窓口を訪れて行った。更改契約申込書は、江差信金職員が、原告小山ミヨキに対し、前回と同一内容の契約で申し込むことの確認を行った上、原告小山ミヨキから預かった印鑑を用いて作成した。地震保険確認欄の押印は、原告小山ミヨキの意思を確認して、信金職員が、右印鑑を用いて代行した。
後日、死亡前原告小山繁信の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、死亡前原告小山繁信はこれらを受領した。
死亡前原告小山繁信は、昭和五一年以降、右昭和六〇年度を除く毎年、課税所得控除証明書の送付を受け、これを受領した。
(3) 新規契約締結後、死亡前原告小山繁信から、東京海上に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(一八) 原告厚谷哲子(被告興亜火災関係)(甲ロ一八、の1、2、甲ロ四一、甲一二三、証人中村みゆき、原告厚谷哲子本人)
(1) 原告厚谷哲子は、平成元年一〇月、亡夫が死亡したため、建物を相続した。右建物については、従来、農協の火災共済(契約期間一年間)を付けていたが、毎年契約を更新しなければならず面倒であったことから、平成二年五月一四日、娘である中村みゆきを使者又は代理人として、興亜火災代理店「スギザキ保険」の浜谷茂との間で本件火災保険契約を締結した。
契約申込書の作成は、中村みゆきの自宅において、中村みゆきが行った。地震保険意思確認欄の署名は、地震保険に加入しない旨の意思を確認を得た浜谷が、中村みゆきに指示して署名させたものである。
後日、原告厚谷哲子の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告厚谷哲子はこれらを受領した。
また、原告厚谷哲子は、平成三年度以降、毎年、課税所得控除証明書の送付を受け、これを受領した。
(2) 本件契約締結後、原告厚谷哲子又は中村みゆきから、被告興亜火災に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(3) なお、中村みゆきは、昭和六一年六月と平成二年三月の二回にわたり、浜谷茂との間で、中村みゆきの夫中村和哉の代理人として、同人名義の長期総合保険(家財)を締結した経験を有する。その際も、(1)同様の手続を行い、また、(1)で原告厚谷哲子が受け取ったと認定したものと同種の書類を受領している。
中村みゆきは、右契約のうち、昭和六一年六月に締結した長期総合保険契約について、平成三年と原告厚谷哲子による本件訴訟の提起の後である平成八年に更改手続を行った。
右のいずれの新規契約又は更改契約においても、中村みゆきは地震保険に加入する旨の意思表示はしておらず、地震保険確認欄に署名又は押印している。
(一九) 原告磯浦信幸(被告三井海上関係)(甲ロ一九、甲一二四、乙一〇五の1)
(1) 新規契約時
原告磯浦信幸は、自宅を新築するため国民金融公庫から融資を受ける際、融資の条件として火災保険契約に加入して国民金融公庫に対し質権を設定する必要があったことから、昭和五二年九月一二日、前記亡飛山平治(原告磯浦信幸の妻磯浦久美子の父)を通じて、被告三井海上との間で長期総合保険契約を締結した。
契約申込書は、申込書の送付を受けた磯浦久美子が、自宅において、原告磯浦信幸に代わって作成した。地震保険意思確認欄の押印は、地震保険には加入しない意思を確認した磯浦久美子がした。
後日、原告磯浦信幸の元に、契約申込書控、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告磯浦信幸はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
原告磯浦信幸は、昭和六二年九月一二日、契約更改手続を行い、本件保険契約を締結した。
更改手続は、押印すべき場所に丸印を付して指示した上保険代理店三浦保険事務所が原告磯浦信幸方に送付した更改契約申込書に、磯浦久美子が原告磯浦信幸に代わって押印し、返送するという方法で行われた。地震保険意思確認欄の押印は、地震保険には加入しない意思を確認した磯浦久美子が押印した。
後日、原告磯浦信幸の元に、契約申込書控、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告磯浦信幸はこれらを受領した。
この他、昭和五三年以降、右昭和六二年を除く毎年、原告磯浦信幸は課税所得控除証明書の送付を受け、これを受領した。
(3) 新規契約締結後、原告磯浦信幸から、被告三井海上に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(二〇) 原告飛山義雄(被告三井海上関係)(甲ロ二〇、甲ロ四三、甲一二五、乙一〇五の1ないし3、乙一五七)
(1) 新規契約時
新規の長期総合保険契約締結は、原告飛山義雄の亡父飛山平治が、昭和五四年五月二一日より前に締結していたものと考えられるが、その詳細は不明である。
前記のとおり、亡飛山平治は保険代理店を自ら営んでいたため、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を知悉していた。
(2) 更改契約手続等
亡飛山平治は、昭和五四年五月二一日、契約更改手続を行った。その際、更改契約申込書の地震保険意思確認欄には、亡飛山平治が、地震保険には加入しない意思を明らかにするため、押印を行った。
その後、昭和五七年一二月四日に亡飛山平治が死亡したため、昭和五八年一〇月ころ、亡飛山平治の妻で、原告飛山義雄の母である飛山トシエが、被保険者を原告飛山義雄として保険契約者の地位を承継し、昭和五八年一〇月ころ、その旨の異動承認手続がなされた。
飛山トシエは、平成元年六月一六日、契約更改手続を行い、本件保険契約を締結した。更改手続は、保険代理店三浦保険事務所が押印すべき場所に丸印を付して指示した上飛山トシエ方に送付した更改契約申込書に、前記飛山操が飛山トシエに代わって押印し、返送するという方法で行われた。地震保険意思確認欄の押印は、飛山トシエの意思を確認して、飛山操が押印した。
後日、飛山トシエの元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、飛山トシエはこれらを受領した。
少なくとも昭和五五年以降、右平成元年を除く毎年、飛山トシエは課税所得控除証明書の送付を受け、これを受領した。
(3) 新規契約締結後、飛山トシエから、被告三井海上に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
(二一)原告辺見誠(被告東京海上関係)(乙一六八の1、2、乙一六九)
(1) 新規契約時
原告辺見誠は、江差信金から融資を受ける際、融資の条件として火災保険契約に加入して江差信金に対し質権を設定する必要があったことから、昭和五四年五月一一日ころ、江差信金の取次を受けて、江差信金の関連会社で保険代理店を営む有限会社ユーアイ保険代理店を通じて、東京海上との間で長期総合保険を締結した。
契約手続きの詳細は不明であるが、地震保険意思確認欄の押印は、江差信金青苗支店において、原告辺見誠の意思を確認してなされた。
契約申込書作成時、信金職員は、原告辺見誠に対し、契約申込書控を交付した。
後日、原告辺見誠の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告辺見誠はこれらを受領した。
(2) 更改契約手続等
原告辺見誠は、平成元年五月一一日ころ、契約更改手続を行い、本件保険契約を締結した。
更改手続は、事前に送付された満期通知の葉書に従って、信金窓口で行われたものと考えられる。その詳細は不明であるが、地震保険意思確認欄の押印は、原告辺見誠の意思を確認してなされた。
後日、原告辺見誠の元に、保険約款、保険証券写し、課税所得控除証明書が送付され、原告辺見誠はこれらを受領した。
原告辺見誠は、昭和五五年以降、右平成元年度を除く毎年、課税所得控除証明書の送付を受け、これを受領した。
(3) 新規契約締結後、原告辺見誠から、被告東京海上に対し、地震保険に加入したいとの意思表示がされたことは一度もなく、また、何らかの異議が申し出られることもなかった。
2 原告らの個別の具体的な契約締結状況における信義則違反の事実の立証の成否について
(一) 地震保険意思確認欄の押印状況における信義則違反の主張について
原告らは、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を知らず、原告らが本件各火災保険契約締結時に、地震免責条項及び地震保険の存在及び内容を了知すれば、地震保険契約を締結した蓋然性が高い、すなわち、火災保険契約では、地震免責条項によって、地震火災によって建物を焼失した場合には火災保険金が支払われないこと、そのために地震保険が存在していることを原告らが了知すれば、原告らはもともと万が一の危険を保険によって回避しようとしていたのであるから、地震保険を付帯した高度の蓋然性があるのに、被告らは原告らに対して、地震免責条項及び地震保険の説明を全くしなかったばかりか、代理店や、江差信金又は漁協の職員ら契約締結の補助者をして、契約申込書の地震保険意思確認欄につき、原告らから印鑑を預かって押印し、あるいは、原告らに対して、注意をする暇もなく機械的に地震保険意思確認欄を指示して押印させ、原告らに地震保険意思確認欄の意味内容を了知し得る機会を与えることなく、地震保険意思確認欄の押印の外形を作出し、原告らに対して、地震保険加入・不加入の意思決定の機会を与えなかったのであり、このことは、契約締結に当たって契約当事者に求められる信義則に著しく違反する旨主張している。
前判示のとおり、本件各火災保険契約締結時においては、地震免責条項及び地震保険に係る情報について、契約申込者に開示して、十分に説明して十分な理解を得るべきことは、一般的な法的義務としては肯定できないのではあるが、原告らの右主張は、個別の具体的な契約締結状況における信義則違反に該当すると判断することができる前記六2の判断基準に該当し得るものであるので、右の判断基準に該当する具体的な事実の立証がなされれば、原告らに対して信義則ないし信義則上要求される義務(個別的な情報開示説明義務や地震保険意思確認義務)に違反する行為がなされたことが肯定される。
しかし、以下に判示するとおり、本件においては、右の信義則ないし信義則上要求される義務に違反すると評価するに足りる具体的な事実を認めることは困難であるといわざるを得ない(なお、原告岸田賢悦、同新谷義盛、同寅尾博光については、新規契約が昭和五二年七月一日よりも前であったため、新規契約時には地震保険意思確認欄が設けられておらず、また、同人らの加入していた特約火災保険は満期を迎えても新たに更改契約申込書を作成することのない継続手続によって更新されてきたため、その後も地震保険意思確認欄に押印する機会はなく、同原告らに関する右の信義則違反の主張は、この点からも失当である。)。
(二) 地震保険意思確認欄の押印の推定について
右1に認定の本件火災保険契約の締結の経緯によれば、原告岸田賢悦、同新谷義盛、同寅尾博光を除く原告らについては、本件各火災保険契約の締結時において、原告らが主張するような契約申込書中の地震保険意思確認欄の作成状況の有無が問題となるのである。この点に関し、当裁判所は、原告らによる地震保険意思確認欄の真正な成立が認定されると判断する。
右の地震保険意思確認欄は、「地震保険は申込みません」との記載と「地震保険ご確認欄」との記載がある契約申込者作成名義の捺印欄であるところ、同欄の押印について、その印影が原告ら各火災契約締結者の印章に基づくことは、右の各原告らにおいて争いがないから、反証のない限り、右の印影は同人らの意思に基づいて顕出されたものと推定され(原告厚谷哲子については、同欄の署名を代理人である娘の中村みゆきが自署したことは争いがない。)、民事訴訟法二二八条四項に基づいて、右の地震保険意思確認欄の全体が真正に成立したものと推定される。
個別の具体的な契約締結状況における信義則違反が問題となる本件においても、前判示のとおり、原告らは、右の推定を覆すに足りる反証に成功しているか否かについて判断すべきであると解される。
(三) 地震保険意思確認欄の押印の推定に対する原告らの反証の成否について
(1) 確かに、被告らの原告らに対する個別の具体的な契約締結状況をみると、本件全証拠によっても、被告ら保険会社が昭和五二年以降、代理店に対して指導していたように、火災保険契約申込書の作成に携わった担当者らが、原告らに対して、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について、積極的に、パンフレット等の書面を交付した上で、十分に説明することによって、原告らの十分な理解を得ていたと認めるに足りる証拠はなく、本件における次の証拠及び事実関係からすれば、むしろ、これがされていなかったことが窺われるのであって、これがされていなかった可能性を否定することができない。
① 昭和四九年八月から昭和五四年一〇月末日まで、奥尻島における江差信金青苗支店の支店長をしていた証人小竹康之の証言によると、同人は、火災保険契約申込書の作成に当たった担当職員を指導しており、自らも、作成時に同席したこともあるが、契約申込書に地震保険意思確認欄があるために、契約申込者に対して必ず地震保険に加入するかという確認はするものの、地震保険に入らないといえばそれ以上の説明はしておらず、また、地震保険について、パンフレットを見せて話をすることもあれば、見せないですることもある旨証言し(これは、保険代理店においても、現実には、契約時にご契約のしおり等のリーフレットを契約申込者に交付することをほとんど実行していないとの先の指摘を裏付けるものである。)、また、火災保険には地震免責条項があるから地震保険が別に設けられているとの説明はしていないと受け取れることができる証言や、江差信金関連の保険代理店ユーアイから契約申込書作成に当たって契約申込者に対してすべき説明事項等について格別の指導を受けておらず、地震免責条項について説明していなかったと推測することができる証言をしている。また、火災保険契約申込書の作成に当たり、捺印を代行する場合もある旨証言している。
② 住宅金融公庫から公庫融資の業務を受託していた北海道信用漁業協同組合連合会の補助事務をしていた漁協の信用部に、昭和五〇年ころまで在職して火災保険契約申込書の作成の実務に携わっていた証人小寺猛は、契約申込書の作成に当たって地震火災の場合に保険金が出ないことについて、積極的に説明したことはない旨証言し、また、同連合会の担当職員から、契約申込書作成に当たって契約申込者に対してすべき説明事項等について格別の指導を受けていなかったと推測することができる旨の証言をしている。さらに、漁協では、職員が契約申込書の作成に当たり、組合員に対するサービスとして捺印を代行することが多く、また、漁協と組合員との信頼関係に基づいて漁船保険申請の関係で漁協に置いていた組合員の印鑑を利用して職員が捺印することもあった旨証言している。
③ また、証人小竹康之、証人小寺猛によると、奥尻島やその青苗地区は、一般に地震や津波による被害とは無縁な島であると島民や地区住民は考えており、証人小寺猛の証言によると、そのような認識は、昭和五八年五月二六日に発生した日本海中部沖地震後でも大きくは変わってはおらず、特に、地震火災については、そのような認識において変わることがなかったことが認められ、証人小寺猛は、契約申込者から地震火災について質問された記憶はない旨、また、地震火災の場合に火災保険金が出るかという質問はなかった旨証言している。
④ そして、現実にも、前記のとおり、平成五年に発生した本件地震等の地震災害の発生の後に、火災保険契約者から、「火災保険では地震は免責で、地震火災費用保険金しか出ないとは知らなかった」、「地震保険について十分案内をしてもらっていない」といった声が多く出ていたことから、被告東京海上は、顧客に火災保険や地震保険の内容について十分理解してもらうことを目的として、新たに、一定の範囲の地震保険未不担保の契約者に対して「地震保険おすすめハガキ」を送付することに決定しており、また、同被告は、代理店に対して、右の各地震では地震保険をきちんと勧めなかったため、火災保険しか付保していなかった契約者の方々から、契約時に十分説明を聞いていなかった等の苦情が寄せられたという事例も見受けられるとして、火災保険契約時には、必ず地震保険を案内するよう要請していた事実が認められる。
(2) 以上の証拠及び事実関係からすると、原告らの本件各火災保険契約の新規契約ないし更改契約の申込書の作成時において、それぞれ募取法の直接の規制が及ばない江差信金や漁協の職員が関与した場合に、保険会社が、保険代理店に対して、契約締結時に、契約申込者に対し、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険に係る情報について記載した書面を交付した上で、十分に説明して、十分な理解を得るべきであると指導していた内容が、右の職員らには及んでおらず、右の職員らは、これをせずに原告らの地震保険意思確認欄を作成させていたことが窺われるのである(先のとおり、右の指導を受けていた保険代理店についてさえ、現実には、契約時にご契約のしおり等のリーフレットを契約申込者に交付することをほとんど実行していないとの指摘がなされている。)。
特に、漁協の職員が関与していた場合で、原告の本件火災保険契約申込書の作成が、原告が漁協に預けておいた印鑑を利用して漁協職員によって契約申込書が作成された場合(被告安田火災関係の原告柳谷光雄)には、これがされずに、地震保険意思確認欄が作成されたことも推測されるのである(なお、この他に、被告三井海上は、前記のとおり、原告磯浦信幸の本件火災契約の更改手続の際に、押印すべき場所に丸印を付して指示した上保険代理店三浦保険事務所が原告磯浦信幸方に送付した更改契約申込書に、磯浦久美子が原告磯浦信幸に代わって押印し、返送するという方法で行われ、また、原告飛山義雄(保険契約者飛山トシエ)の更改契約手続時も、同様の方法により、飛山操が飛山トシエに代わって押印し、返送するという方法で行われており、この際に、口頭による説明がされていないことは争いがないが、これらの場合の地震保険意思確認欄の作成の経緯によれば、押印した者は、同欄の内容及び存在について、時間的にみて、十分に認識し得る機会が与えられており、上記の信義則違反に該当したにことは明らかである。)。
(3) しかしながら、本件では、それ以上に、原告らの本件各火災保険契約申込書の作成の際に、その作成に当たった者が、火災保険契約における地震免責条項及び地震保険の情報の開示及び地震保険加入・不加入の意思確認を全くせずに、地震保険意思確認欄の存在について、原告ら契約申込者において知り得ない態様によって、契約申込者の意思に基づかない地震保険意思確認欄を作出させたとして、前記の地震保険意思確認欄の押印の推定を覆すに足りるまでの反証はされていないと判断せざるを得ないことは、以下に判示するとおりであって、原告らは、いずれも、その意思に基づいて地震保険意思確認欄を、自ら又は代行させて、作成したことが肯認されるのであり、前記の信義則に違反する事実は立証されていないといわざるを得ない。
(4) 本件で提出された前記の原告らの供述録取書、陳述書及び原告ら本人尋問の中には、本件火災保険契約申込書の作成時に、火災保険契約における地震免責条項の存在ばかりか、地震保険の説明や地震保険に加入するか否かの意思の確認すら全く受けることなく、地震保険意思確認欄の存在自体も知ることができないようにして、本件各火災保険契約申込書が作成された旨の供述及び供述記載部分がある。
しかしながら、原告らの供述録取書、陳述書及び原告ら本人尋問を子細に検討すると、次のような供述の変遷とその理由について説明がないものが認められ、また、契約申込書作成の経緯について全く不明である原告や火災保険契約の経過自体も明確に記憶していない原告もみられるのである。
① 原告菊地ミナについて
新規契約時の契約申込書の署名は、当初は「信金の人」が署名を代行した旨供述していた(甲イ二四の1)が、その後、自分で署名した旨陳述を変更し、その理由について何の言及もしていない(甲イ二四の2、甲イ六〇、甲一〇八)。
② 死亡前原告駒谷福司について
新規契約時の契約申込書の署名は原告駒谷ケイ子が行い、押印は同原告の亡夫である死亡前原告駒谷福司がした旨供述していた(甲イ二七の1)が、その後、押印も自分がしたと思う旨陳述を変更し、その理由については何の言及もしていない(甲イ二七の2、甲イ六二、甲一〇九)。
③ 原告新谷義盛について
父である亡新谷豊吉が一切の手続を代行していたので、同原告は契約締結状況の一切について全く分からない状態である(甲イ三五の1、2、甲イ六三、甲一一〇)。
④ 原告武田勝雄について
同原告は、新規契約は漁協の職員が同原告の経営する店を訪れて手続をしたが、その後の更改契約はなぜか江差信金ですることになり、同原告が江差信金の窓口に赴いて手続をした旨供述していた(甲イ二五の2)。その後、漁協の職員が同原告の店を訪れて更改契約手続をした旨供述を変更したが、その理由としては、「私の別の店のことと勘違いしておりました。」と述べるだけである(甲イ六四)。
しかしながら、事実は、前記認定のとおり、原告武田勝雄は、パチンコ店経営を始めるために江差信金から融資を受けるに際して、その融資の条件として安田火災の普通火災保険に加入したのだから、その手続は江差信金で行ったものと認めるのが相当である(甲五を見ても、原告武田勝雄の契約は江差信金の関連会社である保険代理店ユーアイが担当したことになっている。)。
⑤ 原告高杉鶴男
新規契約時の契約手続は妻だけが江差信金に赴いて行い、契約申込書の署名も押印も江差信金の職員が代行した旨を法廷及び書面で供述していた(甲イ二六の1、2、甲イ六五)が、その後、江差信金に赴いて手続をしたのは同原告本人かその妻かはっきりせず、署名は妻がした旨供述を変更し、その理由については何の言及もしていない(甲イ一一一)。
⑥ 死亡前原告吉永敏和
死亡前原告吉永敏和は、更改手続は同人の父である訴外吉永源作が行った旨供述し(甲イ三一の2)、吉永源作も同様の供述をしていた(甲イ七〇)。しかし、吉永原作は、後に、更改手続は死亡前原告吉永敏和自身が行ったものである旨供述を変更し、その理由としては、勘違いをしていた旨述べるだけである(甲一一六)。
⑦ 死亡前原告松塚政彦について
新規契約時の契約申込書の署名について、原告松塚サキ子は、当初は同原告の亡夫である死亡前原告松塚政彦が自署した旨供述していた(甲イ二八の1)が、その後、右署名は誰がしたかについて、死亡前原告松塚政彦からは聞いていないので分からない旨供述を変更し、当初死亡前原告松塚政彦が自署したと供述していた理由については何の言及もしていない(甲イ七三)。
⑧ 亡浅利謙二について
原告浅利幸子の、訴外亡浅利謙二関係の火災保険契約の経過に関する供述は、相当に変遷している。
原告浅利幸子の法廷における第一回の供述では、昭和五三年に本件家屋を購入した際東京海上の普通火災保険に新規に加入し、以後毎年更改契約手続をしてきたかのような内容であったが、第二回の供述では、昭和五三年に本件家屋を購入した際は訴外工藤萬四郎の締結していた火災保険を引き継ぎ、昭和五四年に東京海上の普通火災保険に新規に加入し、これが満期を迎えた昭和五五年に東京海上の長期総合保険に新規に加入したかのような内容となっている。また、甲ロ三九では、昭和五三年に本件家屋を購入した際東京海上の普通火災保険に新規に加入し、これが満期を迎えた昭和五四年に東京海上の長期総合保険に新規に加入し、その後昭和五九年ころに資金繰りの都合から長期総合保険を解約して普通火災保険に加入したとしている。
しかし、事実は、前記認定のとおり、昭和五三年に本件家屋を購入した際は訴外工藤萬四郎の締結していた火災保険契約を引き継ぎ、昭和五四年に東京海上の長期総合保険に加入し、昭和六一年に長期総合保険を解約して普通火災保険に加入したものである(乙一二七の1ないし9、乙一二八の1、2)。
もとより、古い話であるから各契約の年月日を正確に記憶していないというのは無理はないが、それにしても、自分の加入していた火災保険契約の内容やその加入の経過という基本的な事実について、右のとおり、その供述は変遷しており、正確に記憶していない。
また、同原告は、本件訴訟提起以後は一貫して火災保険契約申込書には自ら押印していないと主張し、同原告の法廷及び書面での供述はこれに沿う内容となっている。
しかしながら、本件訴訟提起前である平成六年一〇月二六日付けで、同原告の代理人弁護士が被告東京海上に宛てて出した書面(乙一〇〇)によれば、同原告は自ら地震保険確認欄に押印したことを認めた上で、「その欄の説明は何もなかった。」としており、同原告は、このように供述を変遷させた合理的な理由を説明していない。
⑨ 原告菊地年雄について
原告菊地年雄は、本件原告らのうちで唯一、地震保険に加入していた者であり、当初は、新規契約時に前記の津山に「商売をやるうちは必ず地震保険に入るのだから入ってください。」と言われて地震保険に加入したと供述していたが(甲ロ一六の1、2)、最初の更新の際に勧誘を受けて地震保険に加入したと陳述を変遷させ、また、同原告が火災保険に加入したのは、前期認定のとおり、自宅新築の融資を受ける際に、融資の条件として必要であったためであるが、同原告の法廷及び書面での供述のいずれにおいても、このような火災保険加入の動機に関する記憶は欠落し、単に津山が同原告方を訪れて火災保険加入を勧誘したかのような内容になっている。そして、これらの供述の変遷について合理的な説明はなされていない(原告菊地年雄本人、甲ロ四〇、甲一二一)。
⑩ 死亡前原告小山繁信について
死亡前原告小山繁信の妻である原告小山ミヨキは、新規契約は江差信金で行い、契約書の署名は同原告が、押印は江差信金の職員が行った旨供述していた(甲ロ一七の1)が、その後、署名も押印も江差信金の職員が代行した旨供述を変更し、このように供述を変遷させた理由について何らの説明をしていない(甲ロ四一)。他方、死亡前原告小山繁信の子である死亡前原告小山繁賞は、新規契約手続を行った場所について、死亡前原告小山繁信が手続を行ったので、その場所が江差信金か被告東京海上の代理店か不明である旨供述して(甲ロ一七の3)、食い違いをみせている。
⑪ 原告辺見誠について
同原告は、本件建物について、当初被告安田火災との間で火災保険契約を締結していた旨主張し、平成六年四月一三日、安田火災を被告として火災保険金の支払を求める訴えを提起した(平成六年(ワ)第一一号事件)。右事件において同人が作成した陳述書(甲イ三六の1、2)では、契約申込書には自分が署名したが、押印は江差信金の職員がした旨を供述していた。
その後、本件建物については被告安田火災との間で火災保険契約を締結していない旨を同被告から指摘を受けて(平成八年一月二五日付け準備書面)、同原告は、平成九年一一月二七日に至って右の訴えを取り下げた。
そして、平成一一年一月三一日に至って、同原告は、本件建物について火災保険契約を締結していたのは、被告東京海上との間であると主張し、被告東京海上に対して本件訴訟(平成一一年(ワ)第二四号事件)を提起している。
また、本件訴訟において同原告が作成した陳述書(甲一二六)では、一方では、署名は自分がしたが押印は分からないと述べたり、押印は江差信金の職員がしたのではないかと思うと述べるなど、その内容は一貫していない。さらに、同人は、前記の被告安田火災に対する訴えの取下後である平成一〇年二月一四日に、依然として、昭和六三年に住宅金融公庫から融資を受ける条件として火災保険契約に加入した、押印は自分がしたのか江差信金の職員がしたのかはっきりしない、約款は後日受領したように思う、火災保険契約は一〇年契約だったので更新していないと供述している(乙一七一。事実は、前記認定のとおり、住宅金融金庫からの融資を受けるための条件ではなく、江差信金から融資を受けるための条件だったのであり、また、平成元年に更改契約手続を行っている。)。
(5) そして、前記のとおり、奥尻島やその青苗地区は、一般に地震や津波による被害とは無縁な島であると島民や地区住民は考えており、そのような認識は、右日本海中部沖地震後でも大きくは変わっていないことが認められる。
なお、この点に関して、原告らは、青苗地区は、昭和五八年五月二六日に発生した日本海中部沖地震の際の津波で大きな被害を受けた経験を有し、地震被害に対する関心が高かった旨主張し、日本海中部沖地震に際し、津波のために奥尻島全体で二名が死亡、一八名が重軽傷、住宅被害が合計八二棟という、津波被害としては奥尻町はじまって以来といわれる大惨事が発生していることが認められるのではあるが(甲一〇四、乙一一四の1ないし12)、日本海中部沖地震において大きな被害をもたらしたのは、主として津波によるものであったし、また、このときは火災は発生していないことから、前記のとおり、奥尻島における意識は、それ以前と大きくは変わっていないと認められるのであり、特に、地震火災については、そのような認識において変わることがなかったことが認められるのである。
(6) 以上のとおり、原告らの火災保険契約申込書の作成経緯等については供述に変遷等がみられること、奥尻島やその青苗地区は、一般に地震や津波による被害とは無縁な島であると島民や地区住民は考えており、そのような認識は、右日本海中部沖地震後でも大きくは変わってはいないこと、及び前記認定のとおり、原告厚谷哲子を除く原告らの本件各火災保険契約は、火災損害に備えるために自発的に契約が締結されたのではなく、住宅金融公庫や金融機関から融資を受けるための条件として契約が締結されたことが認められ、これらのことに、自分にとって関心や興味の低い事柄については、時間の経過とともに記憶が薄れていき、明確な記憶として残らなくなるという一般的な経験則を総合すると、原告らを含む青苗地区住民の多くは、自分が地震被害ないし地震火災に遭う可能性があるという深刻な認識は持っておらず、原告らが本件各火災保険契約を締結するに際しても、地震損害ないし地震火災による損害のことについては明瞭に意識していなかったため、本件地震の後や現在の時点では、当時、地震保険の加入・不加入の意思を確認されたかという点や、当時の手続の細部の点、ことに、契約申込書の署名、押印の経緯という、一般的にも記憶に残りにくいと思われる点について、明確な記憶が失われているとみることを否定することは困難であるといわざるを得ない。
(7) 他方、少なくとも、昭和五二年七月一日以降は、火災保険契約申込者の地震保険の加入・不加入の意思を明確にするために、火災保険契約申込書に地震保険意思確認欄が設けられており、同欄の作成に当たり、作成に携わっていた者が、原告ら契約申込者に対して、ことさらに地震保険の存在を秘匿したり、原告らが地震保険意思確認欄の存在を知ることができないようにして、地震保険に加入することを妨害したり、地震保険に加入する機会を奪わなければならないような特段の事情は認められず、また、契約締結時において、火災保険の契約内容を確認し、さらに、これに付帯する地震保険について、原告らの加入・不加入の意思を確認するという作業は、特別の労力や時間を要するものでもないと認められるから、地震保険意思確認欄の作成に当たって、原告らの意思を全く確認しなかったということは、一般的に推認し難いことであると思われる。
また、一般的に、原告らが主張するように、地震保険の加入率はかなり低いものであるが、これは、保険料が高いこと、支払われる保険金にも上限があること、建物等までに被害が及ぶような大地震はそう起きるものではないであろうという安心感があることもその大きな理由であると考えられるのであり、金融機関から融資条件として義務的に火災保険契約を締結する場合には、この傾向が強いと推測することができ、被告らが指摘するとおり、現に、死亡前原告吉永敏和は、本件地震後に再築した建物について地震保険に加入していないし、原告飛山義雄及び訴外飛山トシエの更改前の契約を自ら行っていた亡飛山平治は、自ら保険代理店を経営していたにも関わらず、地震保険に加入していない。また、原告厚谷哲子の代理人として本件火災保険契約を締結した中村みゆきは、本件地震後であり、母親である原告厚谷哲子が本件訴訟を提起した後である平成八年に夫である中村和哉の家財について、長期総合保険契約を更改しているが、その際も地震保険には加入していないのである。
そして、原告らは、本件各火災保険契約申込書の作成以降、前記のとおり、被告ら保険会社から、契約申込書と概ね同内容の記載のある申込書控(一部には地震保険意思確認欄の記載がある。)、地震保険に加入していないことを示す書面及び地震免責条項及び地震保険について記載した書面の交付を受けながら、被告らに対して、地震保険に加入したいとの意思表示や、地震保険に加入していないこと等について何ら異議の申し出がなされていないことが認められる。
(8) 以上判示した各点を総合すれば、原告らが主張し、供述ないし供述記載しているように、原告らが本件各火災保険契約を締結する際に、その地震保険意思確認欄の押印について、原告らの地震保険の加入・不加入の意思の確認が全くされなかったということについては、首肯し難い点が多いといわざるを得ない。
なお、右の(7)の書面の交付の点に関し、原告らは、概ね、約款、保険証券(写し又は契約カード)、領収証、課税所得控除証明書、満期通知については受領を認め、その余の書類については、概ね受領を否認している(詳しい認否は、前記のとおり。)。
また、その陳述書等においても、例えば、原告武田勝雄(甲イ六四)、同菊地ミナ(原告本人尋問)、同辺見誠(甲一四七)が約款の受領を否定し、同浅利幸子(甲一四一の2)、同厚谷哲子(甲一四四の2)、同辺見誠(甲一四七)が領収証の受領を否定しているなど、概ね、前記の認否に即した供述をし、又は、供述記載をしている(ただし、原告らの一部には、訴訟の促進のためとして、陳述書等の記載に反して書面の受領を認めている者もいる。)。
しかしながら、前記五3(六)の書面の送付は、被告らが、一般的に契約者に対して、その日常業務として自動的に行っているものと認められるのであり、ことに、保険契約を締結して、保険料を支払った場合に、後日、約款と領収書が送付されることは顕著な事実であり、これらの受領すら否定する内容の原告らの前記の供述や供述記載部分は、採用することができない。また、保険契約を締結した場合、その保険期間を通じて毎年課税所得控除証明書が契約者に送付されることも顕著な事実であり、現に、原告らの陳述書をみても、死亡前原告小山繁信(甲四一)、原告松川武美(甲イ六七)、死亡前原告吉永敏和(甲イ七〇)のように、送付されていたことを明確に認めている者もいる。そうすると、特約火災保険に加入していた原告らが、文面上も課税所得控除証明書と同封されて郵送されていたと認められる住公ニュース(乙イ三二、四七、四八)を受け取っていないというのは、首肯し難いといわざるを得ない。また、原告らの書面の送付状況の認否として先に記載したとおり、原告らの中には、平成一一年一二月の本件口頭弁論の終結間際になって、再度の調査の結果であるとして、その送付状況の一部について、自白を撤回したり、その認否を変更し、その調査結果を提出している者も出てきているのである。
結局、原告らが、いつ、どのような書類の送付を受けたかという点に関しても、前判示と同様の理由によって、原告らには、明確な記憶が失われているとみることを否定することは困難であるといわざるを得ないのであって、被告らが原告らに対しても、これらの書面を、その日常業務の一環として送付していた事実が肯認されるのである。
(9) 右に検討したとおり、前記の原告らの供述録取書、陳述書及び原告ら本人尋問の中の本件各火災保険契約申込書の作成時に、原告らが地震免責条項及び地震保険の説明や地震保険に加入するか否かの意思の確認を全く受けずに、地震保険意思確認欄の存在自体も知ることができないようにして契約申込書が作成された旨の供述ないし供述記載部分については、疑問な点が多く、これらの証拠及び供述記載部分によっては、先の地震保険意思確認欄の押印の推定を覆すには足りないといわざるを得ない。
このように、本件では、地震保険意思確認欄の押印の推定の反証について十分でないと判断されるのではあるが、これは、前記のとおり、原告らの本件各火災保険契約締結当時の明確な記憶が失われていると思われることなど、訴訟上の証拠評価の結果であり、他方、原告らの本件各火災保険契約の締結に携わった江差信金や漁協の職員が原告らに対して、地震免責条項及び地震保険に係る情報について、積極的に、十分な説明をしていなかったことが窺われるのである。
そして、本来、火災保険契約申込書の地震保険加入の意思の決定の機会を保障することが被告ら保険会社に対して強く要請されていることは、繰り返して判示しているとおりであって、被告ら保険会社もこのことを認識し、大蔵省の要請を受けて、地震保険意思確認欄の制度を創設して、代理店に対して、火災保険締結時に必ず書面(各保険会社が作成し用意している「地震保険のご案内」や「ご契約のしおり」等)を交付して、地震免責条項及び地震保険について、十分に説明して、十分な理解を得るように指導しており、また、被告東京海上は、本件地震等の地震災害の発生後に、火災保険契約者から、火災保険では地震は免責で、地震火災費用保険金しか出ないとは知らなかった、地震保険について十分案内をしてもらっていない、といった声が多く出ていたことから、顧客に火災保険や地震保険の内容について十分理解を得ること等を目的として、新たに、一定の範囲の地震保険未加入の火災保険契約者に対して「地震保険おすすめハガキ」を送付することに決定し、また、代理店に対して、平成五年に発生した本件地震等の地震災害において、地震保険をきちんと勧めなかったため、火災保険しか付保していなかった契約者の方々から、契約時に十分説明を聞いていなかった等の苦情が寄せられたという事例も見受けられとして、火災保険契約時には、必ず地震保険を案内することを要請しているのである。
しかしながら、平成七年の阪神淡路大震災の後でも、同様のトラブルが生じており、さらに、先のとおり、火災保険契約申込書の記載に反して、現実には、保険代理店は、地震保険意思確認欄の制度のとおりに契約時に「ご契約のしおり」等のリーフレットを交付することをほとんど実行していないとの指摘もされている状況にある(本件において、被告らは、保険会社には情報開示説明義務が存在しないと主張していることを理由として、契約者に対する文書の送付状況について具体的な主張・立証をしようとせず、当裁判所の勧告によって応じたことは、当裁判所に顕著な事実であり、保険会社側の交渉担当者(社員、代理店等)が、地震免責条項及び地震保険に係る情報について、契約締結時に、契約申込者に対して、「地震保険のご案内」の記載のあるパンフレット等を提示又は交付して説明をしているとの被告らの主張については、十分な立証がされておらず、また、その主張自体「通常行っている」と主張するにとどまっている。)。
以上によれば、国民生活を災害から守るという公共性を有する保険事業を営む被告ら保険会社には、今後一層、契約申込者が地震保険加入・不加入の意思決定をする機会を制度的に保障する工夫や努力をすることが強く求められているというべきであり、例えば、①火災保険契約締結時に、火災保険契約における地震免責条項の存在、地震火災の場合、(地震火災費用保険金を除き)火災保険金が支払われないこと、その担保として地震保険があること及び地震保険の内容を、見やすく、かつ、平易な表現で説明する文章を記載した定型の書面を作成して、必ず契約申込者に交付ないし送付し、契約申込書の地震保険意思確認欄と並列して、右の説明書面が交付ないし送付され、これを契約申込者が受領したことを確認するために、契約申込者に右の書面との契印(割印)を押捺させる契約申込者作成名義の「説明書面受領確認契印欄」を設けたり、②契約申込書の書式について、右の説明書面を一枚目として契約申込書と同一綴りとして、契約申込書作成時に、必ず契約申込者に右の説明書面を切り離して交付して説明したり、右の契約書綴りを郵送することにする、というような方策を採り、これを実行することが考えられるのである。
このような方策を採らないと、昭和五二年の地震保険意思確認欄の創設の際に、保険業の主務官庁である大蔵省や保険業界自体が憂慮していたように、今後も地震発生の度に、火災保険でも地震火災による損害が担保されると誤解されたまま火災保険契約が締結され、本件と同様の紛争が生じ得るのであり、このような制度的な保障が必要なことは、このトラブルが地震発生後に繰り返されてきたという歴史が証明しているといえよう。
(四) 以上のとおり、火災保険契約申込書の地震保険意思確認欄の押印の推定について、反証がないと判断せざるを得ない本件においては、民事訴訟法二二八条四項に基づき、地震保険意思確認欄の全体が真正に作成されたものと認められる。
したがって、これに反する、契約締結補助者が原告らに地震保険意思確認欄の内容を了知し得る機会を与えることなく、地震保険意思確認欄の押印の外形を作出した旨の原告らの主張は、採用することができない。
そして、このように原告岸田賢悦、同新谷義盛、同寅尾博光を除く原告らには、本件各火災保険契約の締結時に、地震保険の加入・不加入の意思の確認を受けることによって、地震保険の存在を知り、これに加入するか否かを意思決定する機会が与えられていたと認められる(なお、原告岸田賢悦らには、地震保険への加入意思を確認する機会が制度的に与えられていたわけではないが、それでも、前記認定のとおり、本件各火災保険契約締結後、地震保険への加入の勧誘をする住公ニュースを含む書面が送付されており、地震保険の存在を知り得る機会はあったものである。)。
(五) 以上の次第で、原告らの個別の具体的な本件各火災保険契約締結の状況において、被告らの契約締結補助者が、原告らに地震保険加入・不加入の意思決定の機会を与えずに、地震保険意思確認欄が作出された旨の原告らの信義則に違反する事実は肯認することができない。
また、前記五において、本件各火災保険契約締結の当時において、一般的な情報開示説明義務を肯定することができないとして判示した諸事情を考慮すると、原告柳谷光雄の場合のように、組合員が漁協に対して、印鑑の使用目的を特に限定せずこれを継続して預けており、火災保険契約の締結においても、その契約申込書作成における利用を認識して容認した場合には、自己責任の原則に照らし、自ら情報提供の機会を得ることを困難にしたものとして、少なくとも、右の当時においては、漁協の職員の地震保険意思確認欄の右の態様での押印について、信義則に違反するとまでは評価することができないということもできる。
なお、原告菊地年雄については、地震保険意思確認欄に押印する際に地震保険の説明を受け、地震保険に加入したというのであるから、右の信義則に違反する事実は存在しないし、その他に信義則に違反するという具体的な事実の主張及び立証はない(なお、同原告は、当初は、被告東京海上の保険代理店をしている津山から、地震保険は火災保険での火災保険金に上乗せで支払われるとの誤った説明を受けた旨の主張をしていたが、同原告の本人尋問の実施後に撤回している。)。
3 その他、被告らと原告らとの間における個別の具体的な火災保険契約の締結状況において、信義則に違反することを肯定するに足りる具体的な事実について、原告らの主張及び立証はない。
したがって、原告らの右の信義則違反を理由とする損害賠償請求も肯定することができない。
八 小括(主位的請求B及び予備的請求Bについて)
以上のとおりであって、地震免責条項及び地震保険の情報について、原告らが主張するような一般的な法的な義務として情報開示説明義務を認めることはできないし、また、個別の具体的な契約締結状況における信義則違反ないし信義則上要求される作為義務(個別的な情報開示説明義務)の違反の事実も認めることができない。
よって、その余の点を検討するまでもなく、主位的請求B及び予備的請求Bについては、理由がない。
九 争点3(一)(地震保険契約の成立の有無)について
1 原告ら(原告菊地年雄を除く。以下同じ。)は、火災保険契約申込者が、火災保険契約申込書に署名押印することによって、地震保険契約付きの火災保険契約がまず成立する旨主張している。
しかしながら、地震保険契約は、火災保険契約と同時に、これに付帯して契約を締結することを必要とし、火災保険契約と別に単独で契約を締結することができないという制約があり、また、前記の趣旨から、地震保険意思確認欄を火災保険契約申込書上に創設したという契約書式上の特色を有するものではあるが、火災保険契約とは保険約款を異にする別個の契約であることは明らかである。
したがって、地震保険契約が締結され、契約が成立したというためには、契約申込者が、地震保険の契約内容(保険の目的、保険金額、保険料)を確定した契約締結の申込みの意思表示をし、かつ、これに対して、保険会社が承諾の意思表示をして、両者の間に合意が成立することが必要であるところ、原告らは、右の申込みの意思表示をしたことの主張をせず、かえって、契約内容を特定した意思表示をしていないことを自認しているのであって、原告らの地震保険契約が成立した旨の主張は、明らかに失当である。
2 また、原告らは、地震保険に加入しない旨の地震保険意思確認欄に意思に基づく押印をしていないことを根拠に右の主張をしているが、原告ら(地震保険意思確認欄がなかった次の3の原告らを除く。)の地震保険意思確認欄の押印は、それぞれの意思に基づくものと認められることは、前判示のとおりであるから、原告らの主張は、この点からも、その前提を欠くものとして失当である。
さらに、原告らは、被告らに地震免責条項及び地震保険についての情報開示説明義務があることを根拠に右の主張をしているが、一般的な法的義務としてこれを肯定することができないことは、前判示のとおりであり、原告らの主張は、この点からも肯定することができない。
3 さらに、原告岸田賢悦、同新谷義盛、同寅尾博光は、新規契約締結時には申込書に地震保険確認欄が設けられておらず、また、その後の継続手続時にも地震保険確認欄が設けられている契約申込書によって継続手続を行ったものでもない。
したがって、地震保険確認欄への意思に基づく押印がないことを理由とする同原告らの主張は、前提を欠いており、同原告らの主張は、この点からも失当である。
一〇 小括(予備的請求Aについて)
以上のとおりであって、その余の点を検討するまでもなく、原告菊地年雄を除く原告らによる予備的請求Aについても理由がない。
第五 結論
よって、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・橋本英史、裁判官・髙梨直純、裁判官・髙木勝己)
別紙保険目録<省略>